とぶ、変わる、世界。   作:漆川

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心配事まみれ。

 結局、あの休み時間の後から篠塚とはほとんど会話はないままだった。

 

「はぁ。どうなるんだろ」

 

 自然とそんな言葉が口からもれだしてしまう。

なんだかまだ学校が終わっただけなのにすぐにでもベットに倒れこんで目覚ましをセットせずに寝てしまいそうな気分だ。

その場合、明日は寝坊にしてしまうだろうけれど。

 

 いつも通りの家までの帰路。いつも通りのはずなのにいつも通りじゃない。

 朝見た、鉄橋からの風景もなんだか少しだけ落ち込んで見える。それが夕暮れのせいなのか心の中が混乱しているからなのか、考えるのもおっくうだ。

きっと、今日は母さんは早く帰ってきてるはずだ。むしろ早く帰ってきてくれないと困る。色々と聞きたいことがあるのだから。

 

 そんなことを考えて歩いてるうちに、僕の今の家についてしまった。マンションの七階だ。

いつも通りエレベーターに乗り込む。ほかに乗っている人はいない。

上へあがるゴウンゴウンという音がどこか遠いところへ運ばれていくんじゃないかと錯覚してしまいそうだ。まあ行くんだけどね、長野。そこまで遠くはないけど。

 

「母さんは本当にいつも急なんだよなー」自分だけの空間でつぶやく。

 

 少しするとエレベーターがゴウンという音とともに止まった。七階についたようだ。

エレベーターを出て何個かの部屋の前を通る。僕たちの部屋一番端だ。

そして部屋の前。なんだか自分の家に入るだけなのに緊張する。中から物音がするので母さんは帰ってきているようでいひとまず安心。

 

 銀色の取っ手を握り回して引き中に入る。

 

「ただいま。」

 

少しだけ意識して声を出す。この挨拶をするのもなんな久しぶりだ。

 

「おっかえりー! 樹! 」

 

母さんが大声とともに部屋から顔を出す。

 

「お風呂にする? ごはんにする? それともぉ――」

 

「何を言おうとしてるのさ!? 」

 

「えー。いつも頑張ってる樹のためにちょっとだけ新婚気分を味合わせてあげようと思ったのにぃ~」少しふてくされながら母さんは言う。

 

「そんなのいらないよ! どこに実の母とそんなやり取りしたい高校生がいるのさ!? 」

 

 本当にやめていただきたい。僕にそういう趣味はないのだから。……ないよ?

 

「そんなことより、話すことあるでしょ。話すこと」

 

「うぇ~、樹つめた―― わかったわよ! わかったからその顔やめて! 」

 

別にそこまで変な顔してるつもりなかったんだけど……

 

「じゃあ、とりあえずお茶でも飲みながら話しましょ」

 

二人でリビングまで移動する。

 

 これでやっと話ができる。なんかどっど疲れた気分だ。このまま話なんかせずに寝てしまいたい。寝てしまえば全部なかったことになるような気がする。ないか。

 

「母さんはコーヒー? 」

 

「うん。コーヒー」

 

 コーヒーを入れながら部屋の中を見渡す。

 今日の朝までなかった段ボールが結構な数おかれていて、かわりに結構な数の物がなくなっている。母さんが荷造りしたのかな。今から荷造りするってことはそれなりに出発時期は早いのか?

そんな憶測が頭の中に浮かぶ。

 

「樹? どうしたの? コーヒーはやくー」

 

 母さんの言葉にハッとする。

そうだ、早くコーヒー入れて話を聞こう。考えるより話を聞いたほうが早いし確かだし。

 そう考え僕はコーヒーを入れ始める。別に、母さんも僕もこだわりがあるわけではないからインスタントだ。簡単でそれなりの味。最高だ。

おいしいコーヒーが飲みたければ喫茶店へ行けばいいし。

 母さんはブラック、僕は砂糖一つ。苦いのは少し苦手だ。

 

 できたコーヒーをテーブルに持っていく。

 

「はい、母さん」

 

「んー、ありがとー」

 

母さんが少し気の抜けた返事をする。

 

「それで、樹は何から聞きたい? 」

 

母さんの表情がいつもとは違う少し真剣な表情に変わる。

 

「じゃ、じゃあ、まずは、いつ行くの? 向こうに。結構準備してあるってことはすぐなの? 」

 

「うーん。明後日。」

 

「っ。そっか。明後日か」

 

 早い。思ってたよりも早い。だけど今回はあらかじめ心の準備はしてたつもりだからそこまでショックは受けない。ショックはショックなんだけどね。母さんが急なのは、わりと慣れてるし。

 

「あれー? 割と反応薄いなー。もっと驚くかともったんだけどな」

 

「まあね。」

 

 コーヒーを一口飲む。まだ暖かい。

 

「それは、僕の転校も同じ日に行かなきゃいけないの? 」

 

「うん。もう先生にも、お母さんにも電話しちゃったし」

 

「そう、なんだ」

 

