さくらのクラスに転校生がやってくる。
朝からその話題で騒々しい教室で、さくらは一人考え込んでいた。
それは昨日のことだ。
それまで女の子に興味など示したことのなかったさくらの弟が、突然家にガールフレンドを連れてきたのだ。
それもわざわざ自分に紹介するために連れて来たらしい。
さくらは自分でも姉弟仲は良いと思っている。
それに同じストリートファイターを目指す仲間でもあるし、その自分に初めてのガールフレンドを紹介したいと思うのも不思議ではないだろう。
でも相手の女の子が明らかにつくしより年上だった。おそらくは姉である自分と同じぐらいだとさくらは思っている。
そして金髪碧眼の美少女だが、頬に傷のある鋭い目つきの持ち主だ。
これで心配しない姉などいないだろう。
「さくら、どうしたのよ、元気ないみたいだけど?」
さくらが顔を上げるとそこには、親友のケイが心配そうな顔で自分の様子を伺う姿があった。
「なんだ、ケイか。なんでもな…」
言葉の途中でさくらは、最近気になっていたもう一つの件を思い出す。
さくらとケイは、幼い頃からの親友だった。その為、自然とさくらの弟とも仲良くなった。
ただ、やはり男女の違いと、歳の差があったため最近は疎遠になっていた。
最近ではつくしがゲーム大会に参加する時に、自分の都合が悪かったため引率を頼んだのみで、他の接点は無かった“はず”だった。
「この間、つくしと喫茶店にいたよね」
それはケイが騒動に巻き込まれた時に知る事になった、つくしの師匠の件が切っ掛けだった。
あの騒動の日、ケイはつくしから事情を白状させると、彼が色々と危険な目に遭っている事を知ることになる。
つくし本人の危機感は弱く、つくしの事を弟のように思っていたケイは、能天気に笑いながら説明する彼を放って置けなくなる。
それ以降、頻繁につくしを呼び出しては様子を伺うようになった。
そうなると、ケイとつくしは元々仲が良かったため、ついでに遊ぶようにもなる。
ただ、師匠の件についてはさくらに内緒にする事を約束したため、ケイは内心では焦りながらもシレッと答える。
「なんだ、見てたんなら声を掛けてくれたら良かったのに。この間、偶然つくし君と会ったからお茶してたんだ」
アハハと、笑いながら答えるケイの様子におかしい所はないようにさくらには見えた。
だけどさくらは、自分の男女に関する眼力など微塵も信用していなかった。
さくらは思い切って、直接的な言葉でケイに確認することにした。
「ケイはつくしにおっぱいを触られても平気かな?」
ぶほぉおおおっ!!と、まるで漫画のように吹き出すケイに、さくらは確信を深めるのだった。
「やっぱり、そうなんだ」
「ゲホゲホッ、ちょ、ちょっと待ちなさい! 何を勝手に納得したのかを聞かせなさい!」
ケイは訳の分からない事を言い出した親友を問い正すが、親友は曖昧な笑みを浮かべるだけだった。
(昔なら弟同然のつくしにおっぱいを触られても平気だったケイが、こんなに取り乱すなんて、やっぱりそういう事なんだ)
小学校“低学年”の頃を思い出しながらさくらは、更なる心配事を思い出す。
それはさくら達が海外旅行から戻って来た頃の話だった。
旅行中につくしと仲良くなったかりんが、さくらと遊びに行く時に、つくしを連れてきても構わないと言い出したのが始まりだった。
さくら達は、姉弟でも遊びに行くタイプだったため、深く考えずにつくしを誘うようになった。
そんなある日、さくらが急用で約束をキャンセルしようとした時の事だ。かりんはつくしと二人で遊びに行くと言い出した。
その時のさくらは「そっか、じゃあ二人で楽しんで来てね!」と、約束をキャンセルする心苦しさから解放されたため、能天気に答えただけだった。
しかし問題はそこから始まった。
それ以来、かりんがつくしと二人だけで会うようになったのだ。
かりんは、つくしと二人でも楽しいからと簡単に言うが、あの“かりん”が言ったのだ。
その言葉に、どれ程の重みが込められているのか、能天気なさくらでも察する事は容易だった。
頬に傷のある金髪碧眼の美少女で、一筋縄ではいかない雰囲気を持つ年上の女の子。
姉の親友で、本人も幼い頃から姉のように慕っていた年上の女の子。
姉の友達で、世界的財閥の次期総帥で途轍もなく気の強い年上の女の子。
弟は、紛れもない年上好きであり、難易度の高い女の子ばかりだと、さくらは頭を抱えてしまう。
しかもそれなりに脈が有りそうなのが、我が弟ながら恐ろしい。
「よし、今度火引さんに相談してみよう」
さくらは数少ない男性の知り合いに相談してみる事にした。
しかしその事が、とんでもない騒動を巻き起こす事になろうとは、この時のさくらには想像もつかない事だった。
*
今日は久しぶりに行われる、かりんとつくしの特訓の日だった。
