「おかけになった電話番号は……」――プツッ
兄さんにかけたがやっぱり繋がらない。
凛香と出かけた先で兄さんの任務先の事故を知った俺は、交通機関を使って兄さんの所属する武偵庁へと向かっている。
兄さんならきっと大丈夫なんだろうが、それでも最悪な展開が浮かび上がる。
無事でいてくれよ、兄さん‼
武偵庁に着くと、そこは人がごった返したような状況だった。
「クソッ‼なんでこんなに集まってんだよ‼通してくれ、中に用があんだよ!」
マスコミを押しのけつつ、中へと突き進むとやはりというべきか、武偵庁内はごった返しの状態だった。
「息子は大丈夫なんですか⁉」
「ここの特命武偵がいたんですよね⁉ 状況はどうなってるんですか!」
「ねえ、分かってるんでしょ!早く彼の無事を教えてよ‼」
「落ち着ついて! 落ち着いてください‼」
今にも待合室から乗り出す勢いで、客や船員の身内たちが受付に食って掛かってた。
ダメだ。ここではいくら待ってもきっと聞けない。
チラッと武偵庁の社員たちを見てみるとほぼ全員が事件と来た客たちの対応に追われている。
聞きだせないなら、自分で調べる。
一刻も早く兄さんの安否が知りたかった俺は気配を消し、客を縫うように移動し武偵庁の奥へと侵入する。
1階は客がごった返しで迂闊に資料を見れない為、社員しかいない2階より上へ。
「おい、あの資料はどうした。あ?下で対応が間に合わない、分かったすぐ行く!」
そんな風に下へと去って行った社員の机を確認していくうちに分かったのは、
・事故の安否は1名以外、軽傷はあるものの無事な事を確認済み。
・行方不明者は特命武偵である遠山金一
・事故の原因については不明。
兄さんが関係している事故に関してはそれだけだった。
後は『群狼』や『矛』、『盾』などの資料があったが関係なさそうなので読んではいない。
そうして情報を収集すること10数回。
気づけば、周りに人気は全くなかった。
ほとんど人がいない廊下を突き進むとひとつだけ扉の隙間に光が射しており、なにやら声が聞こえてくる。
恐らく人がいるはず、息をひそめ扉の中の声を聴くため耳を澄ませると
「すぐに……派に肩入れして……操作しろ。どうせ……記事も煽りに変わる。数日後には、あん…………握れる」
確かに人はいるが声が小さすぎて聞えてくる言葉は途切れ途切れであまり聞き取れないな。
兄さんに関係ある情報か判断できないためもっと身を乗り出す。
「これで来年には世界中に私の名が轟く。そう『誰だ、そこにいるのは‼』の名がな!」
ッ⁉マズイ、バレた!
足音が近づいてくるため、俺は急いでその場から離れ気配を殺す。
「おい、今の会話が聞かれた可能性がある。私の権限でもみ消すから、見つけて消せ!」
おいおいおい、これもしかしてかなりヤバい現場に遭遇したんじゃないだろうか。
複数人の足音が下へと駆けおりていく。
これ以上は危険な綱渡りはマズいな。
明日にでも律に話して、情報を探ってもらおう。
そう判断した俺は、最後に開け放たれた扉から奥の座席に座るメガネをかけた初老の金髪の男性を確認し武偵庁を去った。
――――――――――♪
――ピンポーンピンポーン
電話とチャイムが鳴っている……
律のやつ、家の鍵でも忘れたのか……
あの後、部屋に戻ってすぐに寝た俺を起こしたのは朝だとは思えないようなほどの電話とチャイム音だった。
はんば覚醒しない頭でまずは鳴りっぱなしの電話を手に取る。
「もしもし……」
「もしもし、遠山キンジさんの電話番号で間違いないでしょうか?」
誰だ?
