to Muv-Luv from 天獄 ≪凍結≫   作:(´神`)

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長らくお待たせ致しました。

五章となります。前半はグアドループ編、後半は書き逃していた重慶ハイヴ攻略作戦のダイジェストです。

グアドループ編は次話かその次には終える予定ですm(__)m


第五章 (1)

《1999年2月15日 10時30分 グアドループ基地》

 

国連大西洋方面第4軍、グアドループ基地。

 

カリブ海に浮かぶ西インド諸島の一角、仏領グアドループ島に存在する最後方の基地である。

 

嘗て大きく発展した観光事業はBETA大戦の影響で大きく衰退。現在は国連軍の租借地となっており、林立されたリゾートホテルを保養施設とする傍ら、高温多湿という気候を利用し、耐環境試験の実施地として専ら再利用されていた。

 

 

「「い~~~~やっほぅ!!」」

 

 

揃って飛び跳ねては、子供さながらに燥ぐタリサとVG。

 

極寒のアラスカとは真逆の気候。そして、待ちに待った常夏のリゾート。

 

二月とは思えぬ暖かさでありながら、北東からやってくる貿易風が程よく湿気を循環させる為、蒸し暑くも乾燥しすぎる事は無い。そう、紛う事無くここは天国と言えよう。

 

 

「おい見ろよ、世界がビビットカラーで出来てやがる……」

 

 

感動と興奮に震える声色を隠しもせず、VGは胸いっぱいに温暖な空気を吸い込むべくして、天高く両手を挙げて身体を伸ばしながら体内に新鮮な空気を限界まで取り入れていく。

 

建物から一目散に飛び出した二人に続いたステラも、極寒のアラスカとは比べ物にならない陽射しの強さに思わず目を細め、直射日光を手で遮る様にしながら周囲を見回しては表情に喜色を浮かべていた。

 

 

「本当ね。陽射しの強さと言い、南の島って本当にこういう場所だったのね…!」

 

「二月なのに程よく暑い気温! たまらんねえ……こんなモンさっさと脱ぎ捨てて、海に飛び込みてぇぜ!」

 

 

年中温暖なグアドループに海開きの時期など存在しない。水温が年中高めのグアドループとは対照的に、夏であれども海や川に入水すれば心臓が物理的に停止する程の冷たい水温であるアラスカに居た者達からすれば、海に焦がれて止まないのも無理は無いだろう。

 

そうして浮かれる三名に続き、日蔭から日差しへと足を踏み出すユウヤ。燦燦と降り注ぐ日光を鬱陶し気に目を細めた彼は平常運転と言わんばかりに表情を変えていない。

 

 

「ねえ、ユウヤは涼しそうな顔してるけど、暑くないわけ?」

 

「ん? そんなことはないが……真夏のグルームレイクよりはマシだ。アレと比べりゃ全然居心地が良い」

 

 

タリサの疑問に僅かに小首を傾げるも、直ぐに言葉を返す。

 

実際、ユウヤにとってはこの程度の暑さは何でも無い。とは言え、湿気はこちらの方が少なからず多い分、別の辛さは存在するが。

 

 

「小隊集合! 行くぞ、ブリーフィングだ」

 

 

輸送機から荷卸しを全て終えたのだろう。ドーゥルの号令に合わせ、四名は渋々足先を同方向へと向ける。

 

そんな中、一際憎たらしい顔つきでタリサへと声を掛けるのはVGだ。

 

 

「さぁ~て、一体ナニさせられるんだろうな?」

 

「うるっさい! こっち見てニヤニヤすんな莫迦!」

 

 

広報活動の任務内容が予測出来ているだけに、VGは揶揄いの声色を露骨に出していた。任務が与えられている本人も当然内容に予測が及んでいる故か、羞恥と怒り混じりにVGの顎へと大きな一撃を加えている。

 

先が思いやられるなと辟易する様にして重たい溜息を吐いたユウヤと、それを微笑んでいた見ているステラ。グアドループに来て早々、アルゴス小隊はいつも通りの様相であった。

 

 

 

 

 

耐環境試験に於いて、衛士に課せられたスケジュールは極僅かである。

 

普段よりも大目に与えられた休息時間を持て余していたユウヤは、絶賛活躍中の相棒の所へと足を延ばしていた。

 

 

「う~~、暑ぃ暑ぃ…」

 

「よう、お疲れ」

 

「おー気が利くぜ。ありがてぇ…」

 

 

気遣いを見せつつ、肩に掛けたクーラーボックスからドリンクボトルを差し出せば、震えるかの様に感謝の声を漏らす。その声色がどうにも面白くて笑みを零すも、南国の日照りを浴び続けて疲労を隠せないヴィンセントは反応を返す余裕すらないらしい。

 

 

「ホラ、これも要るか?」

 

 

奥の手としてクーラーボックスから何かを取り出すユウヤ。

 

汗まみれの顔を拭きたいが、生憎袖なしのピッチリとしたインナーを着用しているヴィンセントは腕で直接水滴を拭う訳にもいかず、額から垂れる水滴に半分目を閉じ乍ら手だけを声のする方へ差し出す。

 

するとどうか。

 

手に触れる冷たい布の感触にヴィンセントの頭脳は高速回転を発揮し、渡された物体の正体を触感だけで把握するや否や、同時に手の上の物を素早く顔に圧しつけた。

 

 

「ふぅ~~~、お前神かよ……」

 

 

賞賛の言葉を受け、素直に口角を釣り上げたユウヤ。彼が取り出したのは、ファスナー付きのポリ袋にフェイスタオルを入れ、水が染みない様にしつつクーラーボックスで冷やした布。所謂『冷やしタオル』である。

 

茹で上がった顔の上に乗せれば汗を吸収し、布越しに降りてくる冷気が顔全体を冷やしていく感覚に気持ちよさげな声を出す事数秒。

 

復活したヴィンセントは再び口に水分を一口流し込む。

 

 

「にしても暑ぃな、おい。日蔭の下なら幾分マシだが、こっちに出れば陽射しの強さが良く分かる」

 

「こうじゃなきゃ耐環境試験にならねぇよ……とはいえ、真冬のアラスカから一気に温暖すぎる気候に来たんだ。ユウヤの事だから心配は無えと思うが、体調には気を付けろよ」

 

「母親みたいな事言うんじゃねぇよ。それより、しっかりデータ取り頼むぜ」

 

「へへ、任せとけって」

 

 

秘策であった冷やしタオルの効果は抜群らしい。親指を立てながらユウヤをナチュラルに気遣う辺り、もう調子が戻ったのだろう。

 

そんな何気ない会話を続けていた時。

 

ふと二人の元へと低く響く様にして聞こえる呻き声に視線を送れば、先ほどまで騒いでいた約一名がトボトボとこちらに歩いてくるのが確認出来る。

 

 

「あ”~~~~」

 

「クソ暑い中でそんな声出すなよVG」

 

「身体がアラスカに慣れちまってンだよ……そっちもお疲れさン。休憩?」

 

 

熱帯の暑さに早速やられたイタリア男の奇声に『疲労感が伝播しそうだ』とユウヤは眉を顰め、対照的にヴィンセントは賛同するかの様に片眉を下げて苦い笑みを零す。

 

二月という事もあって、日蔭で涼んでいれば何ら問題は無い筈なのだが、あろう事かこの男は浮かれて日照りの真下にずっと居たらしい。直射日光と舗装されたコンクリートの照り返しを浴び続けていれば辛くなるのは、二月でも夏でもそう変わりはしないというのに。

 

陽射しに魘されているVGに肩掛けクーラーボックスの中から予備のドリンクを差し出せば、奪い取る様にして口へと運ぶ辺り相当干上がっていた事が窺える。

 

 

「……ふぅ、生き返るぜ。サンキューな。にしてもこんな暑い中で、整備の奴等には頭が下がるぜ~」

 

「おう、もっと敬え。今回の主役はオレ達だからな」

 

 

耐環境試験に於いて衛士の出番は最後の方のみ。それまでは整備兵達がベタ付きでデータ収集するのが、序盤の主なプログラムなのだ。

 

 

「で、どうよ実際」

 

 

VGの謂わんとしている事に他二名共に一拍ほど疑念を浮かべてしまうも、その真剣な眼差しの先にある物を見やり、ユウヤに続いてヴィンセントも直ぐに内容を把握する。確かに衛士として気になる部分だろうが、機密に触れてしまう内容が故に回答者の声色はかなり小さく低い。

