Opus-01 『Starting point』
「まったく……」
埼玉県の防諜部ビルの1室で若狭がぼやく。
「シャーマンの件がようやく片付きかけたと思ったら今度は帆波が反逆。次から次へと事件っていうのは枚挙に暇が無いね」
そう言いながらも、若狭は現状でわかっている証拠をかき集め、整理していた。昨夜に発見された憲兵隊の車。中にあった爆弾や銃弾が足りないところを見るに、いくつか抜いて行ったのだろう。
「……若狭」
「どうした、長月?」
「変だ。私は帆波大佐のことを詳しく知ってるわけじゃない。でもこういうことをするタイプの人間ではないと思っていた」
「結果がすべてさ。反逆なんてする人間じゃない。そう思っていても現実に起きている」
峻がやったことは総勢9名を打ち倒して逃走するという明確な反逆行為だ。言い逃れなどできるものではない。
「アレに縄をかけるのは苦労しそうだよ」
「具体的なプランが見にくいな。なにせ底が見えない」
「それなんだよね。帆波の底がわかっていればできることもあるけど謎が多すぎる」
でもひとつだけ若狭には確信を持って言える部分があった。一緒に逃走している叢雲。これをうまく利用できれば案外、峻は簡単に落とせる。
「ごめん、長月。通信が来た」
「外そうか」
「お願いするよ」
長月が部屋を出ていく。少し小銭を渡しておいたので、休憩室などでのんびりしているだろう。
「要件はわかってるつもりだよ、東雲」
『……なら話は早い。どこまでが本当だ?』
「あるがままに全部が真実だよ」
『ならこの通達もか』
「そうだね。そういうことになる」
広げたホロウィンドウ。そこには峻の顔写真と共に指名手配をした旨が書かれている。当然、叢雲のものも、だ。
『軍部内において指名手配……動きが早すぎる。それにここまで大事にすることか?』
「僕に聞かれてもわかるわけないじゃないか。きな臭い感じはするけどね。ただ叢雲に関しては判断が早急すぎる。昏倒させられていた憲兵隊も誰にやられたかは正確に見ていないようだしね」
『それでもあいつが反逆したって事実は変わんねえんだよな?』
「そうだね。さっきも言った通り、帆波は憲兵隊と衝突してる。この1点は揺らぐことのない事実だよ。まあ公表はしないだろうけど」
この先は軍の中で秘密裏な捜査が進められるはずだ。身内で仲間割れなんて失態を警察組織などに公開するわけがない。指名手配はしたが、警察組織などが介入してくることは徹底的に防ぐつもりだろう。
『外部組織は弾く……か。なら俺は動いても問題ないよな?』
「東雲……?」
『横須賀なめんじゃねえ。海兵隊なりなんなり出して、速攻でシュンのやつを縛り上げてぶん殴る。さんざか人をやきもきさせやがって』
私怨じゃないか、と若狭が苦笑した。ここまで来ても、東雲は峻のことを信じているらしい。
思案顔で若狭がペンをくるくると指で器用に回す。親指と人差し指で回していたペンが横へ移っていき、小指と薬指で回転させられる。
「情報を回せってことかい?」
『利害は一致してるだろ。お前はまた評価があがる。俺はあのバカを殴れる。どうする、若狭陽太
「……まだ慣れないね、中佐って呼ばれるのはさ」
実は若狭はつい先日に昇進して中佐になっている。なんでも相模原確保の功労らしい。
だがそんなものはどうでもいい。回していたペンを力を込めて握りしめる。ミシリとペンが悲鳴を上げた。
「捜査権は?」
『うちの管轄区内で起きたことだ。かけ合えばどうにかなる』
「…………いいよ、乗った」
『どうする、あのマゾ女も呼ぶか? なんだかんだ言って戦力にはなるだろ』
「常盤のことかい? あれはほっといた方が思うよ。こういうのに向いてるとは思えない」
『そうなのか。まあお前が言うならそうなんだろうな。じゃあ何かわかったら連絡してくれ』
「了解。いい報せができるようにするよ」
通話が終了したことを知らせるホロウィンドウをタップして閉じる。背もたれに思いっきりもたれかかった。
「常盤美姫……ね。あれを当てるのもありかな……いや、やっぱりなしだ」
若狭の頭の中でプランが練られていく。いかにして峻を追い詰めるか。有効であると考えられる要因をひたすらにさらい続ける。
叢雲を庇いながら戦闘すれば峻はすぐに限界を迎えるだろう。ましてや一緒に逃亡しているのなら切り捨てることは躊躇うはず。なにより叢雲は生死問わずだ。銃を突きつけたところで問題にはならない。
その引き金を引いたって。
