艦隊これくしょん〜放縦者たちのカルメン〜   作:プレリュード

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そしてふたりは

 叢雲が小さく息を吸って呼吸を整える。整えている最中にこっそりと隣に座っている峻の様子を窺うが、別段と変わったような様子はない。ただ話しきったのだとどこか遠くを見ているのみ。

 

 峻は話すことを話し終えた。ならば下りた静寂をつき崩す役割は叢雲のものだ。

 

 何を言えばいいか。一瞬だけ考えかけて叢雲はその思考自体を消した。考えて推敲した発言なんて空虚なものになるのは必定だ。特にこういった場合では。ならば最初から言いたいと思ったことをそのまま口に出して言う方がいい。

 

「辛かったのね、なんて言わないわよ。大変だったのはわかる。あんたが必死だったのもわかる。だからこそ安易に同情なんてしたくない」

 

「それがいい。別に俺も同情してもらいたくて話したわけじゃない」

 

「そしてその前提で言わせてもらうなら……」

 

「言わせてもらうなら?」

 

 峻が恐れ半分、聞きたさ半分といった様子で叢雲に尋ねる。叢雲が光を宿す峻の右眼を見つめた。

 

「あんたの過去がどうでもいい、なんて言うつもりはないわ。過去があるから今があるわけだし。それでも今は今であって昔じゃないのよ」

 

「割り切れってことか?」

 

「違う……とも言えないか。あったことはそれとして自分なりの形で受け止めればいいのよ。それが割り切るという形ならそれでもいい。くらいかしら。私が言えるのはあとひとつくらいよ」

 

「それは……なんだ?」

 

「生きてくれてありがと」

 

 叢雲が微笑む。たった一言で、たった一瞬だけなのに、峻は息を呑んだ。

 

「何を惚けてんのよ」

 

「あ、いや。何でもない」

 

 慌てて峻が取り消す。叢雲は不思議そうに首をかしげながら、口元にはにかみを浮かべた。

 

「ま、いいわ。ずっと湿気た顔をされ続けたら気が滅入るのよ。うん、今の顔の方がずっといい」

 

 叢雲がうなづく。伸ばされた手がそっと峻の頬に添えられる。ふい、と峻が顔を背けたことで叢雲の手が離れた。けれど特に何かを言うことなく叢雲は手を下ろした。

 

「ま、いいわよ。まだね。ぜんぶ終わってからで」

 

「だが俺は……」

 

「使い物にならない、とでも言うつもりでしょ」

 

「まあ……」

 

 奥歯に物が挟まったように峻が肯定する。まったく指揮ができずに叢雲へすべて投げてしまった先日のミッドウェー戦は苦い記憶として残っている。

 

「あんたはどうしたい?」

 

「……わかんねえ」

 

「それよ」

 

「は……?」

 

 叢雲が峻を指差せば、峻は気圧されながら叢雲の指先を見る。

 

「あんたがわからない。それが問題なのよ」

 

「問題?」

 

「あんた、自分の意志で戦ったことないでしょ」

 

 叢雲はさっきまでと声の調子をまったく変えることなく言った。あくまでも穏やかに、それでも芯は歪めずに。

 

「銚子基地に乗り込んだ時。あんたはゴーヤの『助けて』という言葉に応えただけ。ウェーク島攻略戦は私があんたにヘルプサインを送ったから動いただけ。ヨーロッパではあんたはただ流されただけ。輸送作戦であんたは東雲中将に『もたせろ』と言われたから無理を押して指揮をしただけ。反逆者になっても逃げたのは私があんたに死ぬなと言って縛ったから。クーデターに参加したのは私の身柄を振りかざされたから。少年兵時代に死なないように必死になったのは生存本能かしら。少し怪しい推測もあるけど、おおむねあっているんじゃない?」

 

 指折りをして数えながら叢雲が告げていく。叢雲自身が思い当たる事実をすべて列挙していく。

 

「あんたは今まで他人から与えられた理由に縋ってた。だから今回は思うように動けない。日本の機密を守るため、という名目はある。けど一方ですべての人間をナノデバイスで制御下に置く、なんて世界征服じみたことを防ぐための攻勢という意味合いもある。でも世界のため、なんて理由で戦えるほど私もあんたも殊勝な人間じゃない。つまりあんたに戦う理由がないんでしょ。だから拳の振り上げ方がわからない。間違ってるかしら?」

 

「……そう、なのか?」

 

「ま、そうなるわよね。自覚できているならこうはならないし」

 

