つくしがんばる!   作:銀の鈴

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第七話「赤きサイクロン」

それは見上げるような巨大な背中だった。

 

「少年よ、見事だ」

 

僕の眼前に背を向けて立つ巨漢は、振り返る事なく僕を称賛した。

たが僕はそれに激昂を持って応える。

 

「邪魔だっ!!僕の前から退きやがれっ!!」

 

僕に前に立つ筋肉の塊のような巨漢の向こう側にいる黒服共から動揺している気配が伝わってくる。

あいつらを絶対に行かせるわけにはいかなかった。

 

「それともお前から倒されたいかっ!!」

 

既にボロボロの身体からは悲鳴が上がっている。

そして、巨漢から伝わってくる気配は間違いなく強者のものだ。

戦っても勝てる可能性など僅かすらもないだろう。

だが、僕は戦うという選択肢しか選ぶつもりはなかった。

 

「先ずは詫びよう、勇気ある少年よ。貴殿の誇りある戦いを汚してしまった」

 

巨漢の静かだが深みのある声に、頭に上っていた血が少しだけ下がった。

 

「いや、こっちも悪かった。ただ、そこを退いてほしい。あいつらを行かせるわけにはいかないんだ」

 

「もうひとつ詫びよう、誇り高き少年よ。貴殿の退くことが出来ぬ戦いを奪うことを」

 

その言葉と同時に巨漢は宙高く舞った。

 

黒服達は10m近い高さまで巨漢が舞うという信じられない光景に動きを止めていた。

 

「喰らえいっ!!我が鋼の肉体を!!」

 

そこには技術も理論も介在する余地などない。ただ鍛え上げられた“純粋な筋肉”があった。

 

殆どの黒服共は巨漢の鋼の肉体に押し潰されたが、幾人かは運良く潰されずにいた。

だけどそれが運が良かったのかは疑問だろう。

なにしろその後は、その鋼の肉体から繰り出される芸術的にすら思える数々の投げ技で倒されていったのだから。

 

僕は最後の黒服が倒されたのを見届けた後、意識を失った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

《三時間前》

 

僕は窮地に陥っていた。

 

「かりんさん何処にいるのっ!?」

 

僕は迷子になっていた。

 

「かりんさーん!!」

 

きっと僕は調子に乗っていたんだ。

姉ちゃんの真似をして、かりんさんの手を離して行動をしてしまった。

最初はかりんさんの姿が見える範囲で行動していた。

それが段々と距離が伸びていったんだ。

だって、かりんさんはやっぱり女の子だから僕とは見たいお店が違うんだ。

そしてそんなお店同士は離れている。

気がついた時には、かりんさんの姿が何処にも見えなかった。

 

「うぅ…どうしよう」

 

「男のクセに何を泣いているんだ?」

 

「泣いてなんかっ…え?」

 

声をかけられて反射的に答えかけた僕だったけど、目の前に立っているのが知らない女の子だと気付いて言葉を失う。

 

「いや、泣いていたぞ」

 

女の子は長い金髪を二本の三つ編みで纏め、左の頬にある傷と鋭い眼光が印象的だった。

 

「君は日本語がわかるんだ!」

 

「ああ、少しだけな」

 

「やったぁあああっ!!」

 

正にこれこそ天の采配というやつだ。

見知らぬ異国の地で迷子になった途端、日本語の分かる子に出会えるなんて、しかもこの子って、気の強そうな雰囲気がかりんさんに似ていて外国人でも話しやすいよ。

 

「“やったあああ”って、どういう意味だ?」

 

「えっと、どう言えばいいんだろ?」

 

これまでの人生で“やった”という言葉の意味を考えた事などなかった。

意識せずに喋っているし、聞いた時も意識せずに理解していた。

自分が喋っている言葉の意味を問われることがこんなに難しいなんて。

外国語が喋れる人ってやっぱり凄いんだな。

 

「えっと、初めて訪れた異国の地で、君に出会えた事はきっと神様が、君と僕とを此処で出会わせる為に運命の采配をしてくれたんだと思うんだ。だから嬉しくて、その嬉しいと思う感情が思わず口から溢れたのが“やったあああ”って言葉なんだよ。分かったかな?」

