狩人様は神喰いに。   作:zakuzaku

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かなり遅くなってしまいましたが、24話目の投稿です。
遅くなった分、少しだけ長めです。





忠告

『悪人に手向かってはならない。だれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい。あなたを訴えて下着を取ろうとする者には、上着をも取らせなさい。だれかが、一ミリオン行くように強いるなら、一緒に二ミリオン行きなさい。求めるものには与えなさい。あなたから借りようとする者に、背を向けてはならない。』

 

―――マタイによる福音書5章。

 

 

詰まる所、殴られたからと言って、自分も殴り返してしまったら暴力を振るった相手と同レベルになってしまう。よって、自分の清らかさを保つためにはおおらかな心で受け止めるべきと言うところか……。

 

 

「……お気楽なことだな」

 

 

キリスト、という先導者は随分平和な世界で生まれ育ったようだな。最終的には、自ら十字架に磔られ、自分の生命を神に捧げ、人々の罪を贖い、罪の赦しを彼らに与えたと言われている。

 

 

Hares may pull dead lions by the beard(死人に口無しってな)...」

 

 

死んでから伝わるのが当人の真意ではなく、第三者のエゴイズムに沿った虚偽であったとしても、それを知る者はどこにもいない。だが、大衆のほとんどがその虚偽を信じる。理由は至極単純、他の誰かが創ったものを信じるのは大いに楽なのだ。従っていれば、のうのうと楽に生きることができる。だが、それのどこがいいのか俺には全く分からん。他人の意志に左右される人生などまっぴら御免だ。俺は自分の見たこと、聞いたこと、感じたことしか信じない。そうしてこそ、『俺』という存在価値が構築されていく。客観的な事実を得ないで誰かに従って生きるなど奴隷と変わらん。だが、皮肉なことに――。

 

 

「『死』こそ最も確実な信用を得られる手段……」

 

 

キリストという先導者がしたことは間違いではない。人間の中ではかなり利口だったのだろう。だが、人を信じすぎた。故に後々現れた狡猾な愚者共に好き勝手されたのだろう。信じる者は必ず救われると言っていたが……彼の言う『救い』とは一体何なんだろうか。他者から与えてくれる心の安泰……俺の認識ではそう定義されている。彼が信じた全人類にもたらすことのできる『救い』とは―――。

 

 

「……ぁ……?」

 

 

それは俺が発した言葉ではない。俺はやれやれと首を振りながら、手元の本を閉じ椅子をその声の方向へと体を向けた。

 

 

「ここは、いったい――」

 

 

状況が理解できていないか。まあ、無理もない。意識を失っていたのだから当然だろう。

 

 

「ようやくお目覚めか。調子はどうだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「――シエル・アランソン」

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「あなたは……!?」

 

 

顔から血の気を失うのが分かる。当然だ、自分を殺そうとした人間が悪びれる様子もなく目の前に座っているのだから。

 

 

「何をし……ッえ!?」

 

 

立ち上がろうと脚に力を込めた瞬間、後頭部に鈍い痛みが走った。目眩も併発し、バランスが取れず手をつこうとした。

 

 

「あ――」

 

 

あると思った場所に地は無く、そのまま体が沈む。早い話が手を踏み外した。

 

 

「おっとと……」

 

 

直後、体が静止する。背中を何者かによって支えられている感覚。

 

 

「ッ!?は、離して下さい!」

 

「おー、随分と嫌われたもんだ」

 

 

すぐさまベッドへと体を戻し、支える腕を振り払って体勢を整える。とは言っても、相変わらず頭痛は止まず、反撃と言えるほどのことはできない。すぐさま距離を取りたいが、見る限りここはフライアの病室内。まずすべきことは――。

 

 

「……状況の説明を求めます」

 

「ほう、案外冷静じゃないか」

 

 

ニヤリと笑う様はあの時の戦闘のように何を企んでいるか分からず不気味だ。

 

