艦隊これくしょん〜放縦者たちのカルメン〜   作:プレリュード

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だから一緒に

 叢雲が提案してきたものは実にわかりやすく、単純明快なものだった。

 

 叢雲の艤装にのみ取り付けられたリーパーシステムを使って機関を限界まで暴走。そしてオーバーヒートさせた機関を敢えて制御下から外し、爆発させてロケットの燃料タンクに引火させつつ、ナノデバイスごと焼き尽してしまおう、というものだった。

 

「できる?」

 

「可能だ。だが限界ぎりぎりまで艤装の機関を暴走させなきゃいけない。かなりの演算を要されるし、脳に相当な負担がかかる。少なくとも成功率を上げるために2人で取り掛からなくちゃだめだ。あとは……」

 

「あとは?」

 

「どう2人とも生き残るかだな。爆発に巻き込まれちゃ命はない。なんとかしなくちゃなんねねえ」

 

 頭を峻が抱え込んだ。このままでは2人そろってお陀仏だ。どうにかして2人とも死なずに済む方法。何か見つけ出さなくては。必ず手はある。2人とも死なない方法がどこかに。

 

「ふふっ」

 

「なんで笑ってるんだ?」

 

「おんなじことをあんたが考えてたからよ。私もまだ死ぬなんてごめんだわ。かといってあんただけ死なせるつもりもない。さて、どうしたものかしらね?」

 

 叢雲が口元に手を当てて小首を傾げた。呆気に取られかけた峻が慌てて思考の渦へと戻っていく。

 

「……手はある。かなりめちゃくちゃだが」

 

「いちおう聞いておくわ」

 

「さっきコンソールを見てるときに気づいたが、発射台は直前にせり上がる設計らしい。つまり発射前は外に出る。だから爆破と同時に海へ飛び込めばなんとかなるかもしれん」

 

「思ったよりめちゃくちゃね」

 

「そう言っただろう。タイミングが命だ。発射台が外にせり上がったら爆破する直前で制御を手放してそのまま爆発に巻き込まれる前に海へ飛び込む。機関の暴走は限界を超えさせなきゃいけない。艤装を独立させてリーパーを発動したところでろくな規模にならないから、こうして限界まで近くで爆発を抑え込むしかねえ」

 

 叢雲が驚きに目を見開く。さすがに無謀すぎるのは峻とて自覚済みだ。

 

「巻き込まれないようにするのは無理よ。いくら早く走っても追いつかれるわ」

 

「だから俺の右脚のブースターを使う。まだ換えのカードリッジが一個なら残ってる。全力で吹かせば人間2人くらいなんとかなる、はずだ」

 

「そこは自信を持って言い切りなさいよ」

 

 叢雲が苦笑する。だが峻もこんな挑戦をするのは人生で始めてだ。もちろんそう何度もおきていてはたまらないのだが。

 

「乗ったわ。それでいきましよ」

 

「いいんだな?」

 

「何を今さら。2人とも死なずに済むシナリオはそれくらいしかなさそうじゃない。ならやるわ。簡単なことじゃない。ただ成功させればいいのよ」

 

「簡単に言ってくれるな」

 

「あんたとだからよ」

 

 本当に簡単に言ってくれるものだ。だが口元が綻ぶことを止めることはできなかった。だが不思議なことに峻も叢雲となら成功させられるような気がした。

 

「時間、どれくらいありそう?」

 

「艤装を持ってきて準備をする時間を差し引いても30分くらいは余裕があるな」

 

「そう」

 

「ちょっと待っててくれ」

 

 部屋の中をぐるりと見渡す。ほとんどすべての機能がここに集約していることはさっきコンソールを触った時にわかった。つまりここの中に外部との通信を遮断している電波を管理している装置もあるはず。

 

「こいつかな」

 

 あたりをつけてから改めて観察。どうやらそうらしいと確信を得たので即時に破壊した。

 

「さて……あーあー。マサキ、聞こえるか?」

 

《……ああ、聞こえてる。中のジャミングを止めたのか。今はどうなってる?》

 

「とりあえず教えてくれ。あと30分以内に深海棲艦を殲滅して大火力の火砲なり爆弾なりを用意して人工島に乗り込むことは可能か?」

 

《……無理、だな。さっきから深海棲艦の足並みが乱れてきているが、単体でも強い。あと3時間は最低でも欲しい》

 

 ノイズが入った東雲の返答に峻が悩み込む。3時間は時間がかかりすぎだ。となると結局は叢雲の艤装を暴走爆破させるプランしかない。

 

「マサキ、座標をそっちに送る」

 

