艦隊これくしょん〜放縦者たちのカルメン〜   作:プレリュード

101 / 134
Opus-21 『Defeat point』

 

 どうしてこうなってしまったんだろう。

 

 答えなんて帰ってくるわけがない。外に出ることすら叢雲は止めてしまったのだから。ひたすら横須賀鎮守府で与えられた自室にぼんやりといるだけの退屈な日々。

 

「何のためにあいつと話したかったんだっけ……?」

 

 もちろん峻の本意を聞くためだ。どうしてあの時は叢雲を置いていったのか。

 そしてその答えは得られた。叢雲がもっとも聞きたくなかった形で。

 

 ただ邪魔にしかなっていなかった。思い返せばすべての戦闘で叢雲は後ろに下がっていたのみ。まったく手出しはさせてもらえなかった。

 あれは峻にとって足でまといになるとわかっていたから出させなかったのだとはっきり理解できていた。

 

「なんだかどうでもよくなってきたわね」

 

 投げやりに叢雲がベットに倒れ込む。靴を脱ぎ捨てる手間すら億劫だ。

 

 もう叢雲のやることは終わった。東雲に頼まれた通り、峻に言付けをした。東雲との取り引きは叢雲が峻としっかりと直接的に顔を合わせて話すこと。東雲はきっちりと約束を果たしてくれた。しっかり叢雲は峻と会ったし、会話を交わすこともできた。

 

 得られた答えが叢雲を打ち砕くのに充分すぎたというだけだ。

 

 だが答えは答え。足でまといだったという事実は駄々をこねようと受け入れるしかない。紛れもなく本人の口から語られた言葉なのだ。

 

「私がやってきたこと全部、足枷にしかなってなかったなんて、ね」

 

 叢雲は自嘲的に笑った。いや、笑えなかった。笑みの形を口に作ろうとしても、思うようにできない。結局、叢雲は笑いを作ろうとすることを諦めた。

 

「ほんと、馬鹿みたいに何もできないわね、私って」

 

 常盤に拳銃を向けられた時、体が固まってしまった。動け、動けと命じているのに。

 他人に銃口を向けられたことはある。他人を撃ったことも。だが知り合いに銃口を向けられたことはなかったし、知り合いに殺されかけたこともなかった。

 

「こんなのただの言い訳ね」

 

 過ぎたことに理屈をくっつけては逃げ道を探しているだけじゃないか。ならこんなことして何になる? もう切り捨てられた後だ。何にもなりはしない。

 

 これでよかったのかもしれない。何もできずにずっと付いていくよりは叢雲が身を引いた方が、峻の生存率はきっとあがる。峻の戦闘能力の高さはさんざん目の前で見てきた。だから問題なんてないのはわかりきっている。

 

 すべての問題は叢雲自身だったのだから。

 

 そういう意味では身を引くのは正しい選択かもしれない。少なくとも今後において叢雲ができることなどほとんどないのだから妥当な判断だ。

 

 これが妥当だ。

 これが正解だ。

 これが一番だ。

 

「だから私はもういい。十分よ。ええ、十分……」

 

「つまんなくなったでちね、叢雲」

 

 いつの間にか部屋のドアが開けられ、叢雲に声が降ってきた。この特徴ある語尾を忘れるはずがない。なにより館山に所属していた者同士だ。

 

「ゴーヤじゃない」

 

「廊下を通ったら陰気臭い雰囲気がたれ流されてるから何かと思ったでち。まったく……」

 

「悪かったわね。でもしばらく1人にしといてくれないかしら?」

 

「そういうとこがつまらないって言ったんだよ」

 

 心底くだらなさそうにゴーヤが言いながら、ベットに倒れ込んだままの叢雲を見下ろす。叢雲はゴーヤを一瞥したのみでそのまま横たわっていた。

 

「だいたいの事情は叢雲のお姉さんから聞いてるよ」

 

「吹雪ね。ったく余計な真似を……。でもそれならわかってるんでしょ?」

 

「わかんないでち」

 

 きっぱりとゴーヤは言い切った。ゴーヤはそんな心情なんて理解したくもなかった。

 

「そうやって賢しらぶっていることがかっこいいとか思ってるなら断言するけどね、みっともないことこの上ないよ」

 

「……うるさいわね。別にゴーヤには関係ないんだからほっときなさいよ」

 