 

 

「…今の所問題ナシ。流石の光学兵器って事もあってか、熱処理も十分なんだろう。ただ、この環境で長時間の使用すればどうなるかは、まだ見てみないとわからねえ」

 

 

三者それぞれの視線がレイド・イーグル――その腰にマウントされているビームサブマシンガンへと注がれている。

 

出自も『ハイネマンから齎された』としか知らされず、一部の整備兵以外は詳しい内部構造の把握どころか接触すら許されていない超機密兵器。触れ得ざる機密にヴィンセントも悔し気な表情を浮かべつつ、独自に収集した情報を開示していくのは信頼の証でもあり、自身が触れぬ事への八つ当たりも兼ねているのだろう。

 

同じく気になる衛士の二人も真剣な表情で話を聞き、時に質問や自機に関しての疑問を投げ掛けていく。そうして行われた詳細な情報の遣り取りは、何だかんだでヴィンセントの休憩時間全てを消費して行われたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《1999年2月15日 12時40分 グアドループ基地 コンテナ置き場》

 

最後方の基地とは往々にして警備体制が厳重とは言えないものだ。

 

考えても見れば当然であろう。

 

最前線ほどBETAの脅威が感じられず、高級将校の姿も滅多と無い。故に機密が集う事も無く、そもそも保養施設と謳われているこの場所で、常日頃から気を張る者など居る筈も無い。

 

『そういった性質を知っている』者だけが、この人気の無いコンテナ置き場に集まるのは必然と言えた。

 

 

「首尾はどうだ?」

 

「概ね問題無い。情報の整合性も確認済みだ」

 

 

暗闇に佇む二人組。

 

最初に言葉を投げ掛けた言葉は正しく女性の物。もう片方の声は低く、男性である事が窺い知れる。男の報告を聞いて表情一つ崩さず、さも当たり前であるかの様に一つ頷いた女は、次なる指示の確認を行う。

 

 

「『標的』の動向は掴めたか」

 

「いや、まだだ」

 

 

キッパリと告げられる返答に、女の目付きが急激に鋭さを増していく。

 

内容もであるが、悪びれる様子も無い男の態度に腹が煮えているのだろう。

 

 

「…貴様、この任務の重要性を把握していないと見える。『標的』を捉えなければ我々の悲願達成は不可避である事を忘れたか。各国に対しての強大な抑止力である『アレ』を量産させる為には――ッ!?」

 

 

饒舌に語る女の言葉は止まる所を知らないらしい。

 

相手の興奮する様相に眉を一度だけ顰めた男は、良く回る口を封じ込もうと徐に掌を近づけた。

 

直後、その腕を素早く掴んだ女が捻り上げようとし、男も女の行動を阻害する様に捻り上げようとする腕を掴み返す。

 

 

「…………」

 

「クッ!」

 

 

組みあう様にして絡み合う両腕。奔る緊張。

 

薄暗く人気の無い場所で、自身よりも体格のある男に口を塞がれかけたとあれば、女が抵抗を示すのも無理は無い。対し、任務に対する誠実さと意識故に、外部に聞かれてはならない単語を羅列させていく女に目が余ったのもまた事実。

 

 

「――お前の殺意は強すぎる。少し抑えろ」

 

「……チッ」

 

 

数秒の硬直後、男の真意を理解した女は謝意一つ見せず、舌打ちを返して男から距離を取った。

 

乱れた服装を軽く調え直した男は、何事も無かったかの様な表情を終始崩さない。

 

 

「『標的』のプログラムは国連軍が管理している訳では無いらしい。どういった予定を取るのかは全く情報が掴めていない」

 

「ッ! 厄介な……」

 

「――そこで『標的』の警護に部下を紛れさせた。確保には問題無いだろう」

 

「……フン、そうならそうと言え。まどろっこしい奴め」

 

 

悪態を然も気にせず、男は言葉を続けていく。

 

同じ組織に属しているが、この女とは反りが合わないのだ。用は素早く済ませて別れるに限る。

 

 

「『協力者』が『もう一つの標的』と分断させ、そちらは別働隊が確保。同時にこちらで『標的』を確保する――間違いないな?」

 

「当然だ。我々に失敗は許されな――ッ」

 

 

警告する女の言葉の最中。男は視線を横に素早く動かし、女の口許に指を立てる。

 

言葉を遮る男に不愉快さを露わにするが、即座に女も理解に及び、目付きが鋭さを帯びていた。

 

 

「――――」

 

「――、―――――。――――」

 

 

聞き洩らしてしまいそうな程の小さな足音。そして、『己らでは無い』微かな話し声が両者の耳に届く。

 

同じ組織の者でない事は確かだ。この作戦に参加している人員はそう多くない。

 

この空間に別の誰かが侵入した事により、再び緊張が奔る。

 

 

『偵察する』

 

 

そうアイコンタクトと素早いハンドサインで意思を見せた男は、足音を極限まで殺して音源へと近づいていく。女も別の場所から侵入者を観測するべく、動き出す。

 

コンテナの間を縫い、少しずつ距離を詰める毎に会話内容が朧気乍ら耳に入る。

 

 

「そうか。こちらの動きには――」

 

「――大丈夫だ。気づかれていない。邪魔が入る心配は――ッ!」

 

「……誰だッ……!?」

 

 

コンテナの間から漏れ聞こえるのは、男二人の声。物騒な会話内容に耳を澄ませていれば、彼らの間に緊張が奔ったらしい。

 

表情を動かさずとも、男の胸の内には焦燥の炎がジリジリと焦がす様に揺れていた。

 

 

(……バレたか。いや、私では無い。まさかあの女が……)

 

 

熱くなりやすい相方だが、組織で訓練された者として技術は己と同等にある筈。

 

しかし万が一にも見つかったとなれば、『処分』を下さなければならないだろう。任務の内容が漏れる事だけは断じて避けなければならないのだから。

 

腰のホルスターから拳銃を音も無く引き抜き、続いて尻ポケットに二本指を差し入れる。手に当たった堅く丸い感触を素早く手に取り、手の感触のみで銃口へと回す様にして消音装置を取り付けた。

 

始末するには、リスクを冒して男二人組の方を見やるしか無い。足音が増えた辺り、やはり新たに誰かが場に増えたのは間違いないだろう。それが己の知る女であるならば、迷わず眉間を撃ち抜くのみ。

 

意を決してコンテナの隙間から顔を出して確認しようとした瞬間――

 

 

「…待て、俺だ」

 

「バカ野郎、脅かすな!」

 

 

新たに増えた第三の声。

 

明らかに男性の声である事に胸を撫で下ろした男は頭を瞬時に引っ込め、自分達の事を棚に上げて怪し気な三人の男の会話を傍聴し続ける。

 

 

「……で、肝心のブツは?」

 

「待て。先にこちらの報酬が先だ」

 

「何…?」

 

「いや、良い。こっちが先に公開するぜ……どうだ」

 

「ッ…! なるほど……これは、素晴らしい技術だな。どこでこれを?」

 

「機密に差し障る。言えないンだよ、これがな」

 

「…そうか。いや、良い……そちらの『誠意』は見せて貰った。用意したのは『コレ』だ」

 

 

会話から察するに、得体の知れない三人の男達が機密に関する情報の遣り取りをしているのは明白だ。

 

 

(遣り取りの内容が詳細に分かれば、こちらのメリットに繋がるかもしれない)

 

 

そう判断した男は、僅かに顔を出して男達を遂に視界に捉える。

 

 

「……コイツは……すげぇ……! そそるぜ…!」

 

「日本帝国製か…! 流石は並外れた技術を持つだけある……」

 

 

幸運な事に三人はこちらに背を向け、互いの手の中の物体に熱中しているらしい。

 

周囲は当然薄暗く、加えて三人が密着しているからか、その手に持つ物が何かまでは見えないが、情報を整理すれば重要なワードは三つ存在していた。

 

 

『素晴らしい技術』『機密』『日本帝国製』

 

 

彼のZ-BLUEと特別懇意にしている日本。その機密に関する素晴らしい技術――その中には当然、彼の組織が欲している技術もあるに違いない。故に男達の間で遣り取りされている情報を奪取したいのが本望。それが不可能であろうとも、正体を掴むまでは辿り付きたい所である。

 

 

(この角度では見えないか……)

 

「フフフ……そうだ。これこそ帝国が世界に誇る――」

 

「しっ! 興奮するな、声がデカい!」

 

「おっと失礼……さて、残りの報酬を頂こうか」

 

「分かった」

 

 

事を済ませた三人は、それぞれ時間をずらしてコンテナ置き場を後にしていく。

 

終ぞ情報を盗み見る事は叶わなかった男の元に、別の場所から観測していた女が僅かに時間を空けて戻ってきた。だが、何故か俯きがちの様子がどうにも気に掛かる。

 

 

「どうした…? まさか、奴らの遣り取りの内容を確認出来たのか?」

 

 

様子を窺いつつ近づきながらそこまで口にした瞬間。

 

 

「寄るなッ!」

 

「――ッ」

 

 

妙に顔を赤くした女が男に牽制の意味を込めて拳を振るう。それを一歩下がって避けるが、それ以上の追撃は無いらしい。どういう事か状況が掴めなかったが、解散を命じた女の表情に細かく着目した。

 

 

(耳が赤く、目頭に水滴……羞恥?)

