to Muv-Luv from 天獄 ≪凍結≫   作:(´神`)

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読者様の全てが原作を読んでいるとは思えないので、原作にある部分で殆ど変化の無い部分をどれだけ書いても良いか、凄く判断に困るこの頃です。

今回からオリジナルな戦術機(?)が出てきます。
試験的な考察の元に書いておりますので、何かありましたら感想及びメッセージでお答えさせて頂きます。


第四章 (5)

《1999年1月28日 15時00分 アラスカ ユーコン基地》

 

ユウヤとヴィンセントがユーコン基地へと派遣されてから一月が経過しようとしていた頃、ユウヤを中心としたアルゴス小隊の四人は格納庫へと足を向けていた。

 

統合仮想情報演習システム――通称、JIVESの名で呼称されている演習に挑むべくして、ドレッシングルームにて既に強化装備へと着替え済み。

 

そんな四人の会話はいつにも増して弾んでいた。

 

 

「なぁなぁユウヤ~~! 楽しみだよなぁ~? なッ?!」

 

「気持ちの悪い声出すな、チョビ」

 

「おいおい抑えンじゃねえよ。待ちに待った実機機動試験じゃねえか」

 

「乗るのはユウヤよ? 少しは集中させてあげなさい、二人とも」

 

「「へーい」」

 

 

こういう場合、盛り上がっているのは大体がVGとタリサだけなのはご愛嬌。

 

目的の格納庫に足を踏み入れれば、そこはいつも以上の騒がしさである。その理由を理解しているからこそ、VGとタリサは笑みを深めていく。

 

 

「じゃ、また後でな」

 

「モタモタすんなよ~!」

 

「待ってるわね」

 

 

三人各々がユウヤに思い思いの声を掛けながら、走り回る整備兵の間を縫う様にして各搭乗機に向かっていく。一人残されたユウヤが歩く先、周囲を見渡して見つけた金髪の元へと向かえば、気付いたのだろう相手方はこちらへと振り返り、笑顔を見せた。

 

 

「やっと来たか先生! 早速で悪いが着座調整を素早く済ませるぜ」

 

「ああ、始めてくれ」

 

 

手早く挨拶を済ませ、見慣れぬ機体へと腰を下ろしてヴィンセントの指示のままに着座調整を行っていく。

 

座り心地から強化装備とシートのマッチングまで全ての調整を終え、第一に出た感想は『調整時間の短さに関するヴィンセントの腕を褒める』という殊勝な物であった。ユウヤをして唸らせる整備技術の天才である保護者兼相棒であるヴィンセントが居てこそ、作戦内外問わずに無茶が出来ているという自覚すらある程。

 

感謝の一言を胸中で漏らし、次に浮かぶのは只一つ。

 

 

(日本仕様だろうが関係無え。吹雪の慣熟飛行を態々突破してからコッチは挑んでんだ。計画理想値に一気に近づけてやる……!)

 

 

巌谷と衝突してもなお、諦める事無くヤケクソ根性と確かな技量で吹雪を己が物にしてみせたユウヤには、帝国機であろうとも今ならば乗り熟せる――その自信が確かに存在しているのだ。

 

 

「調整完了! いつでも出れるぜ、相棒!」

 

 

ヴィンセントの合図に合わせ、ユウヤは演習場へ向かわんと操縦桿を前に圧し始めた。

 

 

 

 

 

吹雪を慣熟させたという自信、それを真っ向から打ち砕こうとしている様にさえ思えてしまう忌々しい搭乗機に、大きく吠えて反抗の意思を示す。

 

 

「――ぬおおおッ!!」

 

 

余りにも違う機体特性は頭で理解していても、身体に素早く上手く馴染む筈も無い。況してや初日ならば尚の事。三人と歩きながら行っていた朧気乍らの脳内シミュレーションも、腹が立つ程に役立っていない。

 

予想よりも早過ぎる機体速度に、眼前の突撃級へと自ら飛び込みに行く形になってしまうユウヤは、制御に必死で迎撃をするという部分にまで頭が追い付いていない始末。

 

 

「ぶつかんぞッ!?」

 

 

思考の端から聞こえるVGの悲鳴。

 

目紛しく動く視界の端で捉えた突撃級を目前にして、咄嗟に跳躍せんと操縦桿を動かす。普段の戦術機であれば、突撃級を上に跳躍する事で飛び越えてやり過ごせていただろう。

 

しかし――

 

 

「――くッ――おぉぉッ!?」

 

 

青い空は視界の上から下へ。それに伴って突撃級も視界の中で上から下へ瞬時にフェードアウトし、全身にぐるりと回る様にしながらも加えられる急激なGに込み上げる嘔吐感を堪える。そして気付いた時にはユウヤの視界は元通りでありながら、目の前に居た筈の突撃級は消え去っているという異常事態。

 

半ば混乱中のユウヤ視点では何が何やら理解出来ないだろう。だが、この光景を見ていたVGは目を向いていた。

 

なにせ、ユウヤの機体は背中のバーニアを瞬時に吹かした直後、戦術機では不可能な速度で空中で華麗な前転を披露した――謂わば、前宙による回避で突撃級を文字通り『飛び越えた』のである。

 

 

「――ッ!? なら後ろだッ!」

 

 

如何様な軌道を描いたのか瞬間的にハッキリ理解出来ずとも、BETAとの位置関係を半ば本能的に察したユウヤは機体を反転させ、突撃砲のトリガーを引く。当然、突撃級の軟質な背部が水を散らす様に弾けた。

 

いつまで経っても機動に慣れないと判断したユウヤは、即座に指示を飛ばす。

 

 

「アルゴス1より各機へ! 撃ち漏らしはオレがやる! 戦線を押し上げろッ!!」

 

「「「了解ッ!」」」

 

 

前方へ飛び出す三機の後を追う様にしながら、網膜投影されている情報の数値の全てに警告が出ていない事を再度確認すれば、冷や汗と可笑しな笑みしか出ない。

 

既存の戦術機と比べて高い推進性能。これでは米国機にも似た機動制御が近しいだろうとユウヤは今にも毒突きたい気分だ。加えて、全身の内臓バーニアという見知らぬ機体設計により、跳躍ユニットとは挙動や反応速度が大きく違うばかりか、高すぎる旋回性能に掴めない推進性能まで盛り沢山だ。

 

 

(戻ったら覚えてろよッ! サムライ野郎ッ!!)

 

 

常に仏頂面である巌谷に対する文句を吐き捨てながらも、無茶な動作に移行しやすい機動を制限しつつBETAを排除していく。とはいえ、このままでは普段のイーグル四機編成の方がスコアは良いだろう事が容易に想像出来るのが口惜しい。

 

自分が隊の足を引っ張っているのという現実を、嫌が応でも理解してしまう。

 

 

「CPよりアルゴス各機へ。状況終了。全機、一時帰投せよ」

 

 

指令室から放たれる状況終了の指示が出るまでの間、スコアよりも機体特性を掴む事だけに集中するべくして意識をシフトさせていたのは流石というべきだろう。

 

JIVESの終了に伴って随伴機の三機がユウヤ機へと集結し、アルゴス1たるユウヤの指示で基地へと揃って演習場から四機が飛び立った。

 

 

「やはり難しそうね、その機体」

 

「……ああ」

 

 

ステラのフォローにトーン低めの生返事を返す最中も、先ほどの挙動を何度も頭の中で繰り返して確認していた。

 

速度を一定に保ったままの飛行時は、さほど戦術機と大した挙動の差は無い。しかしながら、出力を吹かし始めた瞬間が爆発的に速いのだ。戦術機であれば跳躍ユニットの出力を絞る様にして、徐々に上げる事でゆっくりとしたスタートを可能としている。

 

これには問題点が幾つも存在しているとユウヤは睨んでいた。

 

まず、原型機であるアクシオには『跳躍ユニット』が無い点。

 

現在ユウヤが搭乗している試製帝国仕様アクシオ――『彩雲』と仮称された機体には、跳躍ユニットの増設という試験的措置が施されている。衛士が通常の戦術機と全く違うアクシオを慣熟するまでの期間を軽減する為、敢えて跳躍ユニットを着ける事で、機体の重心バランスと推進性能を従来の戦術機に近づける意味合いだ。

 

しかしながら、元々は全身のバーニアのみで駆動するアクシオにとって余計な跳躍ユニットの搭載により、推進性能が噛み合わない状況は仕方が無いとも言えるだろう。まだ初日という事もあり、マッチングが十分でない事も大きな一因と推測している。

