艦隊これくしょん〜放縦者たちのカルメン〜   作:プレリュード

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【FOXTROT】-FEEBLE

 

 たった1発。されど1発の銃弾は人の命を奪うに十分すぎる。

 

 例えば峻が殺すと決めた相手の眼球を狙い、後頭部まで撃ち抜くのは確実に息の根を止めるためだ。額では頭蓋骨を滑ってしまい、仕留め損ねることが稀にある。

 

 しかしそういったごく稀に起きるケースを除けば、殺そうと思って撃った弾が急所を捉えた時点で人は死ぬ。

 

 つまり、こめかみに銃を突きつけている若狭がその引き金を引ききった瞬間に、若狭の命は絶え果てる。本人の計画通りに。

 

 初めからこうするつもりだった。そうでなくては説明がつかない。

 

 止めるつもりがあったかと聞かれれば峻の答えはノーだ。若狭は今後に関してもこちらに自分の持てる限りの情報を提供するために記憶媒体に残してあると言った。つまり若狭がいなくとも成り立つようにしてあるのだ。

 

 現在の混乱状態においてどこの誰が事の首謀者かなどわかるものはほんの一握り。事情に通じていない人間ならば若狭の説明で十分に納得させることができる。残りの一握りも軍内部でトップの陸山を取り込むことに成功した今、さしたる障害にもならない。

 

 よって若狭の死は意味がある。これによって簡単に今までの事変を落ち着くところへ落とし込むことができるのだから。

 

 そしてここまで考えた時点で峻は若狭を止める理由がなくなった。いや、そもそも開始時点で理由など存在しない。東雲のオーダーは敵を殺すな。向こうのサイドである人間であっても取り引きを最終的に持ちかけるから絶対に殺してはいけない。そういうオーダーだった。逆に言えばどちらの陣営でもない若狭は対象外だ。

 だから若狭の手にあった拳銃を撃ち抜いて自害を止めたのは峻ではない。

 

「やっと……やっとだ、若狭」

 

 若狭が引き金を引ききる直前に、元帥執務室のドアが荒々しく開かれた。そして猛るような緑の閃光が飛び込み、若狭がこめかみに突きつけていた拳銃を1発だけで正確に撃ち抜いたのだ。

 

 平然とした様相を取り繕っているが額に汗が滲み、特徴的な緑色の髪が幾筋か頬に張り付いている長月が硝煙のまだあがる拳銃を握りしめていた。

 

「長月…………?」

 

「ようやくここまで追いついた」

 

 今までの余裕があった表情をはじめて若狭が崩した。長月は構うことなくセーフティを拳銃にかけると腰のホルスターへ収める。まるでたった今、長月が撃ち抜いて弾き飛ばした一挺だけしか若狭が持っていないと知っているかのように。

 

「僕は長月に常盤の監視をするように言ったはずなんだけど?」

 

「ああ。今は私が信頼するものたちに交代してもらっている。だから報告に来ただけだ」

 

「僕は長月が自ら監視につくよう言ったんだけどね」

 

「そうだったか? それならば伝達ミスだろう。相手に自分の思っていることを完全に伝えることほど難しいことはないからな」

 

 あからさまとしかいえないような嘘をすらすらと長月が並び立てる。報告だとしても普段なら若狭は情報部にいるのであって本部ではない。なのにわざわざ本部を狙って長月は報告に訪れている。伝達ミスなどと言っているが、明らかに命令の穴を突いて自分にとって都合がいいように曲解しただけにすぎない。

 

 だがもっともタチが悪いのは証明のしようがないことだ。

 

 長月が自ら監視するように若狭は言ったというが、誰がその言葉を聞いただろうか。それを長月の都合でねじ曲げて解釈したと確定させられるものはなに一つとしてない。

 

「邪魔をするつもりかい?」

 

「つい最近にも、まったくの別人から聞いたセリフだ。私は若狭のプランに当たりをつけているつもりだ。そしてその中に若狭の死が含まれていると予想したから止めた。ただそれだけだ」

 

「仮にそうだったとして長月が僕を止める理由がないね」

 

「そうでもないさ」

 

 自分を補佐につけてくれていた若狭に長月は感謝していた。旧型だと罵られる睦月型である自分を拾い上げ、そして存在価値まで見いださせてくれた。

 

