ギンが背後のケアノスに気付いた時にはすでに遅過ぎた。
「お前……邪魔なんだよ、面白くないし」
その言葉が耳に届くと同時に、ギンの背中にそっとそえられたケアノスの右手から発勁がギンにぶち込まれたのである。背中に直撃を喰らったギンは血を吐きながら“ヒレ”の甲板へと投げ出された。
「へェ、一瞬体を反らすなんて……全くの雑魚じゃなかったんだァ、アハハハハ……ちょっと見直したよ。まっ、一声かけたんだから無反応じゃツマラナイもんねェ」
ギンが吹っ飛び、手に持っていたピストルも飛ばされたのを確認したコック達はゼフの下に駆け寄る。
いの一番にサンジが叫ぶ。
「ジジイッ!」
「「オーナー!」」
ゼフはその場に胡坐をかいて座り込む。そしてサンジに視線を送り、一喝した。
「大袈裟に心配してんじゃねェ。このくらいどうって事ないわ、チビナスが!」
「うるせェな! 俺をいつまでもガキ扱いするなっつってんだろが!!」
「まぁまぁ……面白かったんだし、イイじゃん! ねっ!」
「てめェ……ナメてんのか!? あのクソ下っ端が衝撃で引き金引いちまってたらどうするつもりだったんだよ、コラッ!!」
「どうもしませんよ……ただ、ファンキーな爺さんの死体が一つ増えただけでしょ。クックック……!」
「このクソ野郎がッ!!」
サンジが蹴りを放つが、ケアノスは再び軽功術でひらりと避けた。蹴りの風圧にケアノスはピューと口笛と吹く。
「イイ蹴りだねェ……だけど、怒りで氣との調和が乱れてるよ。それより……ボクは結果的にオーナーさんを助けたンだよ? 感謝こそされ、蹴りをお見舞いされる謂れはありませんねェ」
さも心外だとケアノスは首を振った。
サンジの怒りは増すばかりである。
「てめェ……!!」
「やめろ、サンジ! そいつの言う事も一理ある!」
再び蹴り掛かろうとするサンジを仲間のコックが体を張って止める。
3人がかりで何とか押さえつけるが、されでもサンジは「離しやがれ!」と叫び、ジタバタと暴れていた。
「クックック……怖い怖い。それはそうと……お礼の言葉は要らないので飯食わせて下さい。さぁ、可及的速やかに! ボクはお腹ペコペコなんです……腹減ったァ! 腹減ったァ!!」
駄々っ子のようにケアノスは足を踏み鳴らした。
サンジを制止していたコックもこの態度には腹を立てる。
「おい、兄ちゃん! あんまし調子に乗ってっと「食わせてやれ」……お、オーナー!?」
「好きなだけ食わせてやれ」
「おお! 流石は出来るオーナーは違いますねェ、話が早くて助かりますよ。もう少し遅ければ……腹ペコでボクが餓死するとこでしたァ。ククククク……!」
「チッ……少し待ってろ」
皮肉るケアノスに腹は立つが、オーナー命令では仕方ないと渋々コックは厨房へと入って行く。
ケアノスはご満悦であった。サンジや他のコックはそんなケアノスを睨み付けている。
その頃、海賊達はギンとパールの介抱をしていた。
「ギンさん、しっかりして下さい!」
「ううぅ……あのヤロー、いつの間に後ろに……? おいパール、早く起きろ!」
「イ……イブシ銀……?」
口元の血を拭って起き上がるギン。
頭を振って正気を取り戻すパール。
そこへ地鳴りにも似た怒号がゴゴゴゴゴと響く。
「てめェら、いつまでのらりくらりやってやがる! モタモタしてっと、てめェらごと海に沈めるぞ! 分かったかッ!!」
首領・クリークの叫びであった。
「「「お、おおー!!!」」」
「パール、サンジさんは俺がやる。お前の相手は麦わらだ……それと、あのクソヤローは後で俺が殺す!」
「了解。盛大に攻撃(プレゼント)してやりますよ!」
ギンは懐からトンファーを取り出し、両手に構えた。
「サンジさん、アンタは俺達の命の恩人だ……だからこそ、この俺の手で葬ってやる」
「アァ!? 上等こいてろよ、クソ下っ端が!」
「おい、てめェらは手ェ出すなよ!」
「「は、はい!」」
ゼフを人質に取ったギンをサンジは許す気などなかった。さらにケアノスのせいでサンジはイライラの頂点にあり、憂さ晴らしをしなくては爆発しそうなのだ。サンジとギンは一騎打ちをすべく、甲板中央に相対す。他の海賊達はギンに介入を禁じられた為に、遠巻きに様子を窺っていた。
