艦隊これくしょん〜放縦者たちのカルメン〜   作:プレリュード

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第七章 心算のシンフォニア
【ALFA】-AIM


 

 懐の中でショルダーホルスターに収められたCz75を峻がいじる。左眼には眼帯が着けられているせいで視界が狭いが、何とかするしかないだろう。

 

 デッキコートのフードを目深に被った。眼帯に覆われた左眼も、そうでない右眼もフードの下に隠される。

 

 オーダーはとにかくド派手に、だ。ならばその要望には答えなくてはいけない。峻には動かなくてはならない理由がある。

 

「そろそろ、か」

 

 太陽の傾きからおおよその時間を推測。向こうの準備は整っただろうか。

 

 外部記憶媒体を手のひらで峻は転がした。常盤とやり合う前に、叢雲が持ってきたものだ。中には東雲からのメッセージが封入されていた。

 

 それは海軍本部で大暴れしろという単純明快なものだった。

 

「なんだかんだ長い付き合いだ。だいたい何があったかはわかるさ」

 

 峻にとって叢雲が東雲のメッセージを持ってきたということだけで察するにあまりある信号だった。そこに加えて「すべてを知った」という追加のヒント。

 

 これだけで叢雲が東雲にすべて話したことは理解できた。おそらく東雲はバイオロイドのことも記憶定着についても、あの廃工場でもう1人の叢雲が話したことはすべて聞いたのたわろう。

 

 それを東雲が信じるかと言われれば峻の答えはイエスだ。いくらでも確認する方法はある。そして叢雲が話すと決めてから東雲に接触しているということは、その方法も提供していないわけがない。

 

「いくか」

 

 呼吸を整える。影から海軍本部の塀をじっと観察して機会を窺った。

 

 殺してもいいのなら手っ取り早くていい。だがオーダーは軍人を殺すな、とある。こちらの考えを後々には押し通していくであろうことを考えるのならば、ここは大人しく従っておくのがベストだろう。

 

 するりと峻が蛇のように見張り所へ近づいていく。今回はCz75の出番はなしだ。気絶させるのなら、下手に殺傷力のあるものを使うべきではない。

 

 1週間ほど前から近辺に張っていたおかげで多少はわかったことがある。見張りは2人でローテーション。そして基本的には電子セキュリティシステムに依存していること。

 

 2人の見張りの背後へ回り込む。談笑しているためか、峻に背中を取られたことに気づいていない。

 

「ぐっ!?」

「がぁ!?」

 

 峻の左手と右手が同時に見張りたちの頸動脈を強く圧迫する。僅かなうめき声を上げた抵抗をするが、数秒でその意識を完全に手放した。

 

 まずは人の目を制圧。いきなりシステムハックをかけるのは悪手のため、軍服の上着だけ借りると堂々と内部へと入り込む。

 

 見張りの階級などたかが知れている。いずれは気づかれることなど最初から承知の上だ。

 

 少しでも海軍本部の奥深くへ入れればそれでいい。騒動を起こすまでの時間稼ぎになれば十分だ。

 

「おっと」

 

 左眼の眼帯を峻は外すとポケットに滑り込ませた。眼帯は明らかに人目を引きすぎる。どのみち左眼から頬にかけて付けられた傷は眼帯だけでは隠せない。

 

 空いている右手でその傷をそっと撫でる。不幸中の幸いというべきか、傷口は化膿しなかった。もしも化膿していたのならば、ちゃんとした医療機関に見せる必要が出てきたことを思えばラッキーだっただろう。

 

 人とすれ違う度に頭を下げて会釈。これで眼の傷をなんとか誤魔化していく。

 

 歩きながら手はずを頭の中で繰り返し復習する。手駒にはなってやらない。ただオーダー通りに働いて、その引き換えとして報酬となるメリットをかっさらうだけだ。

 

 そろそろ外周では済まない場所まで来ただろう。少なくとも来客が入ることのできるぎりぎりのラインはここまでだ。ここ以降は確実に警報が鳴る。

 

「状況開始」

 

 誰かに言うつもりも聞かせるつもりもない言葉を峻はつぶやいた。邪魔になりそうな上着を脱ぎ捨て、右脚のズボンの裾をまくり上げると、周囲を確認しながら1歩ぶん前へ踏み出す。

 

 そして関係者以外立ち入り禁止の扉を右脚の義足で思いっきり蹴りつけた。バン! と扉が叫びながら大きく開け放たれる。

 

