艦隊これくしょん〜放縦者たちのカルメン〜   作:プレリュード

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コンクリートをつく必要のない杖先が叩く。2人分の足音がそれを追随した。

そこそこに人のいる商店街はなんというか閑散としているという感じでもなく、かといって商売繁盛しているというわけでもない、中途半端な人の入り具合だ。

 

「すごく賑やかってわけでもないけど思ってたより人がいるのね」

 

「まあな。沿岸部は政府が封鎖してるから内地に人が集まるのは必然だろ? 結果的に内地は割と普通の生活水準になるってわけだ」

 

もちろん、貧困層などは存在する。彼らは都市部の外れにある廃墟などに住んでいたり、難民たちはキャンプを形成していたりしており、そこ周辺は治安が悪化している。あとは沿岸部に設置された立ち入り禁止の金網を乗り越えて、こっそりと住んでいる人間も多少なりといるらしい。

だが全体的に見れば比較的に穏やかなのだ。少なくともここ最近は深海棲艦の艦砲射撃も空襲も起きていない。すべてやられる前に水際で押さえ込んでいるからだ。いつどちらに傾くかわからないシーソーゲームをひたすら繰り返しているのが今の人類と深海棲艦の戦いだ。

 

「だとしたら人が少ないわね」

 

「知ってるか? 今日は平日なんだぜ」

 

つまり世の人間たちは働いている時だ。それなのに大量に人がごった返しているわけがない。もしもそんなにいるなら世間は全員ニートだ。そんな社会は成り立たないどころか滅びまでのカウントダウンはもう終わっているだろう。

 

「で、先にコートだっけ?」

 

「別に後でもいいが、そう言うなら先にするか」

 

話が決まったところで行く先としてひとまずは商店街へ。適当な服屋を見つけて入る。

 

「いらっしゃいませ!」

 

日本の接客における精神は深海棲艦との生き残りを賭けた戦争という緊急事態においても不変のものらしい。にこやかな笑顔を浮かべて、礼儀正しい物腰の店員が峻と叢雲の入店と共に近づく。峻は店員と共に回るのではなく、1人で回ることを好むので適当に会釈だけして切り上げると迷うことなく、ハンガーに掛けられたコートがずらりと並ぶ棚へと向かう。

 

「あんたはどういうコートが欲しいのよ?」

 

「あー、落ち着いたのがいいな。あんまり派手なのは好きじゃないんだ」

 

「まあ、あんたがけばけばしいのを着てるのなんて想像できないわね」

 

「だろ? 普段も私服は割りと大人しいのを選んでるつもりなんだぜ」

 

峻の私服は大抵が下のシャツの上から長袖の上着を羽織るスタイルだ。目立っておしゃれというわけでもなく、かといって見るに耐えない格好というわけでもない。

これから先の季節は少々冷える。いくら上着を羽織っていたとしてもその寒さは耐えられるものではないだろう。もちろんコートがないわけではないのだが、新しいものが欲しいのだ。少しずつ生地がよれてきていたので防寒能力もかなり疑わしくなってきていた。

 

「ゆっくり選んでていいわよ」

 

「そうさせてもらうよ」

 

ハンガーにかかっているコートを物色する。やはり色は紺か黒か灰色の三択だろうか。そう考えながら生地を触り、肌触りを確認したりと気に入った物を探す。

 

「ご自由に試着してください」

 

「ありがとうございます」

 

手に取った黒のダッフルコートを着てみる。悪くはないがいまひとつな感じだ。

 

「どう思う?」

 

「変じゃないんだけど……あんたが着ると喪服みたい」

 

「お、おう……」

 

暗いということだろうか。喪服と言われた以上は、これを買う気にはなれない。そこまで陰気臭い雰囲気なのだろうかと思うとへこむが、変えればいいだけだ。

次に選んだのは明るいベージュのアウターコート。ふんわりとした生地のコートを羽織って姿見の前に立った。

 

「……どう思う?」

 

「なんか……女性みたい」

 

「…………まじか」

 

「いや、あんたってどちらかといえば中性的な顔つきではあるけど余計に女っぽいっていうか……ふっ」

 

「てめえ笑いやがったな、ちくしょう……」

 