そうこうしていると、コックが料理や食材を持って厨房から戻って来る。
「おら、飯だ。好きに食いやがれ!」
「おお、美味そう! では……いただきまーす」
ケアノスは目の前に出されたディナーにがっつく。何も食べずに数時間オールを漕ぎ続けた事もあってカロリーをかなり消費していたのだ。
「うまうま。流石は有名店だけの事はあるなァ……イイ仕事してるよ」
幸せそうに食べるケアノス。
ルフィは食事をするケアノスを少し羨ましそうな目で見ていた。しかし、クリーク海賊団を退ければ一年という雑用期間を免除して貰えるという“約束”があった為、必死に我慢したのである。
一歩大人の階段を昇った瞬間だった。
一方のパールは余裕の笑みを浮かべている。
「ハーッハッハッハ……麦わらァ、キミの相手はこのおれだ。イブシ銀なファイヤーパール・プレゼントに戦慄のレクイエムを奏でるとイイ!」
「何言ってんだ? バカじゃねーのか」
「何をォ、喰らえッ! ファイヤーパール・プレゼント!!」
両手に携えた盾を激しくぶつけて発火させ、パールはルフィへと突撃した。
「燃えて死ねェ!!」
「ぬぁぁぁぁああ、ゴムゴムの……!」
ルフィは右足を天高く蹴り上げた。そして、振り上げた足をパールの頭目掛けて激しく振り下ろす。
「戦斧(オノ)ッ!!!」
ドガァァンという衝撃音が鳴り響く。パールの脳天に直撃したルフィの踵(かかと)は、そのまま“ヒレ”の甲板をもぶち抜いたのである。
パールは一瞬で意識を刈り取られた。
「「い、一撃で!?」」
(おおー、すげェな……ゴム人間。……イブシ銀、キミの事は忘れないよ……多分、南無)
クリーク海賊団から驚きの声が上がり、ケアノスは心の中で合掌していた。
コック達からは非難の声が上がる。
「こら雑用! てめェ、船を壊してんじゃねーよ!」
「てめェが壊しちまったら守る意味ねーだろが!!」
「ナッハッハッハ! 悪ぃ悪ぃ……つい力が入っちまった」
「「「笑い事じゃねー!!」」」
(クックック……ツッコミのスキルまで搭載しているコックとは、なかなか有能だなァ。でも……ボクの時はなかったじゃんか)
自分と時には蹴りや悪態しか来なかったのに対して、ルフィの場合は総ツッコミが入るのをケアノスは少し羨ましく感じていた。
「あ……悪魔の実の能力者、やはり化け物だな……」
ギンもパールが一撃で沈むとは思っていなかった。ルフィの戦闘力を測り損ねたのである。
しかし、ギンは決して焦ってはいなかった。例え能力者であっても、自分が最強と信じた首領・クリークに勝てるハズがないと思っているからである。
「サンジさん、アンタには傷付くことなくこの船を降りて欲しかったんだが……そうはいかねェようだな」
「あぁ、いかねェな」
「だったら……せめて、おれの手でアンタを殺すことが……おれのケジメだ」
「……ハッ……ありがとうよ。クソくらえ」
そう言いながらサンジは新しいタバコに火をつけた。
ギンはチラリとルフィを見る。
「……アンタもだ、麦わらの人。さっき仲間と一緒にここを離れてりゃ良かったのに」
「ん? 別に! おれはお前らみたいな弱虫には敗けねェから!」
「ッ!」
すると、我慢の限界に達していた海賊達が再び騒ぎ始める。
「コ……コ……コイツら、我らが“総隊長”に向かって『クソくらえ』だの『弱虫』だの好き勝手言いやがって!!」
「おれ達ァ東の海最強のクリーク海賊団だぞォッ!!!」
(あっ、クリープじゃなくてクリークだったのか……随分マイルドな海賊団だと思ったのになァ、クックック)
いきり立つ海賊達にルフィは一言。
「一番人数が多かっただけじゃねェの?」
「「「なっ……!」」」
「あーあー、核心ついちまったよ」
「やっぱりか」
絶句する海賊達に納得顔のルフィだが、コック達は震え上がっていた。
「バカ雑用め、何わざわざ怒らせるような事を」
「首領・クリークだぞ……!?」
「……あいつらの強さは本物なんだぞ!」
「クク……!」
唯一ゼフだけが笑っている。
