ああ、やっぱりこうなった。
三方向から姫級を含む艦隊に包囲された状況で叢雲は嘆息しつつ、内心で嫌気がさしたようにつぶやく。
せっついているが峻はなんの打開策も提示できないでいる。自分が突ついてこじらせたくないため、事前に頼んだとおり他の仲間たちがやってくれているが、このまま急かしたところで何も提示できないだろう。
仕方ない。本当にならなければいいと願い続けたが、現実になってしまった以上は目をつぶって逃げ続けるわけにもいかないだろう。なによりこのままではいずれ沈むものも出てきてしまう。そうなった時、峻がどのような方向に転がっていくのか叢雲にも完全な予測は立てられなかった。
ひとつ、確かに言えることはもう引き返せなくなるということだ。
「ねえ、聞こえる?」
《……聞こえてるよ》
峻と軍用でない個人のチャンネルで通信を繋ぐ。できることならこれからする会話は外に出したくない。今なら誰しもが戦闘に必死なせいでこちらを気にかける余裕などないだろう。まだ追い詰められてからさした時間は経過していない。確か一緒の部屋で峻と東雲は指揮していたはずだ。東雲に気づかれなければどうとでもなる。他の船に乗っている司令官も自分たちのことで手一杯のはずだ。
「何か思いつきそうかしら?」
《…………》
峻が黙りこくる。そうなることはわかっていた。それでも言うしかない自分を叢雲は殴り飛ばしてやろうかとすら思う。
「ごめん」
無意味だ。そうわかっていても先に詫びておく。その詫びはこれからすることの詫びと、今までのぶんの詫びだ。
けれど、きっと今までのぶんとして詫びている意味は伝わらないのだろう。峻が汲み取ってくれる意味合いはこれから叢雲がすることに対する詫びというだけだと断言できる。
むしろ伝えたいのは今までのぶんとしての詫びだというのに。
覚悟を決めろ。こうなったのは自分のせいなのだから。だからその代わりは務めなくてはならない。
重々しく叢雲は口を開く。ためらっている時間はない。時間の余裕など状況はまったく与えてくれないのだから。
「……指揮能力の喪失と判断して旗艦の私が指揮権を取るわ。いいわね?」
少しの躊躇いを経た後に、強制力を含ませた口調で叢雲が峻に告げる。否定はさせない。未だに有効手段を提示できていないことは峻もよくわかっている話だ。
これ以上は問い詰めるような真似をしたくない。かなり高圧的にやろうとしていることは重々承知。だがこのまま置いておいても峻が建設的な打開策を出すことはないだろう。
《……どのみち反論の余地はないだろ》
「悪いわね、本当に」
皮肉にしか聞こえなかっただろう。だが叢雲は皮肉をこめるつもりはこれっぽっちもなかった。本気で謝っていたし、本気で自身に嫌気が差していた。
峻とのためだけに開いていた回線を閉じる。そして今度は素早く部隊内のチャンネルに切り替えると、全体に繋いだ。
「ごめん、やっぱり私がやることになりそう」
「……まあ、叢雲はそうなるかもって言ってたもんね」
ゴーヤの言葉はむしろ叢雲に突き刺さる。そうなるかもしれない、と告げることはした。だがもし叢雲の杞憂であったのなら。もしただの勘違いで峻は完璧に指揮をやり通してみせてくれたなら。最後までそれを願い続けていた。
けれど予想は裏切られず、想像したとおりに峻は指揮に詰まった。そして追い詰められる結果を導いてしまっている。
「これより私が司令官との連絡役を務めるわ。いいわね?」
「了解」
詭弁だ。そう叢雲は自身を自嘲する。事実、全員が気づいている。だがその意図を他ならぬ叢雲から聞いているからこそ、なにも触れないだけだ。
さあ、考えろ。連絡役などとは言ったが、実質的には叢雲が指揮を執るのだ。つまり頼れるものは自分の頭ひとつのみ。
現状の戦力を確認。榛名、陸奥の戦艦組と鈴谷、北上、夕張、矢矧の巡洋艦組。そして叢雲と天津風の駆逐艦組にゴーヤとイムヤの潜水艦組だ。
