お詫びという訳ではありませんが、今回は少し長めです。
「クソ……ッ」
戦闘中に理不尽、と感じることはあるだろうか俺はある時を境にそんな言葉は戦いの中では存在しないと思うようになった。理由は至極単純、俺が戦っていて気付いたからだ。自分に今後起こるであろう事態を幅広く予測していれば大抵のことは「ああ、やはりそうか」と納得できるということに。いつからか俺は狩りの最中で細心の注意を払いつつも、死んでしまったら仕方がない……という矛盾でしかない前提の下に狩りをしてきた。だがここはその矛盾が罷り通る
俺は今、理不尽を抱いている。
◇ ◇ ◇
~半刻程前~
「……お前はずいぶんとと獣臭いな」
神機から滴る血がさらに腕へと伝う。その血を舌で……受け止めると理性が保てなくなる可能性があるため、衣服の袖で拭い香りを探った。感想は言葉の通り、ねっとりとした重みを連想させる血の香りが初めに嗅覚を刺激し、次に獣の唾液のような臭味が鼻孔を突く。嫌いではないのだが、香りからして獣の色が濃すぎるだろうな。悪酔いしたいときにはこいつの血を頂きたいものだ。
「それはともかく、エミールは何処にいったのだろう」
戦闘中、動きが不調だったエミールだが、余りにも神機の反応が鈍いと言っていた。単なる言い訳……というわけでもなく、神機の一撃一撃を重そうに振るう彼の姿を見て、とりあえず俺はジュリウス隊長に指示を仰いだ。すると、
「分かった。こちらの人員をそちらに一人向かわせる。エミールは一旦こちらに退避させ、その間アドルは時間を稼いでくれ」
と言われたので、瀕死のコンゴウの攻撃を躱しつつ、大振りの攻撃を外した時だけ攻めに転じるという慎重な戦いをしてきた。そうしている間に、エミールと同じハンマー使いのナナが到着。そこからは彼女のサポートに回り、ただ銃の引き金を引き続けた。近接、遠距離ともに一撃必殺を名目に置いた武器による連携を前、瀕死の状態であるコンゴウは成す術もなく力尽きた。その後、ジュリウスに再度連絡しあちらもそろそろ肩が付くという報告を受けた。この時点でほとんど我々の勝利は決まったようなもの、合流して残りを倒せば万事解決……のはずだったんだが。
「エミールがこちらに到着していないが、そっちにはいないのか?」
……
まあ、とにかくだ。このまま頭を抱えていても仕方がない。ナナには先にジュリウス達と合流し、俺はコアの回収が終わった後、エミールを捜索しに行くことを伝えた。そして今、現在に至る。
「あー、フラン?エミールが何処に行ったか分からないか?」
『――ザザッ、話は伺っています。現在、付近に神機のビーコン反応があるか確認しています』
通信でフランが応答した。声に怒気は含んでいないようだ。まあ、彼女だってオペレーターという仕事のプロ、流石に私情は挟むはずがないのだろう。そう思い、俺はそっと一人胸を撫でおろした。やはり何かと関係を保つということの方がよっぽど狩りよりも神経を使うな。
『あっ、ありました。場所は……C区画のようです』
「なぜ、というかどうやって行ったんだ」
経路が分からん。現在地は昔、何かの書物庫だったであろう面影を見せるD区画。C区画に行くためには開けたA区画を一度経由しなければ行くのは不可能なはずだ。そもそも、A区画ではジュリウス達が未だコンゴウと戦闘中。そこを通ったと言うのなら気付かないはずがない。
「?」
思考の最中、ふと視界に入った光景が目に留まった。書物庫から出てからの一本道……奥には崖の行き止まりがある。故に左にしか経路はなく、そこからA区画に出ざるを得ない――。
「――あ」
あるじゃないか、もう一つ経路が。そう思いながらその崖まで駆け寄り、そのまま右の壁を眺めた。そして視線を下に向け、