ぶちぶちと愚痴りながらコートを元に戻す。一応はこれもメンズコートであるはずなのだが、そういった印象をなぜ持たれてしまうのだろうと不思議ではある。

ならばと手に取ったのはカーキ色のデッキコート。

 

「これならどうだ!」

 

「あ、意外と悪くないわね。うん、ありだと思うわよ」

 

悪くない反応。姿見で確認してみるが、実際のところわりといいんじゃないかと自分でも思う。着ていて結構、暖かいため目的も果たせているし、なによりそこまで目立たない。

 

「これでいいか。サイズはSでいいな。よし、買うか」

 

「お買い上げですか?」

 

耳ざとく聞きつけた店員が峻に擦り寄る。頷いてレジへ行き、支払いを済ませる。

大きめの紙袋に入れてもらうと伝票を貰い、さっといくつかの必須記入事項を書き込んだ。

 

「お買い上げありがとうございました」

 

峻は悠々と両手を空けた状態で店を出た。

 

「持って帰らなくていいの?」

 

「基地に送ってもらった。荷物を抱えたまま歩き回るのは疲れるからな」

 

手荷物を大量に持って歩くのは邪魔なのだ。そのため、郵送サービスをしてくれる店は助かる。こういったサービスの充実具合は今もなお健在のようだ。

直接基地に送ってもらうとか機密保持は大丈夫かというつっこみが飛んでくるかもしれないが、そこら辺はうまいこと何とかするつもりだ。入口で受け取れば大した問題にもならないだろう。

 

「そういやお前は行きたいところないのかよ?」

 

「え? あー、特にはないからあんたのエスコートに任せるわ」

 

「何気に難しいこと言ってくれるな……」

 

何でもいい、という答えは恐ろしく難題である。条件もわからぬ状態で相手を満足させなければいけないからだ。つまりこれは何を求められているかというと、相手が無意識に望んでいることを当てて、それを完遂せよと言われていることである。

 

「む」

 

「どうしたの?」

 

急に峻が黙り込む。不審そうに叢雲が足を止めて峻の方を見た。

 

「……いや、なんでもない。それじゃ行きましょうか、お嬢さま?」

 

「ふふ、良きに計らいなさい」

 

ふざけた調子を声に滲ませながら喧騒に向かって歩き出す。とりあえず峻は張ってあった商店街の地図を思い出そうと頭を捻る。確か少し行ったところにクレープか何かの店があったはずだ。適当に散策したらそういったところで食べ歩きでもすればなかなかにいいプランだろう。機嫌を損ねるような結果にはならないはず。

 

「ま、それでいいか。今は」

 

「何か言った?」

 

「いや、なんでもねえよ。んじゃ行こうか」

 

行く先も決まったところでふたりは移動を始めた。のんびりと退院した後のストレス発散も兼ねた散策は悪くないものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「長月はどう思う?」

 

「それは私への修辞疑問文か、若狭」

 

そんなつもりはないよ、と若狭が苦笑する。

 

「だがそうだろう。せめて目的語を入れてくれ」

 

唇を尖らせて長月が若狭に不満げに愚痴る。確かに言葉が足りなすぎたのは事実だった。いきなりどう思う? と切り出されても何についての考えを聞かれているのかはさっぱりだ。

 

「言い直すよ。相模原が自殺した件についてどう思う?」

 

「……普通、あそこまでやれば軍法会議にかけられて先は牢獄暮らしのはずだ。状況だけ見れば悲観して自殺、といったところだと思う」

 

普通、のところを嫌に強調して長月が言った。理解している若狭はただ微笑みながら聞いている。

 

「だが自殺ではないのだろう?」

 

「公式発表ではそうなってるけどね。でもこの写真を見るとどうもね」

 

ホロウィンドウに表示された隠し撮り写真。相模原が苦しんで喉を掻き毟った跡がくっきりと写っているそれは若狭が他殺と考えるに足りる充分な証拠だ。

 

「おそらく他殺だな」

 

「だよね。僕もそう思う。問題は軍がこれを隠蔽したことさ」

 

「この写真が隠し撮りではなければ突きつけられるんだが……」

 

「残念ながらアウトローな手段なんだよね」

 