「いや、違う。俺の話じゃなくてお前の話だ。お前は自分のことを殊勝な人間じゃない、なんて言ったが俺にはとてもそうは思えない」

 

 ちょっと叢雲が虚をつかれたように言葉に詰まる。自分のことを言われるとは微塵とも考えていなかったことの表れかもしれない、と叢雲はぼんやり思った。

 

「少なくともお前は俺と違ってその世界平和のために戦えているじゃないか」

 

「違うわよ。私は世界平和のために戦ってなんかいない。どうでもいい、とまでは言わないけど世界なんて二の次よ」

 

「なら……」

 

「言ったでしょ。あんたが好きだって。私はあんたが戦えないかもしれないって感じてた。私が戦わなきゃあんたが死ぬかもしれない。そんなのは御免よ。だから武器を手に取った。それだけ」

 

 すべては死んでほしくないから。その理由だけで叢雲は戦場で命を賭すに値するとはっきり言ってのける。

 

「とりあえず意思確認。あんたはここから逃げたい? もしも逃げ出したいなら私は全力でその意思を手助けするわよ。どんな答えでもいい。それが間違っていると思ったらお互いに話し合いましょう。正しいと思ったら私はあんたの隣で道を切り拓くわ」

 

「意思確認、か……」

 

 峻が眉間に手を当てて揉む。今まで答え方もわからず、はぐらかしていた問いかけ。だが穏やかながらも鉄のごとき頑強さを湛える叢雲の視線は、峻の安いごまかしを見逃してはくれないだろう。

 

 ああ。そういえば初めてじゃないか。自分に対してどうしたいか聞いてきた人間は。

 

 本当に初めてだ。こうして正面からぶつかってきた少女は。

 

「正直に言う。わからねえ。なにがしたいのか、本当に自分のことが他人みたいだ。ただ……」

 

「ただ?」

 

「俺は……ここにいることにする。まだお前に答えを出せていないから」

 

 峻がゆったりと告げる。一度ははぐらかすことで葬り去ろうとした叢雲の告白。だが、もう無禄にするつもりはなかった。

 

「えっと、つまりどういうことかしら?」

 

「……お前が自分の気持ちを伝えてくれたのは素直なことを言わせてもらうなら嬉しかった。だからこそ、少し待ってほしい」

 

「待ってほしい? どういう意図で?」

 

「……今度は、ちゃんと答えを形にしたい。だが、すぐには難しそうだ。だから恥を承知で、頼む」

 

 躊躇いに鈍った唇より、ところどころがぶつりぶつりと切れてしまった。それでも隙あらば二枚貝のように閉ざそうとする口を動かし、拙くて幼稚な願いを紡ぎ出す。

 

 それが前と同じ行為だと知りながら。

 

 またしても叢雲を傷つけることになると理解して。

 

 にも関わらず保留を申し出た。

 

「意味はわかった上で……いいえ、なんでもないわ。それがわからないあんたじゃないものね」

 

 口にしかけた糾弾じみた疑問を叢雲が途中で打ち消した。峻が稲穂のごとく、叢雲へ頭を垂れていく。けれど叢雲が先んじて動くと、峻のひたいを軽くつついて起き上がらせる。

 

「いいわよ、別に。あんたなりの答えを探して」

 

「すまん……」

 

「そのかわり待つことはしないわ」

 

「待つことはしない……?」

 

「ええ。別にあんたは好きに自分なりの答えを考えればいいわ。私も手は出さない。でもね」

 

 叢雲が口許を緩ませて悪戯っぽい笑みを浮かべた。満面の喜色を顔に浮かべて。峻が不思議そうな表情をしていることがいかにもおかしい、と言わんばかりの様子で峻の耳元に叢雲が口を寄せる。

 

「あんたから手を出させるのはいいのよね?」

 

 そっと囁くと叢雲が後ろで手を組みながら跳ねるように峻の部屋と廊下を繋ぐドアに向かっていく。峻はただ呆然と叢雲の青みがかった銀髪がドアの隙間から消えていくまで見守ることしかできなかった。

 

「誰の影響だよ……」

 

 叢雲が立ち去ってからしばし。ぼんやりとしていた峻がようやく立ち直ってから、さっきより広くなった部屋でひとり佇みながらつぶやいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 つかつかと叢雲が早足に廊下を歩く。峻の部屋から遠ざかれば遠ざかるほどにその歩みは加速していった。視認しても霞んでみえるのではないかというくらい素早くその身を自室へと滑り込ませると、思いっきりベッドへと倒れ伏した。

 

「っーーーーー!」

 