 本来は手順を踏んで開けなくてはいけない扉を強引に蹴り開けたせいでセキュリティシステムが作動。海軍本部にけたましい警報が鳴り響く。

 

「なっ、侵入者!?」

 

 警備たちが慌てながらに立ち上がる。だがギリギリまで峻が見張りのIDを使用していたこと、そしてセキュリティシステムに引っかからないルートを選んで歩いてきたせいで気づくのが遅れ、結果的に初動が鈍った。

 

 テーブルの上にあるゴチャゴチャとした電子機器類を薙ぎ払うように峻が飛び越える。

 

 応援要請をされると厄介だ。無論、峻は数人ほど相手が増えたところで制圧することは可能だと確信している。問題は何が起きているのか把握されてしまうことだ。

 

 誰よりも早く連絡をしようと他のテーブルにかじりついた警備に峻が飛びかかると、顎を軽く弾くように右脚で蹴りつけた。

 

 蹴りつけた直後に右脚のブースターを作動。急激についた推力を利用して、回し蹴りを繰り出した後の無理な体勢から体そのものを180度ぐるりと回転させる。背後で脳震盪を起こした警備が倒れる音がした。

 

 峻の真後ろを取ったと思い込んでいた警備とばっちり目が合う。勝利の余裕に笑っていた瞳が驚愕に見開かれていく。

 

 完全に制圧しきるまでは気を抜くな。そう内心でつぶやきながら峻が屈んだ体勢から捻りを加えた掌底を警備の水月に叩き込む。

 

 崩れ落ちた警備の意識を完全に刈り取るために、内臓破裂をしない力具合に加減しつつ腹部を踏みつける。同時に右手を腰のナイフに持っていくと、出入り口あたりを狙って投げつける。

 

「うわあっ!」

 

 機材付近に峻がいるために、連絡は不可能と判断した警備の上着を峻が投擲したナイフが貫き、壁の継ぎ目に刺さる。ほんの一瞬だけ壁に縫い合わされた警備の動きが止まった。

 

 そしてその一瞬さえあれば十分すぎる。

 

 またしてもテーブルを乗り越えて離れていた距離を詰めると、破れかぶれで繰り出された拳を左手で受け流す。流れるような動作で壁に刺さったナイフを右手が握ると、柄頭で顎を弾いて脳を揺らす。

 

 悪くない判断ではあった。明らかに実力で敵わない相手が連絡するための機材付近にいる。だから部屋を出て、別の手段を用いようと考えたのだろう。

 

 しかし峻は始めからそれを見越していた。つまり、常に入口付近に気を配り続け、誰一人として部屋から出させないようにしていたのだ。

 

 目的はあくまでも何か騒動が起きたらしいと警報で思わせることまで。具体的に何が起きているのか理解させるのはもう少し時間を引き伸ばさなくていけない。

 

 初動から何を目的にして、行動していく過程を脳裏に描いていた峻と意表を突かれた警備たちでは差が出るのは仕方ないことだった。

 

 峻がひたすらに暴れ回る。時間はあまりかけていられない。もしも廊下を誰かが通ろうものならばたちまちに事態が広まってしまう。

 

 殺さずのオーダーは面倒だ。だが後々に大義を掲げなくてはいけないのならば、下手な殺しは立場を悪くする。うまく立ち回らなければいけないことを理解しているからこそ殺しは厳禁だった。

 

「ファーストフェイズ完了」

 

 ショルダーホルスターからCz75を左手で引き抜き、右手はコンバットナイフを握りしめる。へこみの残る扉を後ろ手で押し込んだ。

 

 扉が閉じていくにつれて中に折り重なって倒れる警備たちがだんだんと見えなくなっていく。完全に扉が閉まった頃には峻はさらなる深部へと向かうため、とうに姿を消していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カツカツと東雲の靴が廊下を叩く。海軍本部に来るのはずいぶんと久しぶりだ。

 

「お、お疲れ様です!」

 

「おう、お疲れさん」

 

 東雲が総務部に顔を出すと、肩章を見た士官が緊張した面持ちで敬礼をする。大して年齢も変わらないであろう相手を東雲は軽く労いつつ返礼をした。

 

「本日はどうされましたか?」

 

「あー、報告だ。明日の本部会議に出席するために横須賀から出張ってきたんだ」

 

「なるほど。では総務部にどのようなご用件でしょうか?」

 

「印刷機を貸して欲しいんだ。さっきカウントしたら刷った部数が合わない。どうやら横須賀に置いてきちまったらしい」

 

 ひらひらと東雲が茶封筒を揺らす。でかでかと『機密』の文字が踊るそれを東雲は増刷したいのだ。

 