 

 

そこで顔を赤らめていた女の態度に推測が及んだ男は、『最後方の基地ならばそんな事もあるか』と理屈を付けて己を納得させると同時に、真実下らない遣り取りをしていたと推測を付けた三人の男達の事を頭の隅に追いやる事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《1999年2月4日 8時36分 中華人民共和国 上海市 浦東河岸上空》

 

時を十日ほど遡り、上海市の一部。東シナ海に面した浦東河岸跡の上空にて、空に浮かぶは三隻の巨大浮遊戦艦だ。謂わずと知れたラー・カイラム、ネェル・アーガマ。その二隻に守られる様にして直ぐ後ろに控えているのがソーラリアンという布陣は、錬鉄作戦と同様である。

 

九州上空から真っ直ぐに中国大陸へと到達を果たした面々、その表情には程度の差はあれど、ブリッジに広がる緊張感で誰しも顔を強張らせていた。

 

 

「未だ周囲にBETAの反応は見られません」

 

「…うむ」

 

 

ネェル・アーガマのブリッジにミヒロの報告が上がり、オットーは何処か納得の行っていないという複雑な表情を見せながらも小さく頷く。

 

膨大な数と質量が地表を犇めくBETAのイメージを取り上げれば、やはり上陸と同時にBETAを発見出来て当然だという認識が強い。これまでの戦いでもそうであったが故に、上陸を果たして尚その様子が見られないのは拍子抜けなのだろう。

 

軍帽をずらして額を指で掻いているのはある意味安堵にも似た油断の現れなのだろうが、冷静に見れば現時点で重慶ハイヴを楽観的に評価出来る点は何一つ無いと言える。

 

『上陸して現在に至るまでBETAの姿が見えない』という現実が、『重慶ハイヴが内包するBETA総数は少ない』という意味を示している訳では決してない事に留意が不可避なのは言わずもがな。BETAの大部分は地下空間に潜んでおり、そもそも圧倒的なBETA数を以てしてなお、地表を埋め尽くせないほどに広大な中国大陸が此度の戦場であるのだから。

 

この広大さを鑑みれば、何処から伏兵が現れても可笑しくは無いのだと厳しい観点から見るべきである。

 

 

「では、このまま一気に重砲級の射程予想区域まで突入しよう。だがBETAが居ないという事は、反射級による広域殲滅攻撃が行われる可能性もある。各員はコクピット内で待機し、敵影発見と同時に部隊展開とする」

 

「分かった」

 

「了解した」

 

 

後方のソーラリアンから作戦指揮を執るゼロの通信に肯首するブライトとオットー。

 

BETAの第一波が従来通り突撃級で構成されたもので来るのか、将又反射級が飛来して来るのか。緊張感が張り詰める中、Z-BLUE先遣隊が順調に進み続けて20分が経過した頃。

 

 

「ッ、十二時方向に敵影を確認。数……約5000! 接敵まであと20分です!」

 

 

ミヒロの報告が張り詰めた様な空気を引き裂き、副長であるレイアムとオットーの視線が交わった。

 

互いに頷きを一つ返し合い、ブリッジ全体に素早く指示を飛ばす。

 

 

「ハイパー・メガ粒子砲を準備しろ! 第一波が予想通り突撃級であれば、薙ぎ払って突き進むぞ!」

 

 

比較的物静かであったブリッジは艦長の命を皮切りに慌しさを見せ、ブリッジ内には戦闘が始まるのだという緊張が各々の高まりを見せていく。

 

反応が一体では無いという時点で反射級の線は消えた。となれば、通常通りの突撃級のみで構成された第一波か、多種で構成された一波かで対応が幾分か変わる。

 

張り詰めた緊張を破ったのは、モニターに映る水平線の端から頭を出し始めた黒い影、その姿が突撃級の群れと認めたオットーは即座に迎撃の命を下す。

 

 

「ハイパー・メガ粒子砲、発射準備よし!」

 

「ハイメガ砲、撃てーっ!!」

 

 

中国の大地に沿って紫の奔流が奔り、前方の突撃級のみで構成されている第一波が跡形も無く吹き飛ぶ。

 

ここまでは計画の狂う予知が無い程に順調と言えた。

 

そもそも、空中を浮遊する戦艦を『地を駆ける事だけに特化した』突撃級でどの様にして対処するというのか。故に第一波が従来の物であれば脅威足り得ない事までは今までの戦闘からも見て取れるだろう。

 

次に問題があるとすれば、全人類を劣性にまで追い詰めた一番の立役者、光線属種の存在である。

 

 

「大深度地下の動きを確認! 十時方向にBETA出現、数……約3万です!」

 

「よし、ネェル・アーガマ一時停止、各機発進。光線属種を優先的に排除しろ!」

 

 

空中で一時停止した各艦から、機動兵器部隊が次々と中国大陸に降り立つ。

 

数ある機動兵器群の中、陣形の中心に位置する比較的小型の機体――蜃気楼の中からゼロは穏やかな口調のままに的確な助言を口にする。

 

 

「各機、無理はするな。先が長い事を常に留意してほしい」

 

 

コクピットの中で頷きを見せた面々の駆る機体は各艦の航行速度に伴って移動を開始する。ある機体は艦下で待機し、又ある機体は艦の上で仁王立ちしていたりと様々。

 

そんな中、『中国』の土地という事もあってか。覇気に満ち満ちる普段とは様変わりしている程に言葉を発さず、五飛は眼を瞑りながら思いを馳せていた。

 

 

「…………」

 

 

落ち込んでいる訳では決してないが、気安く声を掛けにくい空気を放つ五飛。そんな彼に唯一声を掛けるのは、気難しい男達の良き理解者という素質がズバ抜けている女――ルクレツィア・ノインである。

 

 

「五飛、何を考えている?」

 

「いや……」

 

 

思考に耽っていた事に遅ればせながら気付き、咄嗟に誤魔化すもそれが通じる相手では無い。

 

ノインは信頼という関係を使用して一度だけ聞きだそうと食い下がった。だが、無理強いするつもりも毛頭無い。この一度の会話で話せる内容ならば消化しておくに限るし、そうでないならば実戦前に気分を害する必要も無いと判断したに過ぎないが故の、僅かな言葉。

 

 

「言えない事か?」

 

 

己より話術に長けるノインに内心舌打ちを零して苛立ち、否定を見せる。最も五飛は決して話術に長けてなどいないが。

 

 

「……そうでは無い、ただ――」

 

「ただ?」

 

「星刻の事を思い出していただけだ」

 

 

意を決して小さく漏らしたのは此度の戦地、中国から連想したのだろう『嘗ての戦友』の名。共に中華連邦と戦い、戦友の大切な者を守り、病魔に蝕まれながらも命と戦い続けて己の迷いを払拭してくれた偉大なる戦友の後ろ姿を瞼の裏に浮かべていたのだ。

 

時獄戦役の最中に出会ったのが最後、天獄戦争を経て五飛はまだ一度も彼の容体を見ていない。

 

KMFから降りざるを得ない程の進行具合は、今も彼の身体を蝕み続けているか、或は既にその命を落としていても不思議では無いだろう。

 

 

「…気にするな。俺は戦える」

 

 

そうかと小さく微笑したノインの声ごと通信を断ち切り、今一度目を確かに瞑る。

 

決して戦意を失った訳でも無い。

 

僅かに集中力を欠いた、それだけの事。そう己に言い聞かせて断じた五飛の目は、ケジメを付ける為に友へと声無き声明を送る。

 

 