 叢雲が声にならない叫びを上げながら枕に顔を埋める。火傷でもしたんじゃないかと思うくらい全身が茹で上がったように熱い。

 

 おそらく鏡を見れば、きっと頬が桜色を通り越して林檎のように真っ赤に染め上がった叢雲が映るのだろう。

 

 今更になって羞恥心が芽吹いてきた。とんだ時間差攻撃もあったものだが、湧き上がってしまったものはどうしようもない。

 

「なんであんな余計なことまで……」

 

 最後の一言など明らかに蛇足だった。というかまったくもって言う必要のない内容だったではないか。

 

 そもそもあの場は峻にできるかぎり前を向いてもらおうとする場であって、叢雲が思いの丈を告げる場ではなかったはずだし、ましてや誘惑するような場でもない。

 

 ましてや胸元に抱きしめる場でもなければ、添い寝をするような場ですらない。

 

 後半からなど本筋からは遠くかけ離れて、ただひたすら私利私欲を満たしていたのみ。

 

 ホコリが空中を舞うことも気にせずに右へ左へ叢雲がベッドの上を転がる。しかし、ちょっと転がるとむっくりと体を叢雲は起こした。

 

 過ぎてしまったことはいまさら悔いたところでどうしようもない。そう、どうしようもないのだ。覆水盆に返らず。零れたミルクを嘆いても仕方ない。言ってしまったことを取り消すことが叶わないのなら、うだうだと悩んでいる意味などない。

 

 と、割り切るようなことを考えてみたが、それが虚飾であることくらいは叢雲自身も嫌というほど認識しているのだが。

 

 それでも自室の部屋がノックされたとあれば、さすがにベッドで不貞寝を決め込むわけにもいかない。

 

「入っていいわよ」

 

 落ち着き払ったように取り繕いながら叢雲が入室許可の旨を発言する。ドアが開けられるまで数秒。体を預けていたベッドから跳ね上がり、ざっくりと乱れたシーツを整えると小さな椅子に腰を落ち着かせるまでやりきった。

 

「叢雲ちゃん? なにかありましたか?」

 

「なんでもないわよ、なんでも」

 

 平然と、そして泰然と叢雲は言い放つ。整った眉毛を不審さで寄せながらも榛名は一端、感じた疑問符の解消を隅へ置いておいてくれることにしたようだ。

 

「それよりここに来たのは聞きたいことがあるからじゃないの?」

 

「ええ。次も叢雲ちゃんが指揮を執るのか、そして執るならどうするつもりか」

 

「ああ、そっち……」

 

「何だと思ったんですか?」

 

 胡乱げに長いまつげを榛名が揺らす。しまった、と思っても遅い。とはいえ取り返しがつかないミスではない。可及的速やかに修正するように行動すればなんとでもなる。

 

「それで指揮の話だったわね。とはいえあいつがどうなるかは私もわからないわ」

 

「では叢雲ちゃんが執る、ということになりそうですか」

 

「かもね。そのつもりで私も行動した方がいいでしょうし。もちろんあいつが動いてくれるに越したことはないんだけど」

 

 悩ましげに叢雲はこめかみに手を当てて揉んだ。峻が動いてくれた方がいい。それが叢雲の中で最良の結果だった。前回のミッドウェー戦ではうまく立ち回れた。だが次もうまくいく保証はどこにも転がっていないのだ。

 

 叢雲は自分自身の実力不足を嫌というほど痛感している。うまくいったのはただの偶然。峻が本気を出すことさえできれば、叢雲の付け焼刃同然の指揮能力なんてあっという間に飛び越えてしまうと確信していた。

 

 だからこそ惜しいと感じてしまうのだが、こればかりは叢雲がどうにかできる問題でないことも理解していた。

 

「楽観視するのは危険よね……」

 

「では」

 

「ええ。おそらく私が動くことになると思う。……みんなにもそう伝えておかないとね」

 

 あまり気乗りしない叢雲がため息まじりに腰を浮かしかける。けれど榛名がそっと叢雲を手で制して止めた。なおも立ち上がろうと制止を遮るが今度は榛名に肩を掴まれて座らせられてしまう。

 

「榛名がやっておきます。叢雲ちゃんは大佐のそばにいてあげてください」

 

「何を言ってんのよ。別に私がやるべきことなんだから榛名に手間を取らせなくても私がやるわよ」

 

「まだ不安定なんでしょう? なら離れない方がいいです」

 

「そうでもないわ。それに離れているわけじゃないもの」

 