 

 

「ウワサのZ-BLUEの機体って聞いてたから超強いんだろうって思ってたけど、クセが強そうなのは見て分かったよ。ファントムみたいな形してるのにな~」

 

 

タリサのボヤきは、自身の認めるユウヤが振り回された事を加味してのフォローであった。

 

しかし、戦術機とアクシオの大きな違いを理解している者からすれば、『クセが強い』という発言は正確では無いと間違いなく首を振る。

 

何故ならば、戦術機は『嘗ての戦闘機』の代用として開発された技術――空中戦に重きを置いて開発された戦術歩行『戦闘機』という由来を持つ。対して、アクシオは地上戦に比重が傾く『人型機動兵器』に値する。

 

初動から最高速に乗せる行動一つを取って比較してみよう。

 

戦術機であれば、跳躍ユニットの出力を絞って初動を得てそのまま加速度を上乗せていくが、多元世界のアクシオは強靭な脚部から生み出される『走力に相乗する形』で、背部メインブースターを吹かして全速力に到達するのが一般的とされていた。

 

根本的な戦術機動其の物が違っている事も、マッチングがそう容易くない一因かもしれない。

 

 

「あーあ。帰ったらあの仏頂面の中佐がお出ましなんだろうね~」

 

「そう言うなら変われ」

 

「おいおい、まだ苦言吐かれるとは決まってないンだぜ?」

 

 

VGの言葉が意図する意味を掴めず、眉を寄せる。どういう事だと頭を素早く回転させるユウヤの耳に、ステラの優し気な声色が響く。

 

 

「前とは違い、直ぐに機体特性の把握に努めたからって事よ。組み上げた企業側もZ技術を理解仕切れていない筈よ? なら、ユウヤのレポートに向こうも興味深々の筈だわ」

 

 

以前であれば『気安い慰め』としか取れなかったであろう発言も、今では素直にフォローとして受け取れる辺り、ユウヤもこの一月でアルゴス小隊を仲間だと認識している証だろう。

 

 

「だと良いがな」

 

 

強気な返答の割に、語調に一切の棘が無い事でステラは微笑みを零す。

 

 

「あんな動きしながら機体を壊さなかったんだから、それだけで感謝しろっつ――」

 

 

タリサの発言を遮るようにして、全員の耳に小さな電子音が響く。

 

何事かと見やればレーダーに映ったのは小さな標的機。続く戦術機の機影を一つ捉えた事で、ターゲットドローンを使用した演習をしているのだと瞬時に察せられた。

 

 

「E-92演習場……確か、ソ連軍が使っているわね」

 

 

誰よりも情報に聡いステラの呟きを皮切りに、話題は直ぐに移り変わる。

 

 

「あのチェルミナートル、一機編成って事は例のアレか?」

 

「チェルミナートル?」

 

 

聞きなれない固有名詞にユウヤが聞き替えせば、心底意外そうな顔を浮かべるVG。

 

 

「ああ、米軍じゃそう呼ばないのかい? 去年に正式配備されて以来、ソ連軍で成果を出してるって噂のSu-37の事さ。Su-27と紛らわしいってンで、NATOの連中が勝手に付けた名前だってよ」

 

(なるほどな――『Terminator』とは御大層な名前を付けたもんだぜ)

 

 

一戦術機に着けるペットネームにしては大仰な名だと、小さく鼻で笑い飛ばす。

 

とはいえ、NATOが着けたのであるならば、畏怖を込めての異名である可能性も否定できないのは確か。どういった戦術機なのかと、ユウヤは沸々と興味の炎を揺らめかせていた時、ステラは僅かに声色を強張らせた。

 

 

「……変ね。このままだと標的機の何機かは演習エリア外に出るわ」

 

「まさか。『紅の姉妹』に限ってそりゃねえだろ。違うヤツが乗ってンのか?」

 

 

再び聞きなれない単語に思考を巡らせながらも、ユウヤは意識を件のソ連機に注いでいく。

 

冷静に考えれば、誰もがステラの言う通り少し可笑しいと感じ始めていた。

 

この様な他の演習場にも近しい外縁部でテストする必要が無い。加えて、外縁部であれば他軍から記録を撮られる可能性だって大いにあるのだ。極秘の改修計画であれば、尚更誰もが秘匿したい筈。

 

 

「よっしッ、この際だし記録してやろうよ!」

 

「良いのかしら……」

 

「良いんだよ。こんなトコで性能見せびらかそうってンだろ? ユウヤも興味あるよな?」

 

「ああ、大アリだな」

 

 

満面の笑みを浮かべるタリサに、誰もが否やとは口にしない。他国の実証済み新戦術機の貴重な資料である。記録して損は無いだろう。

 

 

「アルゴス3よりCP、そういう訳で許可願いま~す」

 

 

VGの軽々しい口調に反応したのは、通信の繋がる電波音と共に耳に届く低い声。

 

 

「――CP了解。ただしE-92空域には絶対に侵入してはならん。以上だ」

 

「了解~」

 

 

人類の為、自国の為。形振り構っていられないのだろう。戦術機の資料は多ければ多い程良いに決まっている。

 

CPの許可が降りた事で、VGとユウヤが演習域ギリギリに足を下ろした。

 

ステラとタリサは先に帰投しろとの命令が続いて下ったのだ。不満を垂らしていたタリサは、光栄な『撮影係二人組』に五月蠅いほどの『後で見せろ』という念押しのオーラを飛ばしていたのは余談だろう。

 

 

「うおおッ、14機目ロストで未だ一発も外してねぇ! なんつー命中率だよ……!」

 

(……チョビが居たら絶対に五月蠅かったな。コイツ一人でも十分に五月蠅え)

 

 

チェルミナートルの見せる圧倒的な三次元機動に魅入られるVGの興奮に眉を顰め乍らも、認めざるを得ない戦力だとユウヤは感じさせられていた。

 

『Terminator』の名は伊達では無い。

 

常人の技術と集中力では、どう足掻いても不可能な機動でほぼ十割の命中率を誇っているのだ。とはいえ、奇妙な点がユウヤに疑問を抱かせて止まず、引っ掛かる部分に不快感さえ感じている。

 

 

(あの標的機の機動……単体で飛んでいたと思えば急に複数に集まって同じ軌道を描く――かと思えば、バラバラの方向に散っていく……こんな動き、BETAはしない筈だ。対人類戦争の為……? ならどんな機動だ……? 戦術機であんな機動をする奴なんて――)

 

「――うおおッ、見たかよアレッ!? すっげぇ三次元機動だなぁ……!」

 

「アレが言っていた『紅の姉妹』か?」

 

「ああ間違いねえな。あンな動き出来ンのは、『紅の姉妹』しか居ねぇって」

 

「あれが……」

 

 

戦術機の性能か、衛士の腕か、将又その両方か。凄まじい性能である事は認めよう。

 

だが、その標的機の動きからして、もし仮に『対人類戦争』の為の演習であるとするならば、あの機動を可能にする機体で思い当たるのは只一つ。

 

 

(……まさか、あの動きは対Z-BLUEを想定しての――)

 

「――おい、ユウヤ! あいつこっち来ンぞ! 激写チャ~ンス!!」

 

 

一機撃ち漏らしたのだろう、標的機を追いかけんとばかりに速度を増すチェルミナートルがこちらへ向かって速度を上げてくる。

 

思考を巡らせていた最中、VGの興奮の声色を余所にユウヤは別の奇妙な点に目を奪われる。

 

 

(黒い……鳥?)