(星刻……貴様も強い男だ、認めよう。だからこそ、俺と貴様が再び出会うまで……死ぬ事は許されない。貴様ほどの男ならば必ず生き延びると信じている。だから、『ここ』は俺に任せろ)

 

 

再び開かれた眼の中で滾る闘志は、嘗て『中華連邦の龍虎』と恐れられた時より褪せる事など断じて無かった。

 

 

 

 

 

BETAの第二波と激突するZ-BLUE。

 

およそ3万を超えるBETA。数的不利なのは誰が見ても分かるが、誰一人として敗戦の空気を漂わせる事も無く、寧ろ楽な戦いだとZ-BLUEは見ている。

 

3万という数を相手にしているが、その大多数は中~小型種で構成されているのが基本。その小型種が体高にして自身等の10倍近い機動兵器を相手に、有効打を待ち合わせている筈も無い。

 

また、ここには守るべき民間人も居らず、護衛対象とも言える戦術機群も存在しないのだ。

 

故に本格的に相手取るべき数は、2万にも満たないのと同義。

 

先発として出撃した数十機の内の一機、背部のバックパックバーニアを動かして莫大な加速力を得たトールギスⅢは、眼前の要撃級へ急速に迫ると同時にビームサーベルを突きだす。

 

体内に突き入れられて絶命した死骸に片足を掛け、力任せに勢い良くビームサーベルを引き抜くトールギスⅢ。その反動を利用して力無く崩れる死骸から距離を取り、素早く他のBETAへと警戒を移す。僅か2秒にも満たない早業を見せるが、搭乗者であるゼクスの顔色は何一つ変わる事はない。

 

突如鳴り響く警告音。

 

傍から見て完全に足を止めていたトールギスⅢを狙う重光線級に感情があったならば、したり顔を浮かべている所だろう。全ての物体は静止状態から動き出すまでに、相応の初速を必要とする。その初速がどれだけのものであろうとも、通常の戦術機相手ならば重光線級が捉えられない相手など居ないと断言しても良い。

 

しかし、結果から言えば重光線級の光の軌跡がトールギスⅢを貫く事は無かった。

 

それどころか視界には欠片も姿形が存在せず、消失したかの様に見えた故か、『消滅』したとの判断を下してしまった。その過ちは突如眼前に現れたトールギスⅢを見て認識を改める。

 

 

「もらった!」

 

 

時既に遅し。

 

擦れ違い様に切り払われた重光線級は、認識が追い付かぬままに両断されてその機能を停止させてしまう。

 

重光線級が誤認したのも当然の事。

 

トールギスⅢが静止状態から、数瞬の間に15Gにも及ぶ殺人的な加速を以てして飛翔行動を行うという前代未聞の事態に、BETAの情報処理が追い付かないのも無理は無いだろう。

 

 

「数だけを揃えようとも!」

 

 

息継ぐ暇無く迫り来る中型BETA群にメガキャノンの砲口を向け、射撃を開始していく。

 

最大の特徴である銃身を延長させた最大出力モードでなくとも、前身のドーバーガンの頃より一撃で複数のMSを呑み込む程の範囲と破壊力を持つ。突撃級の装甲殻を前にしようとも、背後に迫る数体諸共吹き飛ばす威力を前に、壁としての役割すら果たせないのがオチだ。

 

しかし、貫通性能で言えばより無情な火力を保有する機体が幾つも存在するのがZ-BLUE。

 

 

「破壊する」

 

 

二挺の大型光線銃器を構え、それぞれの射角で同時に向けられた砲口は瞬間的なチャージ音を鳴らした後、黄色い死の奔流を的確に打ち込んでいく機体――ウイングゼロカスタムの殲滅力たるや。

 

射線上の全てを葬り去る光線を効果的な場面で次々に放っていくヒイロのBETA撃破数は数知れず。

 

挙句の果てには、上空へと一気に飛翔したかと思えば敵陣のド真ん中に舞い降り、ツインバスターライフルを水平に持ち、機体を回転させる事で可能な限り周囲のBETAを薙ぎ払う様にして殲滅しているのだから末恐ろしい。

 

 

「殲滅を確認」

 

「ヒイロ、先を急ぐぞ! 第二段階よりも前に消耗する訳にはいかんのでな!」

 

 

ゼクスの言葉は最もである。

 

膨大な数のBETAを前に、撃破不要の相手まで殲滅する必要は無い。そんな事は言われなくても重々承知しているが、侵攻ルート上の敵だけを排除すれば良いという単純な物では無いのもまた事実。

 

特に、単調な戦略行動を取りがちなBETAだからこそ、侮って掛かるべきでは無いと本能が囁くヒイロは常に戦局をシビアに見ていた。

 

 

「私に合わせろ!」

 

「お前に言われるまでも無い…!」

 

 

ウイングゼロカスタムの連結したツインバスターライフルとトールギスⅢのメガキャノン。双方の最大出力を前方へ向けて大きく放ち、視界内のBETAの悉く吹き飛ばした事により、Z-BLUEは更なるBETA支配域へと足を踏み入れていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《1999年2月4日 16時20分 地球近海》

 

地球近海――厳密に言えば中国大陸への大気圏突入コースを取る位置にて常に待機しているバスター軍団が一体、その名は何度も活躍しているビーストロン級と呼称されている。

 

既に何度かワープ行動を繰り返して地球と本隊への行き来をした事のあるビーストロン級は、自由行動を国連宇宙軍に黙視されている状態であった。1.5キロメートルという超大さが無遠慮にも齎す迫力と、初見時に駆逐艦のブリッジに乗り合わせていた幾人かが視線を交差させた恐るべき経緯からか、上層部へ満足な報告すら上がっていないという事実。

 

現場の人間が数瞬の邂逅で味わった前代未聞の畏怖は、ビーストロン級が齎したソレとBETAが齎すソレと何ら種類に差異が無い。寧ろ、恐怖という感情の大きさに関して言えば数倍も上回る。

 

抵抗する気を起こさせず、迎撃出来る可能性など露程も浮かばないのに、生物として圧倒的上位に君臨するビーストロン級が放つ本能的な圧倒――それを目の当たりにしていない上層部に報告すれば、何故素通りさせたのかと問い詰められるのは避けて通れぬ道。

 

上層部にとってすれば、Z-BLUEの事前通達の無い強引な作戦行動の実態として腹を探る良いカードが手に入るであろう。だが、それ一つを得る為に交戦命令でも下ろうならば、確実に部下が一人残らず無駄死にする未来しか見えなかった。

 

そういった経緯からビーストロン級が黙認され続けている秘匿されるべき理由が存在しているが、Z-BLUEにとっては僥倖だったりする。

 

国連宇宙軍の現場から畏怖の念を受け続けているビーストロン級。その体内に位置する格納庫の中で、作戦行動中のソーラリアンから送られてきた通信に対応を行ったのは、コスモクラッシャー隊の隊長たる飛鳥ケンジであった。

 

 

「重砲級の予想出現区域に入った。準備が出来次第、指定座標に降下を始めてくれ」

 

「了解だ!」

 

 

簡潔に返答したケンジは素早く各自に通信を飛ばす。援軍としては数少ないメンバーであるが、誰一人として頼りない者など居らず、士気は相応に高い。

 

 

「聞いたか、みんな! やっと俺達の出番が来たぞ! 気を引き締めていけ!」

 

 

この場の隊長として預かっているケンジの鼓舞に、それぞれが気力を高めていく。

 

全員の顔色をモニター画面で確認し、最後に一つ頷きを見せてから出撃を命じる。直後、ビーストロン級の開放された格納庫から、僅か十の隕石が地球へ向けて放たれた。

 

 

 

 

 

大気圏を滑り降り、中国の大地を目掛けて摩擦熱に輝きながら降り注ぐ隕石は、言わずと知れた仮の姿。

 

バスター軍団が持つ技術の一つ。大気圏突入能力を与えると共に、隕石の形を成して偽装する技術である。何の前触れも無く、支配域上空に姿を見せた十の隕石に、BETAは迎撃行動として定められたルーチンに従い数十の光の軌跡を突き立てていく。

 

しかしながら只の落下物な筈も無く――

 

 

「コスモクラッシャー、攻撃を開始するっ!」

 

 

破壊された隕石の残骸から飛び出したのは、隊の名を冠する大型戦闘機。

 

突如割れた隕石から飛び出した熱源反応を追う様にして付き纏う無数の光線を振り切りながら、ケンジは一切の油断が見られない引き締まった表情で指示を下す。

 

