艦隊これくしょん〜放縦者たちのカルメン〜   作:プレリュード

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姫薙

 

 どうして動けたか。そう聞かれても峻はすぐ答えることができなかった。

 

 反射的に、としか言いようがなかった。ただ戦況を見守っていたら、叢雲が次第に追い詰められていき、ついにはやられそうになった。それを見た瞬間、いてもたってもいられなくなり、咄嗟に叢雲の艤装にマウントされた主砲をコントロールして叢雲を背後から狙っていた2体の姫級の主砲を同時に狙い撃ち、弾くことで狙いを逸らしていた。

 

 理由がない、と叢雲は峻に言った。確かに依然として戦う理由らしきものは見えてこない。

 

 だがそれでも峻は戦うことができると言えた。根拠の無い自信ではあるが、それでもやれる気がしたのだ。

 

 ホロウィンドウを大量に展開。一気に戦場をそれらのホロウィンドウを使って総覧していく。

 

 案の定、と言うべきか。戦線は崩れかけていた。

 

 新手の出現だけであったのなら大事にはならなかっただろう。だが姫級が多数、出現したという事態は誰も想像したり得ないものだった。なにより姫級は一体で相当な戦力を有する。

 

「マサキ、やばくないか」

 

「ああ、やばいな。まさか姫級があんなにも出てくるとは思わなかった」

 

 その通りだろう。そもそもミッドウェーですら多いと感じたのだ。だがここはその比ではない。もはや通常種と姫級、どちらが数で勝っているのか区別がつかなくなるほどだ。

 

 一体ですら強大な姫級が雨後の筍よろしく発生してくれば混乱を招いても仕方ないだろう。

 

 峻がすべてのホロウィンドウを再びその目に焼き付ける。時間的余裕はない。短時間で効率よく戦場を俯瞰しろ。最速で状況を把握して、最短経路で解答を導き出せ。

 

「叢雲、戦線を立て直すぞ。前方は任せる」

 

《了解》

 

 叢雲が間髪いれることなく返答。心なしかその返答は弾んでいるように峻は感じた。気のせいかもしれないがそれでもどこか嬉しそうだったのだ。

 

「榛名、鈴谷、矢矧。右舷の敵艦隊に砲撃。陸奥、北上、夕張。左舷の敵艦隊に砲撃と雷撃。天津風、自律駆動砲をふたつに分けろ。砲撃で敵艦隊を足止めしつつ漸減だ」

 

《しかしそれでは姫級を落としきれる確証はありませんよ》

 

「承知の上だ。だから足止めと漸減でいい。時間だけさえあればいいんだ」

 

《わかりました。託しますよ?》

 

 重い榛名の一言。ミッドウェーであったのならば答えに窮していたであろう。

 

「ああ」

 

 けれど今はすんなりと答えられた。自身でも驚くほどスムーズだ。

 

 絶対に勝てる、なんて確固たる自信があるわけではない。不安で仕方ないし、これでうまくいくなんて断言することもできない。それでも答えられた。

 

「マサキ、エアカバーは?」

 

「五分五分……いや、若干こっちが不利か」

 

「均衡に持ち込んでくれ」

 

 さらりと峻が言い放つと東雲が目を剥いた。不利だと言っておきながらそれを覆せと言っているのだから当然の反応だ。そもそも物量と艦載機の性能がものを言う航空戦においては開戦と同時にだいたいの結果は見えている。もちろん戦術や索敵なども大きく関わっていることではあるが、イーブンの状況から開戦したこの戦闘で覆すことは難しい。

 

 それを理解した上でか、と東雲は問いかけ峻はイエスと返した。

 

「空まで手が回らねえ。今は加賀と瑞鶴が粘ってくれてるが時間の問題だ」

 

「わかってるさ。やりゃいいんだろ。空は俺で押さえ込む」

 

「頼むぞ」

 

 これで空の心配はいらなくなった。いや、均衡ということはもちろん対策を取らねばいけないのだが、劣勢になってしまうと空にかかり切りにならざるを得なくなる。そうなってしまうと姫級との交戦に割く手がなくなってしまう。

 

 だから東雲に頼んだ。安心して戦える場を構築するために。

 

 そしてまだ止まるわけにはいかない。本当の仕事は戦闘が終わってからだ。そのための準備もする必要がある。

 

 手早く連絡先のウィンドウを開くと手元に寄せる。その中から目当ての名前を見つけると素早く連絡をつけにかかる。

 

《急になんだい?》

 