悩ましげに頭を抱える。だが全てが無駄だったというわけではない。怪しいということがわかった。それだって収穫だ。

 

「山崎中将が噛んでいると思うのか?」

 

「いや、それはないね。あれにそんなことをやるメリットがない。確かに今回の件は複雑だよ。シャーマン、いや相模原はウイルスを作って匿名で送りつけた。全ては輸送作戦が失敗することだけが狙いでね。帆波を殺すことは目的どころか最悪のシナリオだとすら彼は言ったんだよ。事情聴取に僕は立ち会ったからね、間違いない」

 

「けれど事実は違った。山崎中将はレ級の情報を各地にいかないように伏せていた。帆波たちの輸送先も、だ。そのせいで帆波の輸送先であるラバウルまでの航路にレ級たちがぶつかる可能性を相模原は知らなかった」

 

長月が若狭の言葉を繋げる。若狭は深く頷いて口を開く。

 

「だからウイルスコードが発動した信号が東南アジアの海から飛んできたときに相模原は焦った。絶対に殺したくない帆波を殺させないためにさらしなへハックをかけたんだ」

 

なんでそこまで帆波に固執したかは意地になって言わなかったけどね、と若狭が続ける。

 

「で、それがどうして山崎中将が相模原を殺さない理由になるんだ?」

 

「殺す理由がないんだ。そもそも山崎中将自身、相模原が作ったウイルスを使ったことは知らなかったんだから。あれは宇多川少将に匿名で送り付けられたものだ。ならそもそも山崎中将は相模原が関わってたこと自体、知らない。それなのに手を下すとは考えにくくないかい?」

 

「なるほど、筋は通っているわけか」

 

「単純に言えば知らない相手をどうして殺すんだっていう話だよ」

 

知らない相手を殺す。そんなにおかしなことはない。つまりは山崎は関わっていないことになる。

 

「となると誰が……」

 

「そこまでは。でも留置場で殺害されたのに隠蔽できたってことは軍の上が噛んでる可能性は高い。いや、ほぼ確実だね」

 

「……まだ終わっていないか」

 

「相模原はとんだ波紋を残して行ってくれたものだよ。まさか軍の上層部に黒いのがいることを教えてくれるとはね」

 

元はと言えば軍の転覆を図っていると思われたシャーマンなる人物を追っていただけだった。それが気づけば軍の闇を垣間見ることになっている。

若狭は頬の内側を噛んだ。これは探るべきではないと直感が告げていた。

 

「長月、この件は探らないことにしよう」

 

「だが……」

 

「どう考えてもこれは危ない。取り扱いを間違えればどんな影響を撒き散らすかわからない爆弾だよ」

 

火の粉だけで済めばいい。だがその火の粉がどこまで波及してしまうかわからないどころか、飛び出すのは火の粉で終わるとは限らないのだ。

 

「どのみち仕事として降りてきたわけじゃないしさ。手を引いた方がいい案件だと思う」

 

「それでいいならいいが……」

 

「それでいいよ。ところで長月、ちょっとお使いに行ってきてくれないかい?」

 

「お使い?」

 

長月が首を傾げる。その間に若狭が机の引き出しを漁ってメモを取り出す。ペン立てからボールペンを抜いて一言二言を書きつける。

 

「東雲が上げた小泉中佐の調書を貰ってきて。何か言われたらこのメモを見せれば大丈夫だから」

 

「承知した。では行ってくる」

 

2つ折りのメモを長月が受け取り、部屋から出ていく。廊下の足音がだんだんと遠のいていってから再びホロウィンドウを開く。

 

「長月にはああ言ったけどそう簡単に僕が引き下がるわけないじゃないか」

 

適当な役目を与えた上での人払い。やはり気にならないと言ったら嘘になるし、膿があるなら除くに越したことは無い。

 

「最初から健全な組織運営なんて期待してない。ただ、なにかやられた時にすぐ対応できるだけの用意だけはしておかなくちゃね」

 

だから深く探りは入れない。軽く入口をノックする程度だ。奥まで入ればただで済むとは思えない。

冷ややかに若狭が笑う。ノックだけでも充分すぎるリスク。だがそれを恐れてこの仕事はできない。

 

「まあ今は様子見さ。何もしないならよし、何かするならその時は……」

 