 

「総員! トリプル・レーザー、スタンバイだ!」

 

「さっきの光線で敵は既に捕捉してるわ! ナオト、アキラ、準備は良いわね!」

 

 

レーダー手を務める日向ミカに名指しされた二名も、力強い頷きを見せる。

 

 

「熱源集中! 光線、来ます!」

 

 

再び光線属種の集中砲火が始まろうとした、そのタイミングに合わせてケンジが叫ぶ。

 

 

「今だ、散開しろ!」

 

 

直後、光線属種の狙う大型戦闘機の主翼がパージされる。主翼部分はバレルロールを行いつつ、変形して姿を現したのは更なる戦闘機。その二機が空を舞う事で、光線属種の標的が更に増え、釣られるようにして一機ごとに追い掛けていく光線の数も分散していく。

 

それがケンジの第一の狙いであるとも知らず。

 

胴体部分を務める1号機。その底面ハッチが開放され、3号機が勢いよく飛び出した時は既に、光線属種は対応が後手後手に回ってしまっていた。

 

 

「フォローする!」

 

「くらえっ!」

 

 

サブパイロットであるロゼが行使する超能力で得られた『感応』により、3号機のパイロット――木曽アキラの放つ適確なレーザーが光線を蹴散らし、2号機に反撃の隙が。次いで1号機を狙う光線級が次々に排除され、空に突き刺さる脅威が僅かとは言え軽減された。

 

Z-BLUEにとって、その僅かこそ充分すぎる瞬間。

 

空中で次々に弾ける隕石から姿を現した各機は、Z-BLUE先遣隊の進軍を阻害する重砲級の近くへとそれぞれが降り立つ。

 

身体構造上の射角制限から、直上を迎撃出来ない重砲級の弱点を突いた強襲に、周囲のBETAや重砲級も最重要排除対象を変更するが、もう遅い。

 

 

(これがBETA、嫌な感じがする相手だ……)

 

 

言い様の無い不気味さを放つBETAに眉を顰めたのも束の間、先手を取るべくして己を鼓舞し、自機の名を叫ぶ。

 

愛する地球の危機を見逃せない明神タケルは、平和の使者として中国の大地に立った。

 

 

「行くぞ、ガイヤー!」

 

 

戦術機より一回りほど小さい機体が、果敢にも重砲級に迫る。

 

重砲級はBETAの防衛戦にとって重要な役割を果たす存在。故に、その護衛の数は多く、専属とも言える直衛を擁している程の種だ。重砲級率いるBETAの一群に単機、それもどうみても無手のロボットが突撃をする様を見れば、間違いなく世界中の衛士が口をだらしなく開き、呆れすら見せるのは間違いないだろう。

 

しかしながらこのガイヤー、戦術機とは訳が違いすぎた。

 

煌めく黄金の眼光を灯したままに突撃を敢行する敵勢力を排除しようと複数種のBETAが殺到しようとする所までは普段の光景。

 

だが、その尽くを徒手空拳で征しているのはどういう訳か。

 

要撃級の腕部を引きちぎり、夥しい数で押し寄せる戦車級をちぎっては投げ、ちぎっては投げ、迫る突撃級へと物理法則を無視した様な華麗な回避から繰り出される飛び蹴りは、弱点とされる軟質な背部を蹴り貫いていく。

 

余りの理不尽さに、重砲級に覆い被さる様に囲んで守ろうとする守備の陣を敷いた直衛たる給弾級。給弾級の外皮は硬質化しており、これから襲い来る攻撃が戦術機の砲撃であれば、自身の身を呈してでも重砲級を守れたのは明白だ。

 

――しかし、再び理不尽さがBETAを襲う。

 

突如、闘神の如き活躍を見せたガイヤーが動きを止めたのだ。地に片膝を着け、身体の正面で腕を交差している。

 

 

「んんん…! はああああっ!!」

 

 

交差された手の甲に迸る雷光にも似たエネルギー。見る見る内に増幅され、機体の周囲にまで溢れては撒き散らす程の臨界点に達した時、本能が察したのか重砲級は覆い被さる給弾級を跳ね除けながらも必死でガイヤーに照準を合わせようとした。

 

しかしながら努力虚しく、ガイヤーの方が速い。

 

放たれた黄金の波は重砲級に覆い被さる給弾級の一体へと直撃する。刹那、直撃した給弾級に始まり、庇いたてされた重砲級や周囲の直撃していない給弾級も纏めて体液を噴出させながら爆散していく。

 

波の正体がエネルギー衝撃波であるからか。直接接触していたBETAに伝導した衝撃波が、堅い外皮や持ち得る防御能力の全てを無視して貫通するのが、BETAが未だ見ぬタケルの持つ超能力の恐るべきパワーであった。

 

 

「次だ!」

 

 

標的を蹴散らしたのを目視で確認したタケルは、直ぐにガイヤーで次なる重砲級の元へと両手を左右に広げて飛び立つ。

 

ガイヤーの脅威度を認知した近辺の重砲級は対処せんと砲塔を向けるが、新たに降り立った脅威が重砲級の視界を遮る。一機を除いてガイヤーと同じく左右に両手を伸ばした五機の機動兵器、その名が高らかに叫ばれた。

 

 

「五神ロボ! いけっ!」

 

 

一体は圧倒的な重量を活かし、直上から重砲級目掛けて落下。他四機もそれぞれが放てる特徴的な光線を次々に浴びせていく。

 

見事に圧殺された重砲級が居るかと思えば、反重力の力により超重量級の巨体をものともせずに浮き上がり、砲塔が地面に突き刺さる形で落下させられた個体。凍らされた個体に、ドロドロに溶かされた個体、高圧により真っ二つに切断された個体まで居る始末。

 

奇々怪々な最期を遂げた重砲級の死骸が積み上がっていく光景は、夕呼が映像の閲覧を中止して全ての工程を後回しにし、仮眠を取り始める程には超常的だと言えば伝わるだろうか。

 

 

 

 

 

何も活躍しているのはコスモクラッシャー隊に限った話では無い。

 

この増援で駆けつけた他の面子、彼らのコンビネーションも伊達では無かった。

 

 

「ターゲット、捉えたぞ!」

 

「助かります、クラン大尉!」

 

 

重砲級の周囲へと意図的にばら撒いた複数のミサイルは、光線属種によって至極当然の様に撃墜されていく。彼等BETAにとってはただの防御行為だったかもしれないが、此方としては有象無象の夥しい群れの中、重要個体の位置を御丁寧に『光って』教えてくれている様なもの。

 

先ほどの一瞬で粗方の場所を把握してしまえば、次なる行動は言うまでも無い。

 

 

「パニッシャー、セット!」

 

 

相方のミサイルで炙り出した光線属種へ、即座に距離を詰めながらDソリッドパニッシャーを的確に直撃させていくジェニオン。

 

二門の銃砲で的確に光線属種を蹴散らせば、後は空的優位を保ったままに重砲級を相手出来る。それが対空砲としての役割を果たす重砲級に空から挑むなどと馬鹿げた話に聞こえるかもしれないが、物事はケースバイケース。

 

確かに重砲級は驚異的な対空性能を誇るBETAであるが、迎撃出来る相手と状況には流石に限度という物が存在しているのは、少し考えれば分かる事。

 

牽制と称してレーザーパルスガンを浴びせ続けられた結果、周囲に護衛のBETAは生き残っておらず、耐ビーム装甲を持ち合わせる重砲級のみが孤立してしまったこの状況。撃ち落とそうにも相手取る二機は比較的近しい距離に居る位置関係上、幾度も砲口を向けようとも背後に回られては射角制限の掛かる方向へと素早く逃げてしまうのだ。

 

堅牢な肉体の代わりに犠牲となった旋回性が絶望的すぎる状況を生み出す。

 

そもそもな話をすれば、特筆すべき耐ビーム装甲も物理的に完全な遮断が可能という訳では無い。堅牢と称されようとも、長時間の照射や想定外の出力等で幾らでも対処は可能である。

 

 

「一体では何も出来んとはな」

 

 

太刀打ちできない重砲級の背後に回り込み、クァドラン・レアは対艦用インパクト・カノンを撃ち抜く。30mm程度の散らばる放水の如きレーザーパルスガンなら耐えうる装甲であろうとも、大口径とあっては流石の装甲も貫き、重砲級の肉を内部まで溶解しつくしてしまった。

 