《ん……おい、このポイント、海だぞ?》

 

「そこへ指定した時間に飛び込むから回収してくれ」

 

《おま、戦闘中だぞ! おい、聞いて……》

 

 ぷつん、と問答無用で通信を切ると峻が歩いて生命維持装置のカプセルがあった部屋から出て行く。当然のように叢雲は後を追いかけて来た。触手で襲ってきた人形兵の亡骸が転がる部屋まで来て、壊れたCz75を拾い上げる。

 

「どうするの、それ?」

 

「……ここに置いてくよ。こいつはここで死んだんだ。もちろん、部品交換でもすればまた使えるだろうけど、もういいんだ」

 

 峻はCz75を軽く撫でると部屋の隅に安置させた。ずいぶんと世話になったものだ。惜しむ気持ちはある。だが引きずり続けてもよくないとつい先日に教えられたばかり。戒めとして持ち続けていたが、もういいだろう。もちろん忘れてしまうわけではない。

 

 ただ物に対して必要以上に意味を求めることをやめるだけだ。

 

「じゃあ私もこれを置いてくわ」

 

 安置したCz75の傍に叢雲が折れた愛刀の『断雨』を寄り添うように突き立てた。

 

「いいのか?」

 

「折れた刀はもう使えないもの。部品交換ってわけにもいかないし、これから決死のダッシュをするなら重荷になるものは少しでも少ない方がいいでしょ」

 

 さっぱりしたものだ。けれど本人がそういうのならば止める理由はない。事実として身軽であることに越したことはないのだ。

 

 なんだかんだと刀は軽くても5kg程度はある。加えて少なく見積もっても長さ80cm以上はある。それを腰に下げたまま走ろうとすれば障害になることは火を見るより明らかだ。

 

「ねえ」

 

「なにかまだあったか?」

 

「ちょっと休まない? まだ30分は余裕があるのよね? さんざん戦闘で暴れ回ったし、抜けるのであれば疲労は抜いた方がいいわよ」

 

 叢雲の言っていることはごもっともだと納得のいくものだった。客観視してみればすぐにわかる話だが、体力は消耗しているし、怪我も止血したとはいえ痛まないわけではない。準備にかかる時間を引いた上での30分という数字であるのならばその時間を休憩にあてるのは悪い考えには思えなかった。

 

「小休止も悪くはない、か」

 

「成功させるために休むだけよ。そんな大袈裟なものじゃないわ」

 

 わかってるよ、と軽く返す。その一言に了解の意を込めたのだが、叢雲はきちんと汲んでくれたようだ。流れるような動作で腰を床に下ろすと足を伸ばしつつ、壁に背中をもたれさせる。

 

「ん」

 

 そして峻を見つめながら太ももあたりをぽんぽんと叩いた。

 

「…………?」

 

「ん」

 

「いや、『ん』とだけ言われてもな……」

 

 困惑のあまりどうしたものかと立ち尽くしている峻に対して叢雲はたったひとつの平仮名を発音し、自身の太ももを軽く叩く動作を繰り返すばかり。

 

「えっと、だなあ……俺はどうすればいい?」

 

「わかりなさいよ」

 

 むくれ半分、呆れ半分で叢雲が口を尖らせる。早く悟れ、と言わんばかりだ。それでも峻が固まっているのを見ると深いため息を吐いた。

 

「ひとまず座りなさいよ。ずっと突っ立っているつもり?」

 

「お、おう……そうだな」

 

 言われるがままに叢雲の隣に腰を下ろした。同時に立ち続けることで張り詰めていたものが緩んだ。肩の力が抜け、アドレナリンによって感じていなかった疲労がどっと襲い掛かってきた。

 

「……意外に疲れているもんだな」

 

「でしょ。だから」

 

 ぐい、と叢雲が峻の後頭部に手を添える。峻が何かする前に叢雲が峻の体を横へゆるやかに倒させると、叢雲の太ももへ頭を運んだ。

 

「おい!?」

 

「大人しくしときなさいよ。余計な体力を使うわけにはいかないんだから」

 

 そうは言っても、だ。今まさに峻の体勢は叢雲の太ももに頭を預けて横たわる、いわゆるひざまくら状態だ。抵抗して起き上がろうとしたが結構な力で叢雲は峻の頭を太ももに押し付けているため、体勢が不利な峻は思うように起き上がれない。

 

「あのさ、叢雲。起き上がらせてくれないか?」

 

「いやよ。あんたも休めるし私も休める。これ以上にお得なことなんてないでしょう?」

 

「いや、お前は足がつらいだろう」

 

「精神面の休憩よ。いいからされるがままにしときなさい」

 

