悪を名乗りし者   作:モモンガ隊長

14 / 26
14話 行き過ぎた改修

 海上レストラン『バラティエ』には来店した船舶がいくつも横付けされている。その中に小さいながらも一際異彩を放っている船が1隻あった。天才ベガパンクすら超える頭脳を持つ美少女と自称するマオが一から造った小型船である。

 だからこそ、ただの小型船ではない。

 なんと推進器として船尾に水車型の外輪を搭載したパドル船なのだ。帆船が圧倒的な割合を占めるこの世界において、その姿は異彩を放っている。

 発想や技術力が突出したマオであったが、残念ながら現状の外輪を回転させる動力機関は未だ風力と人力によるものであった。

 

 

「ウッシッシッシ、出来た……出来たで、完成や! 美しい……完璧な設計や、あとは現物をイジリ倒したるだけや!」

 

 マオはガッツポーズで高笑いしていた。

 ケアノスは船内に散らかっている発明品と思われる品々を興味深く見ている。

 徹夜明けのマオは特にテンションが高い。

 

「おっ、兄さん来とったんかいな。どや、ウチの芸術作品は!?」

「クックック……なかなかユニークだねェ」

「それよりも、これ見たってんか! 今さっき描き上げたばっかの設計図や、自信作やで。美し過ぎると思わんか?」

 

 マオはバッサバッサと音を立てて図面をケアノスに見せ付けようと前面に押し出す。

 

「ほう、大したモンだ。マオが天才というのも納得だねェ、機能美に関しては文句なしと言えるよ」

「せやろ、せやろ!」

「ただ……この造形美、必要ないでしょ?」

「はぁ!? 何言うてんねん! このディテールがあってこそ、船の美しさがMAXになるんやんか!」

「……ひょっとして、船の改造費に何千万も使える……なんて、思ってないよねェ? ボクが必要だと思う分には出資を惜しまないけど、それ以外はマオ持ちだからね」

「えっ!? な、なんでや!? そ、そんなアホな話……き、聞いてないで!?」

 

 先ほどとは一転し、マオは狼狽し始めた。

 

「クックック……だから、たった今お話ししたンだよォ」

「そんなぁ……あぁ……ウチの……計画が……」

 

 両手両膝をついて哀愁を漂わせるマオを見て笑っていたケアノスは、マオの描いた図面に目をやる。

 

(それにしても……かなり愉快な設計だねェ、船首についてるこれは……ドリル? なぜドリル? 刺さりに行きたいのかなァ、ククククク)

 

 ケアノスは首を傾げた。

 

(パドル船にも驚かされたけど、この改造プランでは更に上を行くスクリュープロペラを二基搭載予定か……素晴らしい。推進力は大幅にアップするだろうけど……惜しむらくは、動力か。蒸気機関はまだ存在してないのかなァ? それとなくボクからマオに提案してみようか)

 

 机の上に置かれたペンと取り、設計図に追記していく。

 

(この装飾品は不要だな……これも、これも不要。それにしても……クックック、マオは最新鋭の戦艦に豪華客船まで融合させたいのかな? うーん……後者の必要性が判らない、とりあえず……これも要らない)

 

 ケアノスは要不要を冷静に判断していく。

 必要と思われる改造費をケチるつもりはない。

 しかし、過剰に投資するつもりも毛頭ないのだ。

 未だ項垂れているマオを他所に、ケアノスは図面に修正のペンを走らせる。

 

「うん、こんなモノでしょう。マオ、確認お願い出来ますかァ?」

「…………」

「おーい、起きてますかァ?」

「……ん? ああ、分かっ……なんや、これッ!?」

 

 修正された図面を見たマオが絶叫した。

 

「あれもこれも修正されとるやないか! っちゅうか、船首の螺旋衝角だけは要るやろ! これがないとウチの船っちゅう感じがせーへんやん!」

「ふむ、じゃぁ……マオの自腹、と言う事でイイよねェ?」

「うっ……そ、そないな金あるワケないやん……」

「じゃ、不要。また資金に余裕が出来たら取り付ければイイじゃない」

「……うう、しゃーないか…………分かったわ。スポンサーは兄さんやしな」

 