いや、もう一人――ケアノスも笑っていた。
(アッハッハッハッハ……戦争は数とも言うし、人数多いのは立派な戦力だよねェ)
しかし、クリーク海賊団の一味は我慢出来なかった。
ここぞとばかりに怒りを爆発させる。
「「コイツら、やっぱり俺達の手でブッ殺してやるッ!!」」
海に避難していた海賊達が甲板目掛けて駆け寄ってきた。
しかし、一人の男によって止められる。
「ひっこんでろ! てめェら!!」
「ど、首領・クリーク……」
「でも、コイツら……」
「弱ェと言われて取り乱す奴ァ、自分で弱ェと認めてる証拠だ。強ェ弱ェは結果が決めるのさ。おれがいるんだ、ギャーギャー騒ぐんじゃねェよ」
「「「はっ!!」」」
「「首領・クリーク!!」」
結果至上主義であるクリークらしい言葉で、乱れていた海賊達を制した。
(お腹一杯になったら眠くなってきたなァ……一番注目してたイブシ銀もリタイアしちゃったし、ゴム人間は伸びるだけだもんなァ)
フワァと欠伸をするケアノス。
この状況下でも緊張感の欠片もない。
それはケアノスの性格もあるが、戦闘能力の高さの裏返しでもあった。
戦場では海賊達が刃を収め、一糸乱れずクリークの指示に従っている。
「な……なんて統率力だ」
「50船の艦隊の首領とは名ばかりじゃねェってことか」
コック達は首領・クリークのまだ見ぬ実力に恐れおののく。
そんなクリークがルフィに声をかける。
「なぁ小僧。てめェとおれと……どっちが“海賊王”の器だと思う……」
「おれ!」
即答するルフィ。
逆にコックが焦る始末。
「てめェ少しは退けよ!」
「なんで?」
クリークの額に青筋が浮かぶ。
「よォし、どいてろ野郎ども」
(ふわぁぁぁぁ…………よし、決めた!)
奇しくもクリークと同じタイミングでケアノスは立ち上がった。
(この中でいっか……)
ケアノスは勝手に船室に入り、奥でゴロッと横になったかと思うとスヤスヤと寝入ってしまったのである。外ではサンジとギン、ルフィとクリークの激戦が繰り広げているが、ケアノスは興味を失っていた。時折揺れる船はケアノスにとって揺り篭のようなものなのだ。
サンジとギンは互いに蹴りとトンファーを当て合う打撃戦となり、双方大きなダメージを受けている。ルフィとクリークは、クリークの多彩な武器の数々にルフィが攻めあぐねていた。
しばらく戦っていたギンであったが、命の恩人であるサンジをやはり殺す事は出来ないと涙ながらにクリークに訴えかけたのである。しかし、クリークはこれを認めず、最終兵器でもある『M・H・5』という毒ガスを使用したのだった。ギンのおかげで辛うじて難を逃れたルフィとサンジであったが、ギンは毒をモロに喰らってしまい激しく吐血する。
怒れるルフィは自身が傷付くのも省みず、ウーツ鋼に身を包んだクリークを何度も何度も攻撃した結果、ついに鎧をブチ破り勝利を収めたのである。最後に披露した大技『ゴムゴムの大槌』でクリークはバラティエのヒレ甲板に打ち付けられ倒れたのだった。
勝負を決定付けた衝撃でケアノスが目を覚ます。
「んんー、よく寝た」
伸びをして辺りを見回す。
周囲にあったテーブルの上には食事を終えたばかりと思われる皿やコップが並んでいた。
「そっか……海上レストランに来てたんだっけ」
外から何やら喚く声が聞こえた。
「あれェ? まだ戦(や)ってるのか? クックック……ホント戦闘マニアばっかりなんだなァ、お盛んなことで」
そう呟き、外に出てみると――丁度戦闘が終結したところだった。
ギンは意識を失ったクリークを担ぎ、小船で旅立とうとしている。
コック達は敵意をむき出しのまま見送っていた。
(どうやらクリープ……じゃない、クリーク海賊団が負けたようだねェ。まぁ氣力から言って妥当な結果だな)
ケアノスは互いの戦闘力を冷静に把握していた。
ルフィとクリークであれば十中八九ルフィが勝つと確信していたのである。
(まぁ、いざとなったら最終決戦兵器『水虫のゼフ』がいたんだしな。プクククク……裸足になって水虫押し付けられりゃ、誰でも逃げ出すわな……なんせ11年物だもん!)
