2話 初めての邂逅
海中に進むケアノスは50隻ある船団の最後尾の1隻を目指していた。
(クヒヒヒヒ……木造か、ますます気に入ったよ……木だけに、ね)
噛み殺したようにケアノスは笑う。
前の世界では異常と恐れられる程の身体能力を誇ったケアノスは、その驚異的な心肺機能により20分以上の潜水を可能としていた。ケアノスは船団の五百メートル手前から潜水し、船から発見されにくように海中を進んで接近したのである。普通であれば船の速度に追い付くなど不可能であるが、運の良い事に船団はケアノスの居る方向に向かって来たのだった。
ケアノスが船底に張り付き海面に顔を出すと、まるで艦隊のような木造船の集団が目の前に並んでいた。その船団の中央には一際大きな船が禍々しい存在感を放っている。
「ガレオンかな? デカイにも程があるよ、アハハハハ……!」
思わず笑ってしまう程の巨大なガレオン船を中心に、周囲にはジーベックなど中型の武装船が顔を揃えており、明らかに戦闘行為を視野に入れた船団である事が想像出来た。
「海軍や豪華客船の類いじゃなさそうだ。どう見ても海賊のマークだもんな……今じゃ稀有だよ。クックック……中世じゃあるまいし、どこの物好きだろう?」
未だ別の世界に飛ばされたと思いもしないケアノスは、笑いながら独りごちる。
◆◆◆◆◆
この世界は今まさに海賊達が割拠する大海賊時代なのだ。海賊達は皆、偉大な海賊王『ゴールド・ロジャー』が遺したという『ワンピース』を求めた。かつてロジャーが辿った『グランドライン(偉大なる航路)』と呼ばれる世界を一周する航路のどこかに、ワンピースは眠っていると噂されている。グランドラインは世界を横断する大陸『レッドライン』に対して直角な航路であり、ワンピースを手にした者こそが次の海賊王になると言われていた。海賊達は挙ってグランドラインを目指したが、そこは常識の通用しない魔境であった。異常な環境、見た事もないような生物、そして人間離れした超人達が巣食う地獄のような楽園なのである。
ケアノスが目覚めた場所はグランドラインとレッドラインによって四分割された海の一つで、この世界では最弱の海とされる『イーストブルー(東の海)』であった。海賊や冒険者が横行するこの世界では、悪名を轟かし政府に危険と判断された人物に懸賞金が懸けられていた。その懸賞金のアベレージ(平均)が一番低いのがイーストブルーなのだ。
そんなイーストブルーの中で、最大の戦力を有しているのが海賊艦隊『クリーク海賊団』であり、現在ケアノスが密航しようとしている船団である。50隻の船に5千人の兵力を備え、東の海に君臨しているクリーク海賊団を率いるのが艦隊提督『首領(ドン)・クリーク』という人物であった。アベレージ3百万ベリーというイーストブルーにおいて、千七百万ベリーという高額な懸賞金がクリークには懸けられているのだ。
ガレオン船『ドレッドノート・サーベル号』の船長室で葉巻を吹かすクリーク、側には腹心の部下であり戦闘総隊長でもある『ギン』も椅子に座っている。そこに見張り台からの急報を伝える為、伝令役の船員が飛び込んで来た。
「首領ッ、南南東の方角にマスカッツ商会の商船を発見しやした! 護衛船は1隻だけですぜ!」
「……ほう」
「マスカッツ商会と言やぁ、ブドウ酒製造の大手っすよ! きっとアレも山ほど樽を積んでますぜ、へへへっ……どうしやす!?」
テンションの上がっている船員に対し、クリークは落ち着いた様子で葉巻を灰皿に押し潰した。ギンも黙ったまま座っており、クリークの返答を待っている。
「決まってんだろ。いつも通りに、奪え!」
「えっ!? 相手は護衛船1隻だけっすよ!? 囲んじまった方が早いん――」
反論していた船員が急に黙った。クリークに銃を突き付けられたからである。クリークは船員に対してドスの利いた声を上げる。
「誰がお前に意見を求めたよ、あぁん?」
「す、すいやせん!!」
船員は平謝りする。そうしなければ、本当に殺される可能性が高いからである。自分の意に反する者をクリークは次々に殺してきたのだ。そんなクリークが銃を下ろし口を開く。
「いつも通りヤレ。足の速いフリゲートで“海軍船”を装って近付き、隙を見て襲うんだ……分かったな!」
「へ、へいッ!」
恐怖心から汗だくになっていた船員は慌てて敬礼し船長室を出て行った。それを見てクリークは呟く。
「チッ、つかえねェ奴だ……ギン、戦闘でも使えそうになけりゃ処分しろ」
「相変わらず容赦がねーな、首領」
「ンなモンが必要か?」
「ハハハ……いーや、それでこそアンタだ!」