 

 

標的機の背に描かれた真っ黒の鳥類を模したペイント。何の意図があってかは知らないが、『明確な何か』を仮想標的として演習を行っている事に確信を抱くには十分過ぎる内容。

 

次の瞬間、ユウヤは浮かべていた思考を切り上げて口角を釣り上げた。

 

人類の窮地を何度も救う驚異的なZ-BLUEの実力は、ユウヤもその目で見ている。

 

逆立ちしたって勝利のビジョンを得られる筈も無い相手を倒そうというのならば、桁外れの技術力と戦力を擁するのは明白。伊達や酔狂では無いとするなら、衛士には並みでは無い対人戦闘訓練が課せられるだろう。

 

故に、本能と反射が全身を動かした。

 

 

「……あぁッ!? バカ何やってンだぁッ!?」

 

 

困惑混じりの怒鳴り声は耳に届く筈も無く、ユウヤの視界には既に紫のカラーリングが施された一機の戦術機に絞られていた。

 

 

「『そんなの』でチマチマやってたって成長しねえだろッ!」

 

「お、おい、おまえッ――」

 

 

演習空域ギリギリまで接近した彩雲は、空域を飛び出した標的機を撃ち落とす。チェルミナートルの標的機を撃ち落としたユウヤは、慣れない機体で空中停止姿勢を持続させながらも相手の視界内に飛び出した。

 

Z-BLUEを相手取るのに、標的機ばかりを倒していても埒が明かないのは自明の理。

 

 

「――なら、オレが代わってやっても良いぜ!!」

 

 

そこに便乗する形で、ソ連のトップ衛士が駆る戦術機の実力を見極めてやるという想いが、挑戦的な行動を取らせる。

 

 

「ちょっ……おまッ……バ、バカ野郎! 絶対その空域から前に出るンじゃねーぞ! ソ連側に入ったら厳罰だぞ、厳罰!!」

 

 

とはいえ、演習空域の侵入までは流石に犯す筈も無い。

 

故にユウヤは挑発を仕掛けただけに留まる。相手が挑発に乗る様であれば、そこは『止む無しに応戦』という形を取るだけ。

 

 

(さぁ、どうする……?)

 

 

安い挑発に乗るかどうか、何を見せてくれるのか、どこまでやれるのか。その全てに期待を抱いていたユウヤ。

 

直後、事態はユウヤの推測を悠に飛び越える――

 

 

「「あああああァァァァッッ!!」」

 

「――ッ!?」

 

 

視界の先でブレたチェルミナートル。

 

刹那、身体に奔る凄まじい衝撃に視界そのものが激しく揺さ振られた直後、重なる様にして聞こえる女性衛士らしき叫び声が機体を通して聞こえると同時に、網膜投影の正面には紫にカラーリングされた戦術機のコクピットブロックがハッキリと映っていた。

 

 

(――いきなり詰められたッ!?)

 

 

認識した瞬間、彩雲のコクピットへ向けられる銃口。即座にバーニアを吹かし、脚部でチェルミナートルをを引っ掛ける様にして蹴り上げ、その勢いで銃口の先を外した後、回転する様にして距離を取る。

 

しかし、相手方はユウヤに隙を与えるつもりは無いらしい。

 

開いた距離を埋めんと跳躍ユニットを吹かしながら、間髪入れずにトリガーを引き絞り始めた。

 

 

(空域侵犯もお構いなしってかよ――!)

 

 

既に両機は米軍に使用許可が降りている演習空域内で戦闘をしており、チェルミナートルは重大な軍規違反を犯している事は明白。しかし、あたかもそんな事に『気付いてすらいない』かの様に、ユウヤを死に物狂いで追廻始めていく。

 

ユウヤの彩雲は不規則な軌道を描いてなんとか撃墜されないようにしているが、それはマッチングの不完全な推進性能が生み出す不規則な三次元機動に身を乗せ、通常の衛士では考えられない機動をしているからこそ回避出来ているに過ぎない。

 

 

「おい、『紅の姉妹』! いい加減にしねえと、そっちもタダじゃすまねえンだぞ!!」

 

 

後方から追随するVGのイーグルがチェルミナートル目掛けて突撃砲を向けるも、一発たりとも掠る事は無い。そもそも、演習用にこちらはペイント弾を使用しているのだ。万が一に命中したとして、戦術機の行動を止める事は不可能である。

 

 

(VGには反撃しねぇ…? いや、それ以上にこっちが優先目標って訳か!)

 

 

最低限の回避行動を取れども、反撃をしない『紅の姉妹』。そこに違和感を覚えるが、それほど『燃え上がっている』のだと無理矢理にでも理屈を付けたユウヤは、下唇を噛んで顔を歪ませた。

 

挑発したは良いが、相手の『殺し合い』にも似た気迫に怯えて逃げてばかりで居られる筈が無い。

 

 

「――チッ、逃げてばかりだと思うなよッ!!」

 

 

想像以上の気迫で迫り来るチェルミナートルに、空中で反転した彩雲はトリガーを絞る。当然の様に乱数回避機動で避けつつも、徐々に距離を縮めてくるのは流石というべきか、予想以上と言うべきか。

 

二機の圧倒的な三次元機動を追い掛けていたVGは、大きく場所を変えていく二機に再び忠告を促す。

 

 

「そっちに行けば別の演習空域に入る! いい加減にしなきゃやべえって!」

 

(負けるかよッ!)

 

 

鬼気迫る様にして追い回すチェルミナートルも、それを相手取る彩雲も止まる気配は微塵も無い。VGの存在すら意識の外に追いやってしまった二機は、そのまま米軍の使用許可が出ている演習外縁にまで差し迫っていた。

 

仕掛けなければ勝機が無いユウヤは一か八かの賭けに打って出る。

 

背後を見せたまま突如、煙幕を散布。同時に機体を急上昇させ、煙幕の一帯に向かってペイント弾を掃射する。当たっていれば儲けもの。当たっていなくとも、煙幕を突っ切って来た相手の頭上を取れる形になる筈。

 

そう予測した直後――

 

 

「――ッ」

 

 

脳裏で何かが嫌な予感を叫び、それに引っ張られる様にして跳躍ユニットを側部へ吹かした瞬間。

 

煙幕一帯から認知できない速度で飛び出してきた物体が、『つい数瞬前までは機体のあった位置』を通り、跳躍ユニットに突き刺さる。

 

 

「クソッ――!!」

 

 

飛来した物体がスーパーカーボン製ブレードだと認識するよりも早く、ユウヤは手元の操作で跳躍ユニットをパージ。刹那、損傷した跳躍ユニットのダメージで推進剤に引火したのだろう、そのまま無傷であった跳躍ユニットを誘爆させる形で、大きな爆風を生み出す。

 

背部に爆風の衝撃を受けた彩雲は、かなりマズイ状況にある。

 

重心バランスが大きく戦術機とはかけ離れ、推進性能も変わってしまった彩雲にユウヤが慣れている筈も無い。通常の戦術機ならば跳躍ユニットがやられた時点で翼を捥がれたのと同義だが、元がアクシオである以上、全身の内臓バーニアで機動力の確保はしてある。

 

とはいえ、跳躍ユニット前提の設定をしている為、通常のアクシオよりも僅かに機動力が低いというデメリットさえある状況だが。

 

それでも、ユウヤに『諦め』の二文字は存在しない。

 

 

「こっちまでは入り込めねえだろ!」

 

 

言うや否や、直下にある森林の中へと逃げ込んだ彩雲は木々を掻い潜り乍ら地面を走る様にしてチェルミナートルの追跡を撒く手段に出る。跳躍ユニットの無い戦術機は思いの外、細見となる事を利用した形だ。

 

チェルミナートルが入り込めば満足な機動は望めずとも、今の彩雲ならばなんとか可能という強運。また、木々という遮蔽物で速力の落ちた彩雲でも満足な回避率を得る事が出来ているのも大きい。

 

だが、逃げ切れる事とは別問題。

 

上空から突撃砲を乱射してくるのに合わせて、乱数回避で走りながら最後の煙幕を散布する。

 

 

(なんとか、36mmを無力化出来れば――クソッ!)

 

 

直ぐ脇の木々が弾けたのを見て、足を止める事は出来なかった。木々と煙幕の二重であろうと、『紅の姉妹』はほぼ間違いなく彩雲だけを的確に狙った射撃を可能としているらしい。

 

その理不尽さから逃げていた最中、通信に再び声が奔る。

 

 

「いい加減にしろってンだよッ!」

 

 

VGの不意打ち染みたペイント弾を難なく回避したチェルミナートルは、先に邪魔者を落とそうと決めたのか、イーグルを睨み付けると銃口を即座に合わせて銃口を引き絞る。

 

 

「クソッ――当てられたッ、バランスがとれねぇ!?」

 

「VG!」

 

 

乱数回避機動も虚しく、肩部と脚部に36mmが当たったイーグルは森林の中に墜落していく。

 

その瞬間、千載一遇の時だと素早く動くユウヤに合わせて彩雲が踏み込んだ。

 

 

「余裕かましてんじゃねえぇぇぇッ!!」

 

 

手持ちの突撃砲を副腕に担架しながら、近くの倒木を両腕で抱え込み、背部のメインバーニアを最大限に吹かして森林を飛び出す。

 

常に彩雲を見ていたならばいざ知らず、イーグルへと視線を逸らしていた故の反応の遅れ。

 

