アレクは空賊船の突撃に乗じて窓ガラスをコートの中に隠しておいたダガーで破壊。ダガーや靴の裏に仕込んだフックで空賊達に見つからないよう船体にへばりついて貨物室まで移動していたのだ。
命綱無しのアクションをアレクは軽々とこなす。怖くない訳ではないが、崖から突落とされたことに比べれば断然マシだ。もし仮に落ちたとしてもリカバリー出来る道具を持っている。
貨物室にてアレク用に調整された大剣を取り、空賊船に乗り移ってコートに備え付けてある爆発物を設置。爆発させて空賊船を墜とす。そして悠々とアウンバラン号に戻ってきたのだ。
「カルメライさん! 無事だったんですね!」
少女が高らかに声を上げる。
「俺が早々に死ぬかよ。空中じゃあ孤立して逃げ場がない上、俺は魔法を使えない。戦法としては上々だがこっちは魔法無しで成り上がったんだ。簡単にやられるか。そうだよな、クルス」
少女の隣に居た金髪の少年が人差し指を上げる。少年の名はクルス・ガーズ。アレクと同じリビテッド大隊に所属するれっきとした軍人だ。
「飛行船での突撃は想定外だったけれど一応技帝を名乗っているんだから実力は折紙付きだよ。飛行船の突撃は派手過ぎてチビりそうだったけど」
「技帝! 俺たちに着いてこい。着いてこなければこいつらの命はない!」
頭領は野太刀を乗客へ向ける。乗客は震え上がり身を寄せ合いながらアレクに助けを求める。
アレクは面倒くさそうに髪をかきあげる。
「ハァ。空賊。聞いていなかったのか? 簡単にやられないって。こんなこともあろうかとウチのクルスが準備していたんだ」
アレクが指を鳴らすと広間のあちこちから白い煙幕が吹き出す。が、アレクが壊した窓から掃除機で吸い上げるているかのように全て煙が外に出ていってしまった。
「おいクルス。煙全部が出て行ったぞ。早くなんとかしろ」
「無理に決まってる。どうして窓を破壊していくの。こういう場合は乗客の安全を確保しつつ相手を制圧していくのが定石じゃないか!」
「誰が飛行船を突撃させるって思いつくんだよ! それに俺だって万能じゃない。空賊船ありきで乗客を守りながら戦えるか」
「技帝が聞いて呆れるよ」
「あんな化け物共と比べるな。魔法無しで千の敵を相手に出来るか!」
空賊、乗客がいる中でアレクとクルスが口喧嘩を始めた。どちらも引かない様子で一行に収まらない。
「て、てめえら人質がいることわかってんだろう……」
頭領の頬に赤い横一直線が出来上がる。アレクが予備動作も無く投げたダガーのせいだ。
「お前らこそわかっているのか。俺の手にかかれば一瞬で命を奪うことが可能だ。降伏しろ。でなければ命はないと思え」
人数差は歴然。武器や人質があるというのに空賊達には勝つ未来が見えなかった。
つい先ほど無残に殺された仲間に、爆発音を鳴り響かせながら墜ちていった空賊船。どう足掻いても勝ち目はない。頭領以外の空賊は戦意喪失している。
「降参する! 命だけは! 命だけはどうか!」
「お、俺もだ!」
「まだ死にたくねえ」
頭領以外の空賊は武器を地面に落として両手を上げる。
「て、てめえら、それでも仲間か⁉︎」
「仲間より命の方が大切だ!」
アレクは頭領に同情しつつ大剣を構える。生前、嫌というほど裏切られた記憶が蘇り、顔が歪む。いや、裏切られた訳ではない。仲間などではなかったのだから。
「あとはお前だけだ。降伏しないのならば体の一部はないものと思え」
「捕まるものか!」
頭領は近場にいた乗客を力任せにアレクへと放り投げる。
「馬鹿力だな。おい!」
アレクは投げられらた乗客を怪我がないようにキャッチしていく。その隙に頭領は近くにいた人質を連れ、窓ガラスを野太刀で割って空に飛び出していた。
「クルス。お前そばに居たんだから身を挺してかばえよ!」
「僕は武闘派じゃないんだよ⁉︎」
クルスの返答を聞き流しながらアレクは大剣を外に放り投げていた。
アレクが大剣を外へ投げる所を見て落下中の頭領は内心ほくそ笑む。転成者は魔法を使えない。どう悪足掻きしたところでアレクは自分に追いつけないと頭領は確信した。
頭領は片腕で支えている少女に目をやる。抵抗しているが体格差が開いていることもあり押さえつけることは簡単だ。
顔は上々。奴隷商人へ売ればかなりの金額で売れるだろう。
だが失ったものが多すぎた。自分達にツキが回っていたと思っていた直後にこれだ。
『風の民よ。我にそなたらの英知を授けまたえ』
右手を前へ突き出し風の魔法にまつわる簡単な詠唱を唱える。すると落下スピードが抑えられていく。体の中の魔石を消費して足元に風を送っているのだ。
