to Muv-Luv from 天獄 ≪凍結≫ 作:(´神`)
《1998年8月24日 14時19分》
Z-BLUEが止む無く後退を始めて間もない頃、ブライトは仙台第二帝都の司令室に通信を送っていた。
「こちら、Z-BLUE先遣隊。ラー・カイラムのブライト大佐です。煌武院将軍をお願い出来ますでしょうか?」
ブライトの発言に、オペレーターは恐ろしい形相でブライトを睨む。ブライトにはその意図が分からず、立場上不愉快な顔を出すまいとポーカーフェイスを貫いているが、仕方の無い話と言える。
そもそも、ブライトには悠陽の語った『日本帝国』はまだしも、『政威大将軍』の本当の意味が理解出来ていない。
将軍とは、一般的に指揮官を指す称号だ。故にブライトは、悠陽があの様な若い年であっても軍の統率者たる『将軍』なのだろうと思い、通信相手として選んだに過ぎない。
この国の人間でも、ましてやこの世界の人間でも無い以上、『政威大将軍』と軍の一介の将軍との差異など、分かりようもなかった。
通常であればおかしな話ではあるが、現に多元世界では天子や、嘗ては亡国の王女であり、現地球連合の外務次官として活躍している少女などの幾つかの例がある。悠陽が軍の中枢に居ようとも、違和感を覚える事が不可能なのだ。
また、政威大将軍は多忙を極める職であり、実質的な帝国の君主を他国の身元不明な人間が気安く呼び付ける事が可能である筈も無く、今となっては政威大将軍をお飾りの傀儡と見る現内閣により、軍の指揮系統を握る権力すら持たないなど、知りうる筈も無かった。
「申し訳ございませんが、それは出来ません」
オペレーターは如何にも不愉快だと言わんばかりの顔を隠そうともせず、理由を述べずに簡潔かつ明確に突っぱねた。
時間が惜しいブライトは、素早く別の手に移る。
「では、香月夕呼という女性をお願い出来ますで――」
「出来ません」
食い気味に拒否され、流石のブライトもこの対応には顔を顰めた。ブライトが先の通信で名前を知っているのはこの二人だけだ。このままでは一向に話が進まない。ブライトが頭を痛めていると、モニターが突如切り替わって見覚えのある壮年の男性が映った。
「ブライト大佐、仙台第二帝都司令室の朱神司令です。部下が申し訳ありません」
突如映ったのは、先程の参戦許可を頂いた時の通信に映っていた男だった。朱神司令にブライトは背筋を伸ばして畏まり、話を切り出す。
「いえ、気にしておりません」
「そう言って頂けると有り難い。ところで、如何致しました?」
オペレーターが対応していたのがZ-BLUEだと分かり、期待を胸に秘めながら通信を回させた朱神司令だが、ブライトの優れない表情に朱神司令は平静を装いながらも、胸の内で緊張を抑えきれないでいた。
「先程までBETAと白陵基地で戦闘しておりましたが、膨大な数に我が艦の物資が大幅減少した為、これ以上の戦闘継続は不利と判断し、現在後退し、戦線を再構築するつもりです。そこで申し訳無いのですが、日本の軍にも少しばかり助力を仰ぎたいのですが、如何でしょうか?」
「…少々時間を頂いても宜しいでしょうか?」
「分かりました。戦況と情報を至急送りますので、参考にして下さい」
そう言われて、一度通信が切断される。朱神は考えこむ為に椅子に座り、背凭れに体重を預けて息を吐く。気持ちを落ち着けてコンソールを操作し、Z-BLUEから送られてきたデータを参照する。
そのデータに、朱神は驚きを隠せなかった。
まず目に付くのは、僅か三時間にしてBETAを8万以上相手取った事だ。只のこの一言は、見方を変えれば驚くべき事が幾つも浮かぶのだから驚きだ。
一つ目は文字通り、たったの三時間で8万もの数のBETAを相手取った事。そして、それを二隻の戦艦と、それに搭載されているのであろう機動兵器だけで持ちこたえていた事。最後に、先のブライトの発言まで加味すると、甚大な被害は受けていないのだろうという事だ。
ブライトは先の会話の中で『甚大な被害を受けた』という類の発言は一言もしておらず、『物資の大幅な減少』と言っていた。確かに、弾が無くなれば戦闘の継続は不可能だ。だが、戦術機の消耗とは言っていない。このご時世だ。損耗率は低いと、強がりで言う必要など何処にも無い。戦場では損耗率は良くて三割。酷くて8割を超えるのだから。