それが彩雲を懐に飛び込ませるという結果を呼び込み、振り回した倒木でチェルミナートルの右腕に持つチェーンガンを弾き飛ばす事に成功する。しかし、流石は『紅の姉妹』とでも言うべきか。次の一手である短刀を突きだすも、素早く展開された腕部のモーターブレードでユウヤの攻撃を完全に防ぎきってみせた。

 

 

「――ここかッ!」

 

 

矢継ぎ早に出される二振りのモーターブレード。その片方を半ば本能的に短刀で往なし、腕部との接合部から切り離す。

 

だが、攻勢と言えたのはここまで。

 

機体を空中で回転させつつ、予想だにしないタイミングで回し蹴りを放たれた事で、彩雲を咄嗟に防御に回らせたのが決め手だったのだろう。怯んだユウヤに残りのモーターブレードを突き出し、勢いのまま断ち切ろうとせんばかりに跳躍ユニットを全力で駆動させたチェルミナートルは、彩雲を推力任せに勢い良く地面へと叩き付けたのだ。

 

想像以上の音と衝撃を伴って地面を抉った二機は、土煙の中で揉みあう様にして膠着する。

 

Gと背中を強く打ち付けた衝撃によって肺の空気を強制的に吐き出させられたユウヤは、負けじと苦悶の表情を浮かべながらも歯を剥き出しにして抵抗を見せているのだから、どれほど余裕が無いかは伺えるだろう。

 

攻勢の続かない『差』に苛立ちで満ちていく脳内へ突如、再び接触した機体と機体によって流れ込んで来る『紅の姉妹』の声が届く――

 

 

「――はやく、はやくっ、たおれてよっ! もういなくなってよぅぅっ!!」

 

 

届く声は『声』に非ず。

 

正しく嗚咽と悲鳴がそこに在った。

 

 

(何を――)

 

 

完全に相手の言っている意味が分からない。錯乱状態と言っても差し支えの無い相手衛士の声は、相手の消滅を必死に懇願する様な内容の『叫び』。

 

今まで相手衛士が鬼気迫る様相で追い掛けていたのは、ユウヤ・ブリッジスでは無く『別の何か』だと理解した瞬間、屈辱にも似た感情が噴出していく。

 

 

「おい、てめえッ――」

 

「――これ以上は奪わせないぞ、イーニァだけはッ! この娘だけはァッ!!」

 

 

だが、それを遮る別の女性の『叫び』。

 

そこに挙げられた固有名詞に、困惑の色を隠し切れないまま反応せざるを得なかった。

 

 

「…………『イーニァ』だと?」

 

 

記憶が正しければ一月程前、吹雪へ搭乗した初日に出会った少女の名だ。そこでユウヤは知らずの内にソ連の管理下施設に迷い込んでしまい、MPに拘束された事がある。

 

記憶が遡ったと同時に思い出されたイーニァの声。

 

 

「きえてっ、くろいのきえてよぅぅっ!!」

 

 

現在耳に届く音と記憶の音が合致した瞬間、今にもチェルミナートルに押し倒されてモーターブレードの餌食にもなりそうだと言うのに、ユウヤは声を掛けずにはいられなかった。

 

 

「イーニァか! ソレに乗ってるのはイーニァなんだなッ!?」

 

「いやだっ、いやっ!」

 

「イーニァなら応答しろッ!」

 

「イーニァを惑わせるつもりかッ! 消えて無くなれぇッ!」

 

「クソッ――」

 

(この声……もう一人はイーニァと居た、クリスカって女か!)

 

 

必死に静止の声を叫ぶ最中、もう片方の叫びが響く。

 

紅の姉妹の正体がイーニァと姉の様な保護者であるクリスカという二人組であったと知る衝撃、全くといって良い程ユウヤでは無い別の誰かと戦っている困惑と屈辱が綯交ぜになり、流石に言葉が出ない。

 

だが、激しく鮮やかな火花を散らしながらもスーパーカーボン製のナイフの三分の一までモーターブレードが食い込み始めているのが目に入れば、時間に猶予が無いのは明らかである。

 

 

「オレだ! ユウヤだ! 前に会っただろッ!? ユウヤ・ブリッジスだ!」

 

「……ユウ……ヤ…?」

 

 

仄かな灯火の様に囁かれた名。

 

恐慌状態から復帰しつつあるかの様に呟かれた名に希望を見出し、ユウヤは必死に己の名を呼んで呼応させていく。

 

 

「ああ、そうだ……イーニァ、もう良いだろ?」

 

「――ユウヤ……ユウヤっ!」

 

 

聞こえてくる声からは恐怖の色が抜け、徐々に困惑から喜色を孕んだ物に変化していた。

 

次いで、己を刈り取ろうとしていたチェルミナートルの上体が僅かに起こされる事で、交戦の意思が僅かに和らいでいく。その様子に、思わず安堵の息を僅かに吐いた。

 

だが、己を落ち着けようとしていながらも、決して目を離さなかったのが功を奏したのだろう。

 

 

「――ッ!?」

 

 

静止したかに思えたチェルミナートルは、再び息を吹き返す様に再始動し始める。何気に無く体勢を起こす動作とは程遠い雰囲気を放っているのを感じ取るや否や、ユウヤはスロットペダルを力任せに踏み抜いた。

 

直後、突き刺そうと振りかぶっていたモーターブレードは、チェルミナートルを動かすクリスカの予想より『早く』彩雲に激突してしまう。

 

彩雲は自ら背部バーニアを吹かして体勢を起こし、ブレードが刺さるよりも前に動いた形だ。故にブレードは彩雲の左肩部に突き刺ささるも、狙いであった胸部コクピットとは大きくズレ、自身の下で無理矢理起き上がる彩雲によって体勢が崩れてしまう。

 

跳躍ユニットも無い戦術機が速力を得るという発想が通常の衛士には存在しない。

 

況してや、その馬力が圧し掛かるチェルミナートルを押しのける程の爆発力があるなど、露程も想像出来ないのは無理も無いだろう。幾らエリート衛士と言えど、錯乱状態の衛士ならば尚の事。

 

 

「……いつまでも、上に乗ってんじゃねえぇッ!!」

 

 

彩雲が瞬時の後方宙返りで体勢を整えたのは、よろめいたチェルミナートルが体勢を整えるのとほぼ同時。

 

睨みあいも束の間、再び激突仕掛けた時――

 

 

「――そこの二機ッ、帝国の演習区域で戦闘行動とは何事かッ!」

 

 

通信回線から響く怒号。

 

開かれた通信回線から聞こえる女性の声は厳めしく、独特な言い回しの尊大な物言いにユウヤの耳がピクリと動く。

 

 

(タイプ94、不知火……日本か――!?)

 

 

戦闘行動も何も、ユウヤの心象では防衛行動をしていたという状況だ。始めに煽った事こそ否めないが、ここまで飛躍した状況になるなど想定外も良い所である。

 

日本という嫌悪の対象も相俟ってか、状況を正確に理解仕切れていない帝国衛士に対し、視線をチェルミナートルから離す事無く感情を剥き出しにして噛み付く。

 

 

「そんな悠長な事を言ってる暇なんかねえんだよ!」

 

「貴様等ッ――! 大人しく投降しろと言っているッ!」

 

 

彩雲とチェルミナートルの激突に激昂する女衛士だが、言葉の静止一つで止まれる様な状況に見えるのかと内心吐き棄てる。傍から部外者が喚いているにしか聞こえないが故に、聞き入れるつもりも更々無い。そもそも、相手が本気で殺しに来ているというのに、動きを止めるなど命を投げ出すにも等しい行為である。

 

再度チェルミナートルと激突しようとした瞬間。

 

 

「――なにッ!?」

 

 

睨み合う二機のレーダーに『何か』が映った瞬間、横方向から迫り来る機体の鋭い相貌をユウヤは刹那の合間に目にした。

 

擦れ違った『だけ』のチェルミナートル。その跳躍ユニットの付け根が切断されたと後に気付けば、誰しも動揺の色が及ぶのは当然か。加速度を殺す様に地を滑りながら突如として姿を見せた機体は、細身の両手に長刀を構えている。

 

静止を勧告していた帝国機との位置取りから、包囲する様な位置関係にあるのは偶然という訳では無いのだろう。

 

 

「――動くな、さすれば切り捨てる事も厭わん」

 

 

亜音速の速度で擦れ違い様に、戦術機の跳躍ユニットの接合部だけを丁寧に切断する技量とは如何ほどの物か。

 