付けられた勝利条件は殺さず生け捕り。
こちらの手駒は東雲将生と横須賀鎮守府の海兵隊、そして情報戦のエキスパートである若狭陽太と長月。
一方で相手は『幻惑』の二つ名を持ち、ウェークの奇跡を起こした英雄と持て囃される帆波峻、そして『姫薙』の叢雲だ。
対戦カードは出揃った。あとはどの駒を進めて追い詰めるかだ。
まだ目的もなにも掴めてない。しばらくは様子見になるだろう。
憲兵隊は全力で捜査に当たるはず。その傾向を窺いつつ、峻の動き方を探る。まずは若狭にできることはここら辺が妥当だ。
「帆波、僕を甘く見ない方がいい」
やるなら徹底的に。幸いにも若狭がかなり自由にできる手駒は東雲のおかげで増えた。物理面において圧倒的な数の横須賀鎮守府。電子工作面におけるスキルを持つ若狭。
ありとあらゆる人間を巻き込んだボードゲームが始まった。
館山基地は横須賀鎮守府の支部だ。つまり館山基地に所属している者は横須賀からの命令によって動く場合が多い。
「ねえ、矢矧ー」
「なに、夕張?」
「提督はさ、本当に反逆したんだと思う?」
「私に言われてもわかんないわ。軍内部の公式発表ではそういうことになったけど」
なにせ指名手配だ。それに憲兵隊を攻撃したということが事実として上がっているらしい。
割り当てられた部屋で矢矧がやることもなく、本を読む。相部屋の夕張はタブレット端末を覗き込んでいた。
「私たちはどうなるんだろうねー?」
「さあ? でも帆波隊は解隊になったから次の配属先が決まるまでは横須賀預りになるんじゃないかしら」
支部という以上は、上の指示が飛んでくる。そして館山基地は再編することが決まった。つまりそこに所属していた帆波隊以下の艦娘も解散になってしまった。
「東雲中将さんがいい配属先を用意してくれるといいんだけどなぁ」
「そればっかりはどうなるかしらね」
「また自由に開発やらせてくれるところがいいな」
「もう夕張は実験艦隊にでも行ったら? ほら『夕張』もそうだったでしょ?」
「むー、そうなんだけどさ。でも……」
「でも?」
矢矧が本から目をあげる。画面を落としたタブレット端末を夕張が枕元に投げてベットに倒れ込んだ。
「やっぱり好きにやらせてもらってた提督がいい」
「でも提督が現場復帰するのは難しいと思うわよ」
「だよねー」
罪状はまともだ。資材の着服に書類偽装。そして相模原の協力者である疑い。
まともだからこそ、復帰はできない。
仮にこれがでっちあげだった場合は幾分かやりやすい。罪状が偽物だと証明してしまえばそれまでだからだ。だが今回は違う。実際に峻がやってきたことだし、協力者の疑いは晴らそうにも、そう簡単に晴らせるものではない。
「でもすぐに着服とか持ってきたあたり、バレてたんだよね……」
「だとしても夕張のせいじゃないわ。止めるべきなのは提督だし、それをあの人はしないどころか一緒になって開発してたんだから」
矢矧は夕張の方を見なかった。それでも声の色は後悔が滲んでいることを察せないほど鈍くはない。
「明石も後悔してたんだよね……私たちが我儘を言わなければって」
「どのみちあの人は嬉嬉としてあなたたちと工廠に籠ってたじゃない。それに自分を責めたところでもう何も変わらないわ」
言ってから矢矧は悔いた。言い方が冷たすぎる。これでは何のために沈んでいる夕張の話を本を読んで聞き流しているふりをしながら耳を傾けていたのかわからない。
「……矢矧ってなんだか励ますの下手だよね」
「なっ! ひ、人が元気づけようとしてるのに!」
「ううん、元気でた。ありがとね!」
夕張が勢いをつけてベットから腹筋の要領で立ち上がる。タブレット端末を持ち上げて、ぐぐっと伸びをする。
「でもみんなどうなるんだろう……」
「ばらばらにはなるんじゃないかしら。でも連絡は取り合えるし、これが今生の別れってわけでもないし」
「……矢矧は強いね」
「阿賀野ねえともそんな感じだからじゃないかしら? ほら、あの隊も解隊になったけど艦娘は別の場所に転属しただけだしね」
確かに部隊はばらばらになってしまった。でも死んでしまったわけでないのなら、また会うこともできる。
「問題は提督、いいえ元提督って言わなきゃいけないのかしら? あの人はなにがしたいのかしら……」
「叢雲ちゃんもいなくなっちゃったし……どうなるんだろ………」
矢矧が聞きたいくらいだった。まだ峻は理由があるように見える。掛けられた疑いから逃げたといえばらしくはないが納得はできる。だが叢雲が着いて行った理由がわからない。
