叢雲はその瞬間を見ていた。峻の胸にナイフが刺さっていくその時を。そして自分と同じ容姿の人形兵を。
何が起きたか理解は早かった。そして頭が沸騰するのも。
「あああああああああああああああ!!」
刀を力任せに振り下ろして目の前の人形兵をナイフごと叩き斬る。鮮血が吹き出す中を掻い潜るように突き進み、峻を刺した人形兵に向かっていく。
虚ろな瞳の人形兵と、叢雲の燃えるような赤に近いオレンジの瞳がぶつかり合う。なにも映さない人形兵に対して、叢雲の目はただ純粋な怒りの焔が宿っていた。
「私の姿で……!」
峻に攻撃して、怪我を負わせた。それだけで十分すぎるほど怒るに値する。
だがそれ以上に自分と同じ姿で同じ顔の人間が峻に殺すつもりで武器を振るい、攻撃を加えたことが許せなかった。
空気がビリビリと震動するほど強く叢雲が踏み込む。右腰に刀を隠すように構えて右斜めに斬り放つ。
しかし、浅かった。普通の人間なら致命傷だが人形兵を相手にするにはまだ足りない。肉を斬り裂いたのみで、芯まで届いていない。
バックステップで人形兵が距離を取る。それが余計に叢雲の中で燃え上がる怒りに油を注ぐ。その行動はまるで逃走を想起させられたからだ。
そして逃避する姿がついこの間まで自身が抱いていた感情から目を背け続けた自分がリフレインして重なった。
「逃げるな!」
叢雲が吼える。薄暗い照明を受けた刀身がギラリと光を照り返す。周囲なんて見えていなかった。ただ自分と同じ容姿の人形兵だけが視界の中心を占拠し続けている。
ずっと理解することを避けてきた。迷い続けて時間を稼ぐために逃げた。けれど、迷う時間はもうお終いだ。だからこそ、ここに来た。もう手から溢れ落とさないために。
さらに強く踏み込む。空気どころではなく、空間そのものが揺れ動くほどに強く。手首を返して刀身を回転。柄頭を左手で握る。右手はあくまで添える程度。
「死になさい!」
右上から左下へ体重と踏み込みの勢いを乗せて振り下ろす。叢雲クローンの首筋に刃が当たる。筋繊維を裂いて骨を砕き、腹部を割って血の糸を引きながら斬り抜いた。
「はあっ、はあっ、はあっ……」
荒い息を叢雲が吐く。頭に上っていた血が下りてようやく少しずつ周りが見られるようになってきた。
「あー、まずったわね……」
叢雲はようやく冷静になってから改めて周囲を見渡す。ただ一心に突っ込んでしまった結果、不用意に人形兵のど真ん中に飛び込んでいた。じわりと嫌な汗が滲む。迂闊だったとしか言いようがない。
すぐに頭に血が上るのは悪い癖だ。それはゴーヤとの演習で身をもって思い知らされたことのはずなのに。
中段に刀を構えなおす。死んでやるつもりなんてこれっぽっちもなかった。まだ峻は生きているはず。手当てをすれば助かるにも関わらず、ここで叢雲が死んでしまったのならば誰が医者か衛生兵の下へ運ぶというのだろう。
「まだ私は死んでやれない。まだ私はやらなきゃいけないことがあるのよ!」
囲まれていようと諦めるつもりなんてない。叢雲自身の命も峻の命さえも。欲張りだと言われることになろうともこの2つだけは手放すようなことだけはしない。
そのためにここに来たのだから。
峰で攻撃を逸らして切り上げ。予想通り避けられるが追撃をかけて、なんとかかすり傷を与えるのみに止まる。
「鬱陶しい!」
「本当にな」
パァン! と銃声。完全にノーマークだったらしく、一体の人形兵が血を吹きあげて倒れた。
ゆらゆらと硝煙が銃口から昇る。Cz75を握る峻が手近な人形兵へと飛び掛る。
「こいつらの視界から完全に外れたところからの攻撃は当たるぞ、叢雲」
「どのみち
叢雲が刀を振りぬいて人形兵のナイフを叩き折る。峻が飛び出て、首筋を切り裂きつつ銃口を眼球に突きつけた。トリガーを連続して引くと人形兵が床に沈む。