 なぜ僕に相談しないで先生に電話とかしちゃうんだろう。昔からそうだ。割と僕にとって大事なことを母さんは勝手にやってしまう。……なんかイライラしてきた。でも、ここで怒ったら話し進まないし、落ち着け僕。クールになれ。

 

「……僕だけ東京に残って一人暮らしするっていうのはダメなの? 」

 

「ダメ! それは絶対にダメ! お母さんが心配だから!! 」

 

 母さんが大声で言う。

 

「心配って、僕もう高校生だよ。それに料理とかも僕が毎日作ってるから心配ないじゃないか」

 

「高校生でもなんでも関係ないの! 一人暮らしはダメよ! 」

 

 クールだクール。Be cool。

 

「わかった、わかったよ。一人暮らしはダメ。これでいいでしょ。だから落ち着いてよ母さん」

 

 机に手をついて身を乗り出している興奮気味の母さんを鎮める。

 母さんがハッとしてから少しうつむき話しだす。

 

「ご、ごめん。樹。でも、お母さんほんとに心配なんだ、だから一人暮らしはやめて。お願いだから」

 

「わかったよ母さん。一人暮らしはしないよ」

 

「ありがと」

 

 母さんがなんかしおらしい。また気まずいぞこれは。今日はなんか気まずなることが多い日だな。

 

「そ、それじゃあ次の質問。母さんの実家って長野のどこだっけ? それと、母さん実家と仲悪いんじゃなかった? 」

 

 おばあちゃんの家に行ったのは相当小さい時だから場所も覚えていない。でも、そこまで都市じゃなかった気がする。

 

「場所はねー、長野の中野市ってところ。中野区じゃないわよ! 」

 

「それはわかるよ。でも、中野市は聞いたことなよ……」

 

 中野市、ブロードウェイはないんだろうな。

 

「それと、実家とは仲悪いよ。でも大丈夫。お母さんとは仲いいから。悪いのはお父さんだけ」

 

「そうなんだ…… おじいちゃん、恐い? 」

 

「恐いよ! 」

 

 恐いんだ……。母さんが恐いっていうなんてどんだけ恐いんだろう。不安がより不安になってきた……。記憶の中におじいちゃんの姿は思い出せないし、心していかないと腰でも抜かすかもしれない。冗談だよ?

 

「ホントに大丈夫なの? 僕が行って? 」

 

「大丈夫大丈夫! さすがに追い出されたりしないから。多分」

 

「多分って……」

 

 かなり不安だよ。

 

「まあそっちは不安だけどいいとして、母さんは大丈夫なの? 母さんも転勤先じゃ一人暮らしだよね? しかも海外で」

 

 これが一番心配なんだ。今まで、家事や炊事はすべて僕がやってきたし、僕が起こしに行くか、料理の匂い以外じゃ起きてこないのに一人でアメリカなんかに行ってほんとに大丈夫なのだろうか? 生きていけるのだろうか?本当に心配だ。

 

「うーんと、そこはさ、ほら、頑張るわよ」

 

 目が泳いでいる。

 

「本当に? 」

 

「うぅぅぅっ! もう! がんばる! お母さんがんばるから! 大丈夫だから! だから人の心配してないで自分の心配しなさい! 」

 

「は、はい! 」

 

 返事をしてしまったが今までを知っている僕からするとまだ心配だ。

 

「お母さんも頑張る! だから樹も頑張る! いいわね!! 」

 

「わかった、わかったよ!」

 

 ……まあ、母さんを信じよう。うん。

 

「他には! 他はいいの? 」

 

「う、うん。一応」

 

「よし! じゃあ、母さんは荷造りするわ! 樹も自分の用意しちゃってね! 」

 

 なんかやる気でてるし。いつもよりパワフル。

 

 あ、そうだ。行く日わかったら篠塚に連絡しなくちゃいけないんだった。なんだかこういうの気が重いなー。あの落ち込みようだったし。……メールでいいよね? 電話はなんか気まずいし……。ま、まあいいや、メール送ろう!

 

 カチ カチ カチ カチ

 

「とっ。送信。」

 

 さてと、荷物の整理しよう。あ、コーヒー飲むの忘れてた。もう冷めちゃってるし……。まあ飲もう。一気に。

 に、苦い。なんか苦手なんだよなー、冷めたコーヒー。苦みが増してる感じがして。まあいいや、荷物の整理しよ。

 

 自分の部屋に移動しようとする。すると、スマホが鳴った。

 

「もう返事きたのかな……。早いな」

 

 送ってからそんなにたってないはずなんだけど。まあいいや、ええと、内容は?

 

『いつもの鉄橋にきて。今すぐ。』

 

 ……呼び出しを食らってしまった。

 とりあえず、すぐに家でなきゃ。

 

「かあさーん、ちょっと出かけてくるーっ! 」

 

「ええー! こんな時間に!? 母さんのご飯はー!? 」

 

「帰ったらつくるー!! 」

 

 僕は駆け足で家を出た。

 

「また面倒なことになる気がする……」

 

 肩が少し重くなった。

 

 

 

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