数人の船員達を拷問し聞き出した情報を整理していたケアノスは思わず唸る。
「うーん……どうなってるんだァ?」
頬をポリポリかくケアノスは首を傾げた。出鱈目ばかりを吐くと決め付けて殺してきたケアノスであったが、三人目を殺した時に漸く船員達が言ってるコトが実は真実なのではと疑うようになったのである。
(でもなァ、イーストブルーとかグランドラインなんて地名は聞いた事ないしなァ……それに、ボクの名前を誰も知らない人なんて……)
ケアノスが一番驚いたのは皆が皆、揃って自分のコトを知らなかったという事実にであった。名乗りをあげても誰一人驚いた顔一つ見せなかったのである。それどころか「誰?」という表情をされ、逆に笑わずにはいられなかった。
(ボクって結構知名度は高いハズなんだけどなァ……悪い意味で、ククククク……!)
前の世界では、国際連合機関が全世界に指名手配した7大凶悪犯の一人にして、兵器を用いずに最も多く殺人を犯した人物として世界記録にも認定されていたケアノスである。某国の大統領以上の知名度を誇っていたと言って良いだろう。ケアノスの名を聞けば、小さな子供でも泣いて大人しくなる程であった。そんなケアノスの存在を船乗り達が全く知らないのは正しく異常な事態であるにも関わらず、ケアノスはそんな自分が置かれている状況を楽しんでいた。
(世界で一番有名な人がゴールド・ロジャーだって? ククッ……全っ然知らないっての!)
ケアノスは四人の男の死体を積み上げ、そこに腰掛けて考え込む。一人目の男は即死せずに、三人目を尋問中に絶命しており、結局は尋問した全員が殺されてしまったのだ。
(海賊王って何だよ!? かなりイカす称号じゃないか、クヒヒヒヒ……王つけりゃイイってもんじゃないだろうに)
自分の理解が及ばない状況でありながら、ケアノスは愉悦で口元を歪ませている。
(それでもってコイツ等は善良な船乗りじゃなくて、悪い悪い海賊さんってワケねェ)
尻の下の死に絶えている男達をチラッと見てケアノスは微笑む。
(クックック……四人共ただの兵卒にしては、異常にタフだったなァ)
そう思い笑うケアノスであったが、彼が何より驚いたのは海賊共のタフネスぶりである。前の世界では氣を練った拳で殴っただけで相手は絶命したものだが、この世界の男はそれだけでは死なず、血を流しながらも話し返すだけの気力を見せていた。それを面白がったケアノスは4人目の海賊には実験的に氣を行使したのだった。体中の穴という穴から出血するまで続けられた発勁で惨たらしく殺されたのである。海賊にとっては災難、あるいは因果応報と呼べるのかもしれない。
(有名な海賊団だって言ってたけど……知らねー、この札も見たことない通貨だしな)
海賊から巻き上げたお金を眺めるケアノス。しかし、ベリーという通貨を聞いた事も無いケアノスはこの数枚のお札にどれだけの価値があるのかは分からなかった。
また四人が四人とも同じコトを語り、ケアノスが初めて聞くような単語ばかりが飛び出したのである。痛めつけた上で同じ答えだったという事は、洗脳でもされていない限り真実を話しているのだろうとケアノスは考えた。
(とんでもない辺境に来てしまったのは間違いないだろうな。まぁ、帰る家なんて無いし別に構わないけど……お風呂には入りたいなァ)
海水で濡れてしまった衣服を不快に感じており、今の願望は熱いシャワーであった。
(とりあえず、この海賊団は今から商船を襲うらしい……フフフ、面白そうだし見学してようか)
考えても分からない事は後回しにして、現状を楽しむ事に決めたケアノスは商船襲撃現場を覗くべく甲板に出たのである。すると、丁度戦闘の真っ最中だったのだ。
商船に次々と乗り込み、サーベルを振り回すクリーク海賊団。護衛団は突然の来襲に虚を突かれて混乱していた。
「一人残さず殺せー!」
「クソッタレ、海軍じゃなかったのかよ!? 卑怯な海賊共が!」
「騙される方がバカなんだよ! 死ねや!!」
海軍を装ったクリーク海賊団の不意打ちを受けた護衛船は、一斉砲火により徹底的に攻撃されボロボロになっている。数十人もいた護衛も片手で足りる程の人数まで減らされており、最早は決着は目前であった。
「ひぃぃぃ、い、命ばかりはお助けを……!」
マスカッツ商会の商人達も劣勢な状況、クリーク海賊団というネームバリューに完全に萎縮してしまい命乞いを始めている。イーストブルーに生ける者でクリーク海賊団の名前を知らない者は少ない。それだけ東の海では1000万ベリーを超える賞金首は珍しいのだ。
数で勝るクリーク海賊団は護衛船1隻に対し、海軍を装っただけではなく、3倍の兵力を持って強襲したのである。まさに『結果至上主義』という言葉がしっくりと来て、何をしてでも最後に勝てれば良いのだ。