「……Holy sh◯t」
内心まさかと思いながら探していたが、本当に見つかるとは。通常、人が通るべきではない、つまり足場が不安定な場所。云わば、
『極東支部はどの支部よりも激戦区と聞いています。周りにあるモノや場所はどんなものでも有効活用できる術をそこで身に着けた……とか?』
「……」
最期が疑問形になってフォローしきれていない……まあ、とにかく納得はしていないが理解はした。ウコンバサラに止めを刺した時も、彼は凄まじい跳躍力を我々に見せた……つまり、俺の推測は正しかったようだ。うむ、それが分かればもう何も考える必要はない。彼をC区画までに迎えに行くまでだ。そう自分に言い聞かせているように聴こえるのもきっと気のせいなのだろう。
『では、私はあちらのサポートに戻ります。必要でしたら、また連絡ください』
「了解、助かった」
『……あの』
会話が終了したと思い、子機に手を伸ばした時だった。フランが何か言った気がした。
「ん?どうかしたか」
『あ、その……いえ、すみません。何でもありません』
少し口ごもったような声が聞こえたが、どういうことだろうか。それを問い返すときには既に、無線は切れていた。気にはなるが……とりあえず今はエミールの捜索をするとしよう。そう決め、俺はそのままA区画まで歩みを進めた。そんなに距離もなく数秒で着き、辺りを見回す。
「ジュリウス達は……いないのか。C区画に移動でもしたのか?」
C区画に向かうルートは2つあり、一方俺がいた崖付近でも見えるのだが、もう一方は完全な一本道。そちら側から移動したのかもしれん。なら、おのずとあちらのチームでエミールが発見されるはず――。
「――!?」
違和感。ザラッとしたような感覚が肌を撫でた……いや違う。これはもっと内側からなにかが呼応したような――。
「うおわぁぁぁぁぁッッッ!!!」
悲鳴。その事に意識が行き自分の受けた感覚を忘れる……ことはなかった。寧ろその悲鳴がこちらに近づくとともにその感覚は強くなっていく。
「なぜだ!なぜ神機が動かないッ!?」
「エミールか……?」
「むむ!?アドル殿か!逃げてくれ、奴が来rどわぁぁぁぁッッッ!!!!」
突如俺の眼前までエミールが吹き飛んで来る。反射的に片腕で受け止め、地面へと下ろした。背後から強い一撃を受けたようだが、吐血や体に変形などは無い。内蔵や骨に異常は無いようだな。ただ気絶しているだけらしい。
「グゥルルル」
低い唸り声。明らかな敵意を相貌に宿した獣がそこにいた。今まで狩ってきたアラガミ共とは格が違うことは一目見れば解る。だがそれ以上に他のアラガミに無い何かを感じた。
「次はお前だといったところか――」
神機を構え直し、戦闘体制へと移行するべく腰を落とした。普段なら先手を取るべく懐へと飛び込むのだが、今はそうもいかない。下手に手を出せば、倒れているエミールにも被害が及び兼ねない。とはいえ、このまま睨み合っていても――
フュッ
眼前に何かが現れた。耳が風切り音を認識する以前に視覚が反応していた。そう錯覚するほどの速さ。咄嗟に腕をクロスさせ、体への致命傷を避ける。そのはずが、思った以上に重い一撃が腕へと圧し掛かった。故にエミールと同様後方へ大きく飛ぶ形となった。
「ぐぅッ……!」
何とか受け身を取り、立膝の状態になる。再度状況を確認するために、奴がいた場所へと視線を向けた。
「なんだ……奴の腕は……!?」
俺を吹き飛ばしたその腕は、鎧のような……云わば
「グゥルル……ウオオォォォー――ン!!」
「……ッ!?」
脚が、おぼつかない。体全身が熱い。奴が吠えたと同時に体が燃やされている様な感覚が襲った。そのことに気を取られている間に奴の追撃が来る。