電話の主は全く知らない男の声だった。
その事により眠気によって覚醒していなかった頭も覚めていく。
「そうですが、なにか?」
「ええ、すこーしお話しをと思いまして。キンジさん、あなたのお兄さんについてですがお時間いいですか?」
「は?」
思わず素っ頓狂な声が出てしまう。
すぐにTVをつけてみると、ちょうどニュースをやっており中継が繋がっている。
「昨夜のアンベリール号の事故から翌日、今だ行方不明者1名が見つかっていません。その行方不明者である遠山金一氏はどんな人物だったかを聞こうと思います」
そこに映っているのはよく見る場所だった。
先程から止まらないチャイム、まさかな……
俺は取材の許可とかしていない。
通話中の電話を切り、ふらふらっと玄関へと足を向ける。
そのまま玄関の扉を開けると……
――パシャパシャパシャ
「遠山金一氏のご兄弟ですか?あなたからのお兄さんの印象はどうだったんですか?」
まず出迎えられたのは大量のフラッシュ、とたくさんのマスコミだった。
最初の質問は俺ぐらいの年齢に見える、女子にしては背が高めのショートカットの奴だった。
そいつの質問はまだよかった。だがそれを皮切りに質問してくるマスコミの内容は
「無能な武偵のお兄さんのせいで、多数のけが人が出たんですよ。身内として謝罪のひとつもないのですか!」
「兄が行方不明なんだから、弟のあなたが何か言うべきでしょう?」
「あなたのお兄さんの功績は詐称されていたという噂も出てますがどうなんですか?」
理解が追い付かない。
なんで兄さんが責められているんだ。
兄さんも被害者の1人だろ、なんで謝らないといけないんだ。
なんで……なんでなんだ。
唾をまき散らす勢いで詰め寄ってくるマスコミが何を言ってるかはもう聞こえなていない。
兄さんは正義の味方なんだ……
きっと助けた人たちなら……
「おい、待て!」
待ち伏せていたヤツラを無視し、着の身着のまま俺は再び武偵庁へと向かった。
武偵庁もやはりマスコミで溢れている。
ただいてもたってもいられずここに来たがどうしたら……
「おい、お前遠山金一の弟だな」
突如、胸倉をつかまれ声の主に引き寄せられる。
それを行ったのはどこにでもいそうな男で、その横には頬にガーゼを貼る女性がいた。
「誰だ、アンタ。兄さんの知り合いか?」
「俺達は被害者だよ、昨日の事故のな。お前の兄貴が事故を防げない無能なせいで俺の女の顔が傷ついたんだよ‼本当なら無能本人を殴りてえところだが、死んじまいやがったからな。お前が代わりに詫び入れろや」
そう言って武偵庁の目の前なのに何度も殴る蹴るをしてくる男。
それを遠巻きに見るマスコミ。
正直、痛くもかゆくもない。
だが心がとても痛かった。
なんで兄さんは助けたヤツにまで無能と蔑まれなくてはいけないんだ。
事件を未然に防ぐなんて、不可能だろ!
それにこんな客船の沈没事故で、兄さん以外が全員無事なんて奇跡に近いだろ。
少なくともこんなマスコミや被害者に言われるようなことはしていない。
「なんで行方不明者がいるのに翌日には捜索が打ち切りなんですか!理由を説明してください!」
殴られ、蹴られをされているためか、妙に静かになった場所で一人の声が嫌に聞こえる。
アイツは……そうだ、さっき俺の部屋に取材に来て出てきた俺に真っ先に質問してきたやつだ。
それにしても今の話が本当なら、おかしい話だ。
行方不明者の捜索は短くても1週間はするはずなのに……
ああ、そうか。兄さんは見捨てられたのか。
俺の中でストンと何かが落ちる。
兄さんや父さんのようになりたかった。
正義の味方になって、誰かを救う。そんな人物に憧れた。
だが正義の味方は……戦って、誰かを助けて、自分は傷ついても、待っているのはコレしかない。
誰かを助けても、そいつは死体に石を投げてくる連中ばかりだ。
こんな連中を救う、そんなもんに俺は憧れていたのか?