「若狭、頼みたいことがある」

 

《戦闘指揮を日本からしろ、なんて言うつもりはないよね? 確かに僕は作戦参加として日本防衛の指揮官に編入されてるけどそっちの面倒まで見る余裕はないよ。そもそも僕は司令官として有能じゃない》

 

「だからお前の河岸だ。この人工島に上陸する場所、もしくは侵入できる場所を解析してくれ」

 

 人工島は直角に切り立っているので上陸地点も侵入経路も見当たらなかった。だが中になにかある可能性は高いため確認しにいくことは確定。だからどうやって中に入るかがわからないままではまずいのだ。

 

《僕の河岸、ね。今は長月に譲ったんだけど》

 

「やれるのかやれないのか、だ」

 

《やるさ。少し時間をもらうけど》

 

「速攻でな」

 

 軽く釘をさしておくと今度こそ峻は正面のホロウィンドウに向き直った。通信は戦場へ繋ぐ。

 

「叢雲、前方の姫サマたちをやるぞ。5分だ」

 

《バカね。2分あれば十分よ》

 

 そうか、と短く返す。その力強い一言さえあるのならやれる。

 

 リンク先を叢雲の艤装に指定。自らの目を閉じると共有した叢雲の視界が暗闇に浮かんだ。

 

《しっかりついてきなさいよ》

 

「やってみせるさ」

 

 強気に峻は返す。絶対に返せなかった答え。返す時といえば虚勢を張るためだけ。自信なんて欠片もなかった。

 

 それでも1人じゃないのならば。

 

「蹴散らすぞ、叢雲」

 

 なぜだろうか。やれる。そんな根拠のない、だがどこからともなく沸き上がる自信らしきものがそこにあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ようやく。

 

 本当にようやくだ。

 

「待ちわびたわよ、ったく……」

 

 愚痴っぽく叢雲がこぼす。けれど叢雲自身も気づいていないが、その口元には確かに微笑みを形作っていた。

 

 ウェーク以来の感覚だった。自分のペースで戦闘が回り、それがまったく乱されない。そんな全能感。

 

 すでに叢雲が相手した前方の姫級数体は立っていなかった。

 

 すべて叢雲がたった一人で屠った。いや、ひとりというのは間違いか。峻のバックアップ込みで倒したのだから。

 

 一体を斬り伏せる間に叢雲を撃とうとしても、峻が制御する叢雲の主砲が姫級らの砲撃をすべて撃たれる直前に砲塔自体を弾いて狙いを逸らさせる。圧力をかけるように飛ぶ艦載機を機銃で追い払って、その隙に叢雲が発艦させた主まで近づくと斬り裂く。

 

 とにかく叢雲が一体にかかり切りになれるような状況を峻が維持させ続ける。そして叢雲も作られた時間を余すことなく着実に刀の錆へと変えていく。

 

「次は?」

 

《右舷と左舷から榛名たちが足止めしてた姫級が来るはずだ。そいつらをやるぞ》

 

「わかったわ」

 

 血液にも似た青白い液体を吹き飛ばしつつ、叢雲が即答する。そして両舷に目をやった。

 

 そういうことか、と同時に納得する。天津風の自律駆動砲が数を減らし、それでも落とせない中型を巡洋艦クラスである鈴谷たちが、そして最後に大型を榛名たち戦艦級が落としていく。

 

 そしてこうした段階を踏んでもふるいにかけられず落ちなかった姫級が着実に押し戻してきているのだ。

 

「戦線を立て直すためにあとどれくらいかかりそう?」

 

《15分は欲しいな。少し数が多いがやれるか?》

 

「ええ」

 

 またしても即答。だが負ける気は叢雲にまったくなかった。負けるとすら思っていない。

 

 ひとりで戦っていたらそんなこと決して言えなかった。けれど今は言える。絶対に勝てる、と。

 

「負ける道筋が見えないのよ」

 

 不意をついて襲ってきた姫級の攻撃をひらりと身軽にかわす。脱力した状態から素早く体を捻って回転。真横に一閃させると一文字に姫級の体が引き裂かれた。同時に叢雲がつけた刀傷に向かって峻が主砲を連続して撃ち込み、致命的な損害を与える。トドメと言わんばかりに叢雲がひび割れた体表に向けて鋭く突きを放てばそれで一丁あがりだ。

 

「次!」

 

 事切れた姫級の体から刺さった刀身を抜きながら叢雲が振り返る。唯一の支えとなっていた叢雲の刀が抜けた姫級が崩れ落ちて海中へと没した。

 