近接射撃戦ならいざ知らず、白兵戦では太刀打ち出来ないと直感的にユウヤが戦慄した戦術機の放つ言葉は、静止を掛けた者と同様に厳かで。自身の憎む日本の衛士――そのテストパイロットの中に、自信が強がりすら吐けない程の技量の持ち主が存在する屈辱感に塗れる余り、操縦桿が摩擦で音を鳴らす程に強く握りしめていた。

 

続いて更に現れた一機が、勧告を促していた帝国機に声を掛ける。

 

 

「遅くなってすまない、雨宮」

 

「申し訳ありません中尉。的確に静止を促す事が出来ず、沙霧中尉の手を煩わせてしまいました」

 

「それは後だ」

 

 

帝国機が三機揃った事も相俟ってか、流石のチェルミナートルも動きを止めたらしい。

 

交戦の意志の消失を見届けた帝国側の隊長機であろう橙の特徴的な戦術機――武御雷から、絶対零度の如き声色が響く。

 

 

「――貴様等の所属は後に改めて聞かせて貰おう。大人しく投降すれば、手荒な真似はしない」

 

 

武御雷の眼光は搭乗者である篁唯依の、静かに煮え滾る精神世界を如実に現わすかの様に『不届き者達』へと冷たく注がれ続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《1999年1月28日 22時30分 アラスカ ユーコン基地》

 

 

「あ~~~ったく、今からじゃ全然飲む時間無いじゃんか~~!!」

 

 

歓楽街リルフォート行きのバス停へと歩を進める最中、先頭に立つタリサは頭部の後ろで両手を組みながら、誰に言うでもなく大きな独り言を吐き出していた。

 

それに続くVGとステラは苦笑いを浮かべながらも、足取りは重くない。起きた事に関して精神的に尾を引かないのがアルゴス小隊の美徳の一つなのだ。

 

 

「今回は色々な事情が絡み合って起こった様だし、ユウヤだけを責める訳にはいかないわ」

 

「まぁそれ言ったら、止め切れなかった俺にも責任があるしな……」

 

「んな事は分かってるよ~! というか、記録見たけどあんなのほぼ巻き込まれた側じゃんか! 御蔭で飲む時間も無くなったし、揃って報告書も書かされるし……何よりっ! ユウヤが可哀想だっての!」

 

 

とはいえ、タリサが大声で不満を述べるのも無理は無い。

 

今日は念願の実証実験機が初めて稼働した日。JIVESの結果はどうあれ、日米共同開発計画が一歩前に進んだという祝いの酒を煽る予定が本来のスケジュールであった。

 

アルゴス小隊がソ連の演習記録を録画した事を発端とする今回の事件により、ユウヤとVGは医務局で長時間の精密検査を受けた後、JIVESのみならず貴重な試験機の損壊時に於ける報告書を二人揃って書かされ、鬼の形相を浮かべたドーゥル中尉からつい先ほど開放されていなければ、今頃は歓楽街でお楽しみの真っ最中だったとタリサは不満を大きく零す。

 

 

「『紅の姉妹』もマジになってユウヤを殺そうとしてたし、あんなの普通じゃないよ!」

 

「……確かに様子は変だった。アイツら、只の担架じゃなくて拘束具みたいなの着けられて運ばれてるのもチラっと見たしな。普通の精神状態じゃねえ様だったぜ」

 

 

厳しい目付きでVGが思い返すのは、チェルミナートルから運ばれていった『紅の姉妹』の姿。

 

只の担架では無く、その両手両足がベルトで拘束されていた事に不可解に感じざるを得ないだろう。況してや運ばれていた両名の内、片方はあからさまに何かに怯えて震えている様にも見えたのだ。

 

ソ連側の指示により、同じ医務局に運ばれてはいない。従って姉妹のその後は知る由も無いが、迎えに来ていたソ連側の士官が厳しい表情をしていた事もVGの記憶には鮮烈に焼き付いていた。

 

 

「話は変わるけれど、これで計画が遅れてしまうのは痛いわね」

 

 

重々しくステラの口から漏れ出た題目に、脳内に酒一色で渇望していたタリサも思わず表情を歪める。

 

漸く組み上がった彩雲が僅か一日で半壊してしまうなど、誰に想像出来ただろうか。

 

改善点が山ほど存在した彩雲だったが、それでも半壊させて良いという言い訳には微塵もならない。だが、経緯が経緯なだけに、ユウヤを必要以上に責めきれないのは帝国側の開発主任たる巌谷も理解していた様で、底冷えする様な威圧感を放ちながらも終始閉口していたのを目の当たりにしている。

 

失った代償は大きいが、得た物もまたそれなり。

 

故に実験機の中破と随伴機一機の損壊という大きな損害を出しながらも、ドーゥル中尉の『鬼の叱りつけ』だけで処罰が済んだのは、幸運と呼べるのかもしれない。

 

 

「でも、その割にはハイネマンのオッサンの顔色は酷くなかった気がすンだよなあ。まだ頓挫はしてないって感じだ」

 

「そこはこっちが気にしても仕方ないっての~。んな事考えないで、今はちょっとでも飲もうよ~!」

 

 

気分転換を促すタリサが振り返った事で、VGとステラも更に後方へと視線を流す。

 

三人に続いて歩くユウヤとヴィンセントが視線に気づくと、タリサの急かす声に応えてヴィンセントが苦笑しながらも話を切り上げた。

 

 

「呼んでるぜ。行って来いよ」

 

 

発言の旨に首を傾げれば、にこやかな笑みを浮かべてユウヤの肩に手が添えられる。

 

 

「行かねぇのか?」

 

「ちょっと忙しいからな。ここまで送っただけだよ」

 

 

整備兵が忙しい理由を作ったのは紛れも無くユウヤにも責任がある。僅かに視線を落として謝意を示せば、それに反して返ってきたのはいつも通りの笑顔。

 

本来はユウヤ達を送る時間など露程も無いくらい、整備で追われている筈なのだ。にも関わらずユウヤの話を聞いてくれたのはヴィンセントの気遣いだろう。こういった時ほどヴィンセントの気遣いと面倒見の良さに救われると言っても過言では無い。

 

 

「……そうか」

 

「へへ、そうなのよ。思いっきり気分転換してきな!」

 

「……ああ」

 

 

本来ならばヴィンセントも連れて飲みに行く予定だった。

 

その原因たる己に悔しさを募らせ、思わずと言った様子で近くのポリ容器を力強く蹴飛ばす。

 

 

「――えっ? ちょっと――危ないわよ!?」

 

 

空の容器は夜の寒空に乗ってか、ユウヤの予想を超えて大きく舞い上がる。非難を挙げるステラだが対照的にタリサの声は弾む。

 

 

「だいじょぶだいじょぶ――空のポリ容器なんだからどうって事――」

 

「――なッ!?」

 

「「「――ッ」」」

 

 

聞き知らぬ驚愕の声が四人の耳に届き、全員が思わず言葉を失う。

 

幾ら空だからといって怪我はせずとも、上官にぶつかったとなれば大事は免れれない。

 

 

「――急げッ!」

 

 

タリサの焦りを皮切りに大きく前方へと走った四人――そして、地に転がる空のポリ容器の前で仁王立ちをしている者達と最悪の邂逅を果たす。

 

国連軍の基地に居る為か、身に着けているのは見慣れた国連軍のジャケット。それを大きく押し上げる胸部の上に飾られたウイングマーク。そして『中尉の階級』を示す階級章に、アルゴス小隊の四人は背中に冷たい汗が流れるのを感じている。

 

 

「貴様等か……? この様な物を飛ばし、剰え他者に怪我を負わせるつもりかッ!」

 

 

威圧感を解き放つ中尉二名を相手にし、四人は遅れて敬礼を繰り出す。

 

 

「申し訳ありませんでした、中尉殿! 責任は自分にあります」

 

 

自ら名乗り出たユウヤに視線が集まる。

 

これが只の上官相手ならばなんとも無いだろう。だが、ユウヤは目の前の相手の『声』を知っている。それ故か、駆けつけるまでの罪悪感は何処へやら。目端から滲み出る不快感を抑えるのがやっとといった所。

 

 

「所属を名乗れ、少尉」

 

「はッ、自分は国連軍アルゴス小隊所属。ユウヤ・ブリッジス少尉であります」

 

「……アルゴス小隊、昼間のですね」

 

「間違い無い」

 

 

相手の一言一言に含まれる軽蔑とも取れる軽んじた物言いを耳に、表情に出すまい、声に滲ませない様にと必死に敵意と苛立ちを抑え込んでいた。

 

