「昇竜拳ならマスター出来るかも?」
ケン・マスターズの指導を受けれると聞いて、最初に思ったのはこの事だった。
遠距離攻撃の波動拳は確かに魅力的だけど、残念ながら僕では気質的に向いていない。
だけど、ケン・マスターズの代名詞ともいえる昇竜拳なら可能じゃないだろうか?
「そうですわね、確かに昇竜拳ならつくしにも可能性はありますわ」
かりんさんに尋ねてみたら肯定してもらえた。
「それなら僕は昇竜拳を「ですが!」かりんさん?」
かりんさんの肯定に意気込む僕をかりんさんは強引に止める。
「ですが、昇竜拳は一見、只の強力なアッパーカットに見えますが、その内実は途轍もない量の気を込めた一撃必殺の剛の拳ですわ」
「剛の拳……つまり、柔の拳を学んでいる僕には不向きの技ってことだね」
「ええ、残念ですがその通りですわ」
かりんさんは眉を下げて本当に残念そうにしている。
僕が昇竜拳を身につけたら確実な決め技になるだろう。だからこそ僕の師匠であるかりんさんも惜しく思ってくれる。
僕がかりんさんから指導を受けている神月流格闘術は、様々な格闘術からも技術を受け入れているから昇竜拳を受け入れる下地もある。
だけど問題は神月流格闘術ではなく、僕の方にあった。
僕の身体は決して大きくはない。もちろんチビだというわけじゃないけど、あくまでも標準体型だ。
対して格闘界では化け物のような巨漢は珍しくなく、そんな巨漢を相手に真正面から挑むのは自殺行為だ。
その為、僕は合気道を中心とした相手の力を利用する技術を磨いている。
この事はかりんさんも賛成してくれていて、神月流格闘術の指導も柔の技法をメインとしている。
つまり、僕の戦闘スタイルは柔の拳だから、そこに剛の拳の昇竜拳を組み込むと、僕の戦闘スタイルを崩すことになってしまうんだ。
まあ、実際に想像すれば分かりやすいと思う。
僕の得意とする投げ技や関節技を使っている最中に全身の気を集中して爆発させる打撃技の昇竜拳をどうやって組み込むんだって話だ。
……いや、待てよ。
かりんさんも僕と同じで標準体型だよね。
そして、かりんさんは柔の拳も使えるけど、剛の拳の方をメインに使っているよね。
つまり僕も柔と剛、両方の拳を身につければいいだけの話じゃないかな?
その時々に応じて、柔と剛の拳を使い分ければいいんだよ。
うんうん、考えてみれば神月流格闘術の極意は人のリミッターを外して、人外の力を使っての闘法にある。
むしろ、柔の拳よりも剛の拳の方が適正があるのかも!
「つくし、貴方が考えている事は大体分かりますが、それは無謀ですわ。つくしとわたくしでは基礎となる身体の造りがそもそも違いすぎますもの」
むむ!?
それはどういう意味なのかな?
今現在の話なら確かに修行不足の僕よりもかりんさんの方が体力はあるだろうけど、僕だって修行をしているんだ。将来は女性のかりんさんよりも体力的には上回れるはずだ。
「あの、つくし。貴方が考えている事は大体分かりますが、わたくしは女ではあるのですが、外見で分かる通り、わたくしには狩猟民族の西洋の血が混ざっています。つまり、農耕民族の日本人であるつくしよりも筋肉などの質そのものが……その、つくしよりも恵まれているのですわ」
かりんさんは非常に言いづらそうにしながらもハッキリと口にした。
僕よりも筋力が上だと。
「それはいくら何でも言い過ぎだよ、かりんさん。総合的な体力なら兎も角として、気の力を抜きにした単純な筋力なら今だって僕の方が強いと思うよ」
僕は姉ちゃんにだって、腕相撲なら勝てるんだよ。
その姉ちゃんと同い年のかりんさんになら勝てる自信がある。
僕はかりんさんの二の腕に目を向ける。その腕は引き締まっていて瞬発力はありそうだけど、パワーがあるようには見えない。
うん、負ける気なんか全然しないよ。僕にだって男としての自信があるからね、かりんさんと腕相撲勝負をしたっていいよ。
「そ、そうですわね。さくらさんに勝てるのでしたら、もしかしたらわたくしにも勝てる……希望があるのかも……あればいいなあ……あると信じたいなあ……わたくしの弟子だもの……そ、そうですわ! 指相撲にしませんこと?」
そんなことを言い出すかりんさんの顔には、僕を気遣う気持ちがありありと浮かんでいた。
「うがーっ!! そこまで言われたら僕だって男だからね!! 絶対に負けてなんかやらないよ!!」
