<< ナミ >>
「ん……んん……ここ……は?」
目を開けると知らない部屋の中に寝ていた。
起き上がろうとすると、腹部に鈍い痛みを感じて起き上がれない。
そっか、アイツにやられたダメージが内臓に残ってるんだ……って、ちょっと待って! アイツは!? ルフィやゾロ、ウソップにサンジ君はどうなったの!?
……ま、まさか……本当に殺されちゃったんじゃ……!?
最悪の想像が頭をよぎり、私は全身に冷や汗をかいた。
言いようのない寒気に襲われた体が自然と震えている。
そんな私の耳に穏やかな低音が聞こえた。
「おや、目が覚めよったか」
私は声のする方に目を向ける。
「……ドクター?」
そこに居たのはココヤシ村の医者であるドクター・ナコーだった。
ドクターがいるって事は……ココは診療所かしら?
誰が運んでくれたのかしら……それよりも!
「みんなは!? 私の他に“仲間”が4人いたのよ!」
私は焦っていた。
みんなの安否が気になって冷静さを欠いていたと思う。
周囲も見えずにドクターを問い詰めた。
「心配するでない。無事じゃよ……お前さんの横に寝ておる」
そう言われて初めて首だけを動かして周囲の様子を確認した。
窓の外はすでに日が落ちて薄暗く、夜を迎えたのだと分かる。
私の左隣にはルフィがその向こうにはサンジ君、右隣にはゾロが寝台に寝かされていた。
私は心の底から安堵した。
「……良かった……本当に、良かった……」
みんなが生きててくれた事が嬉しくて、涙が零れた。
でもそこで私は気付いた……一人足りない事に……。
そう、ウソップが居ないのだ。
「ドクター! ウソップは!? 鼻の長い男の子は一緒じゃなかったの!?」
「うむ……それがじゃな……」
心臓の鼓動が早まるのが分かった。
ま……まさか、ウソップだけ助からなかったの!?
う、嘘よね……だって、ウソップは私の話を真剣に聞いてくれて……みんなに事情を説明してくれた。
ケアノスと3人きりになった時も、どれだけウソップの存在に勇気付けられたか……。
「ウソップはどこ!?」
ドクターの返答が待ちきれずに、私は再度尋ねる。
ウソップにもしもの事があったら……私の責任だわ、お願い……無事でいて!
神にすがる思いでドクターを見つめる。
「実はのぅ……「よォ、起きたのか」……彼はそこじゃ」
ドクターの話を遮るようにして、扉から入って来たウソップは飄々としていた。
「なかなか目ェ覚まさないから心配したんだぜ。ほらミカンの差し入れだ」
そう言ってウソップは机の上にミカンを置いた。
たぶんベルメールさんのミカン畑で採れたものだと思う……けど、それよりも……。
「うん、うめェな! このミカン!」
当たり前よ! ベルメールさんのミカンを舐めないでよね!
……って、そうじゃない!
これだけ人を心配させておいて、呑気にミカンを頬張っているウソップを見ると、あれだけ心配していた自分がバカらしく思えてきた。
「ん? どうした? 食わないのか? 食わないなら貰うぞ、うめェからな」
ウソップは私のミカンに手を伸ばしてくる。
どうしてかは分からないけど、私は叫んでいた。
「バカッ!!」
「な、なんだよ……怒るなよ、お前が食べようとしないから――」
「そんなんじゃないわよ!」
「じゃ……じゃあ、何なんだよ……怖ェな、女のヒステリックってやつか?」
……バカ!
やっぱりウソップはバカだ!
大バカ野郎だ……けど、ケアノスよりは百万倍マシだ。
コイツらはみんなバカだけど……暖かい気持ちにさせてくれる、私の仲間だ……。
……はっ、そうだ! ケアノスはどうなったの!?
「ウソップ、ケアノスは!? あの後どうなったの!?」
「あー、落ち着けって。最初から話してやるから、なっ」
私は鈍く痛む腹部を押さえながら、上半身だけを起こした。
ドクターは私が目を覚ました事をノジコや村の人達に伝えに部屋を出てしまった。
ウソップはイスに座って、ベルメールさんのミカンで喉を潤している。
「それで……早く聞かせてちょうだい!」
「分かった、分かったって。話すのはいいけど、その前に……お前、どこまで覚えてる?」
どこまで……?
戦闘になったのは覚えてる……みんなで一斉にかかったけど、全く歯が立たなかった。
しばらく戦って、それから……それから……。
「私だけは生かしておくと宣言したケアノスから殺気を感じて……そこからの記憶がないわ」
思い出しただけでも忌々しい……。
サディストのように私を精神的に追い詰めて楽しんでたわ。
「そうか……実は、おれもアイツの殺気にやられて気を失ったんだ」
「えっ?」
「おれの場合はすぐに目が覚めたんだけどな。お前の場合はダメージが深かった分、回復に時間がかかったんだろうってドクターが言ってたよ」
「……そう」
ダメージか……意識すると、また腹部が痛み出した……この痛みは絶対に忘れない!