正直まだこんなこと信じられなかった。けれど事実は変わらない。
「それにしても……」
「矢矧どうしたの?」
「いいえ。なんでないわ」
落ち込んでいた夕張が少しは元気になってくれたことに胸を撫で下ろしながら矢矧はさっきまで読んでいた本を開いた。しおりの挿してあったところから読もうとして話がうまく繋がらないことに気づいて苦笑した。さっきから読んでいたはずだった部分の内容がまったく頭に入ってきていない。
何でもないように取り繕っていても、動揺しているのは矢矧も同じようだった。
ぼすぼすと枕をイムヤが叩く。やり場のない怒りを紛らわすためだった。
「なんで! 私たちを! 放ったらかして! いなくなってるのよ!」
ぼすぼすぼす。右ストレート、左ストレート。ジャブを噛ませつつ、捻りを込めて叩き込む。イムヤの拳がめり込むたびに枕が形を変えて細かい埃が舞う。
「あー、もう! あんなに居心地よかったのに部隊は解散じゃない!」
「仕方ないよ。確かに急ではあったけど、ずっとあのままってわけにもいかないでち」
「ゴーヤはなんか達観してるわね」
「ゴーヤはこの部隊に本来ならいられないからかな。いずれは転属になるって気づいてたからそこまでショックじゃないのかも」
枕を殴る手を休ませてイムヤが寝転ぶ。
せっかくゴーヤの背中を押したのに、本人はこれだ。輸送作戦でなにか心境の変化があったのだろう。峻に置いていかれても落ち着いているのがその証拠だ。
「予想できない形ではあったけど、でもなんとかするでち。だってゴーヤは艦娘だもん」
イムヤがぽかん、と口を開けた。気づかないところで親友が成長していた。いつ崩れてしまうかわからない不安定さを抱えていたはずだったのに、その両脚でしっかりと地に立っていた。
「……適わないなぁ」
「何か言ったでち?」
「なんでもないっ」
自分は胡座をかいていた。楽な環境に身を置いて、そこから前に進もうとせず、維持することだけ躍起になっていた。
そして気づけばゴーヤはそんな自分を置いて先へ行ってしまっていた。
「うん、そろそろイムヤも進もうかな」
「ど、どこへ?」
「さあ? とりあえず次の配属先で戦果を出しまくってやろうかしら」
「会話が繋がってない気がするでち……」
「こっちの中では繋がってるのよ」
わしっとゴーヤの頭を撫でる。クエスチョンマークがゴーヤは浮かんだままだったが、されるがままになっておくことにしたようだった。
「でも提督が帰ってきたら思いっきり殴ろっと」
「ほ、ほどほどにしてあげてほしいでち……」
「でもゴーヤはいいの? だって…………」
言葉尻をイムヤは濁した。直接的に言うことははばかられたが、ゴーヤの不自然なまでの明るさが怖くもあった。だから正確に言うのなら濁したわけではなく、言いづらくなってだんだんと声が小さくなってしまったのだ。
「てーとくはゴーヤを置いて行ったのに、ってことでしょ、イムヤが言いたいのは」
「……まあ、そうね」
峻に付いて行ったのは叢雲だ。ゴーヤではない。もしかしたら自分たちは見捨てられたんじゃないか。そんな思いが胸中で渦を巻く。
「いい気持ちじゃないのは当然だけど……でもゴーヤも甘えてばっかりじゃいられないから。てーとくは何でもできるわけじゃない。それなのにゴーヤのことを見てくれてたんだ。立ち直れるって信じてくれてたんだと思う。だから、立ち上がるよ」
峻のことは本人にしかわからない。どういうつもりだったのかもゴーヤをどう思っていたのかも。
でもわからなくてもいいとゴーヤは思っていた。助けてもらった事実は揺らがない。そして助けてもらったのなら、その後はずっと頼りきりにするのではなくて、ひとりで自立しなくてはいけない。
いつまでも巣にいる雛鳥はいない。いずれは飛び立つ日が来る。それはどんな形であれ必ず。
「立派になっちゃって。でもいいの?」
「うん。だってゴーヤじゃ届かないから」
「…………そう」
一瞬だけゴーヤが俯く。だがすぐに上げた顔は晴れやかだった。
「次はどんなところに配属になるのかなあ」
「個人的にはあったかい場所がいいわね。北方海域は潜るのにはちょっと厳しそう」
「あー、南方だといいよねー。それこそグアムとかパラオとかは海もキレイだって聞いたでち 」
「でも本土だと物資があるから日常生活では苦労しないのよね……」
他愛ない話。そんなことをしている裏でイムヤの思考は唸りを上げて回り始める。
