艦隊これくしょん〜放縦者たちのカルメン〜   作:プレリュード

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【ECHO】-ENFORCE

 

 『かごの目計画』は時代遅れの遺物だ。そう突きつけた若狭はしかし勝ち誇るような様子は微塵もない。

 

 確たるものはないが峻は直感した。まだ終わりでない、と。

 

 なにか続きがある。よく考えれば若狭はまだ話す場を構築したことまでしかやっていない。そして若狭の目的がこのような暴露大会だけで終わるなんてことはありえないのだ。

 

「そろそろ本題に入ったらどうだ」

 

「これだって本題だよ。『かごの目計画』が限界であることを認識してもらわなきゃいけないからね」

 

「それは私が、かね?」

 

「どちらも、ですよ。ひとまず、ここまで脅すように拳銃を突きつけていたことを僕は謝罪させていただきます。これから先に話すことをどうでもいいと斬って捨てることはもうないでしょう?」

 

 陸山が無言で首肯する。ようやく若狭が構えていた9mm拳銃を下ろした。そしてぐるりと右肩を回す。

 

「ふぅ、ずっと構えているっていうのはわりと疲れるものだね。帆波も下ろしたらどうだい?」

 

「俺個人の自由だろう」

 

「構えを解くように強制するつもりはないよ。ただ引き金だけは引かないでほしいものだけど。元帥にも死なれては困るんだ」

 

「それも俺のさじ加減だ」

 

 峻ほCz75の狙いを陸山につけ続ける。構えを解かないことを選択したのだった。こうしておけば人差し指を少し動かすだけで陸山を攻撃することが可能だ。これならば意識と警戒をある程度、若狭に割いていても即座に対応することができるだろう。

 

 若狭の手のひらで転がされていたことに腹は立たなかった。だからこれは若狭に苛立っているわけではない。

 

 何をしてくるかわからないゆえの警戒だ。

 

「死なれては困る、とは私に利用価値があるということかね」

 

「そう捉えてもらって結構ですよ」

 

「傀儡になれと?」

 

「あなたの感じ方次第です。けれど理解したはずでは? 『かごの目計画』はもうお役御免を迎える時なのだと」

 

 抑止力としての深海棲艦が機能しなくなり始めた。もはや深海棲艦はただの敵へと成り代わり、人類にとって害悪にしかならない。

 

 なにより、いつまでも無限に進化を続けていく深海棲艦と対等に渡り合うために艦娘のアップデートを続けなくてはいけない。だがアップデートは作成に時間がかかり、そして作成されたとしてもそれがきちんと機能するかテストもしなくてはいけない。

 

 一見すればいたちごっこに見える。だがこちらのいたちの歩みが遅いのならば追いつかれるのは必定だ。

 

 深海棲艦の出現で確かに当初は各地の紛争は途絶えたように見えた。だがそれは外部からの暴力によって無理やりに集結を余儀なくさせられただけ。

 

 不満の感情は消えることなく渦巻き、そして燻り続けた。戦火は消えても火種はずっとそこにあったのだ。

 

 そして今、抑止力が効かなくなり始めると共に燃え始めている。

 

「若狭、そいつを理解させたとして何をしたい? いい加減に回り道がすぎる」

 

「必要な過程なんだよ。納得してもらわなくちゃいけないんだ。時間はかかるかもしれないけれど、どうしてもね。そうでなくては僕がここまでやった意味が無くなる」

 

「何の話だ」

 

「悪いんだけど話の腰を折らないでくれないかな。時間がないんだ。もうクーデターは起きてしまった。そろそろあちらが動いてくる。だから早々に説明しきって理解し、納得ずくの上で協力してもらわなくちゃいけない」

 

「あちら……?」

 

 現在、海軍本部で争う勢力は2つ。東雲の率いる勢力と陸山の勢力だ。

 

 だが明らかに若狭の言うところの『あちら』はどちらを示すものではなかった。仮に若狭を第三の勢力と仮定しても、それを呼称するものではないことも明白だ。

 

「若狭中佐、何を私に望む?」

 

「ここまで来れば単刀直入に言わせていただきましょう。東雲将生と手を組んでください」

 

「私に『かごの目計画』を裏切れ、と?」

 

「違います。対等な関係で『かごの目計画』一派と東雲将生が手を組み、時代に合った改革を進めるべきだと言っています」

 