「わかったわかった。俺の負けだから押さえつけるな」

 

 峻は叢雲の強情に根負けし、諦めてそのままにすることにした。抵抗を止めると叢雲も峻の頭を押さえつけることを止めた。

 

 完全に体を叢雲に預けてみると、柔らかくも頭を押し返してくる感覚は存外に心地がよく、人肌の温もりがじんわりと伝わってくる。ストッキングに包まれたその足はただありのままに峻のことを受け止めていた。

 

「硬いとか言ったら殴るわよ」

 

「いや、むしろ柔らかいというか……このまま眠ってしまいそうだ」

 

「さすがに寝るのはだめよ」

 

「わかってるって」

 

 苦笑を漏らしつつ、峻が姿勢を変えて仰向けに。真下から峻が叢雲の燃えるような赤に近いオレンジの瞳を見上げると、ちょっと叢雲が笑った。

 

 それはあまりにも魅力的で蠱惑的な笑みだった。

 

 思わず峻は息を呑んだ。なんとなく急に叢雲が大人びて見えた。

 

「なによ」

 

「や、なんでもねえ……」

 

 叢雲が小首を傾げて聞いてきたので、慌てて誤魔化した。そして誤魔化してしまってから苦笑をこっそりとこぼす。どうも何か動揺するたびに有耶無耶にしようとする癖がついてしまっているらしい。

 

 そろそろ腹を括らなきゃならない時かもな。そう漠然と考えると、前触れなく髪が梳られた。誰がしているかなど探すまでもない。

 

「好きでやってるだけよ」

 

 そしてこれから何を峻が言おうとしたのか先読みしたかのようなセリフ。そこまでわかりやすい思考をしていたつもりはなかったが、ことこういった事柄においては叢雲の方が遥かに上手だった。経験といえるものがないせいもあるかもしれないが。

 

「なあ」

 

「なに?」

 

「……」

 

「黙っててもわかんないわよ」

 

 その通りだ。だがどうすればうまく形容することができるのか。

 

 けれどいい加減に進まなくてはいけない。いや、これは違う。進まなくては「いけない」のではない。進み「たい」のだ。

 

 問題はどう言葉にすればいいのかわからないだけで。

 

 試行錯誤を脳内で繰り返してはみるものの、なんとなくこれではない感覚がしてしまい、破棄する。そんなことばかりしていると叢雲が口を開いた。

 

「後でいいわ」

 

 たったそれだけ。淡々とした口調で峻の髪を梳る動作を止めることなく口にした。

 

「叢雲……?」

 

「後でいいって言ったの。全部よ。全部がちゃんと片付いてから。そっちの方があんたもいいでしょ」

 

 そうしてくれた方が都合はいい。だがそれで果たして叢雲本人はいいのだろうか。そんな疑問が鎌首を持ち上げる。

 

「今ここで言ったらこれから死ぬみたいじゃない? 私たちは生きるのに縁起でもないわよ」

 

「……俗に言う死亡フラグって意味では似たようなもんだと思うけどな」

 

「そう? じゃあへし折るまでよ」

 

 そう言って叢雲は勝気に笑った。本当にこいつならいとも容易くへし折れるのだろうな、と思う。

 

 そう考えるとなんとなくおかしくなって笑えてきた。くつくつと笑っていると、釣られるように叢雲も笑い始める。

 

 ただ単にひざまくらをされて転がり、話しているだけ。床は冷たく、疲労は体に蓄積している。だのにただ梳られる感覚と太ももから伝わる熱は心地よく、紡ぎ紡がれる言葉に安らいだ。

 

「ここは静かね」

 

「そうだな。少し外に出れば深海棲艦とやり合ってるんだろうが」

 

「みんなは無事かしら?」

 

「マサキのやつがうまくやってるだろ。正面から戦闘させたらあいつはかなりのもんだしな。追加で指揮しなきゃならない艦娘が増えたとしてもうまいこと回してる。やる時はヤツだ。無事だよ」

 

 そうでなくては単身、いや叢雲と共に乗り込もうなどということを画策しない。それに東雲は馬鹿ではあるが愚かではない。峻が指揮を執れなくなっていることはわかっていただろうし、もしかすれば叢雲が代行で指揮を執っていたこともぼんやりと察していても不思議はない。

 

 だから峻は心配ないと言えた。乗り込んで来ると伝えた時点で東雲は早々に帆波隊の指揮を執らねばならないと考えているだろう。

 

「じゃあ大丈夫ね」

 

「ああ、問題はない。さて、そろそろ頃合いだろ。起きるか」

 