そもそも相手を近づけず、距離を詰められる前に撃墜する事を前提とした設計を施されている重砲級にとって、真上から出現された時点で詰みに陥るのは必然だったと言えよう。

 

 

「こちらは重砲級、光線級共に全て片付きました! いつでも大丈夫です!」

 

 

ジェニオンの複座席でネェル・アーガマと通信を行うスズネ。その伝により、進軍に於いて最大の障害であった重砲級の完全排除が認められ、更なるハイヴ支配地域にZ-BLUEが足を踏み入れる事となる。

 

前回の戦闘映像から重砲級の弱点を見つけ、最大効率で撃破出来る作戦として大気圏突入コースからの強襲を提案したゼロの采配が光った結果だろう。

 

重慶ハイヴ攻略作戦からたったの8時間が経過した時点で、既に一行はハイヴの地表構造物近くまで到達しようという驚異的な進軍速度を見せていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《1999年2月4日 21時12分 中華人民共和国 重慶市 重慶ハイヴ直近》

 

重慶ハイヴ攻略作戦開始から半日以上が経過した頃。予定よりもかなり早い段階で重慶ハイヴを射程圏内に収めていた。

 

 

「スーパー・ディメンション・トランスファー・バスター用意!」

 

 

艦長を務めるトライアがいつになく真面目な表情に見えるのは、真実敵を前にしているからこそ。モニターに映るBETA支配の象徴を排除せんと選択したのは、本艦が持ち得る最大最強の攻撃に値する兵装。

 

天獄戦争終結時より、修理されてから未だに一度も使用されていなかった事を加味すれば、図体と刺々しいだけが特徴のデカブツは試し撃ちに最適の的と言えた。

 

 

「エスター様、お願いします!」

 

「任せてよ!」

 

 

AGのアナウンスに合わせてエスターが次元力を圧縮させていく。

 

同時に、艦前方にはエネルギーリングが徐々に展開され、圧縮されているエネルギーボールと化した転移弾がセットされる。内包する威力を更に高め続ける転移弾。砲身として形成されていくエネルギーリングの色が順に水色から紫へと変色し始めたのは、発射準備完了の合図であった。

 

狙う一点を見定め、エスターが気合を込めて叫ぶ。

 

 

「んんん…! だらっしゃぁぁぁぁっ!!」

 

 

エスターの気合が込められた死の紫弾はエネルギーリングに導かれるまま、急激な加速度を得て飛翔する。

 

地平線の先に聳える地表構造物を目掛けて飛来する転移弾へ、次の瞬間には是が非でも撃ち落とさんと多いとは言えない数にしろ光線が殺到した。それだけBETAも転移弾の異常性を瞬時に理解したのだと理解出来る。

 

BETA側にとって惜しむらくは、通常の物理的な弾丸とは文字通り『次元が違う』点か。

 

純粋な次元力で構成されている転移弾に、『只の光学エネルギー』が何かしらの作用を起こせる筈も無く、放たれる光線の全てを飲みながらも勢いは止まる所を知らない。

 

僅か二秒にも満たずに地表構造物の根本へと接触を果たした転移弾。

 

それをモニター越しに目の当たりにした第06訓練小隊の面々は、己らの出撃を前にして目を疑った。各々が理解不能の現実に言葉を詰まらせ、口々に困惑の声を漏らし始める。

 

 

「――ッ!」

 

「えッ、えッ!? 嘘でしょ…?!」

 

「こんな、現象があるなんて…ッ!」

 

「……なんだ、アレは」

 

 

状況を簡潔に述べるならば、着弾点を発生源として、瞬間的に解き放たれた紫のブラックホールが牙を剥いたとでも形容しよう。全てを奈落の底へ引きずり込まんと、周囲の岩盤諸共に夥しい数のBETAや地表構造物を次々と呑み込んでいく。目聡い何人かが引きずり込まれていく地表構造物を良く見れば、捻じ曲がりながら呑み込まれている以上、空間にまで作用する威力を誇るのかと無意識的に身震いを起こすあまりだ。

 

物理的に空間をも歪ませるこの威力は、米国台頭の大きな足掛かりとなったG弾にも劣らないと、素人目に武も理解。そして戦慄したのは無理も無い。

 

やがて周囲を覆う可視化している程に濃密な紫の次元力の残滓が霧散した頃、望遠モニターに映る向こう側の景色の中で茫然と取り残される地表のBETAが極僅かという有り様だ。

 

 

「威力は上々と言ったところさね」

 

「では、後は皆様方! 宜しくお願いします!」

 

 

トライアの上機嫌な呟きに続くAGの指示に、教官を務めるまりもは弾かれた様に雷音を鳴らす。

 

 

「出撃するぞ! 決して味方から離れるなッ!」

 

「「「――了解ッ!」」」

 

 

ソーラリアンから飛び出した唯一の訓練小隊は、中国の大地に穿たれた忌々しい巣窟の入り口――『門』へと一足にして突入を開始した。

 

この日、武を除く全員が実戦にして初のハイヴ内戦闘に挑む事となる。

 

それは以前大尉の階級にまで上り詰め、現時点で教官を務めるまりもであろうとも例外では無く、訓練生と違って肩に強張りが無いのは経験の差と言えども、表情は幾らか厳めしい。

 

ハイヴ内に突入して生還した衛士は世界でも極僅かしか存在しないという事実は、最早常識。地球上で最もBETAの密度が濃厚な死地へと向かい、生きて日の目を見る事が偉業とされるのはZ-BLUE出現の前も後も大して変わらない。

 

ましてや衛士達のハイヴ突入が計画された上でハイヴ奪還を果たした作戦は、人類最初の反撃の日と謳われる『明星作戦』と、先の『錬鉄作戦』の二つのみ。

 

歴戦の衛士であろうとも、容易く死と言う概念に嘲われてはBETAの腹の底に埋まっていく絶望の底、ハイヴ。そこへ訓練兵が突入するなどと耳にすれば、将校の誰もが無謀さを鼻で笑い、命を捨てる行為を叱責するだろう。

 

 

(香月博士にも考えがあると見るが……此方に対する信頼の証か? いや、楽観視する人間性では無いだろう。効率を見て多少のリスクを冒しているとも解釈が出来るが……経緯を考えれば、『信頼する』事を未だリスクの範疇に入れているといった方が無難か)

 

 

第06訓練小隊を率い、戦場の指揮官ながらに最前線を突き進むゼロは僅かに思考に耽る。

 

ゼロも当然、訓練小隊をハイヴ内戦闘へと参加させる意思を表明した夕呼に疑念を抱いているが、訓練小隊に対するリターンよりもZ-BLUEとしての底力を未だ試されている様に感じたというのが本心。

 

相手の事情を汲みとれば、対等な立場で良き相談相手になる『仲間』というのが見受けられない香月夕呼は、嘗ての己と共通する部分が幾つも存在していた。故にZEXIS、そしてZ-BLUEで自らも教わった仲間の強さを示す時だと、そしてその強さを以てして誰一人欠ける事無く、横浜へ帰還させる事が己に突き付けられた挑戦なのだと焚き付ける。

 

 

(良いだろう、私はゼロ。奇跡を起こす男だ! 訓練小隊に最上級の戦闘経験を経させた上で、全員を五体満足で帰還させよう…!)