推測するだけでも恐ろしい話だが、先の戦いでの損耗率はかなり低いのだろう。戦線を長時間維持するだけの頭数と幾らかの補給物資があれば、戦闘を再開出来うる程に。
送られてきたデータも、その推測を後押しするかの様な唖然とさせられる内容であった。
通常、三方向から押し寄せる8万のBETAに三時間耐え続ける部隊など、この世界に存在しうる筈が無い。最早一般常識と言っても差し支えは無いだろう。どういう意図があるのかは量りかねるが、現にその夢の様な部隊が帝国を守る事に尽力してくれている事に変わりはない。
朱神の推測通り、超技術の試験部隊だとしても、超常技術で出来た兵器の弾代だって決して安くは無いだろうに、母艦の備蓄が戦闘に支障が出そうな程にまで使用して戦ってくれているのだ。
「しかし……何故なのだ…?」
朱神には、今の通信内容で疑問に思った事がある。ここは日本帝国だ。そして、Z-BLUEは控えめに見ても帝国所属とは言い難い組織と言える。であるならば、帝国の土地で帝国軍が戦うのは当然である筈なのだが、その帝国に助力を乞う事を如何にも申し訳なさそうに、まるで『不甲斐ない自軍を許してくれ』と言わんばかりの表情で下手に頼み込む様子は、演技とは思えない雰囲気だったのだ。
朱神はこれでも文官達の腹芸など飽きるほど見慣れているし、人が演技をしているかどうかなどモニター越しでも大体は分かる。ブライトの表情が演技ならば、一周回って天才と言っていいだろうとも考えていた。この場で演技をするメリットが見当たらないからこそ、疑問は尽きなかったのだが。
朱神は尽きぬ思考を打ち切り、直ぐに了承の意を出す事を決意する。なんにせよ、自国の防衛をたった一部隊に任せて戦力を出し惜しみするなど、少なくとも誇りある帝国軍人のする事では無いと信じる朱神の判断だった。最悪でも、形だけでも共同戦線を張る事で体裁を保つ事も出来る。お偉方の面目も立つだろうと考えていた。
思考を切り上げた朱神は、すかさず司令室を飛び出した。城内省を説得する為の助力を、悠陽に仰ぐ為に。
「何っ!? 其の様な事態になっているとは聞いておりませんぞ! どういう事ですか殿下!!」
現在、本来なら東京にあるべき各省庁等の主要機関が一部、この仙台の第二帝都城付近に移設されている。悠陽と朱神が幾つかの護衛を引き連れて城内省にまで訪れていた。
悠陽と朱神司令が城内省大臣の執務室に訪れてから僅か二分足らずで、困惑を隠さずに部屋中に響く。政威大将軍を相手に怒鳴りつけるという、時と場所が違ったなら、不敬に値するとして厳罰に処されてもおかしくない行動を行ったのは、城内省大臣の槐金時だった。
斯衛軍の実質トップであるこの男は40代後半というかなり若い歳で大臣にまで上り詰めた、所謂成り上がりの内の一人で、軍人としての才能には欠ける以上司令官としては無能に等しい男だった。
しかし、自身の可能な事と不可能な事をしっかりと自覚する性分を持つ槐は、指揮権を優秀な参謀に託して斯衛軍の増強にのみ徹した結果、斯衛軍の戦術機の兵装を一段と充実させた立役者だ。
自身の管理する斯衛軍の増強は、自身の威権を強くするだろうという野望を原動力にしていたに過ぎないのだが、目覚ましい功績から槐の手腕は、他の大臣達も一目を置く程だ。
軍の増強とは文字通り『言うは易し行うは難し』であり、嘗ての大臣達が皆挑んでは力及ばず辞任または任期を終えるなどして、尽く失敗に終わっていたのだ。
故に、槐は大臣職に任命された当初、『寝言尊(ねごとのみこと)』や『夢追い人』とまで影で囁かれていたのだが、いざという時の為にアメリカ軍にも対抗出来得る力が必要だと常日頃から説き、自ら行動する事も厭わない良くも悪くも手強い男だとして、悠陽からも低くない評価を受けている。
「前以て報告に来れなかった事、許すが良い。されど今、我々の援軍がBETAを一身に受けてくれているのです。帝国の善き未来を勝ち取る為、斯衛軍の御力もお借りしたいのです」
怒り心頭だった槐は、悠陽のお願いに小さく唸りながら下を向いて頭を垂れる。
悠陽の要請を断る事は、帝国に来ている援軍にかなりの負担を強いる事になり、その部分に付いては個人的な関心を一切持っていないのだが、援軍と力を合わせればBETAを退ける可能性が増えるのが明確なメリットだと認識していた。