 ぶっきらぼうに叢雲がゴーヤを突き放そうと言い捨てる。どうせもう結果は出ている。むしろ出てしまった結果にケチをつけて、じたばたする方がよっぽどみっともないのではないかとすら叢雲は思った。

 

「ねえ、なんで叢雲はこうなってるんだと思う?」

 

「別になんだっていいじゃない」

 

「本気でわからないの?」

 

 叢雲の投げやりな態度にゴーヤが呆れと怒りの混ざった調子でベット脇に近づく。はっきり言って叢雲からすれば、邪魔以外の何物でもなかった。今はほったらかしにしておいてほしい。ただそれだけの願いをどうしてゴーヤは邪魔するのだろうか。

 

「もう見えてるじゃない。結果なんて。ならこれ以上、じたばたしてどうなるのよ?」

 

 交渉は終わった。そして同時に叢雲の役目も終わった。

 

「…………叢雲、これ見て」

 

 ごそごそとゴーヤが1枚の紙を探り出す。そしてそれを叢雲の目の前に突きつけた。転がったままで叢雲がゴーヤの取り出した書類をざっと読み進めていく。

 

「これって演習の申請? 名前がゴーヤと……私?」

 

「ゴーヤとの演習でち。だからこの演習を受けろ」

 

「ゴーヤが命令形なんてね」

 

 叢雲が苦笑した。ゴーヤの演習を受ける理由なんてない。だが断る理由もなかった。

 どのみち暇を持て余している身だ。演習を受けてゴーヤが満足するならさっさとやるだけやってやればいい。

 

「わざわざ仕掛けてきたってことはなにかあるのね?」

 

「叢雲が勝ったらもうゴーヤはなにも口を出さないでち。そのかわり……」

 

「そのかわり?」

 

「ゴーヤが勝ったら叢雲はてーとくから身を引いて」

 

 思わず叢雲はベットから跳ね起きた。そしてゴーヤの瞳をじっと見つめる。くりっとしたゴーヤの目の奥では確かに焔が燃え上がっていた。

 

 ゴーヤは本気だ。本気ですべて発言している。

 

「そう……」

 

 どういう意図がゴーヤの言葉に込められているかわからないほど叢雲はぼんやりしていなかった。

 

 ゴーヤは峻へぶつけるつもりなのだ。自分の抱えるものすべてを。

 

 そしてその準備として叢雲に身を引かせようとしている。演習という形で叢雲を越えたと自他ともに認めさせるために。

 

「艤装の使用許可は?」

 

「取り付けたでち。ちゃんとね。訓練演習だって言ってサインも書いてもらったよ」

 

「そ。ならいいわ」

 

 受けてもいい。そう叢雲は思った。勝とうが負けようが叢雲にとってはどうでもいい。ただゴーヤの茶番に乗ってあげるのもまた一興だ。

 

 どうせ叢雲は見捨てられたのだから、いまさら身を引くなんてどうということはない。むしろこれでゴーヤがいい方向に向いてくれるのなら、喜んで話に乗ろうとすら考えていた。

 

 ゴーヤと叢雲が横須賀鎮守府の廊下を連れ立って歩く。珍しく誰ともすれ違わなかった。

 

「ルールは?」

 

「1体1の模擬弾を使用した演習。どちらかが轟沈判定になるまで」

 

「使用していいのは?」

 

「もちろん全部でち」

 

 全部、ということは叢雲が得意とする近接戦闘で模擬刀を使っていいということだ。だが相手は潜水艦。どうせ使う機会などない。

 

 そう思っていた矢先に叢雲の予想をゴーヤの一言が叩き潰した。

 

「先に宣言しとくでち。ゴーヤは潜らないから」

 

「……ふざけてるの?」

「大真面目だよ」

 

 それだけ言い残すとゴーヤが角に姿を消した。真意はわからない。ブラフなのかそれとも真剣に潜水するつもりがないのか。

 

「まあ、どっちにしろ結果は見えてるからどうでもいいわ」

 

 叢雲は艤装を装着した。ずいぶんと久しぶりの感覚だ。最近はずっと陸上で銃撃戦を見ていたせいということはわかっている。懐かしい感覚ではあるが、感慨深さは湧いてこなかった。

 

 装備をざっと確認。ソナーも爆雷も異常なし。電探はしっかりと動いているし、主砲もきちんと動く。魚雷発射管も大丈夫そうだ。模擬刀を数回ほど軽く素振りをしてみる。久々とはいえ、鈍ってはいない。