「そういうことでしたらどうぞ」

 

「助かる。さすがに機密書類をコンビニで印刷するわけにもいかなくてな」

 

「それは大問題ですね」

 

 東雲が芝居っけたっぷりに言うと士官が控えめに笑った。肩章が中将の軍服を着た人間が街中のコンビニエンスストアでコピー機を使って機密書類をコピーする。もう問題以外に何も見当たらない。そもそも機密の概念が覆りそうだ。

 

「印刷室はこちらを使ってください。ちょうど空いています。私は人払いをしておきますから」

「本当に悪いな。ありがたく使わせてもらうよ」

 

 指し示された部屋に礼を言いながら東雲が入った。後ろ手でドアの鍵を閉めると印刷機により、茶封筒から紙束を取り出す。

 

 ホロウィンドウの存在する現代において、紙の資料がどれだけ有用かという論はある。普通にホロウィンドウ上へと落とし込んでしまえばいいという考え方も当然ある。

 

 しかしその一方で手に触れることができる媒体を使用するべきという意見も存在している。

 

 今のところは両者共に用意するのが普通だ。ホロウィンドウ用の資料を作り、そしてそれらを紙媒体へと印刷する。同じものを用意するのは二度手間のように感じられるが、世間がそうしろというのだから大人しく従うしかない。わざわざ時流に逆らうのも面倒というものだ。

 

 静かにコピー機から書類が吐き出される。表題は『ウェーク島基地における艦隊配備具申』。だがその内容は体裁を整えただけの簡略なものだ。

 

 初めから東雲は会議に参加するつもりもなければ、会議を開かせるつもりもなかった。だから内容にこだわっていなかった。

 

 小型のインカムを耳に装着すると、ポケットの中の通信機の電源を入れる。

 

「状況は?」

 

《全部隊、配置に。いつでも可能です》

 

「合図があるまで待機」

 

《了解》

 

 掠れた音と共に通信が途切れる。東雲は長々と息を吐き出して気を落ち着けさせた。

 

 こうして印刷室に機密をチラつかせながら入れば人払いもできるため、都合よく東雲だけになれる。それだけでも機密の名称を持ち出した甲斐はあったというものだ。

 

 時計を見ると、そろそろ動き出してもいい頃合いだ。そう思っただけにも関わらず、急に秒針の進みが遅くなったように感じた。

 

 かなり危険な賭けに出ようとしている自覚はある。今から東雲がやろうとしていることは海軍内部における権力構造を作りかえること。

 

 つまりクーデターだ。

 

 上層部を掌握しなければバイオロイドを艦娘とする現状の体制は覆らない。そして改革をするために東雲が本部の上に食い込むまでかけられる時間はないのだ。

 

 成功すれば、東雲は海軍内において強大な発言力を得ることになり、体制の改革も夢絵空事ではなくなる。

 

 だが反対に失敗した場合は悪夢だ。どうなるかは起きてみなければわからないが、クーデターを失敗した者の辿る未来は現権力者からの粛清だ。

 

 それが死という形になるのか、はたまた生かすだけ生かして、さんざん利用してから捨てられるのか。ひとまずろくなことにはならないだろう。

 

 しかしもう引き返せないところまで事態は進んでいる。泣いても笑ってもこの一発勝負に賭けるしか選択肢はないのだ。

 

 心音がやけにうるさい。コピー機の音も十分すぎるくらいに喧しいはずなのに、それを上回っている。

 

 一旦、動き始めてしまえばいい。常に事態に即応するために、緊張を感じる余裕など無くなるからだ。だからいつ来るかと焦らされ続けることの方がよっぽど人は堪える。

 

 あまり長々と印刷室に居座るわけにもいかない。部数を刷ればそれなりに時間はかかるものだが、それにしても限界はある。そしてダミーとして持ってきた書類の増刷はごまかしの効く部数を超えつつあった。

 

「まさかシュンのやつ、やらかしたか?」

 

 峻にとって動かないわけにはいかない理由がある以上は必ず本部に来ることは間違いない。だがもし、しくじって先に確保されてしまっていたら。まず有り得ないとは思うが建物内に入ってしまえば逃げ場はない。

 

 だがそれは杞憂で済んだ。

 

 海軍本部につんざくような警報が響き渡ったからだ。

 

「来たか……ったくはらはらさせやがって」

 

 小声で言いつつ、東雲が増刷した書類を整えると茶封筒に入れていると、背後のドアが慌てたようにノックされる。

 