対して敵戦力。最も警戒を余儀なくさせられるのは3体の姫級だろう。ここまできてしまうと、いっそ随伴はどうでもよくなってくる。いや、もちろんどうでもいいわけではないのだが、姫級の戦力が如何せん圧倒的すぎる。どうあっても最優先になってしまうのは仕方のないことだろう。
「天津風、雑魚をお願い。パラレルも使って良いわ」
「いいのね?」
「いいわ。そういう指示だから」
そんな指示を峻は出していない。だが指揮権は峻から叢雲に移っている。使用に関する許諾も叢雲の一存だ。あくまで形式。天津風自身もわかっているくだらない茶番劇だ。
「榛名と鈴谷と夕張は右翼のお姫様、陸奥と北上と矢矧は左翼のお姫様をお願い。イムヤとゴーヤは状況に即したバックアップ」
「叢雲ちゃんはどうするつもりですか?」
榛名がまさか、といった表情で問いかける。何をするつもりなのかわかっているんじゃない、と思いながら叢雲が頬を緩める。
「私は正面のお姫様をやるわ」
すらりと愛刀の断雨を叢雲が抜いた。正面でじりじりと追い詰めてくる姫級をきっと睨む。天津風がある程度は雑魚を相手してくれるとはいえ、厳しい相手であることは確かだ。
それでも、叢雲が思いつくかぎりで最も勝率が高いのはこんな方法だけだった。
「無謀です」
「この状況がそもそも限界よ。無謀なことでもしない限り突破できないでしょ」
それに負けるつもりはなかった。ここで死んだら峻に対してさらに重荷を背負わせることになる。だから絶対に死ぬわけにはいかない。
「いくわよ」
叢雲が艤装の出力を上昇させる。足止めをしようと飛び掛ってきたイ級を3枚にスライスするとそのまま姫級に向けて脇目もふらさずに突き進む。
接近させまいと連続で繰り出される砲撃を蛇行して避ける。だが限界をすぐに迎えることはわかっている。
リ級が叢雲を押さえ込みにかかる。雷撃の姿勢を作った段階で叢雲の意識がそちらに向いた。行く手に魚雷を撒かれて、行動を制限されると非常に厄介だ。
「天津風!」
「人使いが荒いわよ!」
半ばやけっぱちの天津風が操る自律駆動砲がリ級を撃つ。体勢がグラついたところを叢雲が懐に潜り込んで左斜め下から斬り上げる。一刀の元に斬り捨てると、横に大きく跳び退る。
ついさっきまで叢雲が立っていた地点に砲弾が落ちる。叢雲によって斬り伏せられたリ級を巻き込んで爆発を巻き起こす。
「雑魚は引っ込んでなさい」
苛立ち紛れに言い捨てる。本丸は姫級だ。それさえ落とせばいい。残りの雑魚は天津風の自律駆動砲に任せても十分に処理できる範疇だ。
たかが雑魚に苛立ちすぎだ。自分ですらそう思う。だが腹立たしいことこの上ないのだ。
深海棲艦が、ではない。叢雲が腹を立てているのは他ならぬ叢雲自身に、だ。
峻が指揮をできないでいる理由を叢雲は知っていた。できなくなる可能性があると理解していたと言うべきか。だができなくなってもすぐに戦闘へ司令官として投入されることはないと踏んでいた。
だがクーデターを経て、中身を引っくり返してみれば急遽、決定してしまったミッドウェー諸島とハワイ本島の連続攻略作戦。
本来であるのなら、無実が証明されたとしても司令官職に復帰することは難しいだろう。だから叢雲は安心しきっていた。
まさか強引に峻を引っ張り出すような展開を迎えるとは思っていなかったのだ。
そもそもとして峻を反逆者にしてしまったのは叢雲だ。そしてその結果としてクーデターを起こすための起爆剤に使われ、そしてことの深くまで食い込ませてしまった。
すべて自分の行動が招いた結果だ。愚かなひとりの少女が自身の望むところもわからぬままに暴走してしまったことで峻の首を絞めてしまった。
「ええ、私は腹が立ってるわよ。どうしようもなく愚かで馬鹿な自分に。だからね……」
叢雲の視線が姫級に向く。刀身を腰定めに構える。邪魔をしようとした深海棲艦を主砲で妨害すると進路を確保する。
「ここで落とされるわけにはいかないのよ!」
姫級が叢雲に狙いをつける。すべての砲門が一斉に開いて、砲弾をこれでもかと撃ち出した。