バックステップで峻との距離を取ろうとした人形兵の足を義足で踏みつけてバランスを崩させる。ぐらりとよろめいたところを叢雲が走りこんで刃を一閃すると斬り裂いた。
血飛沫を避けて叢雲が人形兵の死体を蹴り込んで盾に利用する。視界を塞いだところで攻撃を避けてくるため、あくまで足止めだ。
「行け!」
叢雲が叫ぶ。理解した峻が無言で跳ね上がると叢雲が蹴り込んだ人形兵を足がかりにして前方へ回転すると義足で人形兵の武器を下方へ蹴り落とす。そのままCz75を連射した。
当然のごとく人形兵は避けてみせた。だがそれを先読みしていた叢雲が峻のさらに上から舞い降りると重力落下の速度を生かしつつ、一刀両断した。
避けられてしまうのなら避けられないシチュエーションを作り出してしまえばいい。一人が固定し、もう一人が攻撃する。一体の人形兵あたりにかけられる時間はせいぜい数秒あるかないか。それでも着実に人形兵の数は減っていく。
「次、弾くわよ」
叢雲がそれだけ短く言うと刀で鈍器の根元に刃を当てて弾く。空いた懐に峻が飛び込んで胸をナイフで抉るように突き刺す。顎にCz75を叩くようにぶつけると連続してトリガーを引いた。
「最後!」
人形兵の突き出されたこぶしを潜るように叢雲が反時計回りに体を捻る。回転の勢いをそのままに刀身が閃く。刃が人形兵の左脇腹を割った。肋骨の流れに沿って腹部を斬り開いていく。
すさまじい勢いで血液が吹き出し、臓器が零れ落ちる。返り血を浴びたくない叢雲は臓物や脂肪、血液の飛び散る間隙をするすると抜けた。
と、同時に刀を手から離してつかつかと歩み寄ると峻の手首を強く掴んだ。
「なっ!?」
完全に虚をつかれた峻が驚愕に目を見開く。ここまできて叢雲が来ることはまったく考えていなかったのだから。
「怪我! あんた刺されたでしょ!」
平然と動き回っていたが、アドレナリンが効いていたということもある。なにより過去に峻は右脚が吹き飛んでも平然と指揮を執っていた。実はシャツが血を吸っていただけで、かなりの出血ということもないとはいえない。
「せめて止血だけでもしないと死ぬわよ!」
「お、落ち着け……」
「落ち着いてなんかいられるわけないでしょ!」
叢雲が上着をがっしと掴んで引っぺがした。だが、その下に着ている服には小さな赤いシミがあるのみ。いくらなんでもありえない。遠目に見ただけだが、それなりに深く刺さっていたはずだ。それなのに血が少し滲む程度で済むわけがない。
困惑する叢雲が持っている上着の懐から転がり出たものを見てようやく理解不能から立ち直る。
あれだけ暴れまわることができるわけだと叢雲は納得した。カシャン、と床に落ちたワイヤーガンに鋭い傷が穿たれていた。
つまり、峻を突き刺したと叢雲が思いこんでいたナイフは懐に入れていたワイヤーガンに当たり、結果的に峻の皮膚と細い血管を傷つけるだけに止まった。
完全にワイヤーガンは壊れてしまっていた。それはまるで峻の身代わりとなったかのようだ。
「はぁ……」
力が抜けた叢雲がぺたん、と床に座り込む。ずっと張り詰め続けていた緊張の糸がぷっつりと切れたのだ。取り落としたままの刀を拾いに行くことすらしない。さすがの連戦続きに多少の疲労感を峻自身も感じないわけではないため、責めはしない。
後続が来るような様子もなし、しばし武器を収める余裕くらいはあると踏んだのだから。
事実として人形兵たちは来ない。ただ骸が転がる中で、峻と叢雲が佇んでいる。それだけだ。トップであった岩崎満弥は死んだ。すぐそこに死体が横たわっていることがなによりの証拠だ。
つまり元々やれと言われたことはもう終わった。人形兵生産ラインの停止と岩崎重工のトップ殺害。
タスクは完了した。追加の人形兵も来る様子はない。なので峻は少しばかり気を抜いていた。
だからこそ、と言うべきか。口が滑ったというほどではなくとも、軽率すぎる口を叩いてしまった。
「それにしても慌てすぎだろ。そこまでするほどのことでもねえだろうに」