しかし、悠陽からの要請を受け入れれば、槐がひた隠しにしていた『斯衛軍の本気』まで露見させる恐れがあるのだ。槐と斯衛軍の上層部の一部以外、極秘であった戦力を外部に晒す事になりかねない。BETAの本土襲来時、京都にあった帝都が襲撃された時には已む無く斯衛軍を出撃させたが、槐からすれば極力出撃をさせる事自体控えたいのが本音だ。
だが、この要請を退けるという選択肢はBETAの帝国侵攻を悪化させるのは明白だ。加えて、悠陽の話が本当であるならば、Z-BLUEと呼ばれる『恐らく何処の国にも所属していない』援軍との協定を逸早く結ぶ事で、帝国への利益に直結するだろう。
遅かれ早かれこの戦況では斯衛軍の出動は免れれないと諦めた槐は、恐れ多くも政威大将軍の目の前で大きく溜息を吐いた。
大臣専用の執務室に溜息が吐かれる音が静かに響いた後、槐が顔を上げるまでに数秒の時間が掛かっていた。
「……良いでしょう。殿下を信じさせて頂きます。だがしかし! 殿下には、その援軍とやらとの会談にて確約して頂きたい事が御座います。幾ら殿下でも、不可能とは言わせませんよ」
槐の有無を言わさぬ発言に悠陽は黙って頷いてみせる。この部屋で行われている槐と悠陽とのやり取りが他の高官に知れ渡れば、運が良くて無礼と咎められる事間違いなしではあったが、槐の功績や状況からそれを言う事が許されるだけの人材である事は悠陽も既知である為、黙って話の続きを促していた。
事前相談無しに無茶振りしたのは悠陽だ。それを棚に上げて臣下の要請を指摘する程、悠陽は子供では無い。
「援軍と帝国の軍事同盟。そして優先的な技術交流を少なくとも確実な物として頂きたい」
「分かりました。では、援軍の件は――」
そこまで言いかけた悠陽を手で制し、机の端に設置されている内線に手を掛けた。
「私だ。参謀と繋げてくれ。……私だ。斯衛軍を交戦地域に派遣してくれ。指揮は君に任せる。かなりのBETAが相手だろう、『アレ』も動かして構わん。奴らを食い止めてくれ、頼む」
内線の受話器を置いた槐は、静かに悠陽の目を見た。少女と呼んでも差支えのない年齢では持ち得る事は大抵不可能であろう、強い眼差しが槐の眼を真っ直ぐ射抜いていた。
「殿下、約束は守って頂きますよ?」
「誠に感謝します、槐大臣。ええ、必ずや」
槐の鋭い視線に悠陽は柔らかな微笑を浮かべて、至極簡単に一言だけ返してみせた。その音が耳に届いた時には既に悠陽は扉のドアノブに手を掛け、朱神と共に執務室から出て行った。
槐は柔らかい笑顔を浮かべる悠陽の底知れない強い瞳にプレッシャーを受けた所為だろう。重たく深い息を細く強く長めに吐き、肺から息と共に重圧も吐き出してから重心を背凭れにゆっくりと預けた。
「…この席から退くのが近くなっているのか…?」
BETAの帝国急襲に始まり、此度の斯衛軍の実質的な強制派遣など、近頃槐にとっての厄介事が増えてきており、それを示すかの様に三年前には無かった筈のM字禿の兆候が現れている部分を少しだけ指でなぞり、やるせない気持ちを溜息として再び吐き出したのだった。
「なんでこんなに多いんだよ! ギルターでも、こんなにしつこくなかったってのにさ」
後退しているラー・カイラムの上で、リゼルに乗るカツが突撃級にビームライフルの照準を合わせて引き金を引く。ラー・カイラムの直衛を担当しているカツは、その速度から唯一ラー・カイラムにジリジリと近づく突撃級だけを相手にしていた。
通常のラー・カイラムならBETAに追いつかれる程遅く無いのだが、先の攻撃にてエンジンが一度停止し、再び動いたものの万全の速度が出せないラー・カイラムは、先陣をネェル・アーガマに任せて後ろについていく様に航行していた。
その結果、一番速いBETAである突撃級に相対的にジリジリと近寄られているのである。
余談だがギルターとは、Z-BLUEの嘗ての敵だった星間軍事連合サイデリアルのとある部隊アンタレスに所属する小隊長であり、愚劣な策を弄してはZ-BLUEにギタギタにのされて、逃げ帰ったと思ったらまたやってくる滑稽で、鍋の底に何日も放置してこびりついたカレーの様にしつこい男だ。その末路は哀れ極まりなかった、印象深い小物だ。