こうして、かりんさんと僕の腕相撲勝負の幕は切って落とされた。
***
僕の提案で、腕相撲勝負には姉ちゃんとキャミィも呼ぶことになった。
「ふっふっふっ、僕の勇姿を皆んなに見せてやるぞ!」
「勇姿って、女の子相手に腕相撲に勝つのって自慢のなるのかなあ?」
うるさい。姉ちゃん黙れ。
「ふふ、流石はつくしだ。自信のほどが身体中から溢れているな」
うんうん、やっぱりキャミィは分かっているよね。僕が年上とはいえ、女の子相手に負けるわけがないよ。
僕がキャミィの言葉に頷いていると、かりんさんが気が進まなそうな顔で現れた。
「かりんさん、大丈夫なの? 元気がないよ」
「さくらさん……(この勝負、止めて下さいませんか?)」
「かりんさん……(やっぱり、つくしに勝ち目はないの?)」
「さくらさん……(百回すれば百回ともわたくしの勝ちですわ)」
「かりんさん……(あたしが止めてもやめそうにないし…わざと負けるわけにはいかないのかな? 腕相撲勝負で負けたらつくしの奴、もの凄く落ち込みそうだよ)」
「さくらさん……(わたくしも出来ればそうして差し上げたいのですが……わざと負けるのってどうすればいいのかしら?)」
「かりんさん……(かりんさん、そういう演技下手そうだもんね。うーん、もしもわざと負けたのがバレたら余計につくしの奴、落ち込みそうだなあ)」
「さくらさん……(うう、一体どうすればいいのかしら? そ、そうだわ! わたくし今から劇団に入団して演技の勉強をしますわ! わたくしが演技をマスターするまでの間、さくらさんにこの場はお任せしますね!)」
「かりんさん……(現実逃避は止めようよ。それのしても、えへへ)」
「さくらさん……(何をお笑いになっているのかしら?)」
「かりんさん……(うん、かりんさんがつくしの気持ちを本気で気にかけてくれてる事が嬉しくてさ)」
「さくらさん……(それは当然ですわ。つくしはわたくしの可愛いデ……ではなくて、そ、そう、大事な友人ですもの)」
「かりんさん……(えっ、あたしの弟だからとかじゃなくて、かりんさん自身の大事な友人扱いなんだ……ムムム、まさかの脈アリなのかな?)」
「さくらさん……(どうされたのかしら? さくらさんには似合わない難しい顔をされたりして)」
「かりんさん……(似合わないは余計だよ!)」
「つくし、あの二人はどうしてずっと見つめ合いながら名前を呼びあっているんだ?」
「さあ? 親友同士の目と目で語り合うってやつかな?」
よく分からないけど、姉ちゃんとかりんさんは盛り上がっているみたいだから、しばらくソッとしておこうかな。
「そうか。私には理解不能なコミュニケーション技術があるのだな」
「そう難しく考えなくても大丈夫だよ。ほら、団体競技でのアイコンタクトみたいなものだと思えば簡単だろ」
僕も時々、柴崎さんとは男同士の熱い語り合いを目でしたりするから、キャミィも慣れれば出来るだろう。
「ああ、つくしが柴崎と責任の押し付け合いとかをしている時のあれだな」
それなら理解できると、僕としては非常に不本意な納得のされ方をされた。
「つくしも出来るのなら、私もできるか試してみよう。協力してくれ、つくし」
「うん、いいよ」
キャミィの頼みを受けて、僕は彼女と視線を合わせた。
「ジーーーーーーーーーー」
キャミィの青い瞳が僕を見つめている。
こうして見ていると、キャミィの瞳はとても澄んでいて綺麗だという事がよく分かる。
瞳は心の窓という言葉が表す通り、キャミィの純粋な心が伝わってくるようだ。
キャミィも僕の瞳を見て、同じ事を考えているのかな? つくしの黒い瞳は綺麗だな。なんてね。
「つくし、目が充血して血走っているが寝不足なのか?」
……そういえば昨日は夜遅くまでゲームをしたんだっけ。
「ダメだぞ、つくし。子供は早く寝るべきだ」
「キャミィに子供扱いされるほど年は離れていないよね!?」
「そうなのか? 私はつくしの姉と同じ年だぞ」
「姉ちゃんと僕は姉弟だから同じ子供だよ! つまり、キャミィも僕と同じ子供なの! だから大人ぶった小言はしないでよ!」
「ふふ、子供扱いをされて怒るのは子供の証拠らしいぞ」
キャミィが微笑ましそうな笑みを浮かべながら僕を見つめている。
くそう、キャミィに変な事を教えているのは誰だ!?
