悪を名乗りし者   作:モモンガ隊長

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26話 裁きという名のとばっちり

 空島には特殊な貝が存在する。

 それは"ダイアル"と呼ばれ、空島に住まう人々の生活を根底から支えている。

 

 

 マオは複数の貝殻を手にし、目を爛々と輝かせた。

 

「宝や……お宝や、お宝の山やで。なんやココは!? ウチは宝島に上陸したんか!?」

「あっ、いや、空島ですいません」

「まさに夢の国やな!」

「……神の国で、すいません」

 

 ペコペコ謝るこの男の名はパガヤ。空島で生活する住人の一人であり、貝船のエンジニアでもある。天使のようなコスプレに奇天烈な髪形をしているが、決して変態と言うわけではない。神の国"スカイピア"では標準的なスタイルなのだ。

 パガヤを変態と決め付けたマオは彼の言い分も聞かずに罵声を浴びせた。その行為は娘のコニスが仲裁に入るまで続けられ、平謝りの末に今に至る。

 (ダイアル)はマオの科学者としての好奇心を大いに刺激した。

 

「ウチも噂には聞いてたけど、実物見るんは初めてやで。ちょっと分解してええか?」

「えっ!? そ、それはちょっと……」

「ほな、こっちは? こっちやったらええか?」

「いや、そっちも困るんですが……すいません」

 

 生活必需品である貝を手当たり次第に分解しようとするマオにパガヤは冷や汗で対応する。まだ短い付き合いであるが、マオの傍若無人ぶりは散々目にしていた。

 

「ウチのフェルムちゃんにこれ付けたら、いざと言う時に使えるやろ」

「なるほど……舩先に取り付ければ、普段受ける圧力を蓄えて逆噴射に利用出来ますね」

「せやねん。急停止と後進は悩みの種やったけど……一気に解決してまうで、ホンマええモン(もろ)たわ。ニッシッシッシッシッシ!」

「いえ、あげたワケでは……」

 

 マオの耳はとても都合良く出来ている。パガヤの訴えがマオに届く事はない。

 

「熱貝はウチの螺旋槍のパワーアップに使えそうやな。あとケアノスが映像貝と音貝も欲しい言うてたし、後で買いに行こか」

「貝だけに……ですか、すいません。いや、本当に……あの、槍を遠ざけて下さい。あっ、今ちょっと刺さって……すいません、ホントすいません」

 

 

 

 マオ達がじゃれる一方、ケアノスはスカイピア入口に程近いエンジェルビーチでくつろいでいた。

 

「へそ、ケアノスさん。新鮮なコナッシュをお持ちしました」

 

 コニスはかぼちゃのような木の実を差し出す。ちなみに「へそ」とはスカイピアの挨拶である。

 

「ああ、どうも。お構いなく」

 

 そう言いつつもコナッシュを受け取りストローに口を付けるケアノス。服装や状況こそリゾート感が溢れているが、内情はバカンス気分とは程遠い。

 

(どうやらココは世界政府や海軍の監視はいないみたいだ。代わりに"(ゴッド)"ってのがいるんだっけ? 自称神かァ…………フフフ、痛いよねェ。苛烈で暴力的な手段によって住民を弾圧する、いわゆる恐怖政治ってヤツか。まともな統治でも反発者はいるってのに、そりゃゲリラも生まれるよねェ)

 

 コナッシュを一飲み、芳醇な甘さがケアノスの喉を癒す。

 

「そう言えば……あのキツネはどうしたの?」

「スーですか? それが珍しく人見知りしているようでして」

 

 スーとはコニスの飼っている雲ギツネであり、普段は人見知りもなく人懐っこい性格をしている。

 

「ふーん、人見知りなんだ。てっきりボクを怖がってるのかと思ったよォ、酷く怯えてたしィ」

「そ、そんな事は…………ないと思いますよ」

「フフフ、信じるよォ」

 

 冷や汗をかくコニスに冷徹な笑みを浮かべるケアノス。

 

(動物ってのは正直だねェ。本能でボクとの関わり合いを避けてる感じだよォ。動物愛好家のボクとしては(いささ)かショックだなァ。ボクは動物を愛でるのも食べるのも大好きなのに……)

 

 会話が途絶えた事でコニスは家の方に戻って行く。ビーチは和やかな空気に包まれていて平和そのものである。

 

(それにしても暇だなァ。マオはずっとココに居てもイイなんて言うけど、退屈は苦痛だよォ。確かにココなら海軍も追って来ないし、この国の法律に従ってる内は見かけ平穏なんだろうけどさ……それのどこが面白いの!? やっぱりマオが楽しそうにしてる顔よりも、困ってる顔を見たいってのが人情じゃん! 誰しもが思う事じゃん!!)