「何を馬鹿なこと……」

 

「果たして本当に馬鹿なことでしょうか?」

 

 若狭が否定しようとする陸山を遮った。思考停止をすることなど許さない。一蹴などさせてたまるか、と。

 

「このまま『かごの目計画』に縋り続けても緩やかな崩壊を迎えていくのみ。常に即応できなければその先は屍の山が築かれるでしょう。転換期に立たされているんですよ。日本も、そして世界も」

 

「……」

 

「だから僕は提案しているんです。手を組むべきだ、と。固執を続ければいずれ本当に守るべきものすら見失う。このままシステムの維持に執心するばかりでいては、いずれ張り巡らせたかごの目は深海棲艦によって食い破られるでしょう。いや、もう破れかけている。既に気づきかけているのでは?」

 

 深海棲艦が進化を遂げてより強力な個体へと変わるたびに艦娘の戦闘能力を刷新して、対抗できるようにする。

 

 10年以上もそうやって続けてきたのが『かごの目計画』なのだろう。だが永続的に艦娘の強化ができるわけがない。プログラムの強化はいずれ限界を迎える。

 

 そしてその限界はもう目前まで迫っていた。

 

「時間がないんです。このままでは手遅れになってしまう」

 

「若狭、何をお前は焦って……」

 

 しかし峻は途中で言葉を止めた。油断なく陸山に向かって構えていたCz75を広い元帥執務室の中で何も調度品が置かれずにぽっかりと壁紙を外気に晒している一角に向ける。

 

 変に日焼けが少ない壁紙だ。だが特にこれといった変哲さはないただの壁。

 

 背筋が粟立つ。ついさっきまで相手にした警備やら侵入者に対抗するために武装してきた人間とは全く違う。明確な殺意といわけではない、異質な気配がした。

 

 バン、と視線を注いでいた壁紙の部分がいきおいよく開いた。飛び出してきたフードを被っている人影の手に大振りなマチェットナイフが握られている。

 

 悠長にしている余裕はなくなった。もっとも壁際に近かった陸山に人影が飛びかかってきた。

 

「帆波、元帥を死なせたらまずい」

 

 若狭が9mm拳銃を連射して陸山と人影の間に撃ち込む。

 

 本来ならば守ってやる義理なんて皆無だ。けれど東雲からのオーダーもある。

 

 腰に伸ばしていた峻の右手がナイフを掴み取り、陸山との間に割り込むと振り下ろされるマチェットを受け止める。

 

「思ったより早い。もう少しゆっくりしててほしかったね」

 

「おい、若狭。こいつはなんだ」

 

「人形だよ。まだ1体で済んでいるだけましだね」

 

「ってことはここから増えてくるのか……よっ」

 

 右手に力を込めて、若狭が『人形』と呼んだ敵をマチェットナイフを腕ごと上へ弾き上げる。すかさず左手のCz75を持ち上げると連続して引き金を引いた。

 

 必中。これで終い。そうだと思い込んでいた。

 

 崩れた体勢のまま、サイドステップをして避けられるかぎりの弾を避けてみせたのだ。確かに撃った内の数発ほど命中はした。けれどかまわず突っ込んでくる。

 

「頑丈だな、くそっ」

 

 正面に繰り出された蹴りを峻が右脚で受ける。右脚は鋼鉄の義足だ。そんなものを思いっきり蹴りつけようものなら、相当な痛みのはず。

 

 だがそれでも攻撃の手は止まなかった。峻の頭上にナイフが振り降ろされ、半身を後ろへ下がらせてそれを避ける。

 

 左手でCz75を握ったまま、マチェットナイフを振り下ろしたばかりの腕を押さえ込むと、右手が閃く。一瞬のうちに首元へと峻の右手が迫ると頸動脈を正確に掻き切った。最後に青白い燐光をブースターより吹き出している右脚で蹴りつけて後ろへ吹き飛ばすと、峻が若狭の方向へ振り向いた。

 

「若狭、こいつはなんだ」

 

「帆波、まだ終わってない!」

 

 珍しく若狭が声を荒らげる。その異常さに峻は半ば反射で蹴り飛ばした方を向いた。

 

 キラリと光る何かが迫ってきていることを認識した瞬間に急いで身を捩る。ギリギリで回避が間に合ったおかげで服の右肩部分が裂けるだけに留まる。

 

「なんて生命力だよ」

 