 

「ああ、日本語が話せる事と、日本語を教えられる事は、別物という事がお前の説明でよく分かった」

 

「うんうん、分かって貰えたんなら嬉しいよ」

 

流石は僕だ。

生まれてからずっと日本人をやってるんだから日本語の説明ぐらい本気になれば出来るのさ。

 

「やっぱり日本語は難しいな。私の言葉が正しく伝わっている気がしない」

 

「大丈夫だよ、ちゃんと伝わっているよ!」

 

彼女は自分の日本語力に不安を覚えているようだけど大丈夫。

こうやって分からない単語があれば直ぐに聞くほど勉強家なんだから直ぐに僕レベルになれるよ。

 

「・・・私達が出会えた事は運命か」

 

「うんうん、この出会いを大事にしよう!」

 

僕はフレンドリーに彼女の手を握ると近くにある喫茶店に誘う。

これで道案内も確保出来たし、急いでかりんさんと合流する必要もないからね。

彼女にお礼の前払いで甘いものでもご馳走しよう。

決して慌てたせいでお腹が空いたわけではないよ。

 

「これを食べていいのか?」

 

「もちろんだよ、足りなかったら好きなだけお代わりしてよ」

 

僕達の前にはパフェとケーキとジュースが並べられていた。

彼女はメニューは読めるけど、どんな物か分からないというから代わりに女の子が好きそうな物を注文した。

 

「甘くて美味しいな」

 

「それは良かった、いっぱい食べてよ」

 

「うん」

 

食べながら僕は自分の事情を説明した。

迷子という事は上手く誤魔化して説明出来たと思う。

 

「そのホテルなら分かるから案内できる。そうか迷子で心細かったから泣いていたんだな」

 

上手く説明出来てなかったみたいだ。

口止めはしておこう。

 

「ふふ、分かった。お前の仲間には内緒にしよう」

 

微笑ましいものを見るような顔をされてしまった。

 

「そうだ、僕の名前は春日野つくしって言うんだ。名前で呼んでほしいな」

 

苗字だと姉ちゃんと区別がつかないからと続けるけど、なぜか彼女は暗い顔になる。

一体どうしたのか事情を訪ねてみた。

 

「私には記憶がないんだ。だからつくしに返せる名前が私にはない」

 

「ふぇ!?」

 

なんだってぇえええっ!?!!??!!!

 

かつてない程の驚愕が僕を襲う。

記憶がないだって!?

そんなとんでも無い話がこんな何気無い会話でポロッと出るなんて、やっぱり外国は日本とは違うな!!

 

それから彼女から色々と話を聞いた。

突っ込んで聞いていい話なのかは分からなかったけど、聞いたら素直に話してくれたから聞いて良かったのだろう。

 

「怪しい組織に捕まって記憶を奪われた上で、人を殺す訓練をさせられていた…」

 

「ああ、そうだ。それと礼を言わせてほしい」

 

「礼…?」

 

「私の話を聞いてくれてありがとう。これで私は誰にも知られずに死ぬわけじゃないと思うと…心が楽になった」

 

そう言って彼女は笑顔をみせた。

 

ドガアアアア!!!!

 

「つ、つくし…?」

 

その笑顔をみた瞬間、何かが込み上げてきた。耐えきれないその何かに僕は目の前のテーブルに拳を叩きつけていた。

 

「…君に名前を贈らせてほしい。嫌かな?」

 

僕の言葉に彼女が目を見張る。

 

「い、嫌じゃない!私に名前を付けて欲しい!」

 

それまで常に冷静だった彼女が動揺した。その事がなぜか分からないけど嬉しかった。

そして、僕は彼女に名前を贈ると考えた時に自然と浮かんできた名前を口にする。

 

「キャミィ」

 

「キャ…ミィ…?」

 

「そう、君の名前はキャミィだ!」

 

「キャミィ、私の名前はキャミィ…」

 

彼女は…キャミィは噛みしめるように自分の名前を口にする。

 

このときの僕は、非常に他力本願で嫌になるけど、かりんさんに土下座してでもキャミィの事をお願いしようと思っていた。

 