 

 バキッという音と共にコナッシュの果汁が零れた。興奮の余りコナッシュを砕いてしまったのだ。ケアノスは手が濡れてしまったとコナッシュを投げ捨てる。ケアノスは知らない、コナッシュの外皮が鉄の硬度を持つと言う事実を。そして、後で回収に来たコニスが砕けたコナッシュを見て驚愕した事は言うまでもない。

 

(……落ち着こう。想定外の状況だけど、プランの修正自体は可能だ。ココで問題を起こせば必然的に出て行くしかなくなる。問題はどうやってその問題を起こすか、だねェ。やっぱり入国料は払うべきじゃなかったなァ……今更だけど)

 

 ケアノス達は『天国の門』と呼ばれるスカイピアの入り口を通る際、監視官に入国料として一人10万ベリーを支払っていた。決して安い金額ではなかったが、マオの下した船長命令である。ゲリラの襲撃直後という事もあり、マオはいつもより冷静であった。余計なトラブルは御免だとしたこの判断は、結果としてマオ自身を助けた事になる。しかし、ケアノスにはそれが面白くなかった。

 

 

 

 ケアノスとマオに共通する特徴に、悪運の強さと運の悪さが挙げられる。どうにかして災いの火の粉が降りかからないかと思案に耽って数日、起こるべくしてそれは起こった。

 

「不法入国者だ! 不法入国者が出たぞーッ!!」

「ビーチの方に逃げたらしいぞ! あっちには近付くな!!」

「ま、拙い! "裁き"が来るぞ!!」

 

 住人達は恐慌して逃げ出す。街中がパニックに陥り、皆家の中や物陰へと避難していく。街をぶらついていたケアノスは人々の流れに逆らってビーチに向かう。

 

 次の瞬間、巨大な雷が落ちた。

 

 不法入国者は浮雲ごと巨雷に貫かれ、黒焦げに焼かれて落下する。落雷での絶命は免れても、この高さから落ちては助からない。そして、落雷の余波はブラック・フェルム号にも及ぶ。鋼鉄の船は導電性が高く、雷の影響を受けやすい。当然その対策はされている――はずであった。

 

「あれれ……どゆこと?」

「父上ーッ!?」

 

 コニスの悲痛な声が響く。マオとパガヤはブラック・フェルム号に乗っていた。そのブラック・フェルム号がもくもくと黒煙を上げている。コニスは最悪の事態を想像した。しかし、船は未だ帯電しており近付こうにも近付けない。

 

「父上! 父上ーッ!!」

 

 大声で父を呼ぶも返事はない。ガックリと膝をつくコニス。

 ケアノスも首を傾げている。

 

「おかしいなァ。耐電素材の層で護られてるはずなのに……あっ! 赤犬にやられて応急処置しかしてない箇所があるんだっけ」

 

 ポンと手を打つ。

 

「喉に刺さった小骨が抜けたようなスッキリ感だねェ。さて……コニス、水貝を持ってきてよ。鎮火しないとマオ達が出て来れないからさァ」

「えっ? 生きて……!?」

「もち。雷対策だけは何重にもやってるから大丈夫だよォ……多分、ね」

「す、すぐ取って来ます!」

 

 そう言ってコニスは駆け出した。ケアノスに手伝うという意志はない。

 

 

 水貝による消火活動で黒煙が消えると、ハッチが開いてマオとパガヤが出て来た。

 

「アハハハハハハ、見事なアフロだねェ。とても似合ってるよォ、マオ船長」

 

 ケアノスは腹を抱えて笑う。

 マオとパガヤは顔が煤け、髪は爆発している。

 

「父上、無事で何よりです!」

「コニスさん……心配させてすいません」

「こらケアノス! ウチの事も心配せんかい!」

 

 親子の抱擁を横目にマオは怒りに奮えた。ケアノスの反応もそうであるが、一番の原因は船の損傷である。赤犬に受けたダメージが回復し切らぬ内に、再び大ダメージを受けたのだ。羅針盤や計器は狂い、衝撃吸収材も焼けてしまった。

 

「ツイてへん……なんでウチばっかり……雲の上まで来て落雷て……最悪や」

「フフフ、知ってる? さっきの雷、人災らしいよォ」

「は? 何言うてるん!?」

 

 マオはワケが解っていない。パガヤとコニスは意味を理解しているので、顔が青褪めている。

 

「"(ゴッド)・エネル"って言う自称神様の仕業らしいよォ。ここじゃ珍しくないみたいだねェ」

「ホ、ホンマなんか?」

 

 マオはコニスに尋ねた。ケアノスの強さは認めていても、彼の人間性は微塵も信用していないのである。コニスは恐る恐る頷く。

 

「は、はい。あの雷は神・エネルが下される"天の裁き"です」

「その話、詳しゅう聞かせてんか」

「……ひぃ」

「はい、すいません。生きててすいません」

 

 マオの威圧にコニスは怯え、釣られてパガヤも謝る。

 

 

 コニスとパガヤによると、エネルが神の座を簒奪したのは六年前という話だった。スカイピアのはるか南東に位置する空島から集団を率いてやって来たエネルは、圧倒的な武力を持って神隊とシャンディアに大打撃を与えて神の島に君臨したと言う。