口の形だけで声は出さないように若狭が言った言葉は誰にも聞かれることはない。だがそれはまだ見ぬ敵への宣戦布告だ。やる気ならやってやる。その意思表示だ。

そして若狭にはやり返せるだけの実力はある。情報網も張り巡らせている。

 

鬼が出るか蛇が出るか。それすらもわからない。出ないに越したことはないがそうも言っていられない。そんなこちらの都合で動いてくれるほど現実が甘いものではないことはわかっている。

 

ぎしりと椅子が軋んだ。まだ自分に平穏の時がやってくるのは先になりそうだと思いながら若狭は眉尻を揉んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

商店街をいろいろ回ったため、気づけば夕暮れに差し掛かっていた。もうじき、帰宅する人がちらほら見始めて来る頃だろう。

 

「そろそろ帰るか」

 

「その前に行きたいところがあるんだけど」

 

「行きたいとこ? まあいいが手短に頼むぞ」

 

「こっちよ」

 

叢雲に連れていかれるがままにする。だんだんと人気のないところに行っているようだと感じるのは気のせいではないだろう。

 

「おい、どこに連れてくつもりだよ」

 

「もう少し待ちなさい」

 

先導する叢雲の顔は見えない。峻はただ付いていくだけだ。足元が綺麗に舗装されていた道からコンクリートのひび割れた悪路に変わっていく。

この程度なら歩くのにはさしたる問題もないため、峻は平然と歩いてついていく。

 

叢雲が古びた建物の鉄扉を開ける。重々しい音と共に錆び付いた扉が開き、峻を先に入れると叢雲も中に入りながら扉を閉めた。

 

ぐるりと辺りを見渡す。がらんとした広い空間に割れた窓ガラスが散乱している。壁のコンクリートには亀裂が幾条にも走り、すきま風が吹き込む。ガラスが無くなった窓からは紅い夕陽が眩しいくらい差し込んでいる。

 

「……廃工場か?」

 

「そうよ」

 

ハイパーインフレの反動としてやってきた不況の煽りを受けて倒産した工場だろうか。おそらく夜逃げ同然で逃げ出し、中の機材だけは売り捌かれ、外側の建物は壊されることなく土地の利権書だけは誰かが握っているといったところだろう。今のご時世に売れるわけもないため、その利権書も放棄されている可能性が無きにしもあらずではあるが。

 

「で、なんでこんなところに?」

 

「それを女の私に言わせるつもり?」

 

衣擦れの音と共に上着のボタンが外される。陶器のような白く滑らかな素肌と鎖骨がはだけた胸元に艶かしく顔を出した。

 

「ここまで来てわかんないわけないわよね?」

 

上目遣いで青みがかった銀髪を振り乱して峻にゆっくり迫る。燃えるような赤に近いオレンジの瞳が潤んでいた。頬が朱に染まっているのは夕焼けのせいだけではないだろう。誘惑するように峻に向かって迫りくる少女はぺろりと唇を舐めた。

 

「やめとけ。背伸びして無理するんじゃねえよ」

 

「無理なんてしてない。私は思うがままに行動してる」

 

峻の制止を意に介することなく、歩を進めてくる。落ちた影が峻を手招きするように伸びる。

 

「鈍いのね。ここに来る前に何か察しなかったの?」

 

「鈍い、ねえ」

 

ため息混じりに峻がぽつりと漏らす。ふたりの間はもうわずか2mもない。だが峻は下がることなく、真っ直ぐに前を見据える。

 

「俺はてっきり君が何者か教えてくれるもんだと思ってたんだけどな」

 

峻がまるで街角で世間話をするような軽い調子で言うと、ぴたりと少女の足が止まる。吹き込むすきま風が寒い。積まれていたがらくたの山がかしゃりと鳴った。

 

「目的はなんだ、()()()()()()()()()?」

 

峻の冷たい目線が少女を射抜いた。硬直した時間が流れ、風の音だけが耳に残り続けた。




こんにちは、プレリュードです!

まあ、ゆるゆるとやっていた日常回でしたが一転させてみました。こっから先はまじでお気に入り半減覚悟です。
評価、感想などお待ちしてます。

次回──Miscalculation

狂騒を平和と見間違えるな

それでは!
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