だけどこの後、世界というものは僕みたいな子供が考えるほど優しいものじゃない事を思い知ることになる。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

僕達はホテルに向かっていた。

かりんさんが戻っているかは分からないけど、キャミィは追われている可能性が高いから高いセキュリティに守られているホテルにいる方がいいと思ったからだ。

 

キャミィが組織から逃げられたのは偶然にも訓練中に乗っていたヘリコプターが故障で墜落したかららしい。

乗っていたヘリコプターは墜落のショックで爆発したそうだけど、キャミィだけは墜落する寸前にヘリコプターから飛び降りて助かったらしい。

墜落中のヘリコプターから飛び降りて助かるものなのか非常に疑問ではあるけど。

 

「私は丈夫だからな!」

 

そう言って胸を張るキャミィ。

あれ?なんか性格が変わってきてない?

 

「まあ、いっか。それより早くホテルに戻ろう」

 

その時、僕達の進路を塞ぐように車が突っ込んできた。

車から黒服の男達が降りてくる。

 

「まさかと思っていたが本当に生きていたか」

 

「やはり化け物はしぶといな」

 

「おい、急ぐぞ。人目にはつきたくない」

 

「男のガキはどうするんだ?」

 

「ハッ、化け物のくせに男をたらし込んだの…カハッ!?」

 

あれ?

 

黒服達が喋ってる間に逃げる方法を考えていた筈なのに、気付いたら一人の黒服に肘を叩き込んでいた。

 

「ゲホゲホッ、このクソガキがっ!ブッ殺せ!!」

 

“裡門頂肘”黒服が油断してくれていたお陰でまともに喰らってくれた。

僕が使える打撃技だと最強の威力を誇るけど、一撃だとやっぱり倒しきれなかったな。

 

「私を置いて逃げろ。逃げる時間は私が稼ぐ」

 

「うん、キャミィはそう言うと思ったよ。だけどそれは聞けないよ」

 

「今は言い争っている時間はないんだ!お前に出会えて良かった。僅かな時間だったがお前に出会えた運命を神に感謝しよう。さあっ、早く行けっ!!」

 

キャミィは黒服達の元に走り出そうとしたけど、そんな事は僕は許さない。

キャミィの肩を掴むと強引に後方に放り投げる。

 

「なっ!?なんだこの力はっ!!」

 

思った通りキャミィは上手く着地してくれた。だけど、たかが12歳の僕が自分を放り投げるなんて荒技をみせたことに驚いている。

そして僕の思惑通りに黒服達も警戒して動きを止めて様子を伺っているぞ。

 

「時間稼ぎは僕がやる。キャミィはホテルに急いで助けを呼んでほしい。それが助かる確率が一番高いはずだ!」

 

僕の言葉にキャミィは苦しそうな表情になるけど、僕の力をみせたお陰でなんとか自分自身を納得させてホテルに向かってくれた。

向かう前に、僕が死んだら私も後を追って死ぬから絶対に死ぬなと言われたけどね。

…ホントに後を追ったりしないよね?

 

「さて、本気を出しちゃおうかな」

 

僕は黒服達と対峙しながらズキズキと痛む身体に苦笑してしまう。

黒服への一撃とキャミィを投げただけで既に限界に近い頼りない身体だった。

 

自己暗示と気の操作による一時的な身体強化…という名のただのリミッター外し。

それが僕の本気の正体だった。

 

人の筋肉が最大の力を発揮すると、その負荷に身体が耐えられないというのはよく聞く話だ。

そしてそのリミッターを外すことによって普段以上の力を発揮するというのもよく聞く話だね。

 

かりんさんからは絶対に使うなと言われていた。

何しろ今のかりんさんでも30秒しか耐えられないらしい。

そんな危険な技を教えてくれた理由は、これが神月流格闘術にとって必要不可欠な技である事と、後はいざという時の保険らしい。

もしも僕に死の危険が迫った時に一瞬だけ使って窮地を脱しろって言っていた。

それでも3秒以上は使うな。使えばその時は助かっても直ぐに死ぬって言われた。

 

そして、最後にこうも言っていた。

 

“もしも、己の死を覚悟しても望むものがあるのでしたら、己の誇りにかけて譲れないものがあるのでしたら、その時は思う存分に使いなさい。わたくしが許します。神月流格闘術の恐ろしさをたっぷりと思い知らさせてあげなさい”

 

「つまり今が使い時ってヤツだ!!」

 

今にも倒れそうな身体に力を注ぎ込む。

全身の筋肉が軋むのが分かる。

だけど、その痛みさえ既に朧げになっている。

つまり、全力を振るっても痛くないわけだ!!