「おれ達が気絶した後も、ルフィ達の戦いは続いたんだとさ……ただし、防戦一方でズタボロにやられちまって……この容態だよ」
ウソップは悔しそうに歯噛みしていた。
覚悟を決めて戦ったはずなのに、最後の最後で役に立てなかったのは悔しいよね……私も同じ気持ちよ。
ベッドの左右に目を向けると、包帯や絆創膏で手当てされている仲間の姿が見えた。
みんな……私の為に頑張ってくれたんだ……。
「おれが目を覚ましたのは、ルフィが殺されそうになってた時だ」
「ルフィが!?」
「アイツ……ゴム人間のルフィを普通に殴ってたんだよ」
「……ルフィに打撃は通用しないわよね?」
「それがよ……見る見る内に血だるまにされちまったんだよ! ゴム人間のはずのルフィがだぞ!」
ウソップは声を荒げた。
理解の及ばない恐怖を私も感じていた。
「……化け物ね」
「ああ、アイツはまさに化けモンだよ。今のおれ達の手に負える相手じゃなかった……」
そうよね……あそこまでの化け物だと分かっていたら、小島で助けるんじゃなかったわ。
でも、アーロンの支配から解放されたのはアイツのおかげ……本来ならいくら感謝しても足りないはずなのに……素直にそうさせてくれない“何か”をアイツは持っている。
アイツも感謝なんか絶対望んでない……むしろ、私達がもがき苦しむのを嘲り笑いたいのよ。
「それで……ルフィはどうやって助かったの?」
「殺さそうになった丁度その時、騒ぎを聞きつけてココヤシ村の駐在さんとお前の姉ちゃんがやって来たんだよ」
「ゲンさんとノジコが?」
「ああ……それによ、運が良いのか悪いのか海軍まで出張ってきてな」
「海軍が!?」
海軍が出て来て、どうして私達が拘束されてないのかしら……?
怪我人だから後回しにされたとか……それはないか。
「駐在さん達の計らいでな、おれ達はアーロン一味をやっつけた英雄ってワケよ。駆け出しでまだ名も売れてない海賊団だからな……おれ達の素性もバレずに済んだ。第77支部プリンプリン准将っつったかな、なかなか話の分かる人でよ。ゴザの復興支援に来たらしいが、アーロンを野放しには出来ないっていきなり砲撃してきた時は焦ったぜ」
「私達が……英雄?」
「皮肉なもんだけどな、話を丸く収めるにはそれしか無かったんだ。ルフィ達が気を失ってたのも幸いしたぜ。余計な事を言われなくて済んだからな」
「……宝は、アーロンの宝はどうなったの?」
私が隠した宝……隠したと言っても、真剣に探せばすぐに見つかってしまうはず……あの時はとにかく時間がなかったから……。
「それも上手くいったぜ。不甲斐無かった海軍のせめてもの償いってんで、接収せずに村に返金されたんだよ。村の人達は大そう喜んでたぜ……それと、8年間苦労をかけたってお前に感謝してたぜ」
「えっ?」
「みんな知ってたんだと。お前がアーロン一味に入った理由、1億ベリーで村を買い取るってこともだ」
「そんな……どうして……?」
「お前の言動を不審に思った村人が姉ちゃんを問い質したんだってさ。自分達は事情を知ってるって知っちまえば、今度はお前が逃げ出したくなった時の重荷になるってんで、知らん振りを続けてきたらしい」
……知らなかった。
嫌われてると思ってた……みんなが助かる為なら、嫌われてもいいと思ってきた……。
でも……でも、本当はみんなと笑い合いたかった。
昔みたいにバカな事やって怒られたりしたかったんだ……。
気付いたら、涙が止め処なく溢れていた。
ずっと一人で戦ってると思ってた……でも、違った。
一人ぼっちじゃなかった……村のみんなも、私の為に戦い続けてくれてたんだ。
悲しくても……もう泣かないって決めたのに、嬉しくても涙は出るんだね。
「みんな、お前が目を覚ますのを今か今かって待ってたぜ。邪魔だからってドクターが全員追い出してたがな」
「ふふふ……私も早くみんなに会いたい」
「……でな、アイツの事なんだけどよ」
「あっ、そうよ! ケアノスはどうなったの!? 宝を村人に返したって事はアイツは手をつけなかったの?」
「アイツは最初に渡した六百万ベリー以外は持ってかなかったよ。そのままアーロンを換金する為に海軍の船に乗って行っちまった」
「……そう」
あれだけお金に固執してたのに……随分あっさり退いたのね。
それとも……何か裏があるのかしら……?