《回避。距離5、チャーリー》

 

「了解」

 

 叢雲が峻の短い警告と指示に従って右方向へサイドステップ。指定された距離だけ動き終わると、直後にさっきまで叢雲のいた場所に深海棲艦の戦艦級が着水し、こちらを睨んだ。

 

 少しでも回避が遅れていたら叢雲は押し潰され、制圧されていた。砲撃が当たらないと判断しての行動らしいが、近接戦闘を挑んだのは間違いだと叢雲は鼻で笑う。

 

「駆逐艦に接近してんじゃないわよ」

 

 一刀の元に斬り伏せる。みるみるうちに海中へと消えていき、泡だけを残していく姿を見送ることなく次に備えて叢雲が構えた。

 

「榛名、立て直しはどう?」

 

「順調……と言いたいですけど苦戦してますね」

 

「どうして?」

 

「叢雲ちゃんみたいなお姫様がいるからです……っ!」

 

「榛名?」

 

 急に榛名の声が苦悶に満ちたものに変わる。榛名からの返答が途切れ、嫌な感覚にじとっと叢雲の背中を脂汗が伝った。

 

「榛名、榛名!」

 

「だい、じょうぶですよ……でもそっちに行きました……」

 

《叢雲、回避!》

 

 焦燥感を隠すことなく、峻が怒鳴る。咄嗟に叢雲は後方へ飛び退った。それでも遅かったのか、叢雲の前髪が数本ほど何かに巻き込まれて千切れる。

 

「『私みたいな』って、そういうこと……」

 

 海水を滴らせながら数本ほど叢雲の前髪を奪っていったそれが持ち上がる。剣とまでは言えない、まるで棍棒にも似た無骨な武器。それを易々と振り回す深海棲艦がいた。

 

「聞いてないわよ、近接型なんて」

 

《こっちの情報が漏れてるのはわかってた話だ。たぶんお前に当てるためだけに調整されてるな》

 

「難儀ね、深海棲艦ってのもっ!」

 

 語尾をはね上げながら叢雲が間一髪で背中を反らせて棍棒を避ける。だが避けきれなかったのか、軽く引っ掛けてしまい袖が破れた。続く二撃目をバックステップで距離をとって叢雲をかわす。

 

「今後もこんなのが出てくるなら砲雷撃戦じゃなくて近接格闘戦って改名するべきじゃないかしら」

 

《お前のストッパーだからな。今回だけだろ。ミッドウェーで目立ちすぎたな。すまん》

 

「あんたの謝罪なんて求めてない……わよっ!」

 

 体を横に傾けて打突を回避。腕が伸びきった隙を見逃すことなく、叢雲が格闘型深海棲艦の大柄な体躯の懐に潜り込むと居合の姿勢で斬りつける。

 

「硬すぎよ!」

 

 叢雲が苛立ち紛れに叫ぶ。振るった刀身は今まで深海棲艦の表皮を破壊して脆弱な内側を傷つけてきた。だが表皮を破壊することすらできずに弾かれたのだ。小さな傷が着いたのみで致命傷とはとても呼べない。

 

 伸びきっていた腕がもう、戻っている。これ以上の深追いは危険と判断した叢雲は再び後退して距離を取る。

 

 距離を取った直後、海面を割るような一撃が叩きつけられる。巻き上がる飛沫に視界が邪魔される。

 

《させるかよ》

 

 叢雲の主砲が放たれ、飛沫の向こう側へと飛んでいく。そして爆風が波飛沫を吹き飛ばした。

 

 波飛沫に紛れて叢雲に攻撃を加える算段だったのだろう。だが峻の行った砲撃により行動は牽制され、爆風により視界を塞いでいたものは無くなった。だから叢雲は攻撃を直前に察知できた。

 

 とはいえ気づいたのがギリギリすぎた。今から避けようにも間に合わないと判断した叢雲は刀に45度ほどの角度をつけて振り下ろされる強撃を右方へと受け流す。

 

「っ……なんて力よ」

 

 そう、受け流したはずなのだ。それでも柄を握る手にビリビリと衝撃が這い回っていた。

 

《いけそうか?》

 

「やるしかないでしょ。少なくとも立て直しはまだ終わってない。あんたの作戦は私を基軸にして姫級などの主力を引き付けて全艦隊が立て直すまでの時間を稼ぐこと。ならこんな脳筋に時間を割いてる暇はないわ。速攻で片付けるわよ」

 