ヒャッホウだぜ!!

 

自分でも知らない間に頬が釣り上がっていく。

まるで泣き笑いのような形相に黒服達が気圧されて一歩下がる。

だけどそれだけだ。

黒服達も暴力のプロだった。

目の前の小僧を仕留めてキャミィを追うために足を進める。

 

これ以上の足止めは無理だろう。

なら最後に暴れさせてもらう。

僕は家族とかりんさんそしてキャミィの顔を思い出してから最後の覚悟を決める。

 

その時だった。

 

彼が現れた

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

小国との親善交流ということで、オレはこの国に来たが何故か相手側から一切の連絡がなかった。

 

恐らくは騙されたのだろう。

 

オレのように有名になり過ぎるとこの様な嫌がらせも頻繁に起きる。

これもオレの筋肉に嫉妬する小者共のせいだ。

 

オレは多少、気を荒くしていたがこの程度で激怒するほどオレの筋肉は安くはない。

 

帰りの便まで暇つぶしにと街を散策していると、街で微笑ましいカップルを見つけた。

少年はまだまだ筋肉量は少ないが、歳の割によく鍛えていることが服の上からでも分かった。

少女の方もしなやかさの中に強さを感じる良い筋肉を持っている。

国籍は違うようだが、仲良く甘い物をパクつく姿は頬を緩ませる。

 

オレは少し心が癒されて再び街の散策に戻る。

 

暫くすると何処かで車の急ブレーキ音が聞こえてきた。

このような閑静な場所で珍しいと思い、その音が聞こえた場所へ向かった。

 

そこでオレは先ほどの少年と再会する。

 

少年は獰猛に笑っていた。

その鬼気迫る笑みにこのオレですら一瞬だが怖気が走った。

だが、直ぐに驚嘆する。

少年は既に満身創痍だった。

少年の敵であろう黒服達は気付いていないだろう。だがオレの耳には聞こえていた。

少年の全身の筋肉が悲鳴を上げているのが、そして同時に筋肉が歓喜の声を上げているのが、オレには聞こえていた。

 

大事に鍛えられた筋肉が己の主人の為にその持てる力の全てを…いや、持てる以上の力を振り絞り、主人の為にと怒号を発して敵に立ち向かわんとするその勇姿はオレの心に火をつけた!!

 

なんという猛々しくも健気な筋肉なのだっ!!

まだ幼いとも言える主人の矜持を守るためだろう!!

限界を迎え!!限界を越え!!限界を打ち破らんとする神々しい姿!!

 

だがその尊き想いが今まさにオレの前で潰えようとしている!!

突然、オレの筋肉が落雷の如く天命に気付く!!

オレがこの国に来たのはこの天に愛されし筋肉を救う為だったのだぁあああっ!!

 

オレの筋肉が跳躍する!!

黒服達の眼前に降り立ちオレの筋肉が少年を守るために燃え上がる!!

 

そして神に愛されし筋肉の主たる少年によくぞここまでの筋肉を育てたと賞賛の言葉を贈ろう!!

 

「少年よ、見事だ」

 

 

 

 




つくし「その勇姿はまさに英雄と呼ぶに相応しかったよ」
さくら「そ、そうなんだ」
つくし「鋼の肉体と華麗な技、真の英雄だね」
さくら「そ、そうだね」
つくし「自分の貧困なボキャブラリーが憎い!英雄という言葉しか浮かばないよ!」
さくら「赤いサイクロンって呼ばれている噂も…」
つくし「赤いサイクロンッ!?ビビッときたぁあああっ!!」
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