一目見て瞬時に察したのだ。冷淡な眼差し、高圧的でやや古風な物言い。正しく『日本のサムライ』のソレだと見抜いて尚、腹の底で敵意にきつく蓋をして我慢しつつ名乗りを挙げたのは僅かばかりでも成長したと言えるだろう。

 

対し、アルゴス小隊と耳にした雨宮と唯依の瞳から更に温度が失われていく。

 

昼間の騒動を起こした一方でありながら、その数時間後には自身等の前に空のポリ容器を蹴飛ばした素行の悪い部隊。余りの不出来さに、唯依の口からは苦言が漏れ出るのも無理は無い。

 

 

「――ユウヤ・ブリッジス少尉。貴様は日系人だそうだが……幾ら出生が米国と言えど、素行の悪さが滲み出ているとは同じ帝国の血を持つ者として嘆かわしい。国連に『恥じ』を捨てる風習がある訳では無いだろう」

 

「――ッ!!」

 

 

唯依の嫌味がここまで効果的に効く相手もそうは居ない。

 

日系人というコンプレックス、素行と出生に関する歪み。米軍のエリート部隊の所属から国連所属へと転向させられた事。

 

その全てを図らずも的確に射抜いた上で、日本人としての矜持を掲げれば、血が滲む程に握りしめられた拳が強く震えていく。相手の感情の発露を見抜けない筈も無く、唯依は更に咎めるべくして冷たい声色を発し続けた。

 

 

「その拳をどうするつもりかは知らん――しかし、弁え方を知らないと言うのであれば、『同じ血』の縁故で教示する事も厭わないぞ」

 

「…………ッ」

 

 

閉口するのは、何も言い返せないという意味合いでは無い。

 

口を開けば同時に拳も飛び出しそうな程、己を無理矢理抑えつけているに他為らず。反攻の眼差しは増すばかりであり、口先だけの謝意を受け取るつもりなど唯依と雨宮には毛頭無いのである。

 

これ程までに『日本』をお仕着せられた経験の無いユウヤは終ぞ二人が去るまでの間、激情の発露を封じ込める余りに、一言も返す事は叶わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《1999年2月1日 7時20分 Z-BLUE所属横浜基地 地下19階秘匿研究室》

 

 

「おはようございます。で、どうしたんですか先生。こんな時間から呼び出すなんて」

 

「はい、おはよう」

 

 

早くてもデブリーフィング後、遅ければ消灯時間を過ぎた頃に呼び出される事もあるのが常であった武は、珍しく朝方に夕呼の研究室へと招かれていた。

 

寝起きで澄み切らない頭で歩いてきたが、夕呼の表情を目の当たりにして僅かに頭が冴える。普段の夕呼であれば、間延びした物言いでおはようの挨拶を返す事も含め、どこか真剣みを帯びた眼差しに緊張感が生まれ、背筋が伸びるのは無理もない。

 

 

「情報提供と、幾つか確認事項があったのよ。聞きたい?」

 

「確認事項……」

 

「そ。あんたが以前居た世界で、取り返したハイヴってどこか『全て』分かる?」

 

 

何故そんな事を聞くのかという疑問はさておき、自身の方に向けられたハイヴの位置を赤く示す世界地図に指で示し始めていく。

 

 

「横浜と、佐渡島……あとは、ここのオリジナルハイヴくらいです」

 

「ふーん……そう、そうよね」

 

 

至極当然の事を聞いてくる夕呼は何かを再確認する様な頷きを見せた。勝手に一人で納得して置いてきぼりにされた事で困惑を示すが、直ぐに夕呼は武の方へと向き直る。

 

 

「まだ正式な発表は無いんだけど、先ほどリヨンハイヴが落ちたそうよ」

 

「――え?」

 

 

『リヨン』と告げられてもパッと想像が出来ない武に、夕呼が指先でその場所を示す。

 

フランス領ローヌ県リヨン。最もアメリカ大陸に近しい位置であり、Z-BLUEが参加した横浜や佐渡島、鉄源ハイヴよりも更に大きいフェイズ5間近のハイヴである。

 

 

「マジですか!? スゲェ! スゲェよ!! …………先生?」

 

 

驚きと喜びを大いに表す武だが、対照的に夕呼の表情は僅かに厳しさを帯びた目付きのまま。訝しみから夕呼の名を小さく呟けば、呆れた表情で返される始末。

 

 

「――随分お気楽ね。言っておくけれど、このリヨンハイヴ陥落作戦に『Z-BLUEは参加していない』わよ。これがどういう事か分かる?」

 

「……え? Z-BLUE無しで、フェイズ5を…? え?」

 

 

困惑を重ね、単語を無意味に連ね始めた武を見かねたのだろう。

 

掌を数回打って気を引き付けると、夕呼は詳しい説明を口にしだした。

 

 

「はい、落ち着いて。元々この作戦は立案当初からかなり厳しいと見られていたわ。錬鉄作戦の時に欧州連合からの増援が少ない理由がコレなのは直ぐに察しが付いてたけど……それだけでフェイズ5が落とせると思うかしら」

 

「いや……無理だと思います」

 

「普通はそう。不可能を可能にしたとなると、次に思いつくのは?」

 

「Z-BLUE……?」

 

「そうね。でも彼らはずっとここに居た。彼らの増援が送られたという話も聞いてない」

 

「え……じゃあどうやって――」

 

 

時系列順を追った説明は解説になっている訳では無く、『どうやって』という疑問が強く渦巻くばかり。

 

G弾という可能性もあるが、攻略したのが欧州であればG弾の使用は薄いだろう。そもそも横浜でのG弾投下により、国際的なG弾に対する評価は厳しくあるのだから。

 

そこで夕呼はデスクから一つの印刷された画像を取り出して見せた。

 

受けとった武の手の中、白黒の色彩で映されている衛星写真を見やり、大きく目を見開く。

 

 

「地表構造物が無くなってる……ッ!?」

 

「それだけじゃないわよ。周囲を見てみなさい」

 

 

告げられた通り見てみるも、特に何がある訳でも無い。周囲には凄惨な地表とBETAの死骸が散らかっている『通常のハイヴ戦後の画像』としか思えなかった。

 

BETAの死骸の存在に関しては何ら問題は無い。

 

問題は『地表』の方にある。BETAの支配地域は等しくBETAが均等に均し、動植物を問わず全ての生命を無に消し去る様にして整地を行う習性は知れている。そんな支配地域が如何様にして地が削れるのか。その理由として最も知れ渡っているのは、軌道降下兵団の再突入くらいなものだろう。

 

 

「えッ!? でも、国連はリヨンハイヴ陥落作戦に参加していないんですよね?」

 

「参加していればZ-BLUEにも声が掛かって当然だもの。だから『謎』ってわけ」

 

 

Z-BLUEの参加を快く思わない者達が居るのは確かだ。恐るべきZ-BLUEの力に頼りきれば、今更とは言えどZ-BLUEに対する発言力を失っていく恐怖が募るのは無理も無い。

 

夕呼ですら全てを把握しきれていないが故に、『万が一』――『億が一』を考慮し、Z-BLUEを心底信用している訳では無く、懐に飛び込んで観察を続けている状況だ。恐れを成した各国の者達がZ-BLUEの手を借りないという選択肢が現実的であるかという疑問を除けば、大いに在り得るだろう。

 

 

「じゃあ新しい兵器とか…? いや、でもそれなら公にする筈ですよね……」

 

 

G弾の様な兵器が完成したのなら、各国間の発言力は間違いなく変わるものだ。それこそG弾を開発した米国との政治的関係に一石を投じれるとあれば、欧州が伏せている必要性は薄い筈。

 

 

「ちょっとは頭使えるじゃない。その発表も無しだからこそ、『謎』ってわけ」

 

「うーん、分かりますけど……オレには全然思いつきませんよ」

 

「そう。まぁ別にそっちは期待してないから気にしないで頂戴」

 

 

期待してない。

 

そう言われるのを心外だと跳ね除けるには余りにも知識が浅いが、とは言え気持ちのいい言葉では無いだろう。顔を歪ませながらも、相手が夕呼である以上、仕方が無いと割り切って小さくため息を吐き出した。

 

ふと、兵器関連の話で武はとあるワードを思い出す。

 

 

「そういえば以前言っていた、『次元力』――でしたっけ? あれ、なんで聞いたんですか?」

 

「……『詳しい』説明聞きたい?」

 

「――いや、いいです」

 

 