 言葉の節々で風を切って振り回される棍棒をギリギリで叢雲が避けていく。それでも避けきれないものは時に刀で受け、場合によっては掠めるだけに止めて致命的な一撃をもらわないように立ち回る。

 

 嘲笑うように格闘型の双眸が叢雲をねっとりと睨めつける。負けじと睨み返すがジリ貧に追い込まれているのは事実だ。

 

「あんた、合わせられる?」

 

《どうするつもりだ?》

 

「あんたの射撃を参考にするだけよ」

 

 これだけで叢雲は自分の意図が伝わると確信していた。砲撃はすべて峻に任せている。だから叢雲は射撃の類を管制していない。

 

 それでもこの言葉を選んだ意味。伝わらないはずがない。そう、絶対に伝わる。

 

《わかった。やっちまえ、叢雲》

 

 叢雲の背中を押す峻の言葉に笑みを深くする。意図は通じた。ならばあとは実行に移していくのみだ。なによりこれから実行することの共有ができた。

 

「行くわよ」

 

 すっと頬付けして刀を構える。叢雲の目が細められて格闘型を目視した。全力で踏み込むと機関の回転数を上昇させる。ぐん、と体に慣性力がかかり一気に加速した。

 

 砲撃は来ない。純然たる近接型であって砲塔は持っていないらしく、パワーとスピードのみでゴリ押しするタイプだ。だから一直線に突っ込んでも撃たれることはない。

 

 空を切って振り下ろされていく棍棒を視界に収めながら回避の素振りすらしない。ただまっすぐに狙いである格闘型のみに注意を傾け続ける。

 

 叢雲の主砲が火を噴いた。連続して棍棒に命中していくと、叢雲の脳天を割ろうとしていた軌道を逸らしていく。逸れるようにわざと叢雲から見て中心よりも右側を執拗に狙い続けていた。

 

 けれど叢雲はその砲撃の結果として攻撃が自分を捉えられなくなっていく瞬間も見ていなかった。

 

 あいつがわかったの一言を放った。ならもう下手な杞憂をする必要なんて皆無。ただ自らのすべきことをするまで。

 

 海面に叩きつけられた棍棒の上に叢雲が飛び乗る。真横にいれば波の影響で視界が塞がれ、バランスが崩されるかもしれない。ここにきてそんなくだらない理由で失敗したくなかった。

 

 金属にも似た素材の上を数歩、叢雲が駆ける。最後の一歩は力強く。そして格闘型に目掛けて飛びかかる。

 

「食らいなさい!」

 

 裂帛の気迫と共に頬付けしていた刀が突き出される。空間を齧り、抉るような一撃。それは格闘型の深海棲艦の右眼に刺さるとそのまま後頭部までぶち破った。

 

 止まることなく叢雲が小柄な体躯を空中で横に半回転させると刺さったままの刀身で斬り上げ。頭頂部から青白い液体を吹き出させつつ、刀身が飛び出した。

 

「……あんたがCs75で人を撃ち殺すつもりの時、絶対に目を狙う。目は人体で露出している中で柔らかくて、同時に急所である脳に繋がっているから。目から後頭部に向かって銃弾で撃ち抜けば確実に相手の命を奪える」

 

《……その通りだ。1発で確実に屠る必要に迫られた時、あれほど簡単なやり方もなかった》

 

 体をいくら硬くしても。どれだけ鍛錬を積んでどれだけ改造を施して強化したとしても目だけは強くできない。その奥にある脳髄を物理的に強化することも。

 

 事実として戦線をかき乱していた格闘型は確実に絶命していた。

 

「利用させてもらったわ。ごめん」

 

《変に気を使うな。必要だったんだ。それに今はもう、そうでもない》

 

 叢雲の謝罪を峻が流す。致し方ないこととはいえ、選択に峻の過去を使うような真似をしてしまったことを悔いていた叢雲は意外の念に打たれた。

 

 声の調子を聞けばわかる。そこに苦悩の色はない。

 

《さて、そろそろ立て直しも終わる頃だ。あともうひと踏ん張りいけるか?》

 

「ええ」

 

 完全に格闘型が海中へ消えるまで見送ってから叢雲は再びその武器を取る。まだこれで戦闘が終結してくれたわけではないのだから。

 

 新たな姫級が叢雲に向かってくる。叢雲は居合切りのごとく、抜刀した。

 





こんにちは、プレリュードです!

今年最後の更新です。やっぱり年は越しちゃったよ……

もういくつ寝るとお正月ですね。皆様よいお年を!
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