私はフラン=フランソワ=フランチェスカ・ド・ブルゴーニュ。フェンリル極致化技術開発局、フライアのオペレーターを務めています。数週間ほど前、このフライアに一人のゴッドイーターが配属されました。
「これは……うーむ、また間違えたのか?」
そう、先ほどからターミナルの操作に四苦八苦している彼です。彼、アドルファス・ジャノグリーは特殊部隊「ブラッド」に配属される大型新人なのです。
入隊当初、彼の周りには「悪い噂」が憑いて廻り、此処の人間から避けられていました。事実、私も出来ればあまり近寄りたくはないとは思っていた一人です。……まあ、仕事柄それは不可能なので業務以外は不関与を貫こうと決めました。
ですが、私の彼へ抱く印象は最初の会話で一変することになったのです。業務の説明などを行っている途中、彼は私が話している間は聞き手に徹し、きちんと話し終わった後で質疑をしてきました。さらに一通りの説明の後、律儀にお礼まで言ったのです。そして、何より……彼は会話の途中笑顔を見せました。微笑むような優しい表情、そんな表情を見せる人が、私には決して悪い人だとは思えなかった。
「ぬぅ……フラン、すまないがまた手伝ってもらえないかー?」
そう言いながら、あの日と同じ表情のまま彼はこちらに呼びかける。少し困ったような表情も顔に出ていましたけど、逆にそれが私の中で「悪い噂」をより彼から遠ざけました。
「……マニュアルを渡したはずですよ?何が分からないんですか」
「いやぁ、この指南書は専門用語が多くてな……もう少し嚙み砕いて説明が書いてあればわかるんだが……」
なんて、言いながら頬を掻く様子は私たちと何も変わらない人間らしさを引き立てる。やはり、あんな噂は出鱈目なんでしょう。
そう、彼が「化け物」なんてもののはずがない。
「なるほどなぁ、そうやって操作すればいいのか。いやぁ助かったよ、フラン」
「今度からは、自分で操作してくださいね?私も暇ではないんですから」
「すまない。でも、本当に助かった。ジュリウス隊長が特別な訓練をするらしく、一応持ち物整理したかったんだ」
特別な訓練……?私は何も聞かされていませんが、そんなものがあったんですか。とにかく、彼が心置きなく訓練を受けられるというのなら私もこれで責務を果たせたのでしょう。訓練のために、出撃ゲートに向かうアドルさんを見送り、通常業務へ戻るためにまた受付へと戻るとしましょう。確かこの後は誰かの任務のオペレーターをすることになっているはず。
そう思いながら受付へと戻り、改めて業務確認するため端末を開く。
――そこで、私は自分の目を疑った。
◇ ◇ ◇
「……ジュリウス隊長、新人二人を同行させるとは聞かされておりませんが?」
「すまない、だがあの二人ならその実力を兼ね備えていると判断した」
少し怒り気味の声がジュリウスの耳に入るが、すでに予測していたかのように即答する。
「仰ることは承りました、今後は二度とこんなことはないように―――」
「……」
勝手に同行させたのは事実なため、説教は全て聞こうと沈黙する。
「……せめて、私には一言ください」
「!」
少し気落ちしたような声が無線に入る。そのとき、ジュリウスは自分を嗤った。ゴッドイーターとして何が一番大切か。それが現場とオペレーターとの間にも無関係ではないことを今更気付かされた。新人に説こうとした矢先、これでは説得力が皆無ではないか。
「あぁ、約束する」
「――では、一人も欠けることのないように。御武運を」
無線が切れる音と同時に、今度は違った音が聞こえてくる。
音の方向へと振り向きながら、独り思い、呟いた。
「来たか……」
◇ ◇ ◇
「フェンリル極致化技術開発局、ブラッド所属第二期候補生二名到着いたしました」
手先をまっすぐに伸ばし、額の傍まで持ってくる。この世界において目上の者に対して行う作法で「敬礼」というらしい。少し前に、俺が身に着けてきた様々な礼儀の作法についてナナに聞いてみたが、どうやらあるにはあるらしいが少し古臭いものと、見たこともない作法があったらしい。考えてみれば「交信」などという、上位者どもと慣れ合おうとするやつらが使う挨拶など知られてなくて当然か。だが、この世界でもアラガミを本物の神などにたとえ崇拝する狂信的な者たちが存在するらしい。やはり、どこの世界でもそういった輩が蔓延るのはめずらしくないのだな……。まあ、それはともかくだ。今日は特別な訓練と聞いて、この黎明の亡都に参上したわけだが。
「ようこそ、ブラッドへ。隊長のジュリウス・ヴィスコンティだ。早速だが……今より、実地訓練を始める」
「……えっ?」
驚くナナを尻目に歩き出すジュリウス。そして、遠目に見える何かを指さした。
「見ろ……アレが、人類を災い。駆逐すべき天敵……アラガミだ。手段は問わない、完膚なきまでにアラガミを叩きのめせ。いいな?」
いいなって……いきなりそう言われてもな。要は訓練とは名ばかりの「実戦」ってことだろう。準備はしてきたが、予告もなしにこれとは……なかなかにスパルタというべきか。
「えっ、あっ……あのっ、これって……実戦ですか!?」
いつも陽気なナナの声に珍しく元気がない。まあ、突然実戦すると言われたら誰でもそうなるか。
「本物の戦場でやってこその、実地訓練だ。お前たちが実力を発揮できさえすれば問題になる相手じゃない、いいな?」
その「実力を発揮する」ってのが一番難し―――ッ!?