海賊達が山盛りにされた小船が遠ざかって行くのを見て、ケアノスは思う。
(一眠りしたらまたお腹減ったなァ……別腹だけど、アイツら――喰うか)
獰猛な笑みを浮かべたケアノスは陰形を使い、甲板へと降り立った。海賊を見送っていたコック達は気付いていない。海面を走り自分の船に乗ると、遠巻きに海賊達を追い始めた。
バラティエが小粒にしか見えなくなった位置で漸く小船を捕える。
ケアノスは疲労と負傷で倒れ込む海賊達に声をかけた。
「やぁ!」
「あ、あのヤロー追い掛けてきやがったぜ!」
ケアノスの声を聞いて海賊達が飛び起きた。
毒で倒れていたギンも重い瞼を上げる。
「……てめェ、何しに来やがった?」
口から血を流しながらギンは尋ねた。本心は戦闘行為を避けたいと思っているのだ。
クリークは意識を失ったままで、大多数の海賊達も負傷している。相手は自分の気付かぬ内に背後を取った未知数の実力を有しており、現状では戦いたくても戦えないのである。
「フフフ……決まってるでしょ、食後の――デ・ザ・ァ・ト!」
「ハァ?」
「何言ってんだ、てめェ!」
「俺達と仲良く飯でも食おうってか!?」
海賊達は鼻で笑った。
しかしケアノスは大声で笑う。
「アッハッハッハッハ……一緒に、じゃなくて――一方的に、だよ!」
そう言うや否や、軽功術による瞬動で船に飛び移る。突然目の前に移動してきたケアノスに焦る暇もなく、海賊達はうめき声だけを残して力尽きていく。
ケアノスの化勁の餌食になっているのだ。
「うがぁぁぁぁ……ぁぁ……」
「な……なんだ!? どうなってんだ!?」
「ぐぎゃぁぁぁ……」
「ち……ちからが……」
「ば……化けモンだぁぁ……!」
「クックック……脆い、脆過ぎるなァ。どうしたクリープ海賊団!」
一人、また一人と力尽き海に沈んでいく。ボキッ、ゴキッという音がするのは、ケアノスが丁寧に海賊達の首を一人一人折っているからである。
ケアノスは嘲笑を浮べて執拗にギンを挑発した。
「貴様ッ! いい加減にしやがれ!」
毒に侵された体に鞭打ち、ギンは何とか立ち上がる。何が起こっているか理解出来ないが、ケアノスが何をやってる事は判った。力の入らない手にトンファーを握り、仲間を守る為にケアノスへと立ち向かう。しかし、そんなギンを嘲笑うかのようにケアノスはギンを無視して他の海賊に襲い掛かる。
「ぐぁぁ、そ……総隊長……た……たすけ……」
「ヒヒヒ……イイ顔だねェ、ああ――高まるゥ!」
「貴様ッ、おれが相手になるって言ってんだろッ!」
激怒するギンにケアノスのテンションは上がりっ放しである。氣を吸い尽くしては首の骨を折り、海に投げ捨てるという行為を繰り返していた。隠形と瞬動のコラボは一瞬にしてケアノスの姿を見失うのに充分すぎる複合技である。
「……やめろ! 頼む、やめてくれッ!!」
どんなに追いかけても目の前から煙のように消えるケアノスに、とうとうギンは追う事を諦め懇願したのである。
頭を船底に叩き付けてギンは土下座した。
「頼む! この通りだッ!!」
しばらくして悲鳴や呻き声が鳴り止んだので、ギンは頭をゆっくり上げる。
そして絶句した。
「ッ!?」
そこにはもう首領・クリークとパールの2人しか残っていなかったのだ。
他の者は声も出せずに海に沈められたとギンは悟った。
「……てめェは、悪魔か」
ギンは凄まじい怨念を込めた視線でケアノスを射抜く。
「まさかァ、ボクは只の悪者だよォ。クックック……さぁて、選択のお時間です」
「……選択だと? さっさとおれも殺せよ、覚悟はとっくに出来ている」
「ヤダなァ、アナタは殺しませんよ? 殺すのは……この2人のどっちか。さぁ、どっちを生かして欲しい? ねっ、ねっ、どっち?」
飛び切りの笑顔で問うケアノスに、ギンは憎悪しか感じなくなっていた。
怒気を強めてギンは答える。
「……選べるワケねェだろ、クソヤロー!」
「ウヒヒヒヒ……だったら、2人共殺すねェ!」
気絶しているクリークとパールの首に、ゆっくりとこれ見よがしに手を伸ばすケアノス。
ギンの顔が更に青褪める。
「ま、待ってくれ! 選ぶ、選ぶから……待ってくれ」