この2週間程の間は二人の都合が合わなかったため、特訓が中止になる事が続いていた。
「ふふ、つくしも自分のスタイルを掴み始めたようですわね」
久しぶりにみる弟子は、現時点での弱点である攻撃力の低さを補うために、相手の力を利用する合気道などの技術を取り入れ始めていた。
その事をかりんは嬉しく思う。
何故ならそれは、かりんが考えていた彼に必要な技術と同じものだったからだ。
弟子が自分自身で己の弱点に気付き、その克服が出来るようにと、あえて答えを口にするのを我慢していたかりんは、期待通りの成果をみせてくれた事に上機嫌になる。
「うん、でも今の体格に合ったスタイルだから、これから成長して筋骨隆々の大男になったら見直す必要があるけどね」
ニコニコとしていたかりんの笑顔が僅かに引きつる。
「つ、つくしが筋骨隆々とした大男に…ですか?」
恐る恐るといった感じで、かりんはつくしに確認する。
「うん、僕の理想はザンギエフさんだからね!」
元気一杯に答えるつくしの姿に、かりんは眩暈をおぼえた。
日本人として平均的な体格のつくしが、ザンギエフを目標とする――無謀としか思えなかった。
「あの、えと、そのね、つくしとザンギエフ殿ではですね、なんと言いますか、人種も違いますから、あのですね…」
他人に気を使わない事に関しては右に出る者はいないグランプリを開催すれば、ぶっち切りで学年一位になるだろう彼女が、珍しく気を使って言葉を濁していた。
「かりんさん、別に僕はザンギエフさんと同じぐらい大きくなれるなんて思っていないよ」
かりんが気を使っている事に気付いたつくしは、苦笑交じりに言う。
「そうですわよね! 日本人のつくしがザンギエフ殿のような『身長は190センチぐらいで我慢しようと思っているんだ』はい?」
つくしの言葉にホッとしたかりんだったが、すぐさまカウンターがくる。
かりんの顔が再び引きつっていく。
「実は内緒にしていたけど、あれから一リットルの牛乳を毎日欠かさず飲むようにしているんだ!」
つくしは誇らしげに胸を張ってかりんに告げる。その瞳は、かりんをジッと見つめたままだ。かりんには何かを期待しているように見えた。
(柴崎、つくしがドヤ顔でわたくしを見つめたまま動きませんわ)
(つくし様はきっと、師匠であるお嬢様に隠れた努力を褒めて欲しいのだと推察されます)
(柴崎、つくしが牛乳を飲み続けて190センチになれる可能性があると思いますか?)
(以前にキャミィ様の遺伝子検査を行ったついでに、つくし様の遺伝子検査も行いました)
(それで結果は如何でしたの?)
(あくまで遺伝子検査上での話ですが、つくし様が日本人の平均を大きく越える可能性は0パーセントです)
(…柴崎、後は任せましたよ)
(お嬢様っ!? 逃げないで下さいっ!!)
意思の疎通をアイコンタクトのみで行う主従に気付かないまま、つくしはのんびり考えていた。
“煮干しも毎日食べてる事を言ってみようかな”
*
つくしは衝撃的な事実をかりんに告げられた。
なんと、神月流格闘術の真髄を学ぶ為には、大き過ぎる身体では不都合があるというのだ。
確かに神月流格闘術は、日本人の為の格闘術ゆえ、日本人として平均的な体格でなければ習得が難しくても不思議ではないだろう。
かりんの咄嗟の機転の効いた言葉は、予想以上の説得力を持って、つくしの心に届いた。
それゆえにつくしは本気で考えた。
“今が僕の人生の岐路かもしれない”
つくしは思い出す。
かりんとの厳しくも楽しい日々を。
つくしの心に蘇る。
あの日のたくましい背中を。
つくしは、かりんに目を向ける。
自分に優しくしてくれる、年上で強い女性。このままだとずっとこの人に守られたままだろう。
僕はこの人を守れるほどに強くなりたい。
その為には同じ道を歩んでは不可能だろう。
僕は決めた!!
「かりんさん! 僕は決めたよ、僕はっ」
「そういえば、来月に神月財閥で開催する格闘大会にケン・マスターズが参加するのですが、わたくしの弟子であるつくしには、特等席の準備をしてありますわ。それと私からお願いすれば、ケン・マスターズの個人レッスンも受けれますわよ」
かりんさんはにっこりと笑いながら僕を見つめている。
僕はかりんさんの目を真っ直ぐに見つめ返すと宣言した。
「僕は神月流格闘術を極める為に牛乳と煮干しをやめます!!」
ケン「俺の出番が近そうだな」
ザンギ「オレの後では影が薄くなるだろうが、それは諦めてくれ」
ケン「あれ、この俺が雑魚扱いされているのか!?」
ザンギ「だってお前は、ここの主人公とは格闘タイプが違うだろ?」
ケン「それが関係あるのか?」
ザンギ「基本的にオレ達は師匠的立場で主人公と接する事になる」
ケン「そうか、さすがに年が違いすぎてファイトは無理だよな」
ザンギ「それで、格闘タイプが違うお前は何をするんだ?」
ケン「…ゲームの師匠とか?」