かりんの攻撃が空を切った瞬間、死角からかりんの急所を正確に狙った反撃が放たれた。
身を沈めながらそれを躱したかりんは、勘を頼りに後ろ回し蹴りを放つ。
その蹴りは対戦相手に当たるが、そのあまりの手応えのなさに、かりんは咄嗟に身をよじってその場から飛び退く。
「流石だな。反応がコンマ一秒遅れていれば膝が砕けていたぞ」
対戦相手から自分を賞賛する声が発せられるが、かりんは不満気に返す。
「手加減をしている貴女に褒められても嬉しくありませんわよ。キャミィ」
その言葉に対戦相手――キャミィは少し困った顔になる。
「そう言われても困る。私は格闘家じゃないんだ。本来は兵士なんだぞ」
かりんの言葉通り彼女との試合でキャミィは全力は出していなかったが、それは仕方ない事だろう。
キャミィが習得しているのは道場で習うような格闘技とは異なり、戦場での命のやり取りを前提とした戦場格闘技だ。
その全力を振るおうと思えば当然のように武器を使用する。
それも刀剣類だけではなく、当たり前のように銃火器を併用するスタイルだった。
もちろん素手での格闘でも、かりんと互角以上のレベルを誇っていたが、武器を持たない戦いでは全力とは程遠いレベルにまで落ちてしまう。
「ですから武器をお持ちになっても構わないと言っているのです」
かりんの不機嫌そうな言葉にキャミィは本気で困り顔になる。
「それは出来ない。私はかりんを殺したくない」
その言葉は聞きようによってはかりんを下に見る発言ではあったが、かりんはキャミィの兵士としての実力を知っていた。
「確かに“何でも有り”の戦いだと今のわたくしではキャミィに勝てないでしょう。ですが、だからこそ“意味”があるのですわ」
傲岸不遜が服を着て歩いているような彼女が“勝てない”と素直に認めるほどにキャミィの兵士としての能力は高かった。
今はまだ年齢が若く身体が小さいため、素手での格闘の場合だと体力が上の相手にパワー負けする場面があったが、武器を使用できるのならそのハンデはなくなる。
シャドルーによって肉体は遺伝子レベルの調整を受け、心も精神操作によって改造されたキャミィは死と隣り合わせの過酷な訓練を経た結果、完全武装した一個小隊を軽く屠れる程の戦闘力を有していた。
「かりんが言う“何でも有り”の戦いを、かりんが覚える必要など無いだろう? いや、むしろ覚えてはいけないものだ」
光の下で生きるかりんが人殺しの技など覚える必要はないとキャミィは断じる。
「必要ならば闇の部分は私が引き受けよう。それぐらいしか私には返せるものが無いからな」
キャミィがシャドルーという強大な力を持つ犯罪組織から抜け出すのはかりんの――神月財閥の力を持ってしても簡単なものでは無かった。
その無理を何の見返りも要求せずに通してくれた事実に、感謝などという言葉では表せない程の恩を感じたキャミィは、再び血に
「キャミィ、貴女…」
もしもこの時、キャミィが悲壮な表情を浮かべていたのなら、かりんはこの様な発言など許さなかっただろう。
だが、キャミィが浮かべていたのは強い想い。大事な人を護りたいという決意の表情だった。
「たとえその結果、再びこの手が血に塗れようとも後悔などない。むしろ私はその事を誇るだろう」
決して後ろ向きではない。真っ直ぐと前を向いて胸を張る姿に、かりんは胸の奥に何かを感じるが上手く言葉に出来なかった。
何か言わなければ、早く言わなければ、この優しい子は再び光の差さない場所に行ってしまう。それが分かっていながらもかりんには言葉が見つからない。
どれほど強いといっても、かりんも未だ中学生の子供に過ぎなかった。
キャミィの過酷な過去を知っているからこそ、彼女の選択の重さを知っているからこそ、かりんは発すべき言葉を見つけられなかった。
「ていっ」
そんな時だった。
キャミィの頭に軽くチョップをかます空気を読まない
「痛いぞ、いきなり何をするんだ」
本当は痛くはなかったけど、頭をさすりながらキャミィは苦情を言う。
もちろん怒ってなどいない。
むしろ構ってもらえて嬉しかったりした。
「キャミィが物騒な話をしているからだよ。血に塗れるとか怖いこと言わないでよ」
「いや、私が出来るのは戦うことだけだ。そして戦うなら血に塗れることを恐れはしない。それがお前達を護る為なら私は喜んで血塗れになって戦おう」
それは引き止めたくなる凄絶な決意だったが、キャミィの強い想いを込めた言葉と、優しさをたたえた微笑に、やはりかりんは何も言えなくなる。
「ていっ、ていっ、ていっ」
「いた!?痛い!?本当に痛いぞ!?」
先ほどより強い力での連続チョップを受けるキャミィ。