 だが若狭が求めているものが感謝ではないことも早々に長月は理解していた。別の目的があって自分を利用しているだけであってそういった類のようなものを若狭自身が望んでいないこともわかっていた。

 

「思い通りにはさせない。いつだったかに言っただろう」

 

「懐かしいね。そうやって演技させたよ」

 

「演技でないとわかっていたのに、か?」

 

「さて、ね」

 

 そうだ。あの時に若狭の裏をかいてみせると決めたのだ。唯唯諾諾と言われたことをこなすだけではなにもできないのと同じではないか。

 

 だから演技ではなく、真剣に挑んでいた。本気で越えるつもりだったし、本気で思い通りにさせないつもりだった。

 

「若狭」

 

「なんだい?」

 

「『背中を刺す刃たれ』。私は刺したぞ。もうなまくらではない」

 

「……みたいだね」

 

 感情の起伏が読めないためなのか、若狭の目が細められた。けれど長月は態度を変えることはなく、ここに自分がいて当然だと言わんばかりに堂々と立っている。

 

「長月、今すぐ引き返すんだ」

 

「断る」

 

 間髪入れずに長月が拒絶する。手短すぎる言葉。だが明確すぎるまでにそれは拒絶だった。

 

「ここで死なれたくない。だから私は私のエピソードを挟み込んだんだ。遠ざけようとしているのも理解している。巻き込まないためということだって」

 

 だが、と逆説で長月は続けていく。

 

「知ったことか。死なれたくない。せめて自害なんてくだらない方法で終わるのだけは見たくない。だから動いた。辻褄を合わせる算段もつけているし、死ぬ必要のないエピソードに作り変えた」

 

 やれと言われた仕事はやった。常盤は長月の手のものたちが監視している。未だに意識は戻らないそうだが、一命は取り留めたらしい。けれどむしろ長月としては意識がないままの方が監視を続けやすい。

 

 他にも東奔西走しては様々なところへ手を加えた。すべて若狭にとっては末端部だったのだろう。だがそのひとつひとつが長月にとって若狭の自害を確信に至らせていくものだった。

 

「若狭、徹底的にしてしまえばいいだろう? 例えば岩崎重工を共通の敵にしてしまえばいい。そこに転がる人形が敵対性の証拠になる。そもそも初期に侵入したのは帆波峻ではなく、人形兵。ものごとの順序を逆転させただけだが、これだけで『悪者』を安易に作れる」

 

「理由がない。なぜここまでの事件を起こしたのか公開できるわけがないだろう? 別のでっちあげを加えなくちゃいけない」

 

「それも簡単だ。首謀者を逮捕しようとしたが、予想以上の抵抗を受けたのでやむなく射殺した。それこそ自害でもいいな。死人は話さない。だから真相は闇の中となってしまいました。これで通るだろう」

 

「だとしても……ああ、まさか。長月、まさかとは思うけど…」

 

「帆波峻。あなたに依頼したい」

 

 長月が今まで若狭と合わせていた目を峻へスライドする。呼び捨てで峻の名を呼んだ長月の態度も纏う雰囲気も見た目通りのそれではない。

 

「岩崎重工総合経営責任者ならびに『かごの目計画』の一員である岩崎満弥の殺害、そして人形兵の生産ラインの停止だ」

 

「俺が依頼を受けると思うか?」

 

 相当の報酬があったとしても受けないだろう。そもそも長月にそこまで付き合う義理は峻にない。

 

 しかし長月は確信めいた表情でかぶりを振った。

 

「あなたは依頼を受ける。そうするしかなくなるからだ」

 

「俺が協力しなくちゃならない理由もないだろう」

 

「それがあるとしたらどうする?」

 

 長月が液晶の大きいタブレット端末を峻に寄越した。警戒しつつ受け取ると、タブレット端末に峻は目を落とす。

 

 海軍本部内の各所に設置された監視カメラの映像らしいことはすぐにわかった。一時的にラインを構築して繋げているのだろう。別段、なにか異常があるわけでもないごく普通の廊下だ。問題など見受けられない。

 

 だがその映像で海軍本部内に走る人影が最大の問題だった。

 