達人なれば自分の体を自由自在に宙に浮かすことが可能だ。
「あの役立たず共め。次に会った時は必ずこの俺を裏切ったことを後悔させてやる」
その思いを胸に刻み、頭領は地上へ降りようとしたその時だ。
「往生際が悪いんだよ!」
真後ろで心臓を握り潰されているかのような声が轟く。振り返るのと、頭領の右腕が切断されたのはほぼ同時だった。
頭領は腕の痛みに意識を集中しすぎたため、少女を支えることに気が回らず少女は嘘ぉ、と言いながら宙へ身を晒す。
「なぜだ⁉︎ 転成者は飛べないはず!」
「その通り。飛べないさ。だから道具使って無理やり飛んでんだよ。技帝の技はワザって意味だ。憶えとけ」
アレクは大剣をサーフボードのように乗りこなす。大剣の側面が開閉し、そこから緑色の粒子が大量に放出され、アレクは大剣と重力に押し潰されそうになるのを耐えて急停止する。
「この、ガキがぁ‼︎」
頭領の体にはアウンバラン号から伸びた紐がくくりつけられている。アレクが頭領の腕を切った際に巻いたものだ。
「転成者だから精神年齢的に違うと言いたいが、元引きこもりでな、社会的にはあんたの言う通りガキだよ」
煽るようにアレクは頭領に笑いかける。三白眼もあってか妙な凄味が出ている。
「カルメライさん! 早く助けて下さい!」
未だ落下中の少女が涙声で叫ぶ。パラシュート無しのダイブは心臓に悪いどころかショック死してしまいそうなほどだ。
「おっと悪い。今行く」
アレクは大剣から降りながら剣の柄を掴み、緑色の粒子を大剣の両側から発生させサナの元まで移動する。
少女は必死に両手をアレクに伸ばす。アレクは速度を調節し、コートから長めの紐を取り出しながら速度を緩めて少女に巻き付けていく。
「うし。もう大丈夫だ」
グルグル巻きになった少女を吊るし上げることに成功したので速度を出す理由も無くなり、再び大剣に乗る。何も知らない第三者が見れば折檻。いや拷問だと思われても仕方ない光景だ。
「何が大丈夫何ですか⁉︎ イジメですよ! 虐待ですよ! 格好悪いですよ!」
「悪い。俺は生前、女から手酷い仕打ちを受けてな。なんとか喋れるまでにはなったんだが触れるのだけはどうしても無理なんだよ。あ、でも同性愛者じゃないぞ。エロいことは大好きだ」
「そういう問題じゃないですよ⁉︎ というか今はそんな話どうでもいいです! 早く自由にして下さい!」
少女がプランプランと揺れている時にだ。
プスん、とガス欠したような音が大剣から鳴ると粒子の放出が止まった。
「なぁ。悪いんだけどさ。この大剣故障してら」
「えええぇ⁉︎ ど、どうするんですかぁ⁉︎」
空を飛ぶための能力を失ったため二人はそのまま地上へ落ちていく。
「簡単な魔法でもいいからさ、飛んでくれない?」
「無理ですよ! 私魔法使えません!」
落下中だというのにアレクは涼しい顔をしており、その顔のせいでサナの不安が一層高まる。
「しょうがないな。まあ見とけよ」
コートから球体をとりだし中央のボタンを押して足元で破裂させる。すると緑色の魔法陣と呼ばれる幾何学的紋章が描かれた円が出現した。
大剣が故障した時に使うパラシュートの代用品だ。小型で持ち運びが便利だが、一個の価格が高く使い捨てということもあってできれば使用したくなかったものだ。
「そんな便利な物があるんだったら早く使って下さいよ! どれだけ寿命が縮まったと思うんですか!」
「これ一個で馬車一つ買える値段なんだぞ。たく。これだから試作段階の武器は嫌なんだ。何が飛行船並の資金を費やした、だ」
「この剣だけでそれだけするんですか⁉︎」
地面に落ちないよう足で挟んだ大剣を見る。
戦術飛行魔構剣試験型。ベルバルザーと名ずけられている。言葉の意味は先駆者。アレクのように魔法を使えない者、適性がない者を空へ飛ばせることが出来る画期的な武器だ。柄に取り付けられたトリガーを引くことで飛ぶことが出来る。
だが試作段階ということもあり不安定、燃費が悪い、メンテナンスが難しいの三拍子が揃っている。
さらに空を飛ぶために最新技術である魔法回路を組み込むことで大幅に縮小したが、それでも一般人が使うには大き過ぎる。
操作と仕組みが複雑なため一般兵が操作に慣れるまで一ヶ月以上かかる。
そんな経緯もあり、アレク専用と言われれば聞こえはいいが、要は使えない武器を押し付けられたのだ。
「俺は技帝だからな。こういった最新鋭の武器を優先的に回される。性能はお察しが多いけどな。あ、そういやお前の名前聞いていなかったな」
「な、名前ですか? サナです。サナ・スタックです」
大剣