 頸動脈を切られたせいで首から大量の血液を流しながら向かってくる。手にはしっかりとマチェットナイフが握られたままだ。

 

 頸動脈を切ったのだ。確かに出血多量で死ぬまでに多少の時間はあれど、痛みは尋常なものではないはずだ。ショック死をしていたっておかしくない。加えて腹部も右脚で蹴りつけているが、それでさえ致命傷にはならずとも骨の数本くらいはいっているはず。運が悪ければ内臓破裂くらいはしているかもしれない。

 

 もう死に体のはずなのになぜ向かってこれる? 十分すぎるほど瀕死の重傷を負わせたはずなのに、だ。

 

「確実にとどめを刺すんだ。そうじゃなきゃ止まらない!」

 

 若狭が戦闘音で掻き消えないように叫ぶ。殺さなければ止まってくれないらしい。

 

 突き出されたマチェットナイフを柄で叩き落とす。峻の左手が跳ね上がるとCz75から銃弾が撃ち出された。

 

 飛び出した銃弾は真っ直ぐにフードの中へ吸い込まれていく。そしてフードの下で光る目を貫いて後頭部から飛び出ていった。

 

 ここまで攻撃を加えてようやく『人形』はどっと倒れ伏した。峻は詰めていた呼吸を解放して息を整えると、今度こそ立ち上がらないか念入りに確認してから振り返った。

 

「若狭、説明してくれるんだろうな」

 

「帆波、艦娘を製造している元はどこか知ってるよね?」

 

「なんの関係がある?」

 

「いいから」

 

「海軍工廠じゃなかったな。資金提供されている……」

 

「岩崎重工だ」

 

 胡乱げに記憶の糸を手繰る峻を遮って陸山がにがりきった顔で解を述べる。正解を前に若狭がうなづいた。

 

「あの扉は岩崎重工の工場へと繋がる通路ですよね、陸山元帥」

 

「そうだ。隣接している。よくわかったものだ」

 

「簡単です。そもそもこの計画は岩崎重工の協力が前提です。綿密な連携が必要な以上は直通の通路があるだろうとは思っていました。そして騒動が起きれば岩崎重工から刺客が送られてくることも僕は知っていたからですよ。そしてこれは遅かれ早かれ送られてきました」

 

「なんだと?」

 

「あなた方は続けるつもりだったとして、あちらは『かごの目計画』に見切りをつけていたということです。しかも新たな計画の準備は着々と整ってきています。旧体制には退場していただき、新たに頭をすげ替えるつもりなんですよ」

 

 もう用無しだから消される。ただそれだけなのだ。否定材料を探そうにも現に目の前で刺客の死体が転がっているのだから陸山も否定ができない。

 

 殺されるならば正当な理由があるに決まっている。そして新しく別のプランを回す際に邪魔になるのだろう。単にすげ替えるだけなら殺しまで実行する必要はない。

 

「海軍の勢力を削いでいるのか」

 

「正解だよ。さあ、元帥。理解いただけましたよね? もう岩崎重工はあなたに協力することはありません。どころかその命を狙いました。『かごの目計画』はもう維持できません」

 

「だから手を組め、と言うのかね?」

 

「少なくともこのままでは崩壊の一途でしょう」

 

「今になって刺客を送り込んできたってことは準備が整ったって考えるのが妥当だろうな」

 

 処分しに来たということは次の計画に陸山たちが必要とされなくなったからということなのだろう。10年以上も準備期間に費やしたということはずいぶん長期的な計画だ。しかし逆にそれだけ入念に練りこまれていることを示唆するものとも言える。

 

「騒動を起こさなければこうはならなかったのではないのかね」

 

「確かに刺客が来たのは騒動が起きたからです。しかし遅かれ早かれこうなっていたでしょう。決断してください。死んで世界と共に終わるか、それとも東雲と手を組んで最後まで足掻くか。具体的な証拠はそこのクローン兵の死体が示しているでしょう。それともこれ以上になにか必要ですか?」

 

「……真に国家を、いや世界を憂いていた。暴力の連鎖は断ち切らねばならんと。人と人の殺し合いなど止めねばいけないと。だがこのザマではな」

 

 自嘲的に陸山がこぼす。若狭は無言で回答を待ち続けた。

 

「よかろう。岩崎重工を敵に回すことにはなるが、先にこちらを切ったのは向こうだ」

 