今度は本当に痛いが、やっぱり構ってもらえて嬉しかったりする。
「だーかーらー!そういう危ない事は大人に任せたらいいんだよ!キャミィはまだまだ子供なんだから危ない事に首を突っ込もうとしたらダメだよ!!」
「えっ!?」
真理であった。
キャミィがかりんと同じ年齢なのは遺伝子検査で判明している。
つまりは中学2年生なのだ。
将来の職業として兵士を選びたい(つくしは反対する気だけど)という話だけなら兎も角、今は大人に守られながら学業に専念する年齢なのだ。
つくしに言わせれば、かりんとキャミィが話し合っていた内容は“こいつらは何を言ってんだ、厨二病なのか?”というレベルである。
「それにキャミィは来週から中学に編入するのに勉強しなくて大丈夫なの?」
「何の話をしている?」
「キャミィが同じ中学にですか?」
精神操作の影響が残るキャミィの正常化を目標に行われているキャミィ育成計画(責任者:柴崎)の一環で、キャミィはかりんが通う中学校に編入する事が実は決まっていた。
もちろんキャミィは柴崎から聞かされていたが、日常的な事に関しては何故かその大半が頭から抜け落ちてしまう為、キャミィは覚えていなかった。
かりんの方は柴崎に全てを任せており、柴崎からのキャミィに関する申請書は禄に見ていなかった。
つまりかりんはハンコを押すだけの簡単なお仕事に専念していたのだ。
つくしはというと、柴崎と二人でキャミィ育成計画の中心を(いつの間にか)担うメンバーになっていた。
これは柴崎の予想以上にキャミィの攻撃性が高く、迂闊に近付くだけで彼女の無意識の迎撃反応で致命傷を受けかねない事が判明した事に理由があった。
それはキャミィの迎撃反応によって、育成計画のメンバーが傷付いた事が原因になり育成計画自体が頓挫しかけていた頃の出来事だった。
かりんに連れられて神月財閥の訓練施設を訪れたつくしが偶然見かけたキャミィをビックリさせようと後ろから突然声をかけたのだ。
周囲の人間はキャミィの迎撃反応でつくしが攻撃を受けると思い息を飲んだが、予想に反しキャミィは普通に驚いた後、つくしとの再会を喜んでいた。
その現場に立ち会っていた柴崎はピカーンと閃いた。
キャミィの迎撃反応はキャミィが完全に信頼している人間には発動しないのだ。
この事に気付いた柴崎がアニマルセラピーならぬ“つくしセラピー”を実施した事は正しい選択だったのだろう。
キャミィは急速に精神的に安定していった。
それからは柴崎によって、つくしもキャミィ育成計画に参加させられるようになった。もちろんつくしは喜んで参加していた。
「キャミィが通う中学には僕の姉ちゃんも通ってるから仲良くしてやってよ」
「そうだな。つくしの姉なら私とも気が合うだろうしな」
キャミィは勉強をするのは好きではなかったが、つくしとの接点が増えそうな予感に心が弾んでいた。
「そうだ、何だったら今から僕ん家に来ない? 今日なら姉ちゃんも居てる筈だから紹介するよ」
「ああ、それはいいな。つくしの家には一度行ってみたいと思っていたから私も嬉しい」
「一度と言わずにこれから何度でも遊びに来てよ」
「ふふ、そんな事を言ったら入り浸りになってしまうぞ」
楽しげに話す二人は普通の仲の良い子供達にしか見えなかった。
先程までの強い覚悟を秘めた一人の兵士など何処にも居なくなっていた。
そんな二人の様子に見入っていたかりんはポツリと呟く。
「“つくしセラピー”凄まじい効果ですわ」
ケイ「今日から転校生が来るらしいよ」
さくら「そんなことよりつくしが女の子を家に連れて来ちゃったんだよ!」
ケイ「女の子って、彼女なの?」
さくら「本人は友達だって…」
ケイ「なんだ、それなら別にいいじゃん」
さくら「でも年上だよ」
ケイ「年上の女の子の友達…小学生ならおかしくないのかな?」
さくら「その女の子は私達と同い年だよ」
ケイ「うーん。小学生の男の子と中学2年の女の子か…難しいところだね」
さくら「そうだよね!」
ケイ「でも、私もつくし君の友達だといえるからそこまで変じゃないのかも」
さくら「ケイは私の親友なんだから特別だよ!」
ケイ「私がつくし君の特別?」
さくら「違うわよっ!!」
ケイ「あはははっ、つくし君がシスコンならさくらはブラコンだね」
さくら「ブラコンじゃないわよっ!!私は姉として弟を心配してるだけよっ!!」
ケイ「はいはい、じゃあ相手の女の子のこと調べてみましょう」
さくら「うん、やっぱり持つべき者は親友だよね!」
ケイ「もう、さくらは調子がいいわね」
さくら「へへっ、でも……つくしってば、シスコンなんだ。えへへ」
ケイ(やっぱりブラコンね)