――ローグタウン
イーストブルーに存在する港町の一つであり、海賊王ゴールド・ロジャーが生まれ、そして死んだ町として有名である。グランドラインの入り口として知られるリヴァース・マウンテンに近い為、以前は夢見る海賊達が大勢屯していた。
しかし、ある日を境にこの町から海賊達は一掃された。最弱の海とはいえど数の多さに手を焼いていた支部を見かねた海軍本部より怪物が派遣されたのである。
怪物の名はスモーカー。『白猟』の異名を持ち、その階級は大佐。そして何より特筆すべきは、自然(ロギア)系悪魔の実『モクモクの実』の能力者と言うことだろう。つまりスモーカーは煙人間なのである。悪魔の実でも最強種と恐れられるロギアを宿すスモーカーはとてつもなく強い。イーストブルーに派遣されて以来、苦戦はおろか掠り傷一つつけられた事がないのである。
たちまち『白猟』の名は広域に轟き、ローグタウンで海賊行為を行う者は激減した。怖いもの知らずや無知な海賊が稀に暴れる事もあったが、その全てを鎮圧し捕獲して見せたのである。これまでに取り逃がした海賊の数は脅威の0人であった。
しかし、この記録はつい先日破られてしまったのである。
ケアノスは焼け落ちた処刑台を眺めていた。情報収集の片手間で観光している際、印象的に目に留まったのだ。
(ここが海賊時代の始まった場所……クククッ、何の感慨も湧かないねェ。歴史を紐解けば処刑された王は少なくない。ましてや海賊共の王ならば尚更、むしろ余生を面白おかしく謳歌したと言われた方がボク的には興味を惹かれたんだけどなァ。死んで種を蒔いたってか……ご立派な事で、自分の目で見れない未来に何の意味があるんだろう。あるいはそうせざるを得ない事情でもあったか……まっ、ボクには関係ないけど)
内心とは裏腹に処刑台をジッと見詰めるケアノスの目は興味深げであった。眺め始めてからすでに数十分が経過している。通行人が目の前を行き来するが、ケアノスは微動だにしない。
(各方面に探りは入れているものの、海賊王に関する情報は徹底して隠匿されてるよなァ。やっぱり政府や軍の中枢に潜り込まないと無理なのかもねェ。当面は面倒だからパスだな。それより何よりまずはグランドラインだ! 世界政府も海軍本部もグランドラインにあるらしいし、その辺考えるのは入ってからでしょ。クックック、楽しみだなァ)
ニヤリと口角を上げるケアノス。処刑台を眺めてニヤニヤする変質者にしか見えず、通行人は避けて通るようになった。指差す子供には母親が「見てはいけません」と注意を促す程である。
「……壊れた死刑台がそないにおもろいんか?」
皆が避けようとするケアノスに声をかけたのはマオであった。両手に巨大な荷袋を下げ、ケアノスの顔を覗き込むようにしている。
「それが……思ってたよりも面白くないんだよォ。笑ってやろうと思ってたのに、笑えない。何か損した気分にならない? だから敢えて笑ってやろうかと」
「……さよか。まぁ、ケアノスが変わっとるんは今に始まった事やないしな」
「フフフッ、それより買い物は終わったの?」
ケアノスはマオの持つ荷物を確認して問うた。女性の買い物は空恐ろしいと経験がモノを言うのだ。
「最低限の物資は揃えたで」
「最低限、ねェ」
ケアノスはもう一度マオの持っている巨大な荷袋を見る。
「グランドラインは魔の海なんやで。平和なイーストブルーとは次元がちゃうねん。何ぞあってからやと遅いし、食料と水は多いに越した事無いんや。二ヶ月以下の備蓄なんぞ話になるかいな。船が破損する事かて十分考えられるんや、物資が足りんで海に沈みたないやろ」
「……なるほど」
無駄遣いを注意されると危惧したマオは早口で畳み掛けた。ケアノスにも的を射た正論のように聞こえただろう。荷袋から突き出した複数の螺旋のようなモノさえ見えなければ――。
ケアノスは冷めた視線で無言のプレッシャーをかけていた。それに耐え兼ねたマオは話題を急転換させる。
「そ、そや。アンタの方こそ収穫あったんやろな?」
「ふぅ。まぁ一応は……この騒ぎの原因は“麦わらの一味”みたいだね」
「麦わら? 聞いた事あれへんな……アンタは何か知っとるん?」
「聞いた事はあったよォ。最近になって手配書も出たようで船長の首は“二千万”ベリーだとか」
「に、二千万!? イーストブルー最高額やないか。そない言うたら、アーロンっちゅう魚人海賊団の頭目が同じ二千万で最高やったんよ。グランドラインから来た化け物で海軍も手が出せへんっちゅう噂やってんけどな、なんでも三ヶ月程前に捕まってもたそうや。ごっつい賞金稼ぎがおったもんやで、ここ二年で有名になってきた『海賊狩り』やろか? なぁ、何ぞ知っとる?」
「……さァ、聞いた事はあるけど……詳しくは何も」