そのふてぶてしさにギンは大笑いした。クリークのクリークたる所以は、その狡猾さにある。大量の武器や兵器を全身に仕込み、それを軽々と振るう怪力の持ち主であるクリークだが、彼についた渾名は『騙まし討ちのクリーク』であった。勝つ為ならば手段を選ばず、過程を気にも留めず、結果だけを追い求めてきたのだ。
◆◆◆◆◆
奇しくもケアノスの乗り込んだ船は移動力の高いフリゲートである。船員の目を盗んで甲板に上がったケアノスは、気配を消して潜んでいた。しばらくすると、船員達が慌ただしく甲板を行き来し始めたのだ。
怪しく思い目を細めるケアノス。
「……あれェ、もしかして隠形がバレたのかなァ!?」
ケアノスは少し考えたが、すぐに思考を切り替えた。そして隠れていた階段の下を通りがかった船員を捕まえる。相手の口を塞ぎ、一瞬にして手元に引き寄せたのである。
「んんん……!?」
慌てる船員にケアノスは人差し指を口に当てて一言――。
「しッ……静かに!」
「んんんんッ!?」
「ああ、もう……聞き分けない奴は、こうだぞ」
それでも声を上げようとする船員に、ケアノスは締め上げている片方の腕を圧し折った。大声を上げようにも口を力づくで塞がれている船員は悶えるしか無かったのである。
「クヒヒヒ……どう? 分かってくれたかな?」
「……ンンッン」
「そうそう、もし大声を出そうとしたら……今度は喉だよ、ククク……!」
嬉しそうに笑うケアノスを不気味に感じ、船員は頷く事で了承を示す。それを確認したケアノスはゆっくりと口を塞いでいた手を放した。痛みで冷や汗をかく船員は恐る恐る口を開く。
「お……お前は誰だ? なんでココにいやがる!? もしかして……海軍か!?」
そう言うや否や再びケアノスは口を塞ぎ、もう片方の腕も圧し折ったのだ。
「んぐぃッ!」
声にならない声を上げる船員。ケアノスは嬉々として語る。
「困るなァ、質問するのはボクだよォ。キミは馬鹿みたいにボクも問いに答えてればイイの~、簡単でしょ? ヒッヒッヒ……」
口角を上げて笑うケアノスに、船員はコクコクと頷き返した。
「宜しい。では――」
それからケアノスは此処はどの地域なのか、この船団は何でどこに向かっているのか、どうして皆が慌ただしくなったのかを尋ねたのである。すると、想像もしていなかった答えが返ってきたのだった。
ケアノスはキョトンとした顔をしてオウム返しする。
「イーストブルー?」
「そ……そうだ」
「クリーク海賊団?」
「そ、そうだって言ってるじゃねーか」
「ふむ……」
首を傾げて考え込むケアノス。そして何かを閃いたかのように声を上げる。
「知ってた? ボクね、昨日の夜はヘビを食べたんだよ」
「…………はっ!?」
突然のコトに船員はワケが分からない。だが、ケアノスは淡々と話し続ける。
「そうそう、クモも食べたんだァ」
「…………」
「貴重なタンパク源だし……意外と美味しかったんだけどねェ、お腹一杯には程遠かったよ」
「……お、おい、いきなり何言ってやがんだ!?」
うろたえる船員を余所にケアノスは更に話を続けた。
「ココに来る途中泳いでて気付いたンだァ……魚なら一杯いたんじゃないかって、クヒヒヒヒ」
「おい……ふ、ふざけてんのか!?」
「でもねェ、ボクは肉が食べたかったんだよ」
「…………」
「魚って肉なのかなァ? そうだとしたら……一食損したじゃないかァ!!」
突如怒りを顕にしたケアノスは、すでにその不気味さに臆していた船員の胸部に氣を捻じ込んだのである。
「ぐげェェェっ!」
吐血して倒れる船員。目耳鼻からも出血しているが、一命は取り留めていた。
ケアノスはその事にとても驚いたのである。
「うわァ、まだ生きてるんだ? スゴーイ……ここ数年で初めてだよ、ボクの発勁喰らって即死しなかった人って」
拍手をしながら笑顔で話しかけるケアノスだが、船員は死んでこそいないが虫の息であった。
「下っ端かと思ってたけど、結構上の人だったのかなァ?」
返ってこない問い掛けを続けるケアノス。
「まっ、いっか! もう一人捕まえて聞けば済む話だモンねェ……じゃっ、ごゆっくりィ」
血を垂れ流す船員を階段下の奥へと詰め込んだケアノスは再び気配を殺す。
「しっかし可哀相な人だったなァ……妄想に取り付かれちゃってたし、現状も把握出来てないみたいだったモンね。ボクの一撃でマシになればイイけど、クヒャヒャヒャ……!」
愉悦に表情を歪めるケアノスは、新たな情報源を求めて行動を開始するのであった。
読んでくれてありがとう。
感想やご意見あればお待ちしています。
2013.11.22
主人公の口調を少しフランクにしました。
2014.4.15
潜水に関して修正を加えました。
2014.9.7
サブタイトル追加