「そんな事言ったって、コイツら全然帰ってくれませんよ?」
隣で同じ任務に付いていたハサウェイが、ジェガンでバルカン砲を突撃級に浴びせながらカツを宥める。
バルカン砲はMSにとって最弱の武器とも呼べる存在だが、その口径は60mmと、戦術機の主兵装である突撃砲よりも遥かに高威力だ。ギラ・ドーガをシールド諸共穴塗れにする事も容易な程であり、これだけでも戦術機と比較すれば、MSが圧倒的という事がわかるだろうか。
先のハサウェイの発言は、言葉こそ煽っている様に聞こえなくも無いが、カツもハサウェイの言いたいことを正確に把握しているからこそ、文句は言わない。ハサウェイは弟分でありながらしっかりしているし、他人の配慮だって出来るのだ。AGのちょっかいにだって一々目くじらを立てない。
そんなハサウェイとカツは仲の良いコンビであり、ちょっとやそっとの連携なら言葉を使わずとも出来るほどだ。Z-BLUEの中では決して目立つ方では無いが、幼い時から戦争を知るカツや、ニュータイプ能力の強いハサウェイは一介の兵士に決して劣らず、機体性能の問題はあれど御使いを相手取る事も可能なのだ。
カツはハサウェイに言い返す言葉など無く、黙ってバルカン砲とビームライフルを新たに射程圏内に入った突撃級に浴びせる事に従事する。
「ハァ……後退って何処までするのか、ハサウェイは聞いてる?」
「まだ聞かされてませんよ。それに、何処に行ってもBETAって追いかけてきそうですよね」
「そういう事言うなよ。滅入るじゃないか……」
只々、射程圏内に入った突撃級を撃つだけの作業にカツもハサウェイも飽き始めた頃、ブライトから通信が入る。
「カツ、ハサウェイ。そろそろ格納庫に戻れ。お前たちにも状況を説明する」
帰還命令が出た二人は、やっとの帰還命令に疲れた表情を隠さずにモニター越しに顔を見合わし、お互いの顔を見て同じタイミングで苦笑した。
「戻るぞ、ハサウェイ」
「分かりました」
引き際に手近な突撃級を撃ちぬき、突撃級が動きを止めたのを確認してからすかさず、開かれた格納庫に揃って帰還したのだった。
《1998年8月24日 14時41分》
ラー・カイラムのブリーフィングルームにて説明を開始しようとしたブライトだが、ブリーフィングルーム自体にパイロット達は全員集まる事は出来ず、一部は格納庫で自機のメンテナンスを行い、残りはネェル・アーガマでモニターを映して聞いている状態で通達が行われた。
「先程、日本からの通信で我々に援軍が派遣される事が決まった。我々はこれから多摩川に戦力を展開させ、防衛ラインとする。現在、我々は丁度良く多摩川付近に位置している。各員、先程と同じく激戦となるが、こちらの軍と協力して対応してくれ。では、各員発進準備に取り掛かってくれ。それとだが、出来る限り武器の消耗を抑えてくれ。だが、機体の損傷には気をつけろ。以上だ」
それだけ言い終えると、モニターの映像は途切れた。
最後の説明には一部が「おいおい矛盾してないか?」とか「無理難題が過ぎるな」と言った声が格納庫でもチラホラと聞こえた。
ブライトの最後の発言は、分かりやすく言えば『限りのある射撃兵装はあまり使わず、近接武器重視で対応しろ。だが機体を傷つけるな』という事だ。BETAは単体ではお話にもならない程に弱いのだが、驚異的なのはその数だ。大群の中を近接武器重視で切り拓けというのはかなりの無茶振りである。
遠距離や中距離の射撃をするより、近距離の方がデメリットが大きいのは当たり前なのだから。
しかし、ブライトの命令に悲壮感を浮かべる物は一人も居ない。不平不満はあくまで苦笑気味に溢すだけだ。楽では無いが、『BETA程度』に射撃兵装を少なめに使用したとて、Z-BLUEが負けうる筈は無いのだ。この程度のピンチ、Z-BLUEは幾らでも経験しているのだ。
「調子はどうだ?」
「ふもふもふも」
「そうか、量産型達の兵装の補給は済ませておいたぞ」
「ふもも、もふふ!」
「何話してるんでしょう…ノインさんは分かります?」
「いや、流石に私も…」
ネェル・アーガマの格納庫にて会話する宗介とボン太くんを、自身達の乗るトーラスの補給を終えたヒルデとノインが傍目で見ていた。