「下がれ!」
「え、わっ!?」
そう叫んで、ナナの服を後ろから引っ張った。刹那、「ガッ」という何かと何かをぶつけた様な音がこだます。
「いてて……あ、アドルどうし、た……の……」
困惑はすぐに恐怖へと変わる。聞こえるか分からないほどのかすれた声が、ナナから漏れた。
「……フッ」
不敵に笑うジュリウス。見れば彼の腕に何かがぶら下がっている。
「せぇあッ!!」
刹那、その何かが赤い液体をまき散らしながら吹き飛んだ。それがアラガミであったことに気づくまでに、そう時間はかからなかった・・・ナナ以外は。突然の出来事に見た光景を頭で理解しようと必死の様で、地面にへたり込んでしまっている。
「……大丈夫か、ナナ?」
「え……あ、うん」
そう言って俺は手を差し出した。やれやれ、新人相手にやってくれるものだ……。
その思いはアラガミに対するものではなく、ジュリウスに向けたものだ。彼のとった行動を見る限り、アラガミが不意打ちすることを予測していなければあんな事はできない。つまり表向きでは激励の言葉を送ったが、今の行動は油断するなという警句の体現なのだろう。
「……新人相手になかなか容赦ないな」
少しばかりの不満を口にした。多少の怒気も含める。言い換えるなら「舐めてんのか」といったところだ。
「……少々やりすぎたようだ、すまなかったな」
俺の意図をくみ取ったかのように、ジュリウスは謝罪した。その言葉に嘘はない、と信じたい。まあ、この律儀な隊長の事だ。信じても問題は無いだろう。
「だが、忘れないでほしい。古来から人間は巨大な敵と対峙し、常にそれを退けてきた。鋭い牙も、強靭な爪も持たない人類がなぜ勝利したのか」
再び語り出すジュリウス。
「共闘し、連携し、助け合う戦略と戦術……人という群れを一つにする、強い意志の力。意志こそが俺たち、人間に与えられた最大の武器なんだ。それを忘れるな」
「強い意志……」
ナナがつぶやく。そして唇をきゅっと締めた。その行動の示す意味が今の俺には分からない。ただ、戦う意志を固めたことだけは分かる――。
それに対して、俺の心は少し揺れていた。俺は、獣という強大な敵と対峙し、それを退けてきた。ジュリウスの言う通りひとつの確固たる「意志」に突き動かされるように。それは、人を助けたいと思う心でも、獣を忌み嫌う心でもない。ただ、血を欲する「俺ではない何か」の意志。青ざめた空の支配者が、俺の中から血を欲せとずっと語り掛け、それに従ってきた。今もそれは俺の中に残り、消えていない。そんな俺が、ジュリウスの言う「人類」と同属であるのだろうか。
「時間だ、行くぞ――」
俺の疑問に答える者はいない。もっとも、この場ではなく、この世界には応えられる者などいない。そう告げるように、斬りつけられたアラガミが小さく嘶いた気がした。
戦闘はまた次回です。タイトル詐欺ですみません。