艦隊これくしょん〜放縦者たちのカルメン〜   作:プレリュード

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【MIKE】-MATE

 

 沈黙の解消法。今すぐに峻はそれが知りたかった。

 

 所は横須賀鎮守府。懐かしき館山に戻るのではなく、峻の身柄はここに送られた。誰かしらの監視下に置いておくという意味で東雲に白羽の矢が立ったのだろう。

 

 目の前に並ぶのはかつて『帆波隊』と呼ばれた艦娘の面々。加賀に始まり瑞鶴、榛名、陸奥、鈴谷、北上、イムヤ、ゴーヤ、夕張、矢矧、天津風に叢雲。そして明石までもが勢揃いだった。

 

 昔はなんの考えもなく、そして気兼ねなく話せた。下らない話から入って、ひとしきり騒いだ後に本題を切り出す。そんなことばかりしていた。

 

 だがそのやり方をしようにも、始めの下らない話ができない。

 

 張り詰めた空気を前にしてそんな話を切り出すことができる人間は胃が鋼鉄で作られている人間くらいだろう。

 

「あー……」

 

 峻が発したのはたった一音だけ。それだけで艦娘たちの中にさざ波が立ったように緊張感が滲み出る。

 

 やりにくいといったらなかった。だがそれもこれもすべては峻のせいだ。ついこの間まで反逆者だなんだと追いかけ回されていた人間が急に濡れ衣でしたと言って戻ってきたとしても、不審がるのは当然だ。

 

 警戒心も抱くだろう。なにせ目の前にいる相手が果たして本当に信じるに値する人間かわからないのだから。

 

 そしてその相手が指揮官だとすれば、その人間に自分の命を託さなくてはいけない。これほど嫌な状況はないだろう。

 

 だから嫌だったんだ、と内心で峻が愚痴る。

 

 人手が足りないのもわかる。仮にハワイ本島へ乗り込むとして、本島にあるであろうプラントに殴り込む人間が必要だからという理由で人形兵との戦闘経験がある峻を引っ張ってきたというのもまだ理解しよう。

 

 どうして艦隊指揮までやらねばならないのか。

 

 いや、もともとは艦隊指揮の仕事をしていたこともあって抜擢したという理屈はわかる。だが信頼関係の構築があってゆえだ。そして今の峻にはその最大条件である信頼関係なんて皆無に等しいどころか、マイナスに振られている可能性だってある。

 

 ウェークの時にうまくいったからといってそう何度も思い通りにいくわけがない。

 

 溜息をつきたい気持ちを抑え込む。延々とこうして黙っているわけにもいかない。そろそろ覚悟を口火を切らなければいけない頃合だ。

 

「まあ、いろいろあったが元に戻ることになった。なんていうか……うん、よろしく」

 

 歯切れの悪いことしか言えないが仕方ないだろう。他に何を言えばいいというのだろうか。ついこの間まで逃亡に明け暮れていましたが、クーデターを経て戻ってきましたとしでも言えばいいのか。

 

「提督さん、何が起きてたの? 私にはさっぱりだよ」

 

「話せないんだ。察してくれ」

 

 艦娘生産ラインの件だけではない。ことの起こりからなにもかも、話すことは禁じられている。

 

 だから瑞鶴の望みに答えてやることはできない。

 

 ありえない話だが、仮に禁じられていなかったとしても話すことはなかっただろう。

 

「でも……」

 

「まー、いいじゃん? 事情は人それぞれだからさ。なにがあったのかはわかんないけど、とにかくここに立てるってことは大丈夫なんでしょ。めんどうだからあたしは変に首を突っ込むつもりもないし」

 

 のんびりと北上が瑞鶴を窘める。言いすがろうとした瑞鶴がぐっと言葉を飲み込んだ。

 

 触れない方が賢明だ。知ったところで何も変わらない。

 

「俺が戻ることに納得はできないと思う。だが決定してしまったことなんだ。だから我慢してくれ」

 