トーラスのメンテナンスをしながらブライトの通達を聞いていた二人は、苦笑交じりに話しながらも作業をしていたのだが、話題は自然と格納庫で目立つ宗介とボン太くんの話題に移るのは仕方無いとも言えるだろう。
ヒルデは話しかけにくいと感じていたのだが、必要の無い時には配慮はあれどは遠慮しないノインが、率先して宗介に疑問を投げかけた。
「宗介、ボン太くんとどうやって会話しているのだ?」
ノインが宗介にふと話しかけると、宗介は右耳に付けている小型でワイヤレスのイヤホンマイク型ヘッドセットに指を指した。
「これで、ボイスチェンジャー前の音声を聞き取っている。ボイスチェンジャーを切れば、何故かシステムがダウンするのでな」
「なるほど…」
感心した様に頷くノインに、ヒルデが宗介に疑問をぶつける。
「所で、ボン太くんって誰が乗ってるの?」
その質問にボン太くんがピタリと動きを止め、ゆっくりともふもふの両手を側頭部に添える。
至極ゆっくりとだが確かな動きに、ヒルデは当然だが、内心気にはなっていたノインまでもが心臓の鼓動を早くしていた。
そして頭部の着ぐるみが外れ――
「俺だ」
当初の派遣メンバーには居なかった筈のヒイロが居た。真顔で。
「えっ!?」
思わず驚愕の声を出してしまったヒルデは、慌てて自身の口を両手で防いだ。それを聞いた所為かどうかは不明だが、ヒイロは用は済んだと言わんばかりにそそくさと着ぐるみを装着する。
ヒルデが横を見れば、ノインも固まっていた。ヒイロがふもふもと喋っていたという、今明かされる衝撃の真実は、クールビューティに定評のあるノインですら思考停止させる程だったと言えば、その衝撃を推し量れるだろうか。
驚嘆の一色に染まったノインとヒルデを無視してヒイロと宗介の会話は続けられる。
「所で、先程の基地での様子はどうだった?」
「基地内には誰も居なかった。司令室の司令席に座っていた一人を除いてな」
「…誰だ?」
「恐らく基地司令だろう。右手の拳銃からして、自害していた可能性が高い」
「そうか…」
それだけを言い終えると、宗介はヒイロにカロリーフレンドを複数本渡し、それに満足したヒイロと宗介は会話を終えた。
会話を終えた二人を見ていたヒルデが横を見やると未だノインは固まっており、その視線に気づいたノインはハッとした様子で漸く意識を取り戻した。ぎこちなく咳払いした後、何事も無かったかの様にトーラスに乗り込んだ。
(大丈夫かなノインさん……)
戦闘前に余程のショックを受けたノインを心配しながらも、ヒルデも続くようにトーラスのコクピットに乗り込んで、出撃命令を待つ事にした。
後退時に追撃して来た突撃級を一掃してから、Z-BLUEが多摩川に戦力を展開させて約二分後、BETAの第一波であるお馴染みの突撃級のみで編成された前衛部隊を、ネェル・アーガマが威力を抑えたハイパー・メガ粒子砲とジェガンのメガ・バズーカ・ランチャーの掃射で残さず無に還していた。
BETAは相模湾沿岸沿いに横浜まで上がって、旧武蔵小杉市付近まで攻めてくるルートと、蛭ヶ岳と雲取山の合間を通る旧中央道沿いに旧国立市及び旧府中市付近を攻めてくるルートに分かれるとブリーフィングで予想された今、先遣隊を二分して多摩川を背に横一列で陣をしている形となる。
「よし、全機出撃しろ! 多摩川から一匹でも超えさせたら、その時点で作戦失敗だと思え!」
旧国立市・旧府中市で展開しているネェル・アーガマのブリッジで激を飛ばすオットーに従って、機動兵器達が速やかに多摩川を背にして次々に展開される。
保険として多摩川の河川敷にヒイロの駆る(着る)ボン太くんと、AIに拠って自動制御モードが搭載された量産型ボン太くんが多数配置されている。
先のラー・カイラムの事も含めて、ネェル・アーガマの部隊には機動兵器が少なめに配備されている代わり、万が一に備えてヒイロと量産型ボン太くんなのだ。
しかし、あまりその心配は要らないだろうと、Z-BLUEの誰もが考えていた。一度戦線を後退させられるという苦渋を舐めさせられたのだ。通常の戦闘時に於ける方針として「殲滅戦法」を得意とし、インベーダーや宇宙怪獣を始め、敵勢勢力の尽くをあの手この手でその都度殲滅してきたZ-BLUEに取って、数で押し切られるというのは非常に面白くない。
だからこそ、今のZ-BLUEは少なからず士気は高く、迎撃という名の『反撃』に少なからず闘志を燃やしていた。