 

「何のことはない、気絶した君を俺が病室へ運んだ。それだけのことだ」

 

「納得いきません。なぜ私を殺さなかったのですか?」

 

「殺す、だ?そんなことをして俺に何の得がある?貴重な隊員を削り、他の人間から不信感を買う。デメリットしか無いように思えるが」

 

 

飄々と語る彼は嘘をついているようには見えない。彼の言う道理は酷く正しい。では本当に殺す気はなかったと?否、あのとき自身が受けた殺気は本物だ。気まぐれ……とでも言うつもりだろうか。だとすれば、尚更納得ができない。

 

 

「……一つ、これは忠告だ」

 

 

彼の目の色が少しだけ変わった……様な気がした。同時に声色もさっきより少しばかり低い。どうして命のやり取りをした相手の意見が聞けようか。そう言い聞かせる内心とは裏腹に、体は自分の肩が少しだけ強張るのを感じながら、その言葉に耳を傾ける。

 

 

「目で見える情報というのは常に限定的なもので本質が現れることはほとんどない。思考を巡らせ、模索し、真実を暴くことだ」

 

「何を、言って……?」

 

「……さてな、それは自分で考えるんだ。これは忠告であって命令じゃない。俺の指図なんて受けたくないと思うなら無視しても構わん。だが、忠告はしたからな――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Come with me if you want to live.(殺されても文句は言うなよ)

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

病室前の廊下に人影はなく、聞こえるのは自身の足音だけ。薬の臭いも相まってあの『病室棟』を思い出す。もっとも、

頭が肥大化した被験者なんて胸糞悪いものはここにはいないが。

 

 

「いや……どの道同じなのかもな」

 

 

ふと右腕に取り付けられた腕輪をまじまじと見つめながら、そう口に出した。得体の知れない化け物の一部を体内に取り込み、同じくその化け物の埋め込まれた武器をコントロールする。一体どれ程の犠牲を払ってこの手法に辿り着いたんだろうか。そう思うと俺は無意識に口元が歪め、嘲るような微笑みを浮かべる。誰に対してというわけではない。ただ、如何に文明が発展しようと、いつまで経っても人間の本質的な部分は変わっていないことに呆れたのだ。

 

 

「で、何用だ?」

 

 

振り向く先には一人の女性が立っている。表情を伺うに少々不機嫌そうにみえる。

 

 

「……いいえ、特に用があるわけではないわ」

 

 

腕を組んだまま壁に寄りかかり、それとなく白衣の隙間から血色の良い生足をチラつかせる。妖艶というべき、そんな雰囲気が彼女、レア・クラディウスを包んでいた。

 

 

「盗み聞き、ましてや尾行までされるとは……余程の物好きに好かれたらしい」

 

「あら、じゃあ随分前から気付いていたのかしら?」

 

 

案外あっさりと認めるあたり、後ろめたい理由はないらしい。ただの好奇心か。では、何故こうも敵意のような視線を向けるのか。

 

 

「お気に入りが怪我させられてご立腹か?」

 

「!」

 

 

図星らしい。まあ、そうだろうとは思っていた。以前話した時にシエルがブラッドに所属することを真っ先に報告したのも彼女だった。周りと打ち解けていなかったシエルの現状を見る限り、何かと気にかけているのだろう。

 

 

「なぜ、彼女にあんな事したのか……説明してもらえる?」

 

「そんな義務が俺にあるとは思えないのだが」

 

「いいえ、あるわね。私とラケルにはブラッドのバイタル情報を常に把握するという職務が与えられているの。副隊長のあなたから隊員が負傷した報告を受ける権利は大いにあるわ」

 

 

筋は通せと言わんばかりに饒舌な彼女。なるほど。あくまで聞くまで退かないらしい。適当に誤魔化すとしよう。

 

 

「訓練していたら加減ができずに怪我をさせた……ただそれだけのことだ」

 