 それからは入国者の多くが犯罪者に仕立てられ、彼らを裁きの地に誘導する事が国民の義務とされた。国民には罪の意識を植え付け、神隊は空を飛ぶ方舟建造の為に酷使されている。方舟を作る目的は判っておらず、その方舟もエネルの能力なしには動かせないと言う。

 

 マオはエネルに強い敵愾心を抱く一方、空を飛ぶという方舟の存在には大いなる興味を持った。しかし、憤りは治まらない。

 

「ほんならウチは神の裁きとやらのとばっちり食うた言うんか?」

「はい……お気の毒だとは思いますが、無事で本当に良かった」

「無事やない! ウチのフェルムちゃんがご臨終や!」

「えっ!? フェルムちゃん!? お亡くなりになったのですかッ!?」

 

 マオの言うフェルムちゃんがペットだと思い込むコニスは取り乱し、慌ててパガヤがフォローを入れる。コニスは目を白黒させ、ケアノスはその様子を黙って眺めた。

 

(ツイてる。火の粉が勝手に向こうから降って来るなんて……ククク、これでマオは動く)

 

 わずかに口角を上げてほくそ笑むケアノス。

 

「なぁ、兄さん。とんでもない事言うてええか?」

 

(ほらね)

 

 ケアノスは笑みをかみ殺す。

 

「どうぞォ」

 

 そして努めて平静に応えた。

 

何人(なんぴと)たりともウチのフェルムちゃんを傷付ける奴は許さへん。例えそれが神様でも、や」

「だろうねェ」

手伝(てつど)うてくれるか?」

「船長が動けば"螺旋"も動く、当然でしょ」

 

 マオとケアノスはアイコンタクトで微笑む。しかし、異を唱える者もいた。

 

「ダ、ダメですよ! 殺されちゃいますって! 青海人の方はここでは運動能力が落ちるので」

 

 コニスは声を大にする。

 

「心配してくれんのは嬉しいんやけど、泣き寝入りする気はないねん。やられたらやり返す。相手が誰やろうと関係あれへん……それが螺旋の海賊団や! それにや、この兄さんの強さは異常なんやで。ゲリラかて返り討ちにしたさかい。さっ、兄さんも何か言うたり!」

「神? 何それ? 美味しいのォ?」

「カッカッカッカッカ、神様まで食うてまう気かいな」

「フフフ、それは面白そうだねェ」

 

 先ほどの雷を見て尚笑う二人に呆然とするコニス。正気の沙汰とは思えないのだ。

 

「それじゃあ一足先に敵情視察してくるから、船長は戦闘の準備宜しくねェ。多分神は雷属性の能力者だろうから、それなりの対策が必要だよォ」

「ええけど、一人で大丈夫なんか?」

「うん。一人の方が動き易いし、暗殺は得意分野だからねェ」

 

 不穏な単語にコニスの顔が曇る。

 

「せやけど神兵の中には女性もおるらしいで?」

「ボクの師匠が言ってたんだァ。性別や年齢それに皮膚の色なんかで人を差別するなって」

「ええ師匠やんか」

「うん。だからボクは女子供お年寄りでも容赦なくぶっ殺すよォ」

「…………さ、さよか」

 

 すっかり慣れてしまったマオとは対照的に、コニスの顔は青褪め今にも倒れそうだった。

 

 マオは強引にパガヤとニコスを家で休ませ、ケアノスに耳打ちする。

 

「コニスの前ではカッコつけてあない言うたけど、今回の目的は打倒"神"やない。得体の知れん神様なんぞ最悪無視してもええで。いくら兄さんでも勝てる保証はないやろ」

「じゃあ何するの?」

「ニッシッシッシ、決まってるやん! 方舟や! 空飛ぶっちゅう船にはアンタも興味津々やろ?」

「えっ……うーん……まぁ……ねぇ……」

 

 ケアノスは一切興味がなかった。むしろロギア系能力者と思われるエネル本人に関心を持っている。

 

「方舟を奪う。それが無理やったら破壊するんが今回の報復や。目には目を、歯には歯を、船には船やで!」

「倒しちゃった方が早くない? 船盗んだら怒って追って来るよォ?」

「アホ! それこそコード『ハゲ豚』やろ! 地上の海まで降りれたらウチらの勝ちや! 何人おるかも分からんのに全員は相手出来んやろ」

「……ああ、なるほどォ。そうだねェ。うん、そうしよう! あっはっはっはっは!」

 

 ケアノスは大いに笑った。

 

(ククク、理想的だねェ。ボクらが逃げた後で空島の住人がどうなるか微塵も考えちゃいない……最高だよォ、マオ。キミはそんな"些細"な事なんて気にしなくてイイ。海賊を名乗った瞬間からボクらは"悪"だ。暴力を正当化しようとする正義なんて糞喰らえさ。弱者救済? それこそ自然の摂理に反してるじゃないか……所詮この世は、弱肉強食だからねェ)

 

 

 


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