「第二波が来ます! トロワは小型種を優先してお願い。ノインさんとヒルデは僕に付いてきて下さい。レーザー属種を中心に一匹残らず仕留めます。コンロイさんとナイジェルさんは要塞級や重光線級を排除して下さい」
「「「了解!」」」
トサカに似た赤いヘッドパーツ。背中のショーテル。何より一番に目を引くのは全身を覆い隠す耐ビームコーティングマントを羽織ったガンダムサンドロック改が最前線にて佇んでいた。
指揮官機としての側面も併せ持つサンドロックの搭乗者であるカトルは、ネェル・アーガマ部隊に搭乗していた各機に向かって指示を的確に飛ばし、地平線の向こうから現れたBETAの群れに勇猛果敢に吶喊する。
レーダーに映る二千の敵影に一直線に突撃すれば、当然の話だが一番長い射程を持つ光線属種に狙われる。射撃兵装を頭部のバルカン以外持たないサンドロックの特性上、遠距離から狙い撃つ事は難しい。
なればこそと、カトルは飛び出して要撃級や突撃級を仕留める事を至上命題に動いているが、もう一つの企みがあった。
BETAの群れの各所から、光線属種が光線を放つ前段階にて表示される『警告』に少しだけ口角を釣り上げる。確認できる光線級は21。
「ノインさん! ヒルデ!」
「分かっている」
「任せて!」
呼びかけに答えた2機のトーラスがMA形態に変形して空中からBETA群に急接近し、瞬時にMS形態に変形し直してビームライフルで光線属種を仕留める。
「光線級の殲滅を確認」
「上手くいきましたね!」
最前線に突っ込むサンドロックの耐ビームコーティングマントを保険に、光線属種の位置を特定してノインとヒルデに仕留めさせるという戦法だ。万が一光線を浴びても、サンドロックの耐ビームコーティングマントで防がれるので、実質ノーリスクに等しい。
そして、この戦術を可能にするのはノインに依る所が大きかった。
ノインはトーラスという目立たない機体に乗っているが、サーペントに劣るはずのトーラスで数百機ものサーペントを相手に完全な不殺を貫くという恐るべき技術を持ち合わせているのだ。八時間ぶっ続けの戦闘でこれを行っている事を鑑みれば、技量はアムロやシャアと同じく紛れも無いエースだと誰もが頷くだろう。
もっと言えば、この数秒に於いて、ヒルデの撃ち漏らした光線級までもノインが仕留めている。
これはヒルデが下手と言う話では無い。十七メートル弱のトーラスからすれば、三メートルの光線級という小さな的に、MA形態から変形してすぐに狙い撃つというのは至難の技だ。
ましてや、マシンガン等の連射出来る銃火器では無い。単発のビームライフルで光線級を早撃ちして7体の成果を出しただけでもヒルデは賞賛される物だ。残りの4体も含めて全てに一発必中させたノインの前では霞んで見えてしまうが。
「これでっ!」
ノインとヒルデのお陰で光線属種が不在になった今、遠慮は要らないとばかりにカトルもマントの隙間から腕を出して、バックパックのヒートショーテルを抜き、その動作の勢いを利用してヒートショーテルを投擲。二体の要撃級を両断する。
地面に突き刺さったヒートショーテルを回収しながら、周囲の要撃級を撫で斬りにしていると、要撃級の死骸を足場にして跳躍した戦車級が、サンドロックの肩部装甲に喰らいつく。
「カトル!」
「大丈夫です!」
ヒルデの心配する声に応えるように、戦車級に噛みつかれているサンドロックのオプションアーマーをパージさせた。
戦車級にとって予想外だったのだろう、支えを失った戦車級はオプションアーマー諸共地面に無様に叩きつけられる。
「全力で行く!」
その隙を見逃さないカトルは、地面に仰向けに倒れた戦車級に顔だけを向けてバルカンを浴びせながら、レーダーで確認した一番近い場所に居る要撃級の場所まで突撃する。
機体の全面にヒートショーテルをクロスさせて突撃するサンドロックに、空中のトーラスに気を取られていた要撃級は気づく間も無く三枚に下ろされていた。
サンドロックのヒートショーテルは超高熱の刃である為、要撃級の鋏諸共両断する事が可能という、この世界の戦術機からすれば反則扱いされかねない切れ味を持つ。