クリーク海賊団は命乞いをする商人を生かしておく気など微塵もない。その姿を見てニヤニヤし、容赦なく蹂躙するのである。と言うのも、過去に「皆殺しにする必要はないのでは?」と進言した部下を、首領(ドン)・クリークが見せしめとして皆の前で撲殺したのだ。それ以来殺らなければ自分が殺られるという恐怖に支配されていた。
(クゥゥゥ……イイね! ボクの大好きな赤い血が吹き荒れる虐殺……うう、高まるゥ)
一方的な斬殺劇を観賞していたケアノスは興奮状態にあった。
(観てて判ったけど、やっぱりボクの知ってる警察や軍隊なんかより全然強いな。有名な海賊団と自負するだけのコトはある……けど、まぁ脅威には感じないけどね)
ケアノスは冷静に戦況と戦力を分析していた。海賊達の身体能力は自分の知る訓練された傭兵や軍人よりも高いものであった。しかしながら自分には遠く及ばず、どんぐりの背比べと判断したのである。
商団を皆殺しにした海賊達は商船から荷物を運び始めた。目的であった酒樽を大量に積まれていた事で海賊達が歓喜の声を上げている。護衛船は結局海の藻屑となって沈んでしまい、屍だけとなった商船も物資を全て奪われ海のど真ん中で放置される事となったのだった。
ケアノスは気殺による隠形で姿を隠して商船へと乗り移った。常人であればむせ返るような血と死の臭いを芳しく嗅ぐケアノス。辺りには泣きっ面や無念の表情を浮べている死体が転がっている。
「クックック……素晴らしい暴力の爪痕だなァ。――これこそ“悪”だ」
銃火器ではなく刃物中心で死に至らしめている点もケアノスは気に入ったのだ。
「面白い……ココは実に面白い! ココでなら見れるかもしれないな――深遠が……!」
興奮状態にあるケアノスは気付いていなかった。クリーク海賊団の船団が静かに離れていってるのを――。
商船の船内を散策し、甲板に出た時には遅かった。
「あれ……? どこ行った?」
素っ頓狂な声を上げてケアノスは周囲をキョロキョロ見回した。すると、徐々に小さくなっていく船影が遠くの方に確認出来たのである。
「…………やっちゃった!」
大声で叫ぶケアノスであるが、時すでに遅し。流石のケアノスでも泳いで追い付ける距離ではなかったのだ。
「………………まっ、いっか。むしろタダで船ゲットしたんだし、ラッキーと考えるべきかな、アッハッハッハ!」
行ってしまったものは仕方ないと気持ちを切り替える。暴力の残り香に引き寄せられて商船に移ってしまったのではケアノス自身であるし、移動用の足を入手したと逆に喜ぶのだった。海賊船に残っていても色々と移動出来たであろうが、自由度はない。その点、この商船なら自由にどこへでも向かえるのだ。
ケアノスはまず船舵室に入り、あるモノを探していた。そして見つけるや驚きの声を上げる。
「なんじゃこりゃ!?」
それは一枚の海図であった。前の世界での世界地図ならば大まかに頭に入っている。しかし、目の前に置かれている海図は見た事もない場所を描いていた。
「地図見りゃ分かるかと思ってたけど……ますます分かんなくなったなァ」
自分の記憶している世界地図のどことも一致しない海図に首を捻る。ケアノスはしばし考え込む。
「…………まっ、いっか。ボクが知らないだけじゃなく、ボクを知らないなら好都合だ」
口角を上げて不敵に笑みを浮かべる。
「知らないならこれから知ってけばイイだけだし、知られてないなら自由に動けるな」
前の世界ではどこに行くにも隠形なしには出歩けなかったケアノスにとって、久々に自由を謳歌できる機会を得たのである。ケアノスは何も分かっていない今の状況を、シャワーが浴びれない事以外で不満はなかった。
すると、ケアノスはお腹がグゥ~と鳴った。朝から何も食べてないケアノスは氣の使用もあって体がエネルギーを欲しているのだ。
「こんな状況じゃお腹も減るよね、クックック……」
死臭が漂う船の上では腹が減るのも当然と言い出すケアノス。到底食欲が湧くとは思えない環境でケアノスは献立を考えている。そしてチラッと周囲の死体に目をやった。
「うーん、やっぱ肉がイイんだけど……ここじゃ魚しか手に入らないよね。魚が肉なのかどうか……人類永久の謎だな」
うんうんと頷きながら釣竿になりそうな物を探す。餌はそこら中に落ちているからラッキーと軽い足取りであった。
一般人の感性とはズレにズレたケアノスは、前の世界では異常であり異端とされてきた。この世界にはグランドラインや悪魔の実といった常識ハズレの異常が数多く存在する。異常なこの世界においてケアノスの異常は普通へと変わるのだろうか、それとも――。
2014.9.7
サブタイトル追加