「故意ではない……と?」

 

「ただでさえ少ない戦力を削ってなんになる?俺はむしろ、あの訓練で彼女に必要なものを与えたと思っているがね」

 

「必要なもの?」

 

 

それだけ言って歩みを進める。これ以上は蛇足というものだ。だが、踏み出そうとした脚はもう一人の脚によって阻まれる。

 

 

「まだ、質問は終わってないわ」

 

「話すことはもう無い。これ以上は無駄だ」

 

「いいえ……その『必要なもの』が何なのかについてまだ聞いていない」

 

 

しつこい奴だ。女というのは何故こうも執念深いのか。これではまるで獲物を追いかける獣と変わらないじゃないか。

 

 

「立場が解っていないようね。私がその気になればあなたに関する情報の一つや二つ簡単にひけらかせるのよ?」

 

 

揺すりときたか。いやはや、女狐という表現がよく似合う。まあ、脅す度胸はあっても――

 

 

 

 

脅される覚悟はないみたいだがな。

 

 

 

「ほう?気が変わった」

 

「え?ちょっと――」

 

 

彼女に詰め寄り、ジリジリと壁際へと追い詰める。そしておもむろにあげた腕を――。

 

 

 

―――ドンッ!!

 

「ひっ!?」

 

 

壁に思い切り叩きつけた。さて、少し気になることも口走っていたようなので、そこだけ探りを入れることにする。

 

 

「何、俺も貴女に興味が湧いた。少し喋って貰おう」

 

「え、えぇ?何を……?」

 

 

困惑する彼女に囁きかけるように問う。万が一、周りの誰か聞こえては面倒だからな。質問は至ってシンプル、俺自身についてだ。

 

 

「バイタル情報を把握していると言ったな……どれ程俺の体について知っている?」

 

「か、カラダ……?」

 

 

酷く動揺しているようだな。鼓動が早く、頬も紅潮している。時間も限られているしな。しかし、なかなか話す様子がないな。本当に知らないのか、あるいは――。

 

 

 

 

 

 

「――間抜け」

 

「え」

 

 

呆けた顔をする彼女を横目に廊下を駆けた。刹那、目の前の扉が勢いよく開く。

 

 

「あ、ああ!?ちょっ――」

 

「面倒ごとは御免だ。ただまあ、自分の責務と隊員の命は保証する」

 

 

それだけ言い残し、開いた扉の中に駆け込んだ。そして、すかさず壁のスイッチを押す。数秒のラグタイムの後、扉は閉まり始める。まあ、要はエレベーターに逃げ込んだだけなのだが。

 

 

Have a nice day(それではご機嫌よう...)..."Miss"(『お嬢さん』).」

 

 

扉が完全に閉まり、お互いの姿が見えなくなったの確認すると、自然にため息が出た。やれやれ、せっかくの休日だというのに「子守り」と「説教」とはな。新米副隊長には荷が重すぎることばかりだ。まあ、それもまた人間らしくて一興というもの……いや、そもそも夢に帰って満を期すのを待っていればいいものを、この状況を少なからず楽しんでいる今の俺に「人間らしい」なんてあったもんじゃないな。人にも上位者にも成り切れない俺はさしずめ「失敗作たち」と同属なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

――ピンポーン

 

 

 

目的の階に着いたことをエレベーターが告げた。そこで改めて思考を止め、何を考えているのだろうかと苦笑する。目の前のロビーには相変わらず機械的な音が微かに響き、何人かの職員が会話しながら、あるいは眉間にしわを寄せ物思いに耽りながら歩いている。変わらない光景に妙な安心感を覚えながら、俺は歩みを進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

――その足取りが悲観していた心とは裏腹に軽やかに見えたのはきっと気のせいなのだろう。

 

 

 

 

 

 




一度、自分で全話読み返してまじまじと感じたのですが……




語彙力ぇ……



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