 納得いかない表情で了承を示すマオに、ケアノスは苦笑する。

 

「結構。改修作業が完了するまでにはどれくらいかかりそう?」

「うーん……ウチの作った隠しドッグに運んでからすぐに着手したとして、最短でも2ヶ月っちゅうとこやな。なんせウチ一人の作業になるさかい、どないしても時間はかかるで」

「なるほどね……それじゃあ、仕方ないねェ」

 

 確かに一人では捗るものも捗らないだろうとケアノスも納得した。

 

 

 そもそもの発端はバラティエのオーナーにして、グランドラインの経験者であるゼフの一言からこの改造計画は始まった。

 ゼフはケアノスの所有している小型ボートを見るなり「そんな船じゃ、グランドラインに入るなり沈没しちまうぞ」と鼻で笑われたのである。

 ケアノス自身も独自に調査を行っているものの、経験者の意見は何よりも参考になると考えた。

 だからこそ、新たな中型船舶以上の船をどこかで入手するか、あるいは手持ちの小型船の耐久性などを向上させる改造を施すかを思案し、結果として後者を選択したのだ。

 さらに自分の船よりはマオの船の方が大きく、マオ自身も愛着があると言う事でマオの船を改造するに至ったのである。

 

 壊滅させた海賊団の船から奪えるだけ奪った大量の物資や部材を目の前にして、マオの血は騒いでいた。

 船室に篭って一夜で改造計画の図面を描き上げたのである。

 人間は興味のある事や趣味などには、つい時間を忘れてしまい、異様な集中力を発揮したりする。

 彼女の発明癖などはその最たる例だろう。

 食事も取らず、睡眠も取らずに、何日も没頭した過去を持つ。

 

 マオは何かを閃いたようで、ポンと手を打つ。

 

「せや、兄さんが手伝うてくれへんやろか?」

「……ボクが? 昨日話した役割分担の――」

「それはそれ、これはこれや。それに……力仕事も多いよってに、手伝うてくれた方が作業も早う終わるで?」

 

 マオの言う事にも一理あり、ケアノスは顎に手を当て考える。

 

「……ふむ、確かに。ボクはグランドラインと悪魔の実の情報収集と……あと、別腹を満たす狩りでもしてようと思ってたンだけど……ふぅむ」

「ん? なんて?」

「いやいや、何でもないよォ。ボクもお手伝いします」

「ホンマか!? よっしゃ! ほんなら、さっさと村に帰って作業開始や!」

「クックック……その前に、食料を補充しよう。腹が減っては作業も捗らないからねェ」

 

 

 こうしてグランドライン進出を目的としたマオの船の改造計画は着々と進められた。

 途中、諦め切れないマオが何度もケアノスにドリルや装飾品の話を持ち出したが、言いくるめられる日々が続く。

 モチベーションの低下で一時期作業の進捗が遅れたが、一悶着やケアノスの助力もあって当初の予定よりは長引いたが何とか完成に至ったのだった。

 当初の設計とは大きく異なり、かなりアレンジを加えられて生まれ変わった小型パドル船改め小型スクリュー船は『ブラック・フェルム号』と名付けられた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 一方その頃、原作の主役『麦わらの一味』は本来であればグランドライン入りを果たしているはずであった。

 しかし、彼らは未だイーストブルーに留まっていた。

 ケアノスに手も足も出ず敗北したルフィ達は自分達の弱さを痛感し、今一度自分自身を見つめ直す事にしたのである。

 彼らはある村を拠点にして東の海で航海の経験値を積んでいた。

 

 

 

 村の道場でゾロは座禅を組み、目を閉じて精神を研ぎ澄ましている。

 そんなゾロを優しく見守る人物がいた。

 

「以前に比べて遥かに荒ぶる殺気を内に秘めれるようになりましたね、ゾロ」

「……先生」

 

 声をかけられたゾロはゆっくり目を開け、その人物を師範と呼んだ。

 

