それから後はいろいろあったらしい。
らしい、などという不確かな形になってしまうのは峻がその『いろいろ』をこの目で見ておらず、あくまでも伝聞にすぎないためにこういう曖昧な言い方にならざるを得ないためだ。
1週間以上もの時間を峻はあてがわれた部屋で過ごした。特に拘束されるようなこともなく、毎食がきちんと出てくる。何かに縛られるわけでもなく、何不自由なく過ごせていた。武器の類はすべて没収になっていたこと、そして常に監視の目に晒され続けたことを除けば、だが。
別に逃げ出そうと思えばいつでも逃げ出せた。だが特に暴れる必要性も感じなかったこともあり、峻は大人しくしていた。
そして途中から何日が経ったのかカウントすることも止めた頃、ようやく呼び出されたのだった。
「出てください。元帥がお呼びです」
「……ああ、わかった」
手渡された軍支給のカッターシャツに袖を通す。糊のきいているパリっとしたそれに着替え終わると、部屋の外で待機していた海兵の先導に従って長い廊下を歩いていく。
元帥に呼ばれた。その理由はだいたいどころかすべて察している。というか心当たりしかないため、察するも何も初めからわかりきっているという言い方が正確か。
「こちらです」
「ああ」
ずいぶんと丁寧だったな、と思いながら回れ右をして戻っていく海兵を見送る。完全に反逆者のレッテルは剥がれていないはず。それに憲兵を吹っ飛ばしたり、警備室で暴れ回ったのは言い訳のしようもなく峻なので妙に丁寧すぎる対応が引っかかった。
この期に及んでノックなどする必要があるかは疑わしい。けれどわざわざしない理由もないため、右手を持ち上げて重厚感のある木製の扉を叩いた。
「開いているよ」
入っていい、という許可の意図を勝手に読み取るとドアノブに手をかけて軽く押す。驚くほど滑らかに扉は開き、その内へと峻を招き入れた。
「そこの席が空いているから、かけるといい」
「……どうも」
わざわざ元帥自らのご指名だ。ここでも突っぱねる理由も特にないため、大人しく従う。
なかなかの調度品らしい椅子に腰を落ち着けながら部屋をぐるりと見渡す。元帥である陸山を皮切りに大将が3人。そして東雲、若狭、長月とこの件に関わったメンツが勢揃いだった。
約1名を除いて、だが。
「さて、君の処遇を伝える前に君の意志を確認しておきたい。この後、どうしていくつもりだ?」
「現時点ではなんとも。意志決定をするにも、要素が欠けていると判断します」
「堅実だな」
皮肉か、とよっぽど言い返そうか検討しかけるが突っかかるほどのことでもない。なによりめんどうだ。
「ならば判断材料を与えよう。例の人形兵による被害だが、いくつかの備品を買い直しになったこと、そして死傷者が少々。大将も1人、その命を落とした」
だから3人だけか、と納得する。元々は4人いたはずにも関わらず3人しかいないために、変だとは思っていたのだ。
だがそれを差し引いてもずいぶんと軽い被害だ。早期対応の賜物だろうか。大きな人員の低下を防げたことは僥倖だ。
「何がわかりましたか? あの地下施設を捜索したのでしょう?」
「したとも。だがここから先は君の考察も欲しいのでね。主観で構わないから、聞くことがあれば答えてほしい」
「……答えられる範囲でよろしければ」
視界の端で本当に僅かな苦笑を東雲が漏らす。
全肯定は危険だと経験から知っている。それに峻の主観が欲しいと言われたおかげで何のために生かしておき、そしてここへ呼ばれたのか当たりをつけることができた。
要は人形兵との戦闘に関するデータが欲しいのだ。それもできるかぎり詳細なものが。
最前線で格闘戦を繰り広げた峻なら銃撃戦を主体に応戦した本部の部隊や、横須賀海兵隊と比べると、また違った情報が得られるかもしれない。そう考えて峻を生かしておいたのだろう。
「では始めようか。まず、これからのことで……」
「すみません、その前にはっきりさせておきたいことがあるので」
峻が話を進めようとした陸山を止める。意図を汲んでくれたのか、陸山がゆっくりと口を閉じた。黙礼だけをして、感謝の意を伝えると口火を切る。
