とぶ、変わる、世界。   作:漆川

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悩み事インフレーション。

 急いで外に出て見上げた空はもうだいぶ薄暗い。さっきまで昇っていた太陽はすでに摩天楼にのまれた後。あとは世界が黒く染まるだけだ。

 

 走る。なぜかわからないけどなぜか早くいかなきゃいけないような気がしたから。

 これは予想だけど、きっと篠塚は僕よりも早く鉄橋にいる。だって、今日の篠塚は変だったから。その変の原因は僕なんだけど。

 家に帰るだろう人々の間を逆走していくのは結構つらい。たまに僕を見る視線は少し恥ずかしいし。

 

 人工的に作られた明かりの中をひたすら走っているといつもの鉄橋が見える。僕は急いで階段を上る。転ばないように、でも急いで。

 

「篠塚っ! 」少し息を上げながら名前を呼ぶ。

 

 ほら、やっぱりいた。伊達に友達やってないからね。

 

「いっちゃん。ずいぶん息が上がってるね。ふふっ」篠塚は少しはにかんで言う。

 

「っ。ご、ごめん。走ってきたから」

 

 なんか、周りからの光も相まって篠塚がいつもよりもかわいく見えて、少し言葉が詰まってしまう。雰囲気が違う?

 

「別にいいよ、いっちゃん。急いで来てくれたってことでしょ? うれしいよ」篠塚がほほ笑む。

 

 やっぱおかしい!? なんなんだ今日の篠塚は!? 学校では落ち込んでたし。それは、僕のせいでもあるんだけど。今なんか変だし。今のこの感じには僕は心当たりがない。

 

 ……なんか今日は初めて見る篠塚をよく見る気がする。

 

「う、うん。それでさ、向こうに行く日だけど、明後日になったんだ。さっきもメールしたけど」

 

「うん。見た。メール。……そっか、明後日かー。ずいぶん急なんだね。」

 

「ああ。母さんがさ、もういろいろと手続きしちゃったみたいでさ」

 

「そっか。じゃあしょうがないね。」篠塚が少しうつむく。

 

「うん。そうなんだ」

 

 本当にしょうがないんだよな。

 

「あーあ! しょうがないしょうがない! しょうがないんだよ、家の事情じゃ!! 」篠塚が突然立ち上がり大声で言う。

 

 少しびっくりした。でも、僕には篠塚がどこか自分に言い聞かせるように叫んだような気がした。

 

「あーもう、なんか私らしくないね! ごめんね! 私が呼び出したのに」篠塚が少ししおらしく微笑む。

 

「いや、別に大丈夫だけ――「でもさ、でも、なんかさ、いっちゃんから今直接聞くまでさ、なんか全部嘘なんじゃないかなとか思ってたんだ。明日も、明後日もずーといつもと同じように登校して、くだらない話して笑ってさ。そうだって、そうだったらいいなって、思ってたんだ! それが急に転校とか、いやだよ! いっちゃんは、高校はいってから初めて仲良くなった友達だし、私のくだらない話だって適当にいなしながらでもちゃんと聞いてくれるし、それに、それにぃ――」」

 

「お、おい、篠「寂しいよ! 嫌だよ! でも、でも、家のことならしょうがないんだってわかってるけどさ! 納得できないんだよ! 」」

 

 篠塚はため込んでいたものをすべて吐き出すように一気に心の内をさらけ出した。篠塚は涙を流している。

 

 篠塚がこんなことを思っているなんて思わなかった。正直、すごくうれしい。僕がいなくなるのを寂しいと言ってくれて。 普通はもっと思うことがほかにあるんだろうけど、そんな感情が湧き上がってくる。転校したくないという思いとともに。でも、篠塚が言う通りしょうがないんだ。それでも、母さんに頼み込めばもしかしたら一人暮らしもできるかもしれない。でも、あんなにも僕のことを思っていてくれる母さんには、あまり心配かけたくないんだ。

 

 訪れる沈黙。僕も、篠塚も下を向いている。

 

「篠塚、とりあえずこれ」

 

 そう言って僕はハンカチを差し出す。

 

「ん。ありがとう」篠塚はハンカチを受け取り涙をぬぐう。

 

 無言。お互いに無言。

 僕だって言いたいことは色々ある。たくさんある。でも、なんて言葉にすればいいかが分からないんだ。

 

 少し、顔を上げる。篠塚と目が合った。篠塚の顔が少し赤い。

 

「っ。ごめん!! 」篠塚が駆け出す。

 

「えっ!? ちょ、まっ! 」

 

 手を伸ばす。届かない。

 あとを追いかけようとするけどなぜか足がすくんで動けない。

 そんなことをしているうちに、もう篠塚は見えなくなってしまった。情けない。

 

「はぁ、どうするかなぁー」

 

 溜息をつきながら鉄の柵に寄りかかる。体が重い。

 辺りはすっかり暗闇。明るいのは人工の光だけ。鉄橋の上から見えるビルたちの窓からはまだ仕事をしている社会人たちの光が漏れている。ぽつぽつと。それも時間がたつにつれ暗くなる。見ているとなぜかつらくなってくる。

 

「大変だなー、転校って。」 

 

 そんなことをつぶやきながら空を見上げる。星なんて見えない。その代わりに思い出す。

 

「あ。母さんの晩御飯。」

 

 そんなつぶやきも暗い空へ溶けてゆく。 

 

 

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