部隊がばらばらになるのは避けられない。掛けられた嫌疑も罪状も至極まっとうなものだからだ。
でもこんな終わり方でイムヤは納得できなかった。
なぜ逃げているのか。大人しく連行されて行けば、こんなことにはならなかった。なのになぜここまで大事にしたのか。
そして軍も軍とて、大事にするのはなぜか。身内の恥を身内で処理するためと言ってしまえばそれまでだが、それにしてもイムヤには派手すぎるように感じた。
「だからといって私にはなにもできないんだけどね」
「何が?」
「提督がどうして逃げてるのか気になるけど調べる手段がないってことよ」
「うん……確かにてーとくらしくはないかな」
「というか逃げる理由がわかんないのよ。ゴーヤに何か心当たりはない?」
イムヤと違ってゴーヤは輸送作戦に参加している。なにかわかることがあるかもしれない。
離れたところにある椅子を足で引っ掛けて手前に寄せると腰を下ろした。
「行儀わるいでち」
「他の人がいるわけでもないんだし、いいじゃない」
誰かに見られているなら気にした。艦娘という以上は仮にも女性。他者、特に異性がいたのならばこういうことは気にしたが、同室にいるのはゴーヤだけだ。同性で、しかも互いの気心が知れている相手である。わざわざ変に気を使う必要を感じなかった。
「で、何かない?」
「とは言われても……うーん、なにかあったかな……」
ゴーヤが唸るようにして考える。座ったイムヤが椅子を2本足でギシギシと揺らす。
「でも最近は大人しかった……っていうかなんだか昔の自信家みたいな言動が減ってるような感じがする、かな?」
「確かに……銚子に乗り込んだ時とかウェークの時に比べるとだいぶ大人しいかも……」
「あとは明石さんがこの前、首を傾げてて……」
「? どうして?」
「てーとくが義足に変えたのはイムヤも知ってるよね?」
「ええ。右脚がなくなったから義足にしたらしいわね」
さらしなの誘爆に巻き込まれて峻が右脚を失ったことはイムヤも知ったところだ。その過程で峻も自ら義足の設計に乗り出していたらしいこともだ。
「てーとくが1回目で完成にしたんだって。普通こういうのって何回か試作を重ねるものなのに初回でOKを出すことは変だって……」
「ふうん……」
イムヤもゴーヤも技術職ではない。だからなんで変なのかはわからなかった。おかしいと明石が言ったということはそうなんだろう、くらいの感覚だ。
「うーん……わかんないわね」
「ゴーヤたちが即席で考えるのは難しいでち……」
ふたりで必死になって考える。だが必要な要素が欠けているようで、まったくまとまる様子はなかった。
「そろそろ夜も遅いしゴーヤは部屋に帰るよ」
「わかったわ。おやすみ」
「おやすみ」
ゴーヤは隣の部屋に戻ると寝巻きの上に着ていた上着を椅子にかけた。そしてそのままベットへと倒れ込む。
「立ち上がらなきゃ、いけないよね……」
イムヤの前では格好つけて、ああ言った。けれど割り切れるものではない。
結局、自分は選んでもらえなかった。
わかっていたはずだった。手を伸ばしたって届かないことも、苦しい未来しかないことも。
「でも……それでもっ………………!」
それでも諦められなかった。手を伸ばすことをやめたくなかった。
性能としての伊58ではなくて、ゴーヤとして見てくれた彼が、ただのわがままで助けを求め、それに応えてくれた帆波峻という男のことが。
ゴーヤは好きになってしまった。
「諦めたくない……諦めたくないよ。でも」
────遠いよ。
顔を枕に埋める。離れていても、それでもゴーヤは手を伸ばし続けた。一縷の希望に賭け続けた。
けれど駄目だった。ゴーヤはずっと庇われてばかりだった。たった一度、頼ってもらえたことですら、目として戦場に行くことという他の誰かでもできてしまうことだった。そして目になってあげることしかできなかった。
「だからゴーヤは終わらせる。ここでこの思いもすべて」
辛くて、苦しくて、それでも断ち切る。だから、また彼と会うことがあったら笑顔で話しかけよう。ただの仲間として。ただの戦友として。
でも今だけは。
少しくらい泣いてもいいよね? そう、少しだけ…………
こんにちは、プレリュードです!
そんなこんなで新章突入なわけです。そうそうに主人公が出てこないけど……
そしてこの先は今まで味方サイドにいた人間との追いかけっこです! あはは、待って待ってー、みたいな。うん、絶対にそんなふうになんねぇな。
感想、評価などお待ちしてます。それでは!