「これからのことを考える。大変結構な事だと思いますよ。ですがこちらに何があったか、そして何が起きていたか。そこの説明をしていただきたい」
今のところ、峻の手元には結局のところあの人形兵がどういうものなのか、なんの情報もない。この説明なしにこれからのこと、などと言われたところで納得できるわけがない。
「どういう形で作られたのか、岩崎重工と海軍本部がどういった関係性にあったのか。以上の二点は明確にしていただきたい」
工場を調べたのならばこれくらいはわかっているはずだ。なによりも、峻の中で、工場内にあった深海棲艦と人間のハーフらしきモノが気にかかっていた。
「それを説明するには『かごの目計画』から説明することになる。そもそもの発端は妖精と名付けられた物質だった。この物質による異常としかいいようのない肉体的限界の延長と細胞活性による超再生。この可能性が岩崎重工側から提示されたことが始まりだ」
「岩崎重工側から?」
「そうだ」
峻の確認を込めて投げかけた疑問符に陸山が首肯する。すでにずぶずぶの癒着関係があった予感しかしないが、この際は置いておく。
「我々としてもいい話ではあった。戦場において時に最も軽く、そして同時に最も重いもの。それが兵士だ。その兵士の死亡率が大きく落ちる。これだけで飛びつくに値する話だ。なにより、医療方面での利用も見いだせた。治療に関して患者の負担が軽減でき、リハビリ期間も短期で終わる。最高だ、と当時は思ったものだ。あの頃はWARNのテロ活動が活発だった。いつ、その魔手が日本へと及ぶかわからない状況下に置かれて、少しでも軍事力の増強をしなければという焦燥感に駆られていた」
攻撃が効き辛く、回復が早い。いいことずくめではないか。飛びつく話としては妥当だろう。
なにより、目の前にテロとの戦争が近づいてきていた。それだけに対策を打たなくてはいけなかったという思考に囚われてしまうこともむべなることかもしれない。
「ただ、どのような問題が浮上するかわからなかった。なにより人体に異物を取り込ませることになる。きちんとした動物実験をしておかなくてはいけなかった」
「その過程で生まれたのが深海棲艦の大元、というわけですか」
開発には失敗が付き物だ。そしてそれらの失敗はなぜ失敗したのか研究するために手元に保存する。
あの工場で峻が発見したのはそのうちの一体だったのだろう。
「そういうことだ。だが、それらは貴重なサンプルとして保存された。1度や2度の失敗でこの研究をストップさせるのは、成功した際に得られるものを考えると、とてもではないが止められるようなものではなかった」
そして
「あとは事故か故意かどうか、ですね」
「……我々は事故だと思っていた」
つまり、事故で深海棲艦は海へ逃げたと知らされていたということか。だが思って『いた』との発言からそれが揺らいでいることがわかる。
「けれどそれだけでは深海棲艦が火砲の類を持つようになった理由がわかりません」
「……これはあくまでも推測の域を出ないが、元からこうするつもりだったのではないか。ただ巨体に任せて突撃してくるだけならば、そもそも艦娘は必要ない。あれらが火砲を持ったからこそ、脅威判定は上がった。艦娘という形にはなったが、対抗可能な兵器を求められた」
「艦娘と深海棲艦が戦う構図そのものを欲していた、ということですか?」
「あくまでも推測の域を出ないが、それでも的を射ているはずだ」
「これを見てもらえれば合点もいくんじゃないかな?」
なにを根拠に、と口をつきかけるがその前に若狭が割り込んだ。いつの間に用意してあったのか部屋が暗くなり、ホログラムのスライドが表示される。
「こいつは?」
「岩崎重工の地下施設に隠されていたもう一つの研究施設の資料さ。一部は僕が事が起こる前に入手したもの、残りは制圧が完了してからサルベージしたもの。帆波、君ならわかるだろう? 僕は専門分野じゃないから理解するのにちょっとかかったけど」
言われて峻がホログラムのスライドに目を向ける。うぶ毛のようなものがびっしりと生えた球体が拡大されて移されており、補足するように設計コンセプトなどが字を連ねている。
「これは……ナノデバイスか?」