まったく、どうやらキャミィにも僕の男としての凄さを教えてあげる必要がありそうだな。
「キャミィ、僕と腕相撲勝負をしないか?」
「腕相撲勝負? かりんとやる前に私とやりたいのか? つくしがやりたいのなら私は構わないぞ」
キャミィは首を傾げながらも準備しておいた腕相撲用のテーブルに移動すると右手を構えた。
ククク、かりんさんの前にキャミィを倒してやる。
そうすれば、キャミィも僕を子供扱いするのを止めるはずだ。
「キャミィ! 手加減無用だぞ!」
「わかった。全力でいかせてもらう」
キャミィの手を握っても特に強さは伝わってこない。柔らくて小さい女の子らしい手だ。
これじゃあ、男の僕が本気を出すのが大人気ないと思われるかもだけど、今回だけは特別だ。
キャミィ、そしてかりんさんに男の強さを教える為だからね。
「いくぞ、キャミィ!! レディーゴー!!」
僕の合図で勝負の火蓋は切って落とされた。
「さくらさ……えっ!? どうしてお二人が勝負をされているのかしら!?」
「かりんさ……ちょっ!? キャミィ、本気を出しちゃ『バァアアアンッ!!』遅かったか…」
合図を告げた次の瞬間、僕の右手は爆発したような衝撃を受けた。
「す、すまない、つくし。ち、力加減を間違えてしまった……」
キャミィが真っ青な顔になっている。
「柴崎っ!! 至急、医療班を回しなさい!!」
かりんさんが珍しく大慌てで叫んでいる。
「まあ、つくしの自業自得みたいなもんだから、仕方ないよね」
姉ちゃんが心配そうな顔をしながらも肩を竦めていた。
僕は自分の右手を見る。
とても硬いはずのテーブルに深々とめり込んでいた。
その事を正確に認識した瞬間、僕の右手から途轍もない痛みが伝わってきた。
「グウッ!?」
痛みのあまり身体が震え出す。そして、顔中から脂汗が流れる。
「グッ、ググッ…」
本当は泣き叫びたい。
だけど、僕は歯を食いしばって痛みに耐える。
身体が勝手にのたうち回りそうになる。
だけど、僕は下腹に力を込めて踏み止まる。
そして、僕は口を開く。
「あ、あはは…や、やっぱり、女の…子…あ、相手に、男の…ぼ…僕が……ほ、ほん…きは、だせな、いや。きょ、うは……キャ、キャミィに…花を持たせて……あ、あげる…よ」
よし、最後まで言い切った…ぞ。
「「「つくしっ!?」」」
この日、僕の記憶はここで途絶えた。
さくら「そういえば、かりんさんもキャミィさんと知り合いだったんだね」
かりん「え、ええ、わたくしもキャミィさんとは友人関係ですわ」
さくら「あたしは最初、つくしに紹介されたんだけど、次の日にクラスに転校してきたからビックリしたんだ。かりんさんとは昔からの友人だったの?」
かりん「そ、そうですわね。昔からの友人ですわ」
さくら「つくしはいつキャミィさんと知り合ったのかなあ?かりんさんは知ってるの?」
かりん「そ、それはその……わ、わたくしの屋敷だったかしら?よ、よくは覚えていませんわ」
さくら「かりんさんの屋敷……」
かりん「あ、あの、さくらさん?どうされたのかしら?」
さくら「かりんさん……つくしを屋敷に連れ込んでいるの?」
かりん「うっ!?持病のシャクの発作が!病院に行きますから今日はこれで失礼しますわ!!」
さくら「かりんさん、頭をおさえていたけど、シャクってお腹の病気だよね。今日は様子が変だったけど大丈夫かなあ?」