妙に強調される『詳しい』というワードに武は思わず怯む。

 

夕呼の『詳しい』説明とは、読んで字の如く本当に細やかな説明なのだ。聞いていて頭が混乱する事が多々ある経験が脳裏に過るや否や、本能的に首を横に振ってしまう。

 

 

「じゃあ次の報告。リヨンハイヴが攻略された事で、対BETAに関する人類の悲観的な思想が多少なりとも揺るがされた。そこで『第四計画』を『第六計画』と名を改め、『早期のハイヴ攻略による地球奪回』を掲げる事にするわ」

 

「――えッ!?」

 

 

奔る衝撃に目を大きく見開くのも無理は無いだろう。

 

だが、その驚きは夕呼の説明を聞くほどに少しずつ収束していく。

 

掻い摘んで説明をすれば、Z-BLUEと共に第四計画で得た情報を基にして、ハイヴの攻略を主目的とした反攻的な計画だ。いきさつが不透明であれど、そこにはリヨンハイヴの陥落という大きな結果も後押ししており、Z-BLUEの多大なる戦力を考慮すれば、全ハイヴの早期攻略が可能だと夕呼は考えている。

 

 

「そんな事、可能なんですか!?」

 

 

武の疑問は色々な解釈が可能であった。

 

オルタネイティヴⅣをⅥと改名すると軽く言ってのけるが、曲がりなりにも国連主体の大規模な計画なのだ。当人たちの都合だけでそう易々と変更出来る物では無い事など予想に難くない。対立している『第五計画』推進派との衝突や、従来の『第四計画』推進派が味方に付くとは限らないという懸念もあるだろう。

 

単純にZ-BLUEの総戦力を知らなければ、各国や夕呼とZ-BLUEの関係性もまた不透明故の疑問とも取れるだろう。

 

尽きぬ難題をひっくるめて出された言葉に対するは、至極挑戦的な笑み。

 

 

「なによ今更怖気づいたワケ? あたしたちは不可能を可能にでもしないと、BETAに滅ぼされるのを忘れちゃったかしら」

 

「……いや、それはそうですけど」

 

「それに、これはあんたの言っていた『オリジナルハイヴの早期攻略』が根幹にあるのよ? 言いだしっぺが弱腰なのは勘弁してほしいわね」

 

「――え」

 

 

思わぬ衝撃に呆ける武。

 

以前の会話で武は『前の世界』ほど重要視されていない存在として、大きく気落ちしていたのは記憶に新しく、また『今の世界』で武の齎した情報で何かが良い方向に変わる事は未だ一つもありはしなかったのだ。

 

既に過去の事であり、『前の世界』の様な事は無いと踏んでいただけに、喜びと驚きで狼狽えてしまう。

 

 

「え、じゃないわよ~錬鉄作戦で確認された新種の情報……早期攻略を急がせるには十分すぎる理由と思うんだけど」

 

 

情報提供者が誰であれ、確証が取れた物事を大切にするという習性を夕呼は持つ。

 

このまま長期的な争いを続けていれば、いずれBETAは人類に対抗できる術が無い種まで作ってしまうのでは無いかという恐れが大きいだろう。決定的な状況に陥るよりも早く行動する事を選ぶのは、彼女にとって何ら難しい決断では無い。

 

夕呼の理由付けに目に見えて浮かれた表情を浮かべる武を制するべく、一本の指を突きだした。

 

 

「これから恐らく、世界は大きく3つに分かれるわ。一つはあたし達『第六計画』派。プロミネンス計画の派閥もZ技術の件がある以上、表立って否定的な行動は早々取らないでしょうし、取り込めるのならかなり進めやすくなるわね」

 

 

聞きなれない計画名に鸚鵡返しする武だが、その説明は後にすると諭され、再び説明の続きが行われる。

 

 

「そして真っ向から対立するのが恐らく『第五計画』派。彼らに関しては言うまでも無いかしら」

 

 

BETAを殲滅して地球を守るのとは真逆と言って良いだろう、地球を捨てる派閥が敵対するのは素直に納得が行く。

 

そして最後に展開される三本目の指。

 

 

「後はそれ以外の勢力だけれど……そこは気にしなくていいわ。出てきたら出てきたで対処するだけだから」

 

 

Z-BLUEに借りのある国家が多数を占めた状況で打ち出されたこの『第六計画案』。

 

Z技術の事も考慮すれば、真っ向から反対するのはどの国家も頭を悩ませるのは目に見えている。厭らしいタイミングで打ち出された案だと脳内の整理が及ぶ武は、夕呼を称賛する言葉ばかり頭に浮かべていた。

 

 

「で、最後の情報よ。これは予定の話」

 

 

意識が逸れ気味な武の気を引く言葉に、再び武は耳を傾ける。

 

だが、その内容は予想の遙か上を行く内容であった。

 

 

「――今年中にオリジナルハイヴ攻略作戦を開始するから、そのつもりでいなさい」

 

 

絶句。

 

停止した思考が数秒のインターバルを用いて再起動した脳内で思い起こし、『前の世界』で桜花作戦の発動が突飛とも言えるタイミングで敢行された事を想起させた。

 

事前に知らせてくれただけ有難いことだと切り替えていく。

 

 

「早ければ半年。遅くても今年中よ。そろそろ正式任官も近いでしょうし、それを踏まえて上手くやんなさいよ」

 

「はいッ!」

 

 

夕呼が情報を与えてくれたのは、それだけ己が期待されているのだと思わずにはいられないだろう。

 

快活な返事と共に敬礼を返した武を見やり、夕呼も満足気に笑みを浮かべているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《1999年2月3日 21時00分 超銀河ダイグレン内部》

 

 

「重慶ハイヴのBETAの活性化が見られました」

 

 

夕呼の淡々と告げる報告に、艦長会議の場に参加している面々はそれぞれの表情を浮かべた。

 

 

「香月博士、重慶ハイヴの詳細を教えていただきたい」

 

「分かりました」

 

 

ジェフリーの指示に素早くコンソールを叩き、直ぐに各々のモニターに情報が送信されていく。

 

中国領四川省重慶市を主な所在地とし、フェイズ4に到達しており比較的大型に値する。BETA総数は20万を大きく超えると予想されており、広大な中国の大地に根差し広く支配している重要地点。

 

沿岸部との最短距離が900kmもある事から、国連艦隊による艦砲射撃は臨めないという厄介な特質も持つ。

 

 

「BETAの大移動があると仮定して、彼らの目指す場所の検討は付いているか?」

 

「旧鉄源ハイヴ、及び日本帝国本土で間違い無いかと」

 

 

F.S.の質問に素早く回答を示す。

 

BETAは明らかにZ-BLUEを特別視している節があり、それは新種の投入タイミングを見ても明らかだろう。

 

一足で日本まで大きく侵攻するか、一先ずの拠点として鉄源を奪還しにくるのかまでは読めないが、方向性としては確からしい。説明を聞いた誰もが同様に想定出来る辺り、ここまでは難しくなかった。

 

 

「問題は復興中の朝鮮半島と日本列島を守るには、少々カバー範囲が広すぎる点か」

 

 

朝鮮半島へと向かうBETAの予想侵攻ルートと、帝国へ向かう予想侵攻ルート。その距離は悠に数百kmの距離が離れているといえば、現実的では無いのが理解出来るだろうか。

 

日本海に待機させているバスター軍団を出動すれば少しは対応可能に近づくが、以前の防衛戦の時と同じく別ハイヴからの時間差侵攻を受ければ、帝国領土の守りは手薄となってしまう。万が一にも備え、動かせない部隊を勘定に加える訳にはいかない。

 

 

「そちらからの増援は厳しいか?」

 

 

苦い表情のブライトが本隊側へと投げかける。

 

スーパーロボットが数多く存在する本隊側の増援があれば、戦況を一気にひっくり返す事も不可能では無いかもしれない。

 

だが、返答するスメラギの表情は芳しくない物だ。

 

 

「火星ハイヴ掃討作戦の時期が近い以上、こちらの戦力を余り削れない状況です」

 

「そうか……」

 

 

火星への威力偵察以来、破壊したハイヴが修復される前に何度か火星での間引き作戦を行っていた。

 

火星は地球と比較して直径が半分ほどしか無い惑星であるが、水の海が存在しない故に表面積は地球の陸地のそれと大して変わらないほどの広さを持つ。加えて生存している全ハイヴがフェイズ7以上で構成されているのが現実だ。内包するBETAの数は地球を大きく上回ってしまう。

 