「アイツからの伝言がある。『今回は貸しときます。いずれ回収に伺うので……精々、ご精進を』だとよ。どうすんだ、ルフィ?」
えっ? ……ルフィ?
「おれ達は……まだまだ弱ェな」
「ルフィ! 意識が戻ったのね!」
「二度と負けねェつもりだったんだがな……」
「ゾロ!」
「あのクソヤロー、次会ったらミンチにしてやる」
「サンジ君!」
いつの間にか3人共目を覚ましていた。
良かった……みんな無事で、本当に良かった!
ルフィは上半身を起こし、右の拳を強く握り締めている。
「おれは……おれは、仲間を守れない船長にはなりたくねェ! アイツにはゴムの特性も効かなかった……まるで、じいちゃんと戦ってるみてェだった……おれはもっと、もっと強くなんなきゃいけねェんだ!!」
ルフィは決意を新たにしていた。
「おれもだ。鷹の目に負けて、アイツに負けて……三度目はねェ! もう誰にも負けたくねェ!!」
「あのクソヤローだけは、このおれが潰す! レディを泣かせた奴は許しちゃおけねェ!!」
「と、当然、勇敢なる海の戦士たるキャプテン・ウソップもまだまだ強くなるぞ。パチンコ改造して、おれだけの必殺技を身につけてやるんだ!!」
「みんな……ありがとう。私も負けないように頑張って強くなる!!」
5人になって初めての結団式が終わった頃、診療所の扉が勢い良く開けられた。
「「ナミ!」」
「「「ナっちゃん!」」」
「……ノジコ、ゲンさん、村のみんな……」
「良かった、目を覚まさないかと心配したわよ」
「ノジコ……ごめんね」
「アーロンの支配からは解放された……8年間、よう我慢したの」
「……ゲンさん、みんな……ありがとう」
色々あったけど……みんなの笑顔を見れたら、8年の苦労が報われた気がした。
ケアノスとのイザコザはまだ解決してないけど……この仲間となら乗り越えて行けそうな気がしてる。
不思議と力が湧いて来るようだわ……。
みんなで強くなろう!
アンタには絶対負けないわよ!
次に後悔するのはアンタの方よ――ケアノス・オーレウス!!
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
<< ケアノス >>
いやァ、失敗、失敗。
ナミさん以外は喰っちゃう予定だったけど……予期せぬ邪魔が入ったからねェ。
海軍の介入は想定外だったよ……おまけに、ナミさんの姉と風車の駐在さん、それにウソップ君の連携は秀逸だったねェ。
ボクを麦わらの一味と偽り英雄に抱き込むとは……真実を話そうとすれば、海賊や泥棒と疑われてしまいますし……下手な嘘は墓穴を掘りそうだったからねェ。
あの場でナミさんを敵に回すと、風車さんや姉上が擁護してボクに敵対しかねない状況だったし……。
まぁ、武力行使で強引に押し通る事も出来たけど……そうなると、海軍だけでなく村人まで皆殺しにしないといけないからねェ……ちょっと面倒。
今はまだ指名手配されたくないし、もうしばらく自由を謳歌したいもん。
クックック……それより、支部の海軍将校は笑わせてくれるねェ。
まさか准将が魚人海賊団の幹部連中より弱そうとは、プクククク……勇ましく乗り込んで来てたけど、戦ったら確実に負けてたよ?
そう考えると、魚人はまぁまぁ強かったって事なのかなァ……?
吃驚する程強いとは感じなかったけどなァ……それだけ、ボクが強くなったという事か?
それはそうと……確か、プリンプリン准将だったっけ?
プクク……変な名前、恥ずかしくないんだろうか?
でもまぁ、その准将はイイ物をくれたねェ……記録指針(ログポース)って言ったかな、グランドラインに行くと伝えたらアーロン討伐の褒美に1個プレゼントしてくれた。
勿論、賞金の2千万ベリーも頂いたよ。
なんでもログポースが無いとグランドラインじゃ、まともに航海出来ないらしい。
最低限の航海術や調理スキルならボクにも有るけど……出来れば、専門家が欲しいところだよねェ。
お金もあるし、一人か二人雇うかねェ……?
でも東の海じゃ、グランドラインに畏怖の念を感じてる人が多そうだから……まともな人材が見つかる保証はないしなァ。
それならいっそ、グランドラインに入ってから探した方が効率的か?
う~ん…………とりあえず、お腹空いたので『バラティエ』にでも行きますか!
後の事は飯食ってから考えよう。
魚人肉は予想外に不味かったからねェ、クヒヒヒヒ……!
2013.11.21
主人公の口調を少しフランクにしました。
2014.9.7
サブタイトル追加