 

 海をかき分けて進む。予定演習海域はすぐ近くだ。ソナーに注意して耳を傾けつつ、万が一ゴーヤが本当のことを言っていた可能性を考えて電探を睨む。

 

「……本当に潜らないつもりなのね、ゴーヤ」

 

「最初にちゃんとゴーヤは言ったよ?」

 

 ソナーは反応しなかった。ただ電探にぽつんと一つの光点が刻まれているのみ。そしてそこへ向かっていくと海上にゴーヤはいた。

 

 潜水艦の持てる装備は魚雷が主兵装だ。あとは積めてせいぜいが機銃くらいのものだろう。駆逐艦にすらその装備は場合によって劣る。だがそのデメリットを補って余りある能力が潜水なのだ。

 

 けれどゴーヤはもっとも有利なその能力を自ら封じた。そして奇襲をかけるわけでもなく、海上で棒立ちになって待ち続けた。

 

「ずいぶん余裕なのね」

 

「……」

 

 ゴーヤが無言で機銃を撃った。唸りをあげながら飛び出した模擬弾は静止していた叢雲のすぐ脇を通り過ぎていく。

 

 叢雲は動いていない。だが機銃は当たらなかった。

 

 この距離で外すわけがない。つまりこれはわざとゴーヤが外したのだ。

 

「当てるように撃ちなさいよ」

 

「なら避けるフリくらいしたら?」

 

 ゴーヤも鋭くなったものだと叢雲は表情に出さないようにこっそりと賞賛を送った。

 

 この演習は劇のようなものだと叢雲は捉えていた。ゴーヤが自身にマインドセットをかけるための小劇場。

 

 だから叢雲はわざとやられ役を演じようとした。回避行動を取らずに受け身の姿勢でいればいい。これでゴーヤの願いが叶うのなら自分のことなど、どうだってよかった。

 

 それに勝つよりも、負ける方がメリットはある。勝ってもゴーヤからの口出しがなくなるだけで、それ以上のメリットはない。だが一方で負ければ、ゴーヤの背中をそっと押すことができ、なおかつ叢雲はなにも傷つくことはない。

 

 別に黒星の一つ程度でぐちぐち言うものか。演習で強く勝利にこだわる動機が今の叢雲には存在しなかった。

 

「叢雲はそれでいいんだ」

 

「ええ。これでいいのよ」

 

 途端にゴーヤの顔が嫌そうなものになり、叢雲を見る目が軽蔑の色を帯びた。そしてゴーヤは口の中だけでなあんだ、とひどくつまらなさそうに呟く。

 

「叢雲にとって、てーとくってその程度の人だったんだね」

 

「は?」

 

 思わず低い声が漏れた。安い挑発だと叢雲の理性が警告しても、感情がその警告を押し潰す。

 

 ()()()()

 

 ふざけるのも大概にしろ。どれだけのことがあったか。どれだけ苦悩したことか。

 

 目の前で無力さを延々と突きつけられる気分を味わったことがあるのか? 挙句に足でまといだと切り捨てられて、置いていかれたことが1度でもあるのか?

 

 役立たずのお役御免が調子に乗ってついて行った結果、嫌というほど自らの愚かさを見せつけられたことがたった1度でもあるのか?

 

 暗にただの邪魔者だと言われたことがあるのか?

 

「何も……何も知らないくせに!」

 

 叢雲が怒鳴りながら模擬刀を振りかぶってゴーヤへ突進する。頭が沸騰したかのように熱い。

 

 視界が狭まり、標的のゴーヤしか映らなくなった。ゴーヤに倒されるつもりだったが、そんな思考はどこかへ吹き飛んでいる。倒された方が叢雲にとってもメリットがあると判断したはずだったにも関わらず、ゴーヤをいかにして倒すかということしか考えることができない。

 

 あとほんの数秒で届く。だがゴーヤは後ろに下がるなどのこともせずにただその場に立ち続けていた。そして突如、ゴーヤの魚雷発射管が動く。

 

「魚雷発射でち!」

 

 わざわざ丁寧にゴーヤが宣言しながら叢雲に向かって3発、魚雷を発射した。海中に魚雷は潜ると、まっすぐに叢雲を目指して突き進む。

 

「はっ」

 

 叢雲は鼻で笑った。艤装の浮力力場発生装置をいじるとタン、と飛び上がろうとする。

 