 陸山が東雲につけばより強い大義名分を与えることになる。さらにすべてが片付いた時に元帥という海軍のトップから有利な証言が得られるのならば非常に動きやすい立場に立てる。

 

 陸山としてはこちらにつくメリットは今後も地位が維持すふことができ、なおかつ崩れていくシステムを支える人手を自動的に入手することができる。

 

 味方ではない。しかし協力関係にはなれる。

 

 陸山は『かごの目計画』を今まで維持してきたのは国と世界の平穏が目的と言っている。そして『かごの目計画』の限界と崩壊の兆しは提示された。だからこそ、切り捨てる選択を取るしかない。

 

 ずいぶんとあっさりはしている。だが陸山にもメリットは提示されている。純粋な利益同士で手を組む関係は利益を与えることができるかぎり相手を信用することができるのだ。

 

 利用し、利用される関係性の方が無償の信頼などという不確かなものより遥かに信用できるのだから。

 

「若狭、思い通りにいってご満悦のところ悪いが事後処理はどうするつもりだ。少なくとも元凶を明確化させねえと納得は得られねえ」

 

「簡単さ。事実を公表すればいい」

 

「それが公表できねえんだろうが。東雲将生がクーデター起こして元帥を取り込んだから権力総なめできるようになりましたって発表するつもりか?」

 

「いいや。それにクーデターの首謀者は東雲じゃない。この僕じゃないか」

 

 不敵に笑いながら若狭が9mm拳銃を自らのこめかみに突きつける。峻は額に皺を寄せた。

 

「こうなるように仕組んだのは僕だ。ならこう発表すればいい。首謀者である若狭陽太は事前に事態を察知した東雲将生と陸山賢人が協力体制を築いたため、その結果として自らが汚名を着せた帆波峻によって追い詰められ自害した。おめでとう、帆波。これで反逆者の汚名は晴れるよ。謂われなき罪を着せられても無罪を主張し、最後はクーデターの首謀者を追い詰めた英雄だ」

 

 若狭の引き金にかけられた人差し指がゆっくりと引かれていく。止めようという気概は峻の中でまったくもって湧かなかった。

 

 若狭はただ死のうとしているのではない。すべての責任を一手に引き受けて死ぬつもりなのだ。

 

 しかしこれで明確な『敵』という存在が出たことになる。すべての幕切れを首謀者の『自害』という形に無理やりかもしれないとはいえ、丸く収められる。

 

「ああ、そうだった。帆波、ここから後にもさっきみたいな人形兵が何体も出てくると思う。東雲と陸山元帥。この2人だけは絶対に殺させちゃだめだ。そして同時に市街地へ放つのも防がなくちゃいけない。いくつあるかは把握できてないけど、ここみたいに岩崎重工の工場と直通の秘密通路がまだ数本くらいはあるはずだから、警戒するんだ」

 

 こめかみに銃をあてがったまま、若狭が考え込む。すぐに何かに対してうなづいた。ずいぶん晴れやかな表情で。

 

「うん、これくらいか。詳しいことや事後処理に関しては任せるよ。僕のデスクを探せば今まで集めた資料が眠ってるはずだからそれを利用してくれて構わないよ。岩崎重工の工場に踏み込めばいろんなものがみつかるだろうし。以上を東雲に伝えておいてほしい。これだけ伝えておけば東雲は十分に動けるはずだし、能力的にも問題はない」

 

「最後は投げっぱなしか」

 

「それを言われると心苦しいね。でも僕はうまくいくことを知ってるつもりだよ。だから、安心して逝ける」

 

 ふっと若狭が頬を緩める。何を見て、そして何を聞いてそう感じたのかはわからない。だが得体の知れない確信と覚悟が滲んでいた。

 

「さて、それじゃあ……」

 

 引き金にかけられた若狭の人差し指に力がこもっていく様子が遠目にもわかる。

 

 そして1発ぶんの銃声が元帥執務室に響いた。





こんにちは、プレリュードです!

ずいぶんとあっさり物語が進んでいきますね。でもこういう立場の人間が変に喚くのって自分があんまり好きじゃないんです。なんかこう、ちゃんと最後まで落ち着いていてほしい。喚き叫ぶのは簡単なんですけど、それをせずに自らの状況を受け入れられる人が上にはいてほしいといいますか。完全に自分の趣味というか、こういう人であってほしいの願望ですけども。
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