 

 

プライドの高いルルーシュにとって、挑戦から逃れるという選択肢は有り得ない。

 

 

「まずは最初の『広場』を確保する! 一気に突き進むぞ」

 

 

高い士気を見せるゼロの蜃気楼に従い、訓練小隊を守護する様に陣を取っている各機は隊列を維持したままに横坑を突き進んでいく。

 

横坑同士を繋ぐ広場を確保し、相当数を排除した上で深度を下げていくのがこの部隊の必要行動であり、極少数精鋭でG元素及びODLを奪取する部隊の囮として陽動するのが主目的だ。派手に暴れ乍らも、他の陽動部隊と合流予定とされた広場の地点まで突き進む必要がある為、慎重さと手早い進軍が求められる非常に難易度の高い作戦と言えた。

 

横坑に飛び込んだ次の瞬間、奥底から際限無く湧き出てくるBETA群と視線が交差する。

 

周囲の壁を犇めく様に這いずり回りながらこちらへ殺到してくる有象無象を前に、ルルーシュは口角を釣り上げて高らかに宣言した。

 

 

「読み通りだ!」

 

 

コクピット両側部から展開された三枚のキーボードパネルを叩き、即座に入射角と反射角を設定していく。

 

BETAが壁沿いにこちらへ接近している以上、射線そのものは大きく通っている。故にこの機会を逃す手などゼロには存在しない。

 

 

「拡散構造相転移砲、発射!」

 

 

展開された胸部装甲が熱を発して表れたのは剥き出しのプリズム状に形成された液体金属。ルルーシュがキーボードパネルの『Enter』キーを叩いたと同時に勢いよく射出されたかと思えば、飛翔するプリズムを追いかける紫の光線が直撃し、煌めいた。

 

飛翔するプリズムを乱反射の起点とし、周囲の壁を伝って移動していた広範囲のBETAの悉くが反射された光線に両断され、重力に従って落下していく。

 

一見、不規則な様に見えて、その全てがルルーシュの高度な頭脳による予測と搭載されているドルイドシステムの演算能力で一分の誤差も無く計算されつくした攻撃。一撃の下に最大効率でBETAを焼き払った蜃気楼――そして搭乗者のルルーシュ=ゼロは衛士にとって恐るべき存在に見えるのも無理は無い。

 

 

「私は常に結果を目指す」

 

 

オープン回線に響く決め台詞も相俟って、訓練小隊の誰もが目尻をヒクつかせて言葉を失う。

 

これだけ圧倒的な戦果を誇ってみせた蜃気楼が『防御特化の機体』という触れ込みは理解出来ないだろう。防御特化でありながら、広域殲滅をここまで容易に可能とする機体など反則も良い所だ。だが、それは地球側の常識で量ったからであり、Z-BLUEの他の機体も相応――若しくはそれ以上に奇想天外な戦闘能力を持つ機体を数多く有しているのだから言葉も出ない。

 

 

「さ、流石だな……」

 

 

まりもの漏らした呟きが何を意味しているのかと聞かれれば、実際は特に何かを意図しての発言では無い。

 

間近で目の当たりにした火力が、殲滅力が、攻撃方法が、搭乗者が、そして事前に閲覧を許可された蜃気楼の恐るべき機体データを加味して全てをひっくるめた上で、出てきた言葉は何とも味気ない驚嘆を表す思考停止の一言。

 

筆舌に尽くし難いとは正しくこうあるのであろう。そんな様子を傍目に見ていたC.C.が妖しく微笑む。

 

 

「賞賛されているぞ? 良かったな、代表代理サマ」

 

「黙れ魔女。お前はBETAを近寄らせない様に気でも配っていろ」

 

 

恒例とも言える軽口の遣り取りは短く、その視線はモニターに映る相手の顔に向けられる事は無い。それほどハイヴという敵本拠地内を見くびるべきでは無いという警戒の顕れでもあった。

 

幾ら殲滅しようとも、無数に曲がり角の先から湧き出るBETA群を見やり、ルルーシュは直ぐ様戦術指揮を下す。

 

 

「突破陣形に移行しろ!」

 

 

言うや否や、訓練小隊を囲んでいたZ-BLUEの面々は配置を素早く変更する。

 

最前線に躍り出たのはジェニオン。その左右に並び立つのは紅蓮聖天八極式とランスロット・アルビオンという機動力重視の機体。三機の間に立つ様にして僅か後ろに控えるフルアーマー・ユニコーンガンダムと、バンシィ・ノルン。

 

後方の訓練小隊所属である六機の更に背後、最後尾には蜃気楼を中心としてランスロット・フロンティアとクァドラン・レアがサポートに従事する陣形だ。

 

この陣形の大きな特徴としては、前衛三機の尋常ならざる突破力を活かす事。それを語るよりも早く知らしめたのは言わずもがなであろう。

 

 

「オール・アウト・アタック! 突っ込むぞ!」

 

「TS-DEMON、フルアクション!」

 

 

正面から押し寄せるBETA群を前に、戦術機よりも一回り以上体格の大きなジェニオンが一歩前に踏み出す。スズネとヒビキのコールに応えるかの如く、オレンジ色のバイザーが翠に煌めけば、コクピット内のパイロットシート後部に出現した操縦桿をスズネは迷い無く掴んだ。

 

が、その光景を見て落ち着いていられるのはZ-BLUEの面々のみ。

 

 

「な、何も装備してないじゃないッ…!?」

 

 

ざっと見て数百数千を超えるBETA群を前に、一見無手にも見えるジェニオンの姿は蛮勇にも等しく映る。

 

だが、その認識は良い意味で大きく覆される事になってしまった。

 

 

「立ちはだかるなら!」

 

 

要撃級との間合いを零距離にまで瞬時に詰めたジェニオン。即座に振りかぶられる前腕の鋏が機体へと届くよりも早く、捻る動作を加え乍ら繰り出された後ろ蹴りが、要撃級の顔面から胸部にかけて穿つ様に炸裂した。

 

 

「――なッ!?」

 

「け、蹴りかよッ…!」

 

 

余りの威力に接触箇所が弾けて息絶える要撃級から視線を外し、次の獲物へと迫り続ける蒼き武神。小型種を踏みつぶし、戦車級を殴り倒し、要撃級を拳でかち上げていく光景は、戦術機には到底再現不可能な光景だ。

 

調子が出て来たのか、背部ブースターからパージしたグレイヴを手に取っては電子機器が捉える事の不可能な速度で瞬間移動を披露しつつ、次々と切り捨てていく様子は圧巻たるや。

 

脳の処理速度に支障を来しかねる程の戦闘力を持つジェニオンから視線を外せば、最前衛の残り二機の速度も伊達では無かった。

 

 

「どきなっ!」

 

「うおおおおおっ!!」

 

 

左右に陣を張る紅と緑が魅せる超速機動。死線と称しても過言では無い最前衛をもし仮にBETAが抜けたとしよう。

 

次に待つのは無論、純白と漆黒の二機。

 

 

「失せろ!」

 

 

突き出した盾先のメガキャノンが叩き込まれ、抜き放たれたビームサーベルによって撫で斬りにされる突撃級。片や、漆黒の機体が受け持つ範囲外へと抜けたとしても、そこには純白の機体が立ちはだかるのが宿命となる。

 

 

「それだけの数なら……!」

 

 

呟きながら操縦桿のトリガーを引けば、シールドに装備された二挺のビーム・ガトリングがゆっくりと回転を始めていく。一秒と掛からずに打ち出されていく光線の雨に穿たれ、中型種から小型種も含めたその全てが朽ち果てるのも無理は無い。

 

どこを見てもBETA側にとって地獄である光景に目尻をヒクつかせるも、直ぐに己の成すべき事をまりもが素早く意識し直したのは、純粋に戦場での経験の差が突き動かす。

 

 

「――ッ、迂回させるなッ! 回り込もうとする奴を叩け!」

 

「「「――了解!」」」

 

 

 

 

 

撃ち漏らしや、側壁を伝って迂回しようとする個体へと突撃砲の弾を浴びせ、大暴れする前衛や援護射撃を繰り出す後衛と共に殲滅任務を順調に進めていく一行。

 

広場に到着して周囲のBETAを殲滅。各横坑から進軍してくるBETAを相当数排除して安全を確保した後に、次なる広場の為に横坑へと進み、再び広場で陽動任務に移る――

 

 

「目標地点に到達。別働隊が来るまでの間、なんとしても持ちこたえろ」

 

「これだけの戦力があれば――」

 

 

かれこれ三度目の移動を終え、最終目標地点である深い深度の広場へと到達した時、それは起こった。

 

責任を問うならば、余裕在り気な言葉を吐いた武だけでは無い。順調であったが故に、気を張り続けていなかったのは全員の責任でもあるし、ハイヴ内で起こり得る戦術を常に把握、想定していなかったのは指揮官たるゼロのミスでもあった。

 

 

「「「――ッ!」」」

 

 

突如鳴り響く地鳴り。

 

頭上からパラパラと小石が降ってきた事で、各横坑で戦闘を続ける全員に嫌な予感が奔る。

 

言い知れぬが、しかし、確かな悪しき予感に高まる緊張。何が起きているのかと逡巡した直後、最初に察したのは遙が思わず頭上を見上げたのとほぼ同時だった。

 

広場の天井――丁度、第06訓練小隊の持参した補給物資を置いていたポイント直上に位置する部分が、突如として弾けたのだ。

 

 

「――なぁッ!?」

 

 