「過去の敗北がキミの中で確実な糧となっている証ですよ」

「…………」

 

 ゾロは無言。

 

 ここはゾロの故郷シモツキ村にあるコウシロウが師範を務める『一心道場』である。

 アーロンパークでの一件の後、仲間で話し合って決めた拠点がここだった。

 魚人海賊団はケアノスが潰してしまった為、ココヤシ村に残るのは気が引けたのだ。

 勇んで出てきた手前フーシャ村やシロップ村に戻るのも憚られた。

 バラティエはレストランなので論外である。

 

 そこで迷子からもう長い期間帰郷していなかったゾロの生まれ育った村が候補となったのだ。

 

 ゾロが帰郷し、久しぶりに対面したコウシロウに放った第一声は再開を懐かしむものではなかった。

 一言「おれは……おれ達は、弱い。おれ達は……強く、なりてェんだ」であった。

 その言葉を聴いたコウシロウは喜んだ。

 今は亡き娘のくいなに一度も勝てず、一心不乱に鬼気として鍛錬に励んでいた昔に比べ、精神面で大きな成長を感じたからである。

 そして何よりもコウシロウを驚かせたのは、一匹狼で行動していた彼に自分の事と同様に、否、それ以上に考えさせられる仲間が出来ていた事だった。

 守りたいものを守り、斬りたいものを斬る力こそ“最強の剣”だと思っている師範だからこそ、ゾロがそれを欲している現状を嬉しく思う。

 

 コウシロウは麦わらの一味を歓迎し、技ではなく『心』の修行を課した。

 この修行は一味全員に課されたが、皆苦戦している。

 そんな中で、ゾロだけは何かを掴みつつあった。

 

「私がキミに教えてあげられる剣技は全て教えてあります。キミに斬れないモノがあるとすれば……その答えは、力ではなく心に求めるべきしょう」

「心に……?」

「覚えてるかい? この世には何も斬らない事ができる剣士がいるって話を」

「…………」

 

 ゾロは無言のまま頷く。

 

「私はね、ゾロ。キミにそんな剣士になって欲しいと思っているし……キミなら、なれると信じているんだよ」

「……何一つ、斬らない剣……」

 

 ゾロは静かに立ち上がり、和道一文字を腰に構えた。

 そしてコウシロウの用意した半紙を投げ上げる。

 

 ヒラヒラと舞い落ちる半紙に、ゾロは和道一文字を一閃した。

 

 バサッと床に落ちた半紙は、刃が直撃したにも関わらず斬れていない。

 コウシロウはニコリと微笑む。

 

「こいつの……息遣いが、聞こえた」

 

 剣豪ロロノア・ゾロ成長の瞬間であった。

 

 ゾロは鷹の目ミホークに2刀を折られてから剣を新調していない。

 それはゾロ自身が勝敗を決定付けたのが剣の優劣ではないと思っているからである。

 現にナイフような小刀で全ての剣撃をいなされたのは圧倒的な力量差に他ならない。

 

 ゾロは己の成長を実感するまでは新たに剣を調達する気などなかった。

 二度の敗北を乗り越えてゾロは一つ剣の高みを登ったのである。

 他の仲間も自分達の短所を直すよりも、長所を伸ばすように修行に励んだ。

 

 

 

 ルフィ達はシモツキ村を拠点とした航海をしばらく続けて確信した事があった。

 金棒のアルビダ、道化のバギー、百計のクロ、ダマし討ちのクリークといった東の海の猛者達を次々に退けてきた麦わら一味にとって、もはや東の海では物足りなさを感じるのだ。

 自分達の自信を圧し折った世界一の剣豪と異世界の狂人は別格だったのだと痛感した。

 心の修行がひと段落したのを機に、麦わら一味は再びグランドライン進出を決めたのである。

 

 奇しくもそれは、ケアノス達の出立とほぼ同時期であった。

 

 

 

 

 

 




2013.11.20
船の改造期間に関して整合を図るために、一部記述を変更しました。

2013.11.21
主人公の口調を少しフランクにしました。

2014.9.7
サブタイトル追加

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。