来る。どうあっても避けられない。一斉射の範囲をあえて広く取ることで回避する隙間を与えないようにする心積もりだ。
仮に叢雲が戦艦や巡洋艦クラスならなんとかなったかもしれない。だが叢雲は装甲の薄い駆逐艦。一発の直撃は致命的だ。
だから当たらない手段を多少、強引になってしまおうとも叢雲は掴み取る。
「コード
通常であれば峻が指揮官権限でロックしているシステム。だが今は叢雲が権限は握っている。ホロウィンドウに表示された最終認証を押す手間すらもどかしく、押し込む。
《R.E.A.P.E.R.system is ready!》
その文字列が踊ると同時にホロウィンドウが閉じる。機関の動きが言葉に表せない形でだが、明確に切り替わった。
「っ…………」
襲いかかる情報量に叢雲の頭が痛覚という名の悲鳴をあげる。無理やり艤装の機関を暴走状態に持ち込んで機動力をあげる、なんて無茶をやろうとしているのだ。体はもちろん、機関の暴走状態を維持するために頭も使わなくてはならない。少しでも処理が追いつかなくなればその場でボン! も有り得るのだ。
輸送作戦ぶりの使用。だがあの時とは状況も叢雲のコンディションも大きく違う。
あの時に機能不全に陥ったのは叢雲。だが皮肉なことに今回、機能不全に陥っているのは峻だ。見事にあの時と真逆だった。
「ったく……」
悪態をつきながら着弾するよりも早く、叢雲が姫級との距離を詰める。急激な加速はまるで叢雲の姿が消えたように錯覚させるだろう。
駆け抜けざまに一閃。しかし有効打にならなかったことを感触で察した叢雲は舌打ちをする。姫級は腕をクロスして防いだようだ。
あまり時間はかけられない。延々と使用し続ければ体と頭が限界を迎えてしまう。どこまでがリミットなのかわからないが、あまり過信して連続使用するのは避けた方がいい。
本当ならばこんな早期のタイミングで使うべきではないのだろう。だが使わずに状況を打開する方法を叢雲は思いつかなかった。
「あまり時間をかけさせないで頂戴」
かなり強引に制動をかけると、全身が悲鳴をあげる。ぎり、と奥歯を強く噛み締めて襲い掛かる痛覚を堪えると、ターン。再び姫級に斬りかかる。今度は防御の体勢を作られるよりも早く駆け込んで斬りつけた。袈裟懸けの刀傷が姫級の脇腹から肩口にかけて刻まれる。
姫級が主砲を一門、叢雲に向ける。だが撃たれる前に断雨が砲塔を斬り裂く。続けて構えられた主砲も同じ末路を辿った。
メインとなる装備を斬り飛ばされた姫級。ほとんど丸腰になった姫級に叢雲は最後の一太刀を加える。深々と傷を刻み込まれた姫級にトドメの魚雷を数発、叩き込んでやれば海中に没していく。
「次!」
雑魚は天津風の自律駆動砲に任せていい。天津風の向いている戦闘は複数の自律駆動砲を操ることによる随伴の殲滅。旗艦である姫級を落としたのなら、あとは天津風のみで正面の艦隊は押さえ込める。仮に苦しくなったとしてもイムヤとゴーヤが海中から援護してくれるだろう。
左右の戦況を見比べる。優先すべきは右翼に配置した榛名たちの援護だろうか。
無鉄砲に突っ込む前にチェック。頭痛は? 問題ない。体は? まだ持つ。少なくとも輸送作戦で感じたほどの激しい痛みは感じない。
なんだかんだと輸送作戦の時からシステムは改善されたらしい。いつの間にか峻は手を加えていたようだ。使用時間を比べれば短いとはいえ、体にかかる負担はかなり軽減されている。
「鈴谷、横に飛びなさい!」
「へっ? ……うわっ、と!」
鈴谷が抜けた声を出しながら大慌てで右に飛び退る。ついさきほどまで鈴谷がいた場所を叢雲が駆け抜けた。そのまま榛名たちの砲撃が止んだ瞬間を見計らって姫級に斬りかかる。主砲を斬り飛ばそうとしたが、すんでのところで姫級が身を捻ったために浅い裂傷を与えるのみに留まる。
しかしそれで止まる叢雲ではない。痛手を与えられなかったところでそこで止まってしまえばそれまでだ。