制圧した広場を補給地点とし、繋がる全ての横坑から押し寄せるBETAを排除していた矢先の事。故に、万が一押し込まれる事を考慮してZ-BLUE各員はその全てが横坑へと出ている為、広場には戦術機しか存在しない状況である。

 

万が一、BETAが直接乗り込んでくるなど、ハイヴ外壁の堅牢さを信用していただけにゼロも想定していなかった。

 

 

「どうした!? 状況を報告しろっ!」

 

 

戦闘中であるからして、目視で確認出来ないゼロが素早く報告を促す。

 

 

「急にッ、広場の天井が――ッ」

 

「アイツら覗いてるッ! 落ちて来るよ! 遙ッ!」

 

「――なんだとっ!?」

 

 

自動補給作業中であった遙と水月から上がる悲鳴に、事態は一変する。

 

天井に突如出現した穴の正体は『偽装横坑』と呼ばれる坑路。入り口が薄く閉塞され、外見上は存在しないかの様に見える横坑であり、度重なるハイヴ拡張の際に非効率的と判断されて閉じられた古き横坑であった。

 

広場を確保しきった後、加えて全機が横坑で戦闘をしている最中に、こうもタイミングを図ったかの様に現れるなど、予想打にしないというもの。

 

破裂した偽装横坑の閉塞部から見える多数のBETAの視線に、齎される緊迫と焦燥。突如出現した『死の恐怖』を前に体感時間は加速し、居てもたっても居られず水月は声を張り上げた。

 

 

「遙ッ! 急いでッ!!」

 

「待って、コンテナに絡まって――!?」

 

「こっちは手一杯だ! 数秒でも良い、何とか持ちこたえてくれ!」

 

 

補給を中断した水月が頭上に向けて突撃砲を浴びせれば、数々のBETAが落下し始めるのは自明の理。

 

だが問題は遙の機体に起こっていた。偽装横坑の出現により、反射的に驚いた遙は操縦桿を動かしてしまったのだ。直後、運悪くも腕部から出ているナイフシースが補給コンテナに引っ掛かり、姿勢制御を阻害されて上手く身動きが取れずに居るという絶体絶命の状況。

 

横坑でBETAの侵攻を阻止し続けるクランが落ち着かせるべく声を出すが、事がそう簡単にはいかない程に進軍してくるBETAの数は増している。ハイヴ深層故に当然の密度だが、その焦りが回線を通じて伝播し、不安という負の感情が共鳴現象を引き起こす。

 

両者を襲う恐怖は、クランの焦燥混じりの声では断ち切れない程に上回っていた。

 

最初に落ちてきたのが迎撃容易な小型種なのは僥倖。しかし次に偽装横坑から姿を見せたのは比較的重量級とされる突撃級であった。あんなのが直撃すれば、戦術機が無事な筈は無い。

 

 

「やめろおおおォォォッ!!」

 

 

最悪の想像が脳内に掠め、水月は咆哮を轟かせながらトリガーを引き絞る。

 

しかし、堅牢な甲殻に突撃砲が効く筈が無い。座学でも実戦でも理解仕切っているが、それでもトリガーを引き続ける事を辞める訳にはいかない。だが――

 

 

「――きゃあああぁぁぁぁッ!!!」

 

「遙ああぁぁぁぁッ!?」

 

 

響く悲鳴。

 

複数体の突撃級が地面に突き刺さり、一瞬の静寂が訪れる。

 

 

「――ぅぅ…っ、」

 

 

僅かに聞こえる親友の呻きに、まだ命があると理解した水月は素早く駆け寄ろうとフットペダルを踏み抜く。

 

幸か不幸か。四足という体内構造上、地面に甲殻含む頭部が埋まってしまった突撃級が自力で体勢を立て直す事は不可能であった。

 

だが――水月よりも早く遙へと距離を詰めた影に、水月は思わず絶句してしまう。

 

 

「――ッ!?」

 

 

突如目の前に降り注いだ小型とも中型とも形容しきれない、何か。

 

見たくも無い、一番出会いたく無かった相手を空目したかと脳内が誤認の判断を断行しようと試みるも、再度その姿を目にして恐怖に感情が激しく揺らぐ。

 

 

「な…んでッ――」

 

 

硬質化した表皮。特徴的な四腕。戦車級と似通った体高。

 

突撃級を緩衝剤にして着地を決めた給弾級が、体勢を起こしつつも突撃級の向こう側で倒れているであろう遙の戦術機に視線を次々と向けているのだ。

 

全ての感覚が更に敏感に、時間間隔が短くなっていく。耳元で五月蠅く鳴り響く鼓動を気にするだけの余力すら存在しない。死力を尽くさんが為に肉体の感覚が研ぎ澄まされていくが、水月には打つ手がどこをどう思考を巡らせても見当たらない故に焦り、鼓動の音は更に大きく、間隔は遅さを増していく。

 

給弾級は通常の突撃砲が効き辛く、その動きは戦車級を上回るほど素早い。下手に接近戦を挑めば、他の給弾級に密着されて膂力で機体を解体されるという流れは数度目にしている。

 

親友を見殺しには出来ない。とは言え救う手立てがあまりに皆無。

 

加速する世界で焦り続ける思考を片隅に追いやりながら、少しでも敵の意識が逸れる事を信じて、突撃砲を撃つ。

 

だが、当たらない。無情にも当たらない。

 

 

「なんでッ!?」

 

 

再度トリガーに掛けた指に力を篭めたのとほぼ同時――その瞬間に、給弾級は突撃級から遙の機体側に向けて飛び降り、水月の視界からその姿を消した。

 

 

「いやあああぁぁぁぁッッ!!!」

 

 

救えない――そう、諦めかけた時。

 

 

「消えろぉぉっ!」

 

 

作戦中に何度も聞いた声が水滴で霞む視界に届いた直後、瞬時に目の前の突き刺さっている突撃級が弾けてしまった。

 

突撃級だけでは無く、四散した死骸の中には給弾級と思わしき姿が散見されており、水月の視界から遙の機影を隠していた突撃級が爆ぜた事で、遙かの転倒している機体が目視で確認出来る。

 

 

「遙ッ! 大丈夫ッ!?」

 

 

倒れている補給コンテナに半身を抑え込まれた挙句、無残な姿と化してしまっている戦術機へと真っ先に駆けよれば、胸部装甲が抉じ開けられたかの様に大きく歪んでいるでは無いか。しかし、その隙間から見えるコクピット内は損傷が特に見当たらず、余りの恐怖に遙も気を失っているだけで命に別状は無いとバイタルデータも判断している。

 

親友の無事に涙を零して胸を撫で下ろし、助けてくれた者を探そうと周囲を見回して視界を上に持って行けば、漸く正体を目の当たりにする。

 

蒼く発光したジェニオン――それが瞬間移動にも酷似した速度で落下し続けるBETAを空中で叩きのめし、全てを殲滅し続けていたのだ。水月の記憶のどの機体をも上回る速度を誇る、ヒビキのブーストアップを得た神速のジェニオン。その速度を以てすれば、隊の誰よりも動体視力に優れている水月が見逃すのも無理は無い程の域に達している。

 

 

「数が多すぎるっ!」

 

「ヒビキ君、ここは一気に!」

 

 

落下し続けるBETA群に埒が明かないと睨んだヒビキは忌々し気に顔を歪めると、スズネの助言に従って機体の出力を大幅に上昇させていく。

 

偽装横坑の真下に飛び込んだジェニオンは、上空を見やり横坑の全てを視界に捉えた。

 

構えた無手の光る双拳が翠に光る。その色は、見る者が見れば次元力を帯びているのだと理解出来るだろう。

 

 

「フィニッシュ!!」

 

 

次元力そのものを固め、衝撃波として横坑内に撃ち込めば、一瞬にして横坑内のBETAが消滅する。

 

余りの光景に言葉を失う水月だが、瞬時に為すべき事を思い出し、視界の水滴を乱雑に拭い、転倒している機体の胸部装甲を抉じ開けて遥を救出した。

 

偽装横坑によるBETA強襲から僅か一時間も経過しない内に、反応炉の奪取が完了したとの報告が各員に通達される事となったのである。此度の戦いでの戦死者数0をマークした事で、夕呼から呆れられた事は言うまでも無いだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




余談ですが、グアドループ編で出した単語である『機密』『日本帝国製』とはPC版のTE本編を見れば分かるかもしれませんが、本当に下らない内容です(白目)

もし知らないという方がいましたら、追々どういう内容の下らない話なのかを解説させて頂くかもしれません。

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