 反論は出ない。いや、出せないが正しいか。

 

 何が起きたのかは知らない。それでも軍がそうしろと命じた以上はそれに従わなくてはいけない。その采配に納得できるできないの如何に関わらず、だ。

 

「質問あるか? なければこの後、東雲に呼び出されているから俺はそっちにいかなきゃならねえ」

 

 ぐるりと見渡すがそういうものが出るような様子は見受けられない。相も変わらず沈黙を守り続けて事態を見守るのみだ。

 

「ないな? なら解散」

 

 逃げるようにその場から離れる。何を言えばいいのか。あえて声をかけないようにした少女からとにかく離れることしか頭になかった。

 

 言葉数は少なくした。さほど不自然にもなっていない、はずだ。

 

 ぐるぐると先ほどのやり取りを脳内で繰り返して問題がなかったか検討しつつ、目的地を目指す。やはり広いな、とどこかで漠然と思いながら歩き続けていると、ようやく横須賀鎮守府の執務室に辿り着いた。

 

 ノックなどせずに開けてやろうかと一瞬、悩む。だが小さく話し声が聞こえたために、きちんとノックすることを選択した。

 

「どうぞ……ってなんだシュンか」

 

「そっちが呼び出しといてなんだとはずいぶんな挨拶だな、マサキ」

 

 真っ先に飛んできたものは軽い嫌味。それに対して峻も相応のもので返した。

 

「珍しいやつがいるな」

 

「僕がいたら迷惑かい?」

 

 なぜかいた若狭が微笑む。別に、と素っ気なく応じて峻はソファに身を沈ませた。

 

 今さらになって座るためにいちいち東雲へ許可を取るという名のお伺いを立てる気もあまりなかった。

 

「顔合わせは終わったか?」

 

「つつがなくな。まさかまた司令官職へとんぼ返りすることになるとは思わなかったよ」

 

 顔をしかめながら峻が言った。東雲が小さく肩をすくめる。

 

「仕方ないだろう。人手不足なんだ。猫も杓子も使わなきゃならない事態なんだよ。現場の人間だったなら出さない理由はないだろ」

 

「俺にハワイ本島まで乗り込んでこいとか無理難題をふっかけておいて、司令官として指揮も執れって? タスクオーバーもいいとこだ」

 

「最前線とまでは言わねえよ。だが前にいなきゃ状況は掴めないだろ?」

 

「よく言う……」

 

 やれることはやれるだけやらせると言っておいて何を、という気分だ。応じてやる理由はない、と突っぱねたいところだが事情はさておき、海軍に戻った以上は命令系統には従わなくてはならない。

 

 なんだかんだと東雲は中将だ。そして元に戻った峻は大佐。指揮系統から言えば東雲の方が上だ。

 

「そういえば、どうして若狭はいるんだ?」

 

「憶えていてくれたようでなによりだよ。もちろん仕事さ。たぶん最後のね」

 

 若狭がかばんから一通の封筒を探り出した。けれど、それより前に触れなくてはならないところが出た。さらりと流すに流せない言葉が。

 

「最後って……辞めるのか?」

 

「隠居しようかな、って思ってさ。僕は長月に超えられた。ならいつまでもそのポストにしがみついているべきじゃない。いつまでも醜く座り続けるなら、潔く身を引くさ。僕は決して司令官として働けるタイプの人間じゃないし。まあ、すぐに辞めるって話にはならないだろうから『最後』っていうのはちょっとばかり大袈裟な表現かもね」

 

「超えた、ねえ。超えるように仕向けたの間違いじゃなくてか?」

 

 東雲が割り込むように言った。若狭は笑みを形取ったままだった。

 

 しばしのにらみ合い。東雲が硬直状態を破るように口を開いた。

 

「若狭にして珍しく長月ちゃんは起用し続けたからな。なんか意図があるんだろうと思っていたよ。お前、先を見てるだろ」

 

「……まあ、この場には東雲と帆波しかいないからいいか」

 