ケアノスはあっさりと嘘をついた。マオからの情報は引き出せるだけ引き出すが、自分から与えるのは必要最低限に留めるつもりなのである。一方のマオも落胆した様子はない。
「さよか。まぁウチらには関係ないもんな」
「クククッ、そうだねェ。ああ、それと……この荒れようは町を取り締まっていた海軍本部の大佐が、独断で麦わらを追う為に隊を引き連れて町を出た事に起因しているようだね」
「はぁ? 何やそれ? 軍人のくせに職場放棄かいな?」
「それほどの“脅威”を麦わらに感じたのかもねェ」
「二千万やしな……有り得へん話やないで。軍人の勘が働いたんかもしれへんな」
荷袋を地面に置き、腕を組んで「うーむ」と唸るマオ。そんなマオとは対照的にケアノスは笑っている。
(以前見た麦わらの実力であれば、それほどの脅威を感じたとは思えない。感じたとすれば……驚異的な"天運"の方か。クックック、あそこであの男を殺しきれなかった事、後悔する日が来るかもしれないなァ)
そんな事は有り得ないと知りつつも、つい期待する自分がいる事に気付いて失笑するケアノスであった。
「将来を嘱望される優秀な軍人で、ロギア系の能力者でもあったみたいだよォ。上からも下からも信頼されていたんでしょうねェ……妄信的なまでに、クヒヒヒヒ。信じ切り、頼り切っていたせいで今ツケを払う破目になってるのかなァ。従順な番犬だと思っていた相手が牙を隠した虎や狼だっただけの話」
「ほんなら何か? この町の荒れようは軍が招いた自業自得っちゅうんか?」
「それ以外の何物でもないでしょ。これまでは臭い者に蓋をした平穏だったんだよォ。よほど重厚で強固な蓋だったんだろうねェ、完璧に臭いを遮断してきた。でも、どんなに小さく取るに足らない存在でも、元を絶たない限り汚物は発酵し続けるんだよォ。蓋が無くなれば異臭が溢れるのは当然だと思わない? クフフフ」
おどけたように尋ねるケアノス。眉間にシワを寄せて考えるマオ。
「せやったら、やっぱり勝手に飛び出した大佐が悪いんとちゃうん?」
「ククッ、順番をつけるなら一番は大佐だろうねェ。責任ある立場にも関わらず、十分な備えもせずに独断専行で管轄地区を放棄した事は愚かの極みだよ。こうなる事は想定外、あるいはどうにかなると思っていたのならば楽観的で甘い判断と言え同じく愚かの極みだろうねェ。また、虎に首輪も鎖も付けず放し飼いにした上官や、指揮官不在でここまで統率が乱れる部下も似たり寄ったりだけど」
「えらい辛口やんか。部下の方は割食うただけやし情状があってもえんちゃうん?」
「確かに、部下には同情するよ。ただ……被害を受けているのは、町の住民たる弱者なんだよねェ。『絶対正義』を掲げる海軍は時に守る事より倒す事を優先させる、そういう事なのかなァ」
「……」
マオは押し黙った。ケアノスの言う事も一理あると思ったからだ。海軍の行動理念は正義の行使であり、それは弱者を守るよりも巨悪を叩く事で証明されてきた。その最たる例が『海賊王の処刑』である。海軍唯一の誤算は海賊王が死の間際に解放した『ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)』の存在であった。
ケアノスは沈黙するマオを見て微笑む。
「フフフッ、マオが気に病んでどうするの? 海軍は愚かだけど、クズじゃないよォ。異臭に悩まされるのも一時的なもの、間もなく新たな蓋が届けられるって」
「せやかて、根本的な解決にはならんねやろ?」
「うん。それこそ国や世界の在り方を見直さない限り無理だろうねェ」
「それって革命――」
「いいじゃない! 海軍は海軍。彼らは彼ら。ボクらはボクらなんだからァ。マオと言えど神じゃないんだし、あれもこれも何とかしようってのは無謀だよォ。それに……雑魚な海賊じゃ儲からないもん」
重く暗くなっていた空気を「ハハハ」と笑い飛ばすケアノス。毒気を抜かれたマオはため息を吐く。
「ハァ……せやな。アンタの言う通りや。いくら“天才”で“美少女”のウチでも出来へん事はあるからな……まっ、出来る事の方が圧倒的に多いんやけどな。ウッシッシッシ!」
「ククク、だよねェ。じゃ、ここは海軍さんにお任せして、ボクらはグランドラインを目指しましょう!」
「おっしゃ! ほんなら予定通りウチらはリヴァース・マウンテンに殴り込みや! 行くで、ケアノス!」
豪快に笑って走り出すマオ。向かう先はブラック・フェルム号である。
「流石、としか言いようがないねェ。クハハハハハッ!」
ケアノスも高らかに笑い、マオが置き去りにした巨大な荷袋を持ち上げて後を追うのであった。
2013.11.21
主人公の口調を少し変えました。
2014.9.7
サブタイトル追加