「半分は当たり。生物細胞から作り出された自己分裂機能を保持しているから単純にナノデバイスということはできない。さしずめ生きるナノデバイスといったところかな」
無性生殖、というものがある。ウイルスの類やプランクトンなどに見られる生殖のことだ。
おそらくはこれと似たような仕組みだ。
「そいつで何をするつもりだ。ただナノデバイスなんて言われたところで使い道なんてわからねえ。そもそも自己分裂機能なんてリスキーなもんを付けたのはなんでだ? どっかの個体でバグが発生したら連鎖的に生まれていく個体もバグを抱えてしまうってのに」
「自己分裂をさせなきゃ意味がないからだよ。これの機能は生物の神経細胞や脳細胞へと働きかけて、コントロールすることができる」
「それ、洗脳って言わないか?」
「洗脳よりもタチが悪いよ。洗脳は破る余地があるけれど、これにはない。1度でも体内に入ったら大元からの指示の通りに動くマリオネット、だろうね」
若狭が何でもないことのようにサラリと言う。なんでもないどころの騒ぎではないことくらい、若狭本人が1番、痛感しているはずなのに。
事前に動けたのは若狭だけ。ならばホログラムのスクリーンに映し出されたそれをある程度は把握した上で騒動に備えていたことになる。
「ちょっとばかり回りくどくなったね。単刀直入に言おうか。岩崎満弥の目的はこのデバイスを使って全人類、いや全生物の完全統制された世界の実現だ」
「十分に回りくどいな」
「……話の腰を叩き折らないでくれるかい?」
若狭が半目開きで峻を睨む。軽く両手を上げて謝意を峻は示した。
別に意図がわからなかったわけではない。その言葉の意味も、理解できなかったというわけでも、もちろんない。
人を完全にコントロールすることができる。いや、人だけに限らず生物であるのなら制御下に落とし込める。
ナノデバイスに向かって指示を出す大元さえあれば、世界を得たことに等しい。
「生物って言い方、引っかかるな。それ、深海棲艦も含んでるのか?」
「ご名答。岩崎満弥が作ろうとしているのはね、諍いが全く起きない世界だ」
「そこについて気になることがある。全生物のコントロールなんて大元の処理容量が持たないだろ。それだけ大規模なサーバーを維持する電力だって必要だ。そこらへんをどうするつもりなんだ?」
今まで沈黙を守ってきた東雲が口を開く。だがその答えを推測で峻は得ていた。
「人の脳ってのは思っているより処理容量が大きい。それがこの世界には何十億単位でゴロゴロ転がってるんだ。深海棲艦も人型がいたな。あれも元は実験で深海棲艦化した人間の成れの果てか、その子孫なんだろう? なら十分な処理容量があるだろうな。ナノデバイスで並列化してしまえば、人間と深海棲艦の完全統制をする分の処理容量を確保するくらいは訳ないだろう」
「そうすりゃ、大元の指示を出すサーバーは大規模なものである必要はない、か」
納得したように東雲がうなづく。
「若狭、だがこの統一化が目的なら深海棲艦を出現させた理由が読めねえ。邪魔になるだろ」
「時間稼ぎ、だったんじゃないかな。『かごの目計画』は永続するシステムじゃない。だからこそ、ナノデバイスの開発が終わるまでの場繋ぎだった」
「開発が終わった今、もはや協力体制にあった我々は不必要と判断された、か……」
言いながら、こっそりと陸山が唇を噛んだ姿を峻は見逃さなかった。だが触れないことを選択して陸山へ向き直る。
「だいたいの話はわかりました。『かごの目計画』における深海棲艦出現のきっかけ。それも場繋ぎでしかなく、本命のプランがお待ちかねだった。よくわかりました。私が呼ばれた理由を除いて」
未だに峻が呼ばれた理由だけが明確化されていない。ここまで重要な話をしておいて、「はい、さようなら」なんて行くわけがないことくらいは察している。
「岩崎満弥が生きている」
「ありえませんね。私の前で脳漿まで撒き散らしてます。生きているなんてことは考えられません」
「帆波、結論を早めすぎだよ。少なくとも岩崎重工にいた個体は死んだ。これは確実さ。でも、記憶がデータとして保持できることが艦娘を通して証明された」
代々、艦娘が同じ細胞を流用したクローンだということは艦の記憶に適合する個体を使い続けたということだ。だが、逆に言えば人間でそれが出来てしまうことの証明ともいえる。