復帰したスーパーロボット達の一部がその戦力に宛がわれている以上、削る余裕はそう多くない。

 

頭数で言えば先遣隊はかなり多いが、戦闘が楽になる筈も無く。火星とは違い多少のBETAを見逃し、地形諸共吹き飛ばす事がそう簡単に出来ないのだ。故に神経を使い、戦術機の生存の為に奔走する場面も数多いのが事実。

 

 

「修理が終わった機体で言うなら、ヴァンセット、ゴットマーズ、コスモクラッシャー、VB-6ケーニッヒモンスターS、クァドラン・レア、ベック・ビクトリー・デラックス、ガンレオン・マグナです。ですが、カナリア中尉やランドさん、ベックさんは他の役割が忙しい様で出撃は困難かと」

 

 

田中の返答にオットーは仕方ないと頷き返す。

 

ケーニッヒモンスターの搭乗者であるカナリアは希少な医師免許の保持者であり、ランドは優秀な整備士として日夜格闘し続けている。チンピラとして知れたベックもインターフェイス関連のメモリー保持者である為か、整備士としての復旧作業や新兵装開発などで本人の意思とは裏腹に使い倒されていたりするのは余談か。

 

しかし、一機でも多く増援が臨めるならば文句は無い。

 

 

「では他の四機を此方に回してくれ」

 

「了解です」

 

 

快諾の返事を述べる田中の発言が終わるや否や、ゼロが口を開く。

 

 

「――BETA戦に於いて攻撃は防御を凌駕する。よってBETAの大移動前に、重慶ハイヴ攻略作戦を提案しよう」

 

 

唐突な提案に目を見開く夕呼だが、他の面子がさも意外そうにしない辺り、Z-BLUEではこれが普通なのだろうと直ぐに割り切って意識を切りかえる。

 

即座の対応に移れる事を考慮すれば、夕呼もかなりZ-BLUEに慣れてきたのかもしれない。

 

 

「出鼻を挫くのですね」

 

「そうだ。では大まかな作戦を説明する」

 

 

クレアの言葉に肯首し、直ぐに重慶を中心とした戦略マップに書き込みながら説明が加えられていくのだった。

 

 

 

 

 

艦長会議が行われているのと同時刻。

 

とある一室では、二人の男女が近しい距離で向かい合っていた。

 

二人の距離は時に近づき、そして離れるのを繰り返している。

 

近づくたびに絡み合う手首。触れる足先。しかしその距離が0になる事は無く、初めから『そこまで踏み込まない』様に取り決めているかの様で。

 

その文面だけ見れば甘酸っぱい想像を掻き立てられるかもしれない。

 

しかし、甘酸っぱさとは裏腹にその部屋は汗臭さと覇気で満ち溢れていると言っても過言では無かったりする。

 

 

「はぁっ!」

 

「せぃっ!」

 

 

再び両者の間に距離が空き、視線が交差する。相手の挙動から目を離さず、膠着状態に縺れ込んだのを見て、一方は身体から力を自然と抜いた。

 

 

「よし、少し休憩しよう」

 

 

その言葉を聞き、もう片方も構えを解く。疲労感で脱力していく身体を壁に凭れさせ、疲れを在り在りと表現してみせた。

 

 

「――あぁぁ~~っ、疲れた……」

 

「お疲れ様、純夏さん。随分と技が鋭くなったと思う」

 

 

水分補給用のドリンクボトルを差し出したヒビキは、喉に水分を流し込んでいる純夏へと素直な称賛の言葉を述べた。

 

先ほどまでヒビキと純夏が行っていたのは、所謂『約束組手』という物である。決まった手順に従って技を掛け合い、寸止めを徹底する事で怪我の可能性を最大限にまで低下させた練習であり、実戦武術でありながら初心者である純夏に練習して貰う為に考案した専用メニューの一つ。

 

最初こそ武術に小さな恐怖を見せていた純夏だが、褒めて伸ばすスタイルのヒビキと相性が良いのやら、次第に技が鋭さを見せ始めているのはヒビキとしても誇らしくあった。

 

 

「そ、そうかなっ!? えへへ~~」

 

「本当は約束組手に実戦的な意味は無いんですけどね……」

 

 

思わず苦笑いを浮かべてしまうのも無理は無いのかもしれない。

 

ジークンドーに決まった型は存在せず、あるのは実戦的な方法だけ。その規則を勝手に改変した様な気持ちになれば、僅かに沈むのはジークンドーに対する真摯な姿勢がそうさせている。

 

それを汲み取ってか、純夏は教わった言葉を小さく口にした。

 

 

「――無法を以って有法と為し、無限を以って有限と為す。だっけ」

 

「!? 一回しか言った事が無いと思うけれど……」

 

「印象深かったからかな? わたしが実戦をするとは限らないし、そこまでのつもりじゃないから…良いんじゃないかな? ヒビキ君が一生懸命考えてくれての事だし」

 

 

純夏のフォローに気を持ち直したヒビキが笑顔を見せた事で、場の雰囲気も和やかな物に戻っていく。

 

運動の爽やかな汗を流し、一休憩しながら談笑に華を咲かせている最中――

 

 

「お邪魔しまっす!」

 

 

水を差した人物を見て、両方共が驚きを露わにした。

 

 

「――ロボット?」

 

 

二足歩行型のロボット。

 

戦術機とは大きくサイズの違い、コミカルに動きながら話すのを見るのは生まれて初めての事。他にも意思を持つ機械はZ-BLUEの中で何度か見たが、人よりも小さいサイズは初見となる。

 

 

「AG!? 地球に降りてたんじゃ――」

 

 

対し、その正体と行方を知っているヒビキにとってみれば、純夏とはまた別の驚愕が訪れていた。

 

先遣隊として横浜に拠点を移し、多忙極めるAGが超銀河ダイグレン内部に居るなど想定外である。ヒビキの様に一パイロットであれば何かの折に乗じて先遣隊と本隊を行き来出来るのだが。

 

そんなヒビキの訝し気な視線を受けても、相も変わらずAGはどこ吹く風の様子。

 

 

「最近は私も『ユーメイジン』でして、こうやって自由に本隊と地球を行ったり来たりする必要があるんです。さて、今日の用事はヒビキさんでは無く――」

 

 

言うと同時に純夏を視線に捉えた直後、ディスプレイに移った表情の口角がニヤリと吊り上げた。

 

即座に純夏を背で隠すヒビキが睨み付けるも、余裕の顔色を崩さないAG。懲りぬ悪魔にヒビキは一歩前に足を踏み出し、覇気と共に鋭い語調を放つ。

 

 

「彼女に何かすれば只では済まないぞ」

 

 

ブーストアップの発動により青く発光したのは予想外だった様で、AGは手のひらを反す様に誤解ですと両手をブンブンと振って無罪の主張をし始めた。睨み付ける視線が揺るがないと見るや否や、今度は洒落にならないと言った体で高速土下座を連発していく。

 

必死の謝罪も何処か疑わしく感じるのは、普段の行いによる印象故か。

 

 

「ちょっ! これもお仕事なんです。勘弁してつかぁさいヒビキさん! ちょっと純夏様の脳波データを必要としているだけですって!!」

 

「――本当か?」

 

「ホントホント! ウソつかないです!」

 

「……行くよ、ヒビキ君」

 

 

高速土下座を繰り出し続けるAGに憐憫さを感じ、状況が分からないまでも純夏は了承の意を口にしてしまう。

 

当の本人が肯定した事で、ヒビキも遮る事が困難になるこの状況――露悪的な笑みでここまでの展開へと導いたと遅まきに気付いたヒビキは、AGを威嚇する様に三度睨み付けた。対するAGは事が進んだと察し、既にヒビキを無視しているのが質の悪さを裏付けている。

 

 

「何かヘンな事されたら、すぐにでも言ってほしい」

 

「うん、分かった。心配してくれてありがと!」

 

 

不安げな表情を拭いきれないまま、AGの後を付いて部屋を出る純夏を見送る事しかヒビキには出来ないで居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




『紅の姉妹』に関する詳しい説明は、後の話でされるかと思います。

原作を知らない方は申し訳ありませんが、ご了承下さいm(__)m


追記:ヒビキと純夏の修行シーンを描く前にヒビキが一度地球に降りてしまった事で少し違和感を感じたので、本隊と先遣隊の物資運搬航行に乗じて移動が可能である事を明確に追記しました。

余談ですが、AGはグラーティア(天獄篇ではAG輸送艦と呼ばれていた)で自由に移動している設定です。

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