この日、俺の中で大切だったナニカはガラガラと音をたてて崩れ落ちていった。
その後の事はほとんど覚えてない。
気づけば俺を殴っていた男は消えており、宛もなくさまよっていた。
部屋に戻れば、マスコミが待ち伏せている。
かといって学校にも、国家機密が漏れる可能性があるため行くことが出来なかった。
空はもう夕日が射しているが、具体的な時間を確認するためにケータイを取りだしてみる。
「……壊れている」
そうだ、ひっきりなしに電話が鳴るから、これ以上兄さんへの罵詈雑言が聞きたくない為に叩き壊したんだった。
壊れたケータイを捨て、俺は再び宛もなく歩く。
さらに歩く事、恐らく数時間。
日も暮れて気づけば見知った町、椚ヶ丘に俺は戻っていた。
「おや、遠山君じゃないか。君、今大変みたいだね」
「…………シロ」
知り合いの誰かしらには会うだろうと思っていた。
ただコイツと会うとは予想してなかったな。
俺の前に現れたのは、イトナが敵だったころ以来何もしてこなくなったシロだった。
「うるさい、それ以上話すな。どっか行けよ」
「くくく、ずいぶん機嫌が悪いようだ。あれは
「……どういうことだ。適当な事を言ってるなら、拳で黙らせるぞ」
仮にあれが事故じゃなくて事件でも、なんでこいつが知っている。
そうしてシロは懐から一枚の写真を取りだす。
「これを君に上げよう。何一目見れば犯人は分かるよ」
そうして俺に写真を裏向けに渡すと、シロはそれ以上何もせずに去って行った。
なんで写真一つで分かる。犯行現場の写真なのか?
そうして裏向けていた写真をひっくり返した俺はすぐにある場所へと駆けだした。
どういうことなんだ。
確かにアイツは横須賀に行くって言っていたし、浦賀も横須賀市だ。
だが動機が全く分からない。殺る理由も見つからない。
だが、確かにおかしかったのだ。
あの兄さんが船から逃げ遅れたくらいで、死ぬような人物ではない。
それくらいに兄さんがすごい事を俺は知っている。
もし事故を装って兄さんを殺そうとしていたら?
奴は生徒には手を出さないが、言い換えたらそれ以外には手を出せるということ。
それに奴には一般的な武器は効かない。
その事を考えたら、この写真の状態になる可能性もありえる。
なにより、この姿はアイツ以外にあり得ない。
シロに渡された写真に写っていたのは、船上に立ち触手を何本か切り落とされた殺せんせーと血だまりに沈む
「はぁ……はぁ……はぁ。おい、タコ! いるんだろ、今すぐ出てこい!」
学校まで走ってきた俺は、いるか分からない相手を大声で呼ぶ。
クソッ、こんな事ならケータイを壊すんじゃなかった!
何度も呼ぶが普段ならすぐに駆けつけるタコはここに来ることも返事が返ってくることもなかった。
「あのタコどこにいんだ!」
「殺せんせー今日は学校に来てないよ。遠山君」
当たり散すように吐き捨てた言葉に返すヤツが倉庫の方から歩いてきた。
その人物は俺が望むタコではなく、いつも渚の横にたっており俺自身はそこまで話したことがない翠という珍しい髪色の女子だった。
「茅野か……」
「今日、ニュースを見て皆遠山君を心配してたよ。もう大丈夫なの?」
「大丈夫に見えたら、今すぐ眼科に行け。俺はタコに用があんだよ、とっとと帰れ」
今は他の奴に構ってられない。
すぐにでも方法を探して、この事をタコに問い詰めないと。
「これは?……へぇ、遠山君もなんだね」
ッ!いつの間に横に⁉
少なくとも数メートルは距離があったはずなのに。
いや、それよりも今茅野は聞き逃せない事を言った。
「……『も』ってどういう意味だ」
「コレに身内を殺されたって意味だよ。
……今の遠山君なら、シロなんかより信頼できそうね。ねえ、キンジ君」
あっけからんと何でもないように言う茅野。
そうして1歩2歩と俺の前へと歩き、こちらを見るように振り向いて茅野は笑みを浮かべる。
「二人で一緒に殺せんせーを殺そうよ」
髪と同じ翠色の触手を生やして、茅野はそう俺に提案してきたのだった。