自分の細胞から自分のクローンを作り、今まで生きてきた記憶をコピーした上で定着させる。そのために、あの岩崎満弥はコピーでしかないと若狭は言う。
「本体ともいえる個体がどこかにいる、と? 記憶の完全コピーなんて成功例はない。艦娘だって別で用意した記憶に似たデータだ。人間から抽出した記憶の定着なんて諸例はない」
「成功例がない、なんてことはないさ。これが成功例なんだよ。ありえないなんてことはありえない。誰がライト兄弟が飛行機を完成させるなんて予想した? 誰が青カビから抗生剤が作れるなんて予想したと思う? できるまで誰一人として想像だにしなかったさ。ありえないと一蹴した。それでも、現にそれらは存在する」
存在するなら、それが成功例だ。結果ありきの論を若狭は展開した。
「存在するかどうか見たこともないのによく言える」
「少なくともナノデバイスが世界にばらまかれるまでは生きてるはずだ。それがきちんと回ることを確認してからじゃなくちゃ死ぬに死ねないはずだよ」
「だから?」
「帆波、この件が漏れたら大問題になる。日本が深海棲艦を世界に放った元凶だなんてね。だから岩崎満弥の口は封じなくちゃいけない。正直に言って統一化計画の方に関してはどうだっていい。だけど、もし失敗した時や他国が介入した時にうっかり口を割られたら困るんだ」
鼻で笑いかけて、峻はぎりぎりで止めた。なぜこの場に呼ばれたのか、ようやく腑に落ちた。
「だから口を封じてこいってか」
「端的に言えばね。この中で真正面からあの人形兵を相手取ったのは帆波だけだ。本拠地の警備役としてあの人形兵が使われている可能性は高いだろうからね」
ストレートに、「死んでも困らないから」と言えばいい。特筆して残しておく必要がなく、なおかつ機密が漏れる恐れがある。成功すればそれでよし、失敗するののら峻ごと吹き飛ばせばいいくらいは考えていそうだ。鉄砲玉としてせいぜい数を減らしてこい、といったところか。
それに、どうせ拒否権なんて与えてもらえない。
「殺れって言われても、場所がわかんねえのなら動きようがないな」
「ハワイ本島。ここに本体がいる」
ホログラムのスライドが切り替わり、ハワイ諸島になっていた。
「根拠は?」
「通信記録に僕が潜った。そしたらたびたびハワイ本島付近と通信していた記録が見つかったんだよ。深海棲艦が出現して真っ先に落とされた場所がここだからね。身を隠すにはもってこいだ」
「忘れてはいないと思うが、ハワイ本島の途中にはミッドウェー環礁があるからな」
「もちろんわかってるつもりだよ」
さらりと言ってのけるが、この案件は相当だ。目標はハワイ本島にいる。だがハワイ本島には深海棲艦が巣食っており、道中のミッドウェー環礁にも多くの深海棲艦の艦隊が確認されている。
ハワイ本島だけを攻め入るのは日本の地理的に難しい。ミッドウェー環礁をぐるりと迂回してハワイ本島へ侵攻したとしても、ミッドウェー環礁の深海棲艦がハワイ本島に救援として来る可能性がある。そうなってしまえば挟み撃ち。勝利は億が一の確率すら消え失せ、全滅すら現実的なものに成り果てかねない。
「時間的余裕はない。だから速攻で片をつけなくちゃならないんだ」
「まさかとは思うが、ミッドウェー環礁攻略戦とハワイ本島決戦の連続侵攻作戦とか言わないよな?」
「残念だったね。状況がそのまさかをするしかなくなったんだよ」
太平洋において長らく深海棲艦に制圧され続けて奪還の目処がまったく立たない2箇所。
時間はかけられない。とにかく早く、けれど確実に仕留める。そんな無理難題だらけの作戦だとこの場の全員がわかっている。
それでも止めるわけにはいかない。誰も止まれない。
こんにちは、プレリュードです!
なんだかんだとだらだら続けてきたこのシリーズ(?)ですがそろそろ定期更新に限界が見え始めたこのごろです。ま、まだだ!まだ戦えるッ……
というかどこまで話の風呂敷を広げれば私は気が済むんでしょうね?日本に始まりヨーロッパからハワイって。最後は南極にでも侵攻しそうな勢いですね。いや、さすがにないと思いますが……