ぐるりと回った主砲を刀の柄で弾いて狙いを付けようとする魂胆を防ぐ。そして隙を見つけて蹴りつけると姿勢を崩させる。
「榛名!」
「はい!」
叢雲が蹴った勢いを生かして姫級から距離を取る。榛名が叢雲の後退する姿を確認するとすべての砲門を姫級に向けて開いた。
一斉に砲弾が姫級に向けて飛来していく。着弾した地点から幾重もの爆発が巻き起こった。
腰定めに叢雲が刀を構える。戦艦の砲撃とはいえ、油断はならない。なによりまだ終わっているわけがないだろう。
そして叢雲の予想は的中する。かなりの損傷を負った姫級が少しばかりふらつきながら現れた。榛名の砲撃をもう一度、浴びさせれば落ちそうだがあいにくと榛名は砲弾を再装填中。鈴谷と夕張は随伴の掃討に手を焼かされている。
動けるのは叢雲だった。懐に身の危険を省みずに飛び込むと、斜めに斬り上げた。そのまま頚椎に刀身を差し込むと姫級の首を斬り払って飛ばす。
「榛名、あとは任せるわよ!」
「は、はい!」
返事が遠巻きに聞こえる。戦艦クラスも残っていたが、その程度なら榛名たちだけでお釣りがくるだろう。
まだ叢雲は止まれない。最後に残った左翼がある。あそこを倒さない限り、この危機的状況を脱したとは言えないだろう。
逆サイドである陸奥たちの戦闘まで一気に叢雲が到達する。状況の把握にかける時間は数秒。それはすべて移動中に済ませた。
矢矧が的確な砲撃で牽制をかけ、陸奥の主砲か北上の魚雷が仕留める。実に堅実といえる方法だ。だからこそ後回しにしても大事にはならないと叢雲は踏んだ。
そしてその予想は当たっていた。追い返すまでには至っていないものの、均衡くらいには持ち込んでいる。
「ごめん、割り込むわよ」
陸奥に向けられた戦艦級の砲身を斬り飛ばしながら叢雲が告げる。飛び上がって戦艦級を蹴り倒すと、矢矧が雷撃で仕留める。ぐるりと反転すると砲撃の合間を縫って姫級に接近。脚部を斬り裂いた。片足を喪失させられた姫級がバランスを崩して海面に倒れこむ。
崩れた体勢の姫級に受身を取ることはできない。そんな絶好の機会を逃すわけにはいかない。まだ残っている酸素魚雷を打ち込む。受身がとれなければ衝撃を殺すことができず、モロに食らう。そしてそれこそがまさに叢雲が狙っていたことだった。
「今!」
「了解よっと!」
「はいはーい」
陸奥と北上が合わせたようにして魚雷と砲撃を叩き込む。一斉に爆ぜたそれは瞬く間に姫級を海中へと沈めた。
「リーパーシステム、停止」
叢雲たちを包囲していた深海棲艦の艦隊は雑魚を残すのみ。もう叢雲が身を削ってまで戦う必要はない。
なにより負担が大きすぎた。輸送作戦の時と比べればかなり軽減されているがそれでも鈍い疼痛は頭を苛み、無理な速度での機動を続けて酷使された体はかなりの疲労を訴えていた。
「無理しすぎよ」
「無理しなきゃなんない時もあるのよ」
荒い息を吐きながら叢雲が矢矧の軽い叱責めいたものを流す。ここは体の張りどころだ。そう叢雲は捉えていた。呆れた様子で矢矧がため息をついたが、ふっと表情を緩めた。
「よく回しきったんじゃない?」
「付け焼刃よ」
まともではないとはいえ、叢雲は指揮を執って見せた。かなり胡散臭いものではあったが、結果的に包囲されていたピンチから脱することができたのだからよしとしてもいいだろう。
「あと一押しよ。さっさと片付けるわ」
呼吸を整えなおすと再び叢雲が正面をきっと睨む。姫級の3体を相手にしている間に戦況はかなり変わっていた。本当にあと一押し。そこまで追い込むことに成功していた。
「私の
叢雲が柄に手を添える。譲れないものがある。そのために彼女はその刃を奮う。もう揺らがないその瞳は迷いなく先を見ていた。
こんにちは、プレリュードです!
次の秋イベがレイテらしいですね。とりあえず満潮を全力で育てていますが、ルート固定は発生するんでしょうか。
資材も貯めなきゃいけませんし、アズレンに浮気してる暇もありません(オイ)