そのサンドロックにとって不得手とするのは、言わずもがなの重光線級。そして、素早く衝角を振り回すタフな要塞級と、勢いそのものが強力なエネルギー兵器となる突撃級だ。しかし、要塞級は別の者が相手取る為、実質二種類となる。
その二種が存在しない現状、サンドロックは鬼神の如く周囲のBETAを両断し、高熱で溶かし、ヒートショーテルを振り下ろして鳴る特徴的な切断音を止むこと無く響かせていた。
カトルの猛攻に続けといわんばかりに、他の者達も一斉に仕掛ける。
「幾ら小さくとも、見逃さない」
淡々と自身に確認する様に声を発したトロワは、愛機であるヘビーアームズとある程度性質が似ている代用機サーペントで、前線で撃ち漏らした闘士級や兵士級を丁寧に仕留める事に徹底していた。
「ここを通すわけにはいかない」
トロワは、右腕部のダブルガトリングガンを万遍無く使いながら、固まった集団には肩部に収納された8連装ミサイルランチャーや、バックパックの右側に設置されている実弾のバズーカを万遍無く浴びせる。
加えて、サーペントの真上やや後方にはネェル・アーガマが対空機銃を矢継ぎ早にバラ撒いており、サーペントと共に地面に広範囲に渡って面制圧を仕掛ける事で、犇めきあうBETAの小型種を容赦無く殲滅していた。
第二波であった筈の二千ものBETA群は、ものの数分で全滅する羽目になっていた。
所変わって、旧武蔵小杉市付近で戦力を展開しているラー・カイラム隊も善戦していた。
ネェル・アーガマ隊程では無いが、こちらにはファンネル持ちを始めとしたエース機が多い。だが、問題はネェル・アーガマや、コンロイの駆るジェガンの様な、大規模掃討が可能な戦術級の兵器が無い事だ。しかも、旧武蔵小杉市は市街地だ。建物も多く、小型種なら見落としそうにもなってしまう。
だからと言って、弱音を吐く者はZ-BLUEに一人も居ない。ましてや、MS乗りの中でもエース機が集まっている中で、よもや作戦失敗という無様を晒す訳にはいかないのだ。
ネェル・アーガマ隊とは違った雰囲気で戦っているが、その実績は同じく一匹も通さず、隙あらば戦線を押し上げる事すら可能な程に目覚ましい。
「行くぞ、シャア!」
「分かっている!」
アムロの呼びかけに応えながら、シャアはサザビーの腹部に内蔵されたメガ粒子砲を拡散させて小型種諸共要塞級に発射する。アムロのνガンダムがサザビーの背後を守る様に、建物の影から出てくる要撃級にすかさずビームライフルの銃口を向け、的確かつ迅速に引き金を引く。
建物の間を通ってνガンダムとサザビーを無視する小型種に、頭部バルカンを浴びせながらレーダーを確認すれば、新たな突撃級の群れが率いるBETA群を発見する。
「アレをやるぞ!」
「そちらに合わせる!」
「「ファンネル!」」
シャアの息に合わせてアムロも6基全てのファンネルを展開し、計12基のサイコミュ兵器に続いてBETA群に接近する。
突撃級に続いて、呆気無くファンネルに蜂の巣にされた要塞級も沈めると、動かない筈の要塞級から複数の小型種の反応を確認する。
「アムロ!」
「こういう手もあるっ!」
不意打ちで出現した光線級達の眼前に、空中に浮かぶ淡青色に彩られた熱源反応が複数現れる。
元々狙っていたνガンダムとの射線上に、新たな熱源反応があった所で、それが仲間であるBETAで無いのならば関係は無いと判断した光線級達は迷わず熱源反応を打ち抜き、その瞬間には要塞級の死骸諸共光線級達は消し飛んでいた。
「やるな、アムロ」
「気を抜くなよ、シャア。まだ幾らでも居るぞ」
「フッ…お前に叱責されるとはな。お前こそ気を抜くなよ」
軽口を叩き合いながら、アムロとシャアは反射的に操縦桿を操作してBETAを次々に屠る。
先程、光線級達の前に放ったのはνガンダムの指の付け根に搭載されているバルーンダミーだ。ダミーには機雷が着いている為、射線を塞いで光線級の光線を止めるのみならず、光線を撃たせて爆発させる事も出来る兵装だ。
アムロは光線級の特性を調べる事も兼ねて、咄嗟にダミー攻撃を放っており、未だ戦闘が続く中でもこの時の光線級の行動をデータとして即座にラー・カイラムへと送信していた。
光線級の強襲に対して、光線級のデータも取る事も兼ねて反撃し、無傷で撃退。軽口を叩きながら先の戦闘データを母艦に送信しつつ、もう片方の手でファンネルと機体を同時に操っていたのだ。