「何があった?」

 

「わ、わかりません! 警報が鳴ったということは何か起きたと思われますが……」

 

「警備は?」

 

「それが中央警備室と連絡がつかないそうで……」

 

 士官がおろおろと狼狽える。セキュリティを司る一室が落とされた可能性があるのだ。当然すぎる反応といえる。

 

「報告ありがとう。もう行っていい。そっちもやることがあるはずだしな」

 

「ですが……」

 

「横須賀の部下を連れてきてる。俺が移動する間の護衛くらいにはなるから問題ないさ」

 

「……わかりました。緊急避難口を使ってください」

 

 さすがに事務士官とはいえ軍人というべきか引き締まった表情で敬礼をすると駆け出していく。角でその姿が完全消え、足音も聞こえなくなるまで待ってから東雲はインカムを小突く。

 

「総務部の印刷室にいる」

 

《了解です。すぐにそちらへ向かいます》

 

「事前に指定したポイントで落ち合おう」

 

《はっ》

 

 警報が鳴った時点で東雲などの中将クラスは避難するべきだ。だがそもそも東雲は事態を把握しているどころかこうなるように仕向けた本人だ。

 

 だから自分に危害が及ばないことも確信していた。そうでなくては勝手に警報が一度でも鳴った本部を護衛もなしに歩こうとは思わない。

 

 慌しくなり始めた本部の中を迷いなく東雲が歩く。何度も、とは言わないが本部の会議で召集されたことはある。道は頭に入っていた。

 

 合流ポイントとして定めた地点に到着すると、東雲は周囲に人がいないか確認する。あまり合流するところを関係のない人間に見られたくない。ここから話すことも起こることも一切を秘匿するに越したことはない。知られさえしなければ、隠匿することも事実を都合よく改変して公表することもできない。

 

「お待たせしました」

 

「こっちも今さっきに到着したところだ。状況はどうなっている?」

 

「侵入者があったらしいということは認識したようです」

 

「今のところは予定通りか。このまま頭を抑えるぞ」

 

「はっ」

 

 東雲が部下、と呼んだ者たちが後に続く。しかし、ただの部下と呼ぶにはずいぶんと重武装だ。拳銃を腰に吊り、短機関銃まで装備しているのだから。ここは事務仕事を主に取り回す海軍本部であって紛争地帯ではない。こんな装備を持った人員を常に伴って行動しているとしたらよほどの危険人物か護衛対象、もしくは異常なまでに警戒心が強すぎる頭のおかしい人間だけだろう。

 

 それでも連れて歩く必要があるのだ。武装した人員を使うところがないに越したことはないが、荒事は避けられない。そもそもやろうとしていることが恫喝行だ。バックに武力を付けておくのも致し方なしだろう。

 

「東雲中将、ですか?」

 

 ぐねるような廊下を東雲の一団が進む。その途中で背後から声をかけられたのだ。

 

「どうした?」

 

「そ、そちらの方々は……」

 

「部下だ。何かあったようだから武装させた。手は出さない。何があった? 何が起きている?」

 

 東雲が部下たちを手だけで制する。天井へ銃口が向けられて、東雲に声をかけた士官がほっとした表情を漏らした。

 

「どうやら侵入者らしく……避難を、と」

 

「わかっている。だからこうして移動しているんだ。だがそうなるとこのまま武装させたままの方がいいな」

 

「そう、なりますね。護衛になるでしょうから。それでは私はここで失礼します。素早い行動をお願いいたします」

 

「そうさせてもらうよ」

 

 敬礼をすると背を向けて去っていく士官を見送りながら東雲はさらに下へ。おそらくだがすべてが眠っているのは上ではない。

 

「明らかに構造上は存在しないはずの場所にある電力消費。おそらくはこいつだ」

 

 咎められたときの言い訳は単純。「兵力があったので侵入者を追跡した」だ。素晴らしいとはとても言えない大義名分だが何も無いよりマシだ。

 

 なにより峻が引っかき回しているこの状況下なら十分に通じる言い訳だった。




こんにちは、プレリュードです!

前回のおふざけ回は終わり、新章突入となりました。ぶっちゃけ座談会は結構、楽しかったです。質問を出していただいた方々には多大なる感謝をこの場を借りて言わせていただきます。

さて座談会のことは割り切っていきましょう。とりあえずは帆波と東雲が出てきました。互いに利用し合う、というより帆波が動かざるを得ないといった様子ですが。
堂々のクーデター宣言ですよ奥様。なんて強引なんざましょ。
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