 海中を魚雷が進んで海上の敵を攻撃するならば、海上からさらに飛び上がればいい。そして着地点から大きめに踏み込んで、模造刀を振り下ろせば叢雲の勝ちだ。完全な近接戦闘に持ち込んでしまえばゴーヤが叢雲に勝てる道理はない。

 

 だが叢雲が飛び上がるとほとんど同時に、いきなり3発とも魚雷が爆ぜた。大量の海水が巻き上がり、叢雲の視界を潰してゴーヤを覆い隠した。

 

「あまいのよ!」

 

 おそらく信管を敏感にしすぎた結果だろう。視界は悪くなるが、魚雷が直撃するよりはマシだ。ゴーヤは確かに見えなくなったが、着水すると同時にゴーヤを補足し直せば十分に修正は可能だと叢雲は判断した。叢雲が着水するまではコンマ数秒の世界だ。この一瞬に動ける範囲などたかが知れている。

 仮に潜航するとしても、そこまで急速に潜水の体勢を整えることは不可能だ。つまりどれだけ速く動いたとしても、だいたい半径1.5mの中にゴーヤはいる。そして1.5mくらいであれば、踏み込みを少し大きめにしてやるだけで届く距離だ。

 

 沸騰した頭はそこまで弾き出した時点で思考を止めた。あとはやれる限りの力で打ち倒せという脳からの命令が叢雲を動かすのみだ。

 

 そして入力された通りに叢雲の体は脳からの命令を忠実に出力しようと、水柱に突っ込みながら着水せんとする。

 

「あ」

 

 ずいぶんと間の抜けた声が出たものだ、と叢雲はどこか遠い感覚で思った。だが仕方ないことではある。

 

 水柱の向こう側。ゴーヤは1ミリたりともその場から動いていなかった。それを見た時はただ勝ったとしか叢雲は思わなかった。

 

 叢雲が着水するであろうタイミングに、叢雲が着水するポイントに到達するように魚雷が迫ってきていなければ最後までそう思い続け、そして勝利していただろう。

 

 だが魚雷は叢雲の足元に来ていた。

 

 そして叢雲が着水すると同時に、それらの魚雷を叢雲は踏みつけてしまった。

 

再び海面が大きく盛り上がる。だが今度は叢雲を巻き込んで魚雷は炸裂していた。

 

 いくら模擬弾とはいえ炸裂すれば、それなりに衝撃は出る。そして生まれた衝撃は叢雲に直撃し、模擬刀をあらぬ方向へ吹き飛ばすと、仰向けに海面へ叩きつけた。

 

 艤装を装着しているおかげで海中へ沈むことはない。そもそもゴーヤが放った魚雷も演習用の模擬弾だ。直撃したところで轟沈はしない。

 

 だから叢雲は物理的な衝撃よりも精神的な衝撃を強く受けていた。

 

 叢雲の目の前に小さなホロウィンドウがポップする。ホロウィンドウには演習用のプログラムが下した被害状況と、そこから導かれる被害判定が書き込まれている。

 

 そして判定は轟沈。しっかりと受け身を取る体勢も作らない状態で、何発もの魚雷を直撃でもらったのだから当然ともいえる判定だ。

 

 服が海水に侵されていく。波が海面を揺らすたびに、叢雲の髪もまるで海藻のようにゆらゆらと揺らいでいた。

 

 すべてゴーヤの手のひらの上で踊らされていた。最初から潜らないと宣言することでこちらの選択肢の幅を逆に制限されたのだ。

 

 再びホロウィンドウを叢雲は見つめた。何度も見返したところで轟沈判定は変わらないし、演習終了の知らせは取り下げられることはない。

 

「ああ、私は負けたのね……」

 

 受け入れ難いことをゆっくりと口にした。だがどれだけ逆立ちしたところで結果は変わりはしない。

 

 叢雲はゴーヤに負けたのだ。完膚なきままに。





こんにちは、プレリュードです!

もうちょっとだけ続くフーガ編です。ひっさびさにゴーヤが登場しましたがこんなキャラだっけ? と思いながらの執筆でした。もっと可愛げのある子だったような……。強かになりすぎじゃないですかね?

前回の後書きでも告知させていただきましたが、座談会で作者やカルメンにぶつけたい質問はまだまだ募集中です! かるーい気持ちでぶつけてください!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。