 あくまでも布石にすぎないし、と若狭が続ける。どのみちいずれは公開するつもりたったな、と峻は内心で当たりをつけていた。

 

 まずい情報は貝かなにかのように口を閉じて話さないのが若狭陽太という人間だ。

 

「今後、兵器扱いだった艦娘は少しずつだけど人権と言えるものを持っていくだろうね。当然、今までは視野になかった退役も現実になるだろうさ」

 

「で、社会進出を果たしたケースとして長月を祭り上げるわけか」

 

「長月を代表にしていいかどうかは微妙な線だけどね。でも艦隊運営に関する事務方以外の仕事をやれるという証明にはなったはずだよ」

 

「用意周到というかなんというか……そもそもこの件で超えられる前提かよ」

 

 東雲が呆れ返りながらため息をつく。しかし、若狭がはっきりと頭を振った。

 

「それは違うかな。もう少し後になると僕個人は読んでた。ゆくゆくは、くらいの感覚だったからね。こうも早く長月が僕を欺き切るとはまったく思っていなかったよ。だから言ったじゃないか。僕は長月に超えられたって。あれは言葉通りの意味だよ」

 

 悔しがっているのか喜んでいるのか。その内に秘められているであろう感情はわからない。ただ、ようやく繋がった。

 

 隠居といっていたのはこれについてだったのだろう。つまり、今あるものを長月に譲り渡す。それをしようと若狭はしているのだ。

 

 艦娘が戦闘以外にもできるという証明をするためのモデルケース。今までは退役という言葉はなかった。だがそれが存在するようになっていくだろう今後においては非常に由々しき問題だ。

 

 退役した艦娘をどうするのか。この問題だけは早急にどうにかしなくてはならない。いざ退役したらはい、お疲れ様でしたと放り出すわけにもいかないだろう。現行体制の艦娘たちにはある程度の保証をしておかなくては路頭に迷う艦娘が続出する可能性がある。

 

「そんなわけだから僕は内地(ベンチ)から応援に徹するよ。できるかぎり僕の出番が回ってこないことを祈るのみだね」

 

「回すつもりはないから安心しとけ。せいぜいベンチでも温めときな」

 

 東雲が欠伸を噛み殺しながら言い捨てる。若狭が立ち上がらなくてはいけない時というのは、攻略作戦が失敗した場合だ。東雲は失敗させるつもりは毛頭ない、というニュアンスを込めていた。

 

「そろそろ本題、いいか? 作戦要綱を見せてくれ」

 

 適当に話題が尽きたタイミングで峻が割り込む。大方のところそれを見せるために峻を呼び出したのだろう。

 

 要は作戦に参加させるつもり全開だということだった。

 

「そら。つっても時間がないから急ごしらえだけどな。本土防衛に残さなきゃならない最低限の戦力を残して全力攻勢。単純に言えばこれだけだ」

 

「一航戦に五航戦……第一戦隊もか。ずいぶんと豪勢だな」

 

「名だたるところをすべて引き抜きたいとこだったがさすがにな」

 

「これだけが抜けて今後は大丈夫なのか? もし失敗して、撤退も叶わず全滅しようものなら最悪だぞ」

 

「そのための次だ。おいおいわかる」

 

 話すつもりはないという形で暗に拒絶されたので追撃の手を緩める。おいおい、ということは今は知らなくてもいいことなのだろう。何かしらの代替案があることだけでも匂わせたのならそれでいいということでケリをつける。

 

「とにかく時間が無い。今のうちに目を通しておいてくれ」

 

 東雲がゆっくりと腰をあげる。作戦要綱を掴んだまま峻が東雲に目線をやった。

 

「どっか行くのか?」

 

「用事だ。デートのお誘いだよ」

 

「そうか」

 

「……もうちょっと真剣に取り合ってくれてもよくねえ?」

 

「くだらんこと言ってる余裕があるなら今回の作戦はお前一人で十分だな」

 