 峻が緩慢な動きで状態を起こしていく。叢雲のひざまくらは名残惜しい感じがしたが、これからやることを成功させて無事に帰ればいつでもできることだ。

 

「足とか痺れてないか?」

 

「大丈夫よ。少しほぐしてやれば機敏に動くわ」

 

 軽い調子で言いながら叢雲が足の柔軟運動をする。右脚を背中に付けつつ、背筋を反らせるような姿勢をすると骨が鳴った。

 

 それを峻が直視することはなかったが。さすがにきわどいものがある。

 

「時間もぼちぼちだ。行こうか」

 

「はいはい」

 

 とりあえずは叢雲の艤装を回収することだろうか。確か突入口あたりに置きっぱなしのはずだ。そこから艤装を回収したらさっきコンソールを触った時にちらりと見て暗記した地図に従って発射場を目指していくつかの準備をすれば完了だ。

 

 手順と言えるようなものはこれくらいだ。移動距離はそこそこあるが、言ったところで歩くだけ。準備期間の時間を差し引いた上で30分の休憩時間という数字を導き出しているため、余裕はある。仮に人形兵の生き残りがいたとしても、最後に戦った触手のバケモノ級でなければどうにかできる時間を計算しておいた。

 

 警戒を止めることはせず、しかしのんびりと歩く。叢雲が峻の右隣をぴったりとついて歩き始めた。

 

「そういえばさっきから右にいたり左にいたりと忙しないけど、なんか理由とかあるのか?」

 

「……」

 

「叢雲?」

 

 なにかまずいことを聞いたのだろうか。急に叢雲が黙り込んでどこか気まずそうな表情で頬を掻き始めた。

 

「別に大したことじゃないのよ? ただね……」

 

「言いにくかったらいいからな?」

 

「そういうわけじゃなくて。えっと、そもそもあんたは左目が見えないでしょ」

 

「そうだな」

 

 叢雲は戦闘時に峻の左に立つ理由を左側が見えていない峻のフォローをするためだと言っていた。だが右の理由は聞いていない。だからなんとなく気になった。別段、深い興味があったわけでもないため叢雲が言えないというのであれば流すつもりだった。

 

 けれど叢雲は困ったような笑いを浮かべながら頬を朱に染めて口を開く。

 

「右目は見えるんでしょ。なら右に立っていれば見てもらえるじゃない」

 

 照れ恥ずかしそうに言った叢雲の顔をさらにしっかり見ようとすると、ぐいと顔を押されて見ることは叶わなかった。

 

「今は見ないで」

 

「はは……かしこまりました」

 

 峻がそう言うと、顔を押していた力が緩んだ。視界の端でその手が下りていく。表情は前髪に隠れてしまって、ちゃんと見ようとしないかぎりわからない。覗き込もうとすれば見えるだろうが、それをやれば叢雲がまた突っぱねてくるだろうことは想像に難くない。

 

 だから峻は下ろされた叢雲の手をそっと握ろうとして。

 

 引っ込めた。

 

 せめてそれくらいはした方が、とは思った。だが結局のところできなかった。怖がりだな、と自身をこっそりと責めたてる。

 

 瞬間、叢雲が引っ込めた峻の手を強引に引っ張り出すと握り締めた。

 

「やるならやりきりなさいよ」

 

「いや、でもな……」

 

「俺の手は何百人もの血で汚れてるから、とか言うつもりじゃないでしょうね。今さら知ったこっちゃないわよ。それに私はわかった上であんたの手を取るのよ、峻」

 

「お前、俺の……」

 

 思い返せば戦闘中にも叢雲は名前を呼んでいた。あの時は戦闘中であったので何も言えなかったが、今ならば聞ける。なにより見過ごす、いや聞き過ごすことはできなかった。

 

「なによ。惚れた男の名前を呼んじゃ悪い?」

 

「……ああ、そうだったな。お前はそういうやつだった」

 

 そっと笑みがこぼれる。そして叢雲の手をそっと握り返した。

 

 どこまでもまっすぐで。そして強く、正しい。だからひたすらにひたむきで、にも関わらずこちらのこともさりげなく考えている。

 

 まったく、敵わねえなぁ。

 

 苦笑しながら内心で呟く。だからこそ、峻の中で答えが定まったのかもしれない。

 

 握った手は暖かかった。ただ、それだけで十分だ。

 




こんにちは、プレリュードです!

まあ、いろいろと言い訳やらなんやらをしたいところなんですが、やめておきましょう。なんたって次回で終わるんですから。溜まったものはそこで吐き出す。そういうことにしましょう。なので今回はノーコメント!ということで。
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