本当に軽い気持ちでぽろっと零れた言葉だった。だがそれを耳にした叢雲の顔がみるみるうちに険しいものに変貌していく。
「……ざけんじゃないわよ。心配するに決まってるじゃない!」
叢雲の声に剣呑さが宿る。しまったと思うがもう遅い。
「なんのためにここへ来たと思ってるのよ。どうして私が無理を押し通したと思ってる!」
「待て……」
「慌てすぎ? 慌てて当然じゃない! こっちはあんたが死んでほしくない一心でどんなこともやってやる覚悟してる。それなのに目の前で喪いかけた。もしも喪ってしまっていたらどれだけ後悔してもしたりなかったでしょうね」
峻の制止を無視して叢雲がすさまじい剣幕で続ける。その勢いは止まることを知らず、濁流のごとくあふれ出す。
「絶対に喪いたくなかった。だって私はあんたのことが好……」
「やめろ」
それ以上はだめだ。どんな言葉を叢雲が続けようとしたか峻はわかってしまった。だからこそ、その続きを言わせるわけにはいかなかった。
嫌に明瞭に峻の声が響く。まるで他人事のようにその声は聞こえた。
けれど、何が何でも阻止しなくてはいけない。この続きだけは言わせてならない。
叢雲の鬼気迫った表情がゆっくりと剥げ落ちていく。それでも言の葉を紡ぎ続ける以外の選択肢は峻に存在しないし、させてもらえない。
「その言葉は俺ごときにかけていいものじゃない。もっと別の、より相応しいヤツこそ受け取るべきだ」
目を合わせて叢雲へ告げる。困惑。そうとでも表現するしかないような面持ちへと叢雲の表情が変貌を遂げていく。
ドタドタという大人数の足音が遠くから近づいてくる。首を左右に動かして何かを振り払った叢雲が転がったままの刀を回収する。
一息をつくことができたと思ったが誤解だったか。軽率な口を利くだけではなく、警戒すらも解いていたのかと思うと自身を呪いたくなった。
瞬くほどの速度で右手がナイフを、左手がCz75を握りしめて構える。血の滴ったままの刀を少し離れた場所で叢雲が下段の構えを取った。
義足のブースター燃料は完全に切れている。体力もきっちり残しているが、警備室から人形兵の連戦と消耗していることに変わりは無い。
蝶番の壊れたドアが勢いよく押し開かれる。どたどたと10人ほど武装した人間たちが雪崩れ込んできた。
「帆波峻、ですね」
「だとしたら?」
「東雲中将から救援として送られてきました」
武装隊の中の一人が進み出る。東雲は本当に救援を寄越したらしい。
だが周囲に人形兵の死体がさんざん転がっているということはもう片付いた後ということに他ならない。人形兵の追加生産をしようにも、装置自体はコンソールで止めてしまっている。これだけ時間が空いても追撃の人形兵が来ないのならば十中八九、これで打ち止めだろう。
「ずいぶんとタイミングがいいな」
「ええ、まさかもう終わっているとは」
ちくりとした皮肉はさらりと流された。どうせここまで来た理由は暗殺対象か峻の死亡確認だろう。どっちが死んだかというのは立っている人物が峻の時点で察しただろう。
「そこらへんに岩崎満弥の死体が転がってる。確認すればいい」
くいっと親指で死体が転がる辺りを指差す。おそらく岩崎満弥の死体もあの山の中にあるはずだ。死亡確認をするためにわざわざあの長い地下通路を通ってここまで来たというのだからきっちりとしていくのだろう。
あと推測される目的としてはこの工場の実態調査だろうか。コンソールにより機能面だけ停止させられた現状であれば気をつけて余計なものを起動させたりしなければ大きな問題へ発展するようなことはないはずだ。
「あなたはどうされますか?」
「……大人しくしとく。どのみち逃がすつもりなんてないだろうしな」
峻が持っている情報も欲しいはずだ。人形兵と戦闘をしたことによって肌で感じたもの。そういった情報の一端すらも東雲や若狭を始めとして陸山や他の大将クラスが欲しているはず。それにも関わらず安易に逃がしてくれるとはとても思えない。