 再び作戦要綱に目を走らせながら峻が一蹴する。こういう奴だったかと思いながら東雲はスルーを決め込んだ。

 

「いいのか、俺に作戦要綱を渡したままで」

 

「いいんだよ。どのみち若狭がいるからな。仮に書き換えようとか邪なことを考えてもできやしねえ」

 

 どのみちそんなことをする動機もないだろう、と東雲が付け加える。そもそもするつもなどない峻は鼻を鳴らすのみで答えとした。

 

「ちょっとしたら戻る」

 

「本当に行くつもりかい?」

 

「デートはさすがに冗談だ。一服してくるだけだっての」

 

 とんとん、と東雲が胸ポケットを叩く。その中にはいつも吸うタバコの銘柄とオイルライターが収められている。

 

「少しくらいは休憩を入れないと作業の能率が落ちるからな。どうせお前らは吸わないだろ?」

 

「嫌煙家とまでは言わないよ? 付き合いで吸うことくらいはできるさ。好んで吸わないだけで」

 

「……」

 

 若狭はいつもの通りに、峻は無言をもって東雲の問いかけに答える。若狭はただ個人の趣向で答えていた。だが峻は嫌なことばかり思い出しそうで喫煙を忌避している。逃亡中に1度だけ吸ったが、やはり吸わない方がいいという結論に至っていた。

 

「ま、そうだとは思ってたがな。じゃ、ちょっと行ってくる」

 

 立ち上がりつつ上着を引っ掛けて東雲が執務室を後にする。横須賀鎮守府の廊下を歩きつつ、ワックスで固めた髪をがりがりと掻いた。

 

 東雲自身が想定していたものよりも事態が大きく膨れ上がっていた。まさかミッドウェー諸島からハワイ本島の連戦をするような羽目になるとはまったく思っていなかったのだから。

 

 上層部、というよりも元帥や大将クラスがついているおかげか移動用の船も人員も簡単に集められている。

 

 それでも果たしてうまくいくかどうか。

 

 ミッドウェーはもちろんだが、初期から深海棲艦に占領されたハワイ本島は相当な戦力がいると聞く。

 

 ちっぽけな島国ひとつの持てる戦力だけで攻略することができるものだろうか。

 

 そこまで行きかけた思考に歯止めをかける。これ以上は考えるべきではない。士気が低ければ勝てるものも勝てない。それなのに統括する立場にいる東雲がマイナスなことばかり考えては下にもそれが伝播してしまうというものだ。

 

 いつもの埠頭に到着するとタバコを咥えた。甲高い音を鳴らしながらオイルライターのフタを開けると火を点ける。海風にそれが吹き消されないように片手で覆いながらそっとタバコの先端に近づけた。

 

 ゆっくりと吸い込んで紫煙を肺に行き渡らせる。体にタバコは毒だ。そうは理解していてもついつい吸いたくなる。一種、魔性の物なのだ。

 

 誰もいない埠頭で地位も気にせず、日毎に表情を変える海をぼんやりと見ながらタバコを吸う。たったそれだけの行為だが、気分のリセットくらいにはなる。

 

 けれど今回ばかりは含有している意味合いはリセットだけでなかった。もちろん、リセットの意味合いも含んでいることは認めよう。

 

 最後にもう一度だけ、深く煙を吸い込んだ。大きく吐き出して、携帯灰皿に押し付けると消火した。まるでその時を狙ったかのように背後から足音が聞こえてくる。

 

「時間ぴったりだな」

 

 振り返ることなく東雲が声をかける。当然、その声は届いたはずだが返答はない。

 

「そっちが呼び出したんだ。だんまりは困るぜ」

 

 足音が止まった。東雲は小さく息を吐きながら振り返ると、その名を呼んだ。

 

「叢雲ちゃん」





こんにちは、プレリュードです!

さんま漁はみなさま順調ですか?うちはそこまでって感じてすね。全然落ちないや全然落ちないや!
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