「素直にそう言ってよ。焦らすのは好きだけど……焦らされるのは嫌いなんだよねェ、ボク」
「クソったれが…………首領だ、首領を助けてくれ! すまねェ……パール、おれを怨んでくれッ!」
「そうそう、パール。アイツを怨もうねェ、最低な奴なんだからァ。クヒヒヒヒ……ひどい奴だよねェ」
「……地獄に落ちやがれ!」
(クックック……心地良い怒気だねェ。死に体で尚、それだけの覇気があれば大したモノだよ。ご褒美あげちゃおっかなァ)
呪詛を吐くギンであったが、ケアノスが手を伸ばしたのはクリークの方であった。
「なッ!?」
「あっ、間違えちゃったァ?」
悪びれず嬉々として全力の化勁を炸裂させた事で、クリークは見る見る間に衰弱していく。
顔から生気が失われていくのを見て、ギンは焦る。
「て……てめェ、約束が……ッ!?」
違うじゃねェか、と言おうとした瞬間、ボキッという何かが折れる音がした。
「そ……そんな……」
「あらら……死んじゃったァ、ごめんねェ。首領がこの人なんだっけ? てっきりイブシ銀が首領かと思っちゃってさァ、クヒヒヒヒ……!」
ケアノスは笑顔でクリークの首を圧し折ったのである。氣によって強化されたケアノスの握力は岩をも簡単に砕く。この世界に来て化勁を繰り返したケアノスは、前の世界とは比べ物にならない程の力を手にしていた。
悪魔の実の能力には驚嘆したが、それでも今のケアノスであれば、ルフィに負けるとは思えなかった。梃子摺るだろうが、勝てない相手ではないと冷静に分析していたのだ。
唯一の懸念点があるとすれば――ゼフの存在である。バラティエから離れて捕食したのも、万が一を考慮してなのだ。数は立派な戦力と思っているケアノスは、一兵卒だからと言って邪険にはしない。皆平等に美味しく頂く主義なのである。
一方、自らが最強と信じ、今後もどこまでもついて行こうと決意した首領・クリークの死を目の当たりにしたギンは茫然自失となっていた。
「あれェ、どうしましたァ? さっきまでの覇気が影を潜めちゃいましたねェ? 人間誰しもミスくらいありますよ、お気になさらずに~」
「…………殺せ」
「はい?」
「……殺せっつってんだよ! もう……生きてく意味もねェ」
「おやおや、諦めたらそこで終わっちゃいますよ。ほら、元気出して! ファイト!」
「…………」
ケアノスは無神経に挑発を繰り返した。
しかし、ギンは無反応のままである。
「あらら、ツマンナイなァ」
「…………」
「フフフ……でも、ボクはアナタを殺しませんよ。そう言いましたよねェ」
「なっ……なぜだッ!?」
「クックック……だって、その方が“面白い”から!」
「貴様ッ! 殺してやるッ!!」
負傷と毒で満足に動かない体を奮い起こし、ギンはケアノスにトンファーを叩き付ける。しかし、その威力も速度も格段に落ちており、とても人を殺せるレベルではなかった。
ケアノスは余裕で避けている。
「まぁ、そう心配せずともアナタは死にますよ……ボクが殺さなくても、ね」
「ゴフッ……てめェも、道連れにしてやるよ」
血を吐きながらギンは必死の形相でケアノスに向かう。振れども振れどもトンファーは空を切るばかりである。氣の乱れや症状から察するに毒を受けたと直感したケアノスはギンを喰らおうとは思わなかった。
「さてと……飽きたな、うん」
そう言うと、ケアノスは発勁ではなく普通の掌底をギンの腹に打ち込んだ。衝撃で吹き飛ばされたギンは甲板に仰向けに倒れ、またも口から血が溢れる。
「く……クソったれ……」
そう言い残し、ギンは意識を手放したのだった。
「毒で死ぬか、あるいは失血死か……クックック、どっちが先かなァ。それにしても……いたぶる相手も、ある程度元気じゃないとボクが楽しめないねェ。よし、次からは気をつけよう」
今回の蹂躙劇の反省点を心に刻んだケアノスは、意気揚々と自分の小船に戻って行く。
その後、ギンの姿を見た者はいない。
その日を境に、クリーク海賊団は消滅したのだった。
2013.11.22
主人公の口調を少しフランクにしました。
2014.9.7
サブタイトル追加