どのみち峻に逃げる理由もなかった。利用価値があると思われているうちはすぐに殺しにくることはない。粗雑な扱いをうけることもないだろう。それならば無理して武装した部隊と正面から相手取る必要はあまりない。
無論、いつでも戦闘態勢に移行することができる状態だけは維持しておかなくてはならない。ナイフは腰の鞘に収めたが、いつでも抜けるように止め具は外してある。同じくCz75もショルダーホルスターへ戻したが、セーフティーはかけていない。
「……」
距離を空けたところで叢雲が無言で佇んでいる。目を合わせないようにしてその脇を峻は通り過ぎた。
「どちらへ?」
「ここら辺をぶらつくだけだ。逃げやしない」
わざわざ目敏いことだ。峻としては自分の価値を高めるために情報収集をしておくことは意味がある。この後がどうなるにしろ、見極めは重要だ。そのまま必要な人材だと思い込ませるにしろ、逃亡の選択肢を取るにしろ、時間は稼がなくてはいけない。その時間を稼ぐために知識があった方が何かと便利だろう。
さっきは余裕がなかったゆえに見て回らなかった箇所を何とはなしにふらつく。放置されているのは出入り口を完全に押さえているためか。
これ幸いとばかりに工場内を歩き回る。透明な培養機の中には裸の人間がぬめりのある薄緑色の液体の中で浮かんでいる。特に代わり映えのない景観だ。さすがにそう容易く新たな情報を見つけ出すことはできないということだろうか。
そう考えながら気を張りつつ歩いていると、とある一角から空気ががらりと変わった。急にひやりとした空気が肌をくすぐるようになる。
明らかに変だ。そう直感が告げる。探りを入れてみようとさらに進んでいく。
そして明確なまでの異変が峻の正面に現れた。
「おい、悪い冗談にも程があるぜ……」
さっきまでと似たような培養機や保存用の円筒ガラスケースがずらりと並んでいる。中もなみなみと薄緑色の液体で満たされている点も同じだ。
唯一の違いはそれらのケース内に深海棲艦としか思えない生物がいることだろう。
ただの被検体として鹵獲したものが保管されているだけならまだわかる。だが一目でそんな目的ではないことはわかった。
人型の深海棲艦と人間のパーツが合わさった検体がいたからだ。
ペタリとガラスケースに手を触れる。どれだけ目を凝らしてみても、深海棲艦の部位とただの人間の部位の境界線に縫合したような痕跡は見当たらない。非常に滑らかで元からそうなっていたと言われても信じてしまうレベルだ。
峻は決して医者ではない。だが仮に鹵獲してきた深海棲艦と人間を融合させるために手術を施したとしても、まったく縫合した痕跡を皮膚に残さないということはほぼ不可能だ。もちろん、できないわけではないが、融合させる実験を行っていたのならば、わざわざ縫合した跡を消す努力をする意味はあまりない。余計なコストが嵩むだけだ。
それはつまり、この深海棲艦とも人間ともつかない生物が、人為的に融合させられたのではないことを示していた。
周囲を見渡してみると、他にもそんな生物が大量に納められていた。
クジラやサルなどの動物であったり、人間であったり。だがいずれの生物も共通している点があった。
歪にゆがんでいる境界線。不自然なまでに滑らかすぎる結合部。
「深海棲艦、か……」
峻がつぶやく。ガラスケースの中にいる人間と深海棲艦のハーフの生物の生気がない双眸が虚ろに峻を見下ろしていた。
このシリーズどこまで続くんでしょうね?
割と真面目に続きすぎじゃないかと不安になり始めた今日このごろです。いえ、ちゃんと完結はさせますよ?
大本となるプロットを組んでからはや一年以上。もうちょっとなんかあったんじゃないかなーと思いながらも大きな変更をせずにここまできました。
もうしばしお付き合いをいただければ幸いです。