「ガァッ!!」
「ぐッ……があッ……!」
神機のシールドを展開し、追撃を抑える。しかしそんな状態が長く続くはずもなく、再度体が宙を舞った。
「か、はッ……!!」
背中から地面に叩きつけられ、肺の空気が全て押し出される。一瞬の間意識は朦朧とし、眩暈が襲った。一方的にただ嬲られるだけで反撃することが出来ない。このとき初めて、俺は本物の死を悟った。眩暈と共に併発した頭痛が強くなり、より意識が遠退いていく。数秒後、下半身に何か重いものを感じた。奴が俺を押さえつけていることを理解するのは混濁とした意識の中でも容易だった。目と鼻の先までに奴の気配を感じる―――。
「……Get
霞む視界を無理やりこじ開けるように目を見開き、腕に力を籠める。発した言葉は俺の意志によるものではない……いや、『理性のある俺の意志』と言うべきか。
「ガァッ!?」
気付けば神機が獣の腕に突き刺さっていた。驚愕、なのかどうかは知ったことではない。だが、明らかにその獣は退いた。
「貴様か……俺の『内側』を掻き回しているのは?」
ゆっくりと、しかし着実にその獣に歩み寄る。互いに一進一退を繰り返すが、それも長くは続かない。獣のすぐ後ろに壁が迫る――。
「返してもらうぞ」
――ズァッ!!
周囲に血の雨が降り注ぎ、大地が揺れた。獣が反応する間もなく神機を引き抜いた。
「ウオオォォォッッ!!!」
引き抜いたと同時に逆袈裟切りへと移行する。
その瞬間、神機が碧い光に包まれた。光の勢いは膨張し、それは巨大な剣を形成していく。聖なる碧き光を纏い、暗き闇を照らす月光の剣――。
「ッッァァアアア!!」
剣を振り切った刹那、碧い斬撃が剣から放たれる。光は獣の顔面を焼き付けるようにして消えていった。獣は勢いに耐え切れず、後方へ吹き飛んだようだが……どうやら、致命傷にはなっていないらしい。それに比べて俺は、今の一撃を放ったせいか全身に力が入らない。
「ハァッ、ハァッ……」
一矢報いた……が、状況に変わりはない。依然として体の熱は引かず、血が沸騰しているような感覚だけが残っている。一体何なのだ、この感覚は……。
「Huh...
ゆっくりと立ち上がる獣を見て毒づく。片目に切り傷を負わせたが、効いているようには見えない。せめて傷を負わせたのが両目であったらまだ望みはあったかもしれないが……。そんなこと思っているうちに目の前にその獣が迫る――。
――ドォンッ!!
「なッ……」
「離れろぉぉぉッッ!!」
目の前に爆炎が広がり、突然の事に咄嗟に目を瞑った。
「一斉集中砲火だ!引き金を引き続けろッ!!」
聴き慣れた声が響き、轟音と共にさらに爆炎が広がった。目を開けるとそこには――。
「へへっ、コンゴウの時の借りは返したぜ」
「アドルは下がってて、ここは私たちが引き受けるから!」
「ウコンバサラの時といい、無茶しすぎだバカ。少しは俺らの事も信用しろ」
「お前たち……」
どうして、という言葉に籠めるには多すぎるほどの疑問が頭を渦巻く。確かに、こいつが出たときすぐさま他のメンバーにも報告しようとした。だが、不確定要素が強すぎると思った俺はあえて連絡しなかったのに、なぜこうも全員集結してしまったのか。
「どうして、なんて野暮なことは聞くなよ?初めて会った時も言っただろ。変な気遣いは無し、俺たちは――」
「――仲間だろうが」
仲間……というものは、主に数が2以上の同属が群れを成し、同一の目的を達成するために提携する関係を指す言葉だ。自分の身を危険に晒してまで、俺を助ける意味など彼らには無いはず。だのに、彼らは現に俺を助けに来た……一体、何故――。
混乱が脳を支配する中、俺はただ茫然と眼前に広がる爆炎と3人の姿を、ただ眺めることしかできなかった。