 叢雲が落ち着きはらって言いながら口角を少しだけ緩めて笑った。榛名が意外そうに目を見張り、しげしげと叢雲の姿を上から下までじっと視線を行き渡らせた。

 

「……なによ」

 

「いえ、なんでもありません。とにかく叢雲ちゃんは休んでおいてください。見たところ疲労の蓄積はなさそうですけれど、それでも叢雲ちゃんがすべてを担うことになりかねないのなら力を蓄えておいて損はしないでしょう?」

 

 そっと叢雲が瞑目する。榛名の言うことはもっともだ。昨晩、確かに安眠できたかと言われればその答えは否なのだから。

 

 冷静になって考えれば当然だ。異性、それも惚れている相手と同衾。しかも近距離も近距離。手を伸ばせば届く距離どころかがっつり触れていた。

 

 後半は睡魔に負けてしまったが、睡魔が襲来してくるまでは悶々としてなかなか寝付けなかったものだ。もちろん、誰にも言うつもりはない秘密だが。

 

 つまり、睡眠不足状態であることは割りと認めざるを得ない事実だったりするのだ。

 

「わかったわよ。ちゃんと大人しく部屋で次のハワイのために。どう、これでいいんでしょ」

 

「代わりの人を用意することくらいはできるでしょうけど、どうしますか?」

 

「どのみちアクの強いメンツしかいないんだからまとめ役の方から願い下げでしょ」

 

 確かに、と榛名が苦笑する。かなり直接的に榛名もアクが強いと言われたようなものだが、否定するようなことをしないあたり榛名も自覚ありなのだろう。

 

「では榛名はここで。ああ、そうそう」

 

「なによ?」

 

 たおやかな動作で腰を浮かせながら榛名が思い出したかのようにおもむろに切り出す。特になにか報せがあったわけではないが、漠然と嫌な予感らしきものが叢雲の胸中をよぎる。

 

「服にシワが寄ってますよ? いくら激しかったとしてもちゃんと着替えなきゃだめじゃないですか」

 

「…………」

 

 思考停止からの復帰で数秒。きっちりフリーズしていた叢雲が我を取り戻した瞬間に椅子を蹴立てた。

 

「べ、べつに激しくってそんなことしてないわよ!」

 

「いえいえ、わかってますから。朝帰りっていうやつですよね? 安心してください、榛名の口は固い方です!」

 

「これっぽっちもわかってないでしょうが!」

 

 口調を荒らげて叢雲が否定する。しかし「わかってますから」といわんばかりの顔で爽やかに微笑む榛名に叢雲の伝えたいと思っていることが正確に通じているかどうかはかなり怪しいものだ。わざとやっているとしたら相当なものだ。そして榛名の場合ないとは言えない。

 

「すべてが片付いたらお赤飯ですね!」

 

「邪推が過ぎるわよ……」

 

「じゃあ、私にお赤飯を炊かせてくださいね?」

 

 準備しておきますから、と榛名が付け加えた。さっきまで榛名が纏っていた弛緩しきった雰囲気は雲散霧消し、真剣味の宿った視線が叢雲を射抜く。

 

「……わかってるわよ。嫌ってほど炊いてもらうから覚悟しときなさい」

 

「お手柔らかにお願いしますね?」

 

 それを最後に榛名は今度こそ叢雲の部屋から出ていった。その悠然とした背中を見送ってから叢雲は肩に入れた力をふっと抜いた。

 

「背負うつもりなら死ぬな、か……」

 

 見透かされているようでなんとなく腹立たしい。けれどあれは榛名なりの助言であることも重々承知。

 

 もしも叢雲が死んだら、いや部隊のうち誰かが死のうものなら本格的に峻は壊れる。あれはわかった上で背負うつもりか、という榛名の意思確認。

 

「いいわよ。やってやろうじゃない。誰ひとりとして失わせやしないわよ」

 

 力みすぎだから力を抜け。そう、榛名は暗に言っていた。だから伝令役を買って出たのだろうし、からかうようなことも言ったのだろう。

 

 次ですべてに片がつく。迷いなんてなかった。




こんにちは、プレリュードです!

急にぐっと寒くなりましたね。寒いのが苦手な私は家で丸くなって過ごしたいです。鍋とかは好きなんですけどね。でも冬はどうも好きになれんのですよ。

そういえばイベント、みなさんは如何でしたか。私は涼月を確保しました。ついでに堀りで秋月も確保できました。対馬ちゃんに至っては2体いますし、しおんも入手済みなので照月が落ちなかったことを除けば勝利と言えるような感覚です。
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