光線級の出現から、データ送信まで二十秒弱でこれだけの事をこなすのは、正直言って『人間やめました』レベルだ。控え目に言おうと思っても、言葉が見付からない。
アムロの神業地味た所業を極当たり前の事としてスルーしながら、シャアは要撃級を中心にして周囲のBETAへビーム・トマホーク・サーベルとビームサーベルの乱舞を見舞う。
旧小杉武蔵市に襲来するBETAの五分の一以上が、赤と白のたった2機によって殲滅されていた。
帝国軍管轄下の練馬基地。その司令室にて、一人の将校が眉間に皺を深く刻み込んでいた。
政威大将軍殿下の要請を賜った城内省大臣の命令により、この数時間一切不明だった戦況の情報と共に、急遽斯衛軍の出撃命令が出たのだ。
「全く…漸く事態を把握したと思えば、斯様な事になっているとはな……」
急な事態に雑然としている司令室で、嘆く様に重たい息を吐きながらモニターを睨みつけているのは、日本帝国斯衛軍参謀総長――黒葛正隆だ。若い頃から紅蓮醍三郎と共に斯衛軍を率いてきた、古くからの譜代武家の出身でもある初老の男だ。
彼は現作戦の作戦本部であった白陵基地の司令部と突如連絡が取れなくなり、三時間も状況が分からないで居たのだ。
ここ数ヶ月のBETAの日本侵攻により、この国の戦術機と衛士は激減した。
その残り数少ない戦術機と衛士を消費して、いつ襲い来るかも分からないBETAへの斥候をするだけの余裕など無く、已む無く動けなかったと言わざるを得ない。
だが、白陵基地と連絡が取れなくなってからの三時間、一度もBETAの襲来は無く、不信に思っていた所に上司である槐からの情報が届いたという訳だ。
白陵基地に援軍が来ていた事。そして援軍がこの三時間BETAを一匹たりとも通さなかった事。今現在、援軍が多摩川に防衛線を構築しており、悠陽から斯衛軍の出動要請があった事を一度に知らされれば、頭も痛くなる。
だが、如何に不平不満があろうとも、命令は命令だ。
黒葛は長年で培った割り切るという手慣れてしまった思考制御により、頭を切り替えて手元の内線の受話器に手を掛ける。
「黒葛だ。第零特務大隊、準備はどうか?」
「その言葉を待ち詫びていました……!」
受話器の奥から聞こえる声は、心なしか興奮気味に感じ取れる。
「貴公らの活躍によりなんとか形にはしたが、万全では無い。機体に無理をさせるな。大臣と帝国民の期待に応えてみせよ」
「承知しております」
それだけを言い終えると、受話器を元の位置に戻して、オペレーターに声を掛ける。
「機甲師団の状況は?」
「いつでも出撃できます」
望み通りの返答にうむと頷き、指示を飛ばす。
「第一、第二機甲師団、出撃せよ。」
「第一、第二機甲師団、出撃せよ。繰り返す、第一、第二機甲師団、出撃せよ」
「了解、直ちに出撃する! 後に続け!」
オペレーターの復唱が機甲師団達に伝わり、モニターには第零特務大隊を追従する様に出撃する各機甲師団が映っていた。
此度登場した城内省大臣、槐金時は、光栄にも読者であらせられるピーナッツマンさんの御尊名をお見かけした際、ピーナッツ(落花生)について調べ、その一種である金時を名前に採用させて頂きました。誠にありがとうございます。
槐(サイカチ)は、漢字だけで見ればエンジュと呼ばれる草木に相当するのですが、個人的にはサイカチと呼ばれる木をモチーフにしており、カブトムシやクワガタムシが良く集まる木です。サイカチだけで変換すると、けったいな漢字しか出てこないので、意味が変わってしまいますが、槐の字を採用させて頂きました。
この様に、読者様の御尊名を感想欄で見かけた折、急遽利用させて頂く事がございますが、事前にメールでお知らせしますので、可否をお知らせ頂ければ幸いです。
…ただのモブなら『山本』とか『高橋』とか在り来りでも良いのですが、帝国軍人の名前を考えるのは大変です。ホント。
単に難しい苗字と名前を組み合わせただけではそれっぽくならないから、頭痛の種です(´・ω・`)
それと黒葛は、『つづら』と読みます。
余談:
・まるで『不甲斐ない自軍を許してくれ』と言わんばかり――元ネタは遊戯王ZEXALのドルベ『不甲斐ない私を許してくれ…』
・『だがしかし』!――元ネタは同名のアニメ(未視聴)及び遊戯王ZEXALのⅣ『だが、しかし! まるで全然!』