「いい性格してる」

 

「『もう少しうまくやれ』と言われたからな。うまくやってみただけだ」

 

「こうすれば俺が動かざるを得なくなることも計算の上か」

 

「さあ、な。私はあくまでタブレット端末の映像をあなたに見せただけだ。他は何一つとしてやってなどいない」

 

 やってくれる、と峻が、口の中で悪態をつく。だが理由は与えられてしまった。なにがなんでも動かなくてはいけない理由が。

 

「……ここを通っていけば工場に繋がってるんだよな?」

 

「元帥クラスがそう何度も工場へ行くのは不自然だった。だから繋いだトンネル。ならば繋がっていない道理はない。なにより本人がそう認めている」

 

 長月が補足するように峻の疑問に答えた。無言で集められた視線に陸山が黙ってうなづく。

 

 つまり長月はこの通路を通って岩崎重工の工場まで乗り込み、人形兵を排出している工場ラインを止めた上でトップである岩崎満弥を仕留めてこい、と依頼したことになる。

 

 さっきのような人形兵はまだわらわらと出てくるのだろう。それもこの通路を通って海軍本部内へ侵入しようとしている。

 

 敵地の真っ只中に飛び込んでこいと言われたようなものだった。

 

「こんなこと起こさなければ人形兵なんて出てこなかったんじゃねえのか?」

 

「言い訳みたいになるのは覚悟してるけど、その上で言わせてもらうなら放置すればもっと数は増えてたし、性能も上昇していたよ。それこそ手に負えなくなるレベルで。今ならギリギリで何とかなると思ったからこうして僕は動いたわけだし」

 

「若狭、あれの基本性能は? わかる範囲でいい」

 

「痛覚神経をカットされてるから痛みは感じない。艦娘用の戦闘プログラムの最上位をインストールされているから、格闘戦から銃撃戦までこなすマルチロールファイター。それが敵と認識させられているものに対して無条件に襲いかかってくる。数に関してだけど具体的にはわからない。でも素体は艦娘と同じようにクローンだから量産はできるはず。わかってるのはここまでだよ。さしずめ死を恐れない兵隊といったところかな」

 

 内心で舌打ち。十分すぎる脅威だ。クローンであるならば実質ほぼ無限と同義だ。いくら製造に多少の時間を要するとしても、相当の数が控えているだろう。

 

「他にも通路があるらしいが対応は?」

 

「僕が東雲を説得する。兵力という意味では文官ばかりの海軍本部より東雲の海兵隊の方が高いからね」

 

「ならば私が海軍本部内の中でも動ける人間に非戦闘員の避難や迎撃を指示しよう」

 

 陸山が自ら名乗り出た。さきほど陸山は人形兵に襲われている。完全に敵として認識されていることは陸山本人が身に染みて感じたことだろう。

 

「信じていいのか、若狭?」

 

「信じていい。利害の一致は見ているからね。下手な味方よりよっぽど信用がおけるよ」

 

「私とて『かごの目計画』は平和を願って維持していた。もう維持がかなわないにしても、せめてこの身が平和のための一石になれるのなら喜んで捧げよう」

 

 陸山の言葉に込められた意志は量れない。だが方針は固まった。オフェンスに峻1人というのは少々、心許ないかもしれないが、被害の拡大を防ぐことが優先だ。なにより市街地へ絶対に人形兵を出してはいけない。

 

「ともかく役割分担は終わったね。僕が東雲の説得。陸山元帥が避難誘導の命令。帆波が岩崎満弥の殺害と工場の停止。長月は……」

 

「情報統制をしよう。外部に欠片も漏らすわけにはいかないだろう。内部にしても錯綜している情報を整理する必要がある」

 

「わかった。僕も東雲の説得が終わったらそっちに回るよ。帆波、手が空いたらそっちにも人員を送るように東雲には伝えるよ」

 

 事態が落ち着くのにどれだけ時間がかかることだろう。なによりこれから峻は敵地へ飛び込んでいくことになるわけだが、そもそもその途中で死なずに帰られる保証もない。人員を送る、と言われても間に合わないどころか手遅れの可能性もある。

 

 だから小さく峻は鼻で笑った。

 

「期待しないでおく」

 

「口を挟んですまないが、もし他の大将を見つけたら事態を伝えて欲しい。彼らとて私と同様に騙された立場だ。なにより死んでもらっては困る」

 

「通路に逃げ込んだ、と?」

 

「他の通路も非常用として使えるのでね。絶対にいないとは言いきれないのだよ」

 

「もし、見つけたら伝えるだけは伝える。そっからあとは知らねえ」

 

「それで十分だ。こんなことを言える立場ではないが……頼む」

 

 黙って峻が背を向けた。どうやらホロでカモフラージュされていたらしい開けっぴろげな通路のドアの真横を通り過ぎると、薄暗い内部へと進んでいく。地下に繋がっているのか下へ下へと通路は伸びていた。

 

 周囲に人影がないことを確認してから3目をつぶった。視界が完全に闇に閉ざされるが、耳をそば立てて警戒を怠るようなことはしない。

 

 30秒ほどしてから目を開けた。これでだいたい目も暗闇に慣れ始める。さっきよりも薄暗いこの空間が細部まで見えるようになった。

 

 はっきり言って使いっ走りをさせられるようでいい心持ちはしない。だが長月の見せたタブレット端末の映像は動かざるをえない状況に峻を追い込むものだった。

 

「虎穴に入らずば虎児を得ず、か」

 

 通路を使って岩崎重工の工場まで侵入してこい。ただしここから先は大量にさっきのような人形兵が出てくる。

 

 戦ったからこそわかる。あれの体術は非常に高い水準にあった。ただ闇雲に発砲しても平然と避けられることになるのは目に見えている。その証拠に体勢を崩した上で撃っても数発しか当たらなかったのだから。さっきは1体だけだったおかげでわりと簡単に片付いたが、複数体いれば手こずることは必至だ。それこそ数の暴力をされたら押し負けることも十二分にありうる。

 

 加えて痛覚を切られているのならば、なおさら危険だ。いくら攻撃したところで確実に息の根を止めなければ何度でも向かってくるのだから。最悪、四肢の骨をへし折っても折れたままで突撃してくる可能性だってあるのだ。

 

 そして感覚でわかる。死を恐れないということがどれだけ敵として厄介であるのか。

 

 それはまるでかつての自分とそっくりだったから。

 

 余計なことばかり考える頭が鬱陶しい。かぶりを振って思考をふり払うと、足音を立てないように慎重に進む。広い通路とはいえ一本道だ。仮に会敵したら非常にやりにくい。先に発見できた方がいいに決まっている。だから足音は立てないように気を使い、同時に耳で他の足音が聞こえないか注意深く探っていた。

 

「3人……いや、4人か。だがそれより近くに1人」

 

 風の流れからしてちょっとした広間にそろそろ繋がっているはずだ。先に広間でいちばん近くにいる1人を潰してから、待ち伏せをして残りの4人に対して奇襲を仕掛けるのがこの場合はベストだろう。合流されていい予感はしない。それにできるかぎり同時に多数を相手するよりは少数ずつとやり合った方が負担も軽くて済む。

 

 懐のワイヤーガンはしばらく使用しないだろう。だがいつ使うともわからないため、すぐに抜けるように胸元あたりにしまっておく。これから使うのはナイフとCz75、そしてこの身一つだ。

 

 広間に出ると海軍本部側に7本の通路が伸び、更に奥へ進むための通路が1本、伸びていた。海軍本部側へ続く通路のうち1本から峻は出てきたので、あと6本はこういった隠し通路があることになる。そして一人分の足音はそのうち1本から響いていた。

 

 ちょうど入口に体を張りつかせるようにして身を隠す。徐々に徐々に足音は近づいてきていた。

 

 足音の主が入口に現れる。その瞬間に峻は左手のCz75で足音の主の頭部に狙いをつけた。

 

 青みがかった銀髪が特徴的なその頭に。





こんにちは、プレリュードです!
だんだんと迷走している感がハンパなくなってきて自分でも大慌てしています。なんでこんなプロット作ったんだ。誰だ、これ作ったヤツ! 長いよ!
まあ、愚痴はほどほどにして。
何度も使った表現なので最後は誰なのか察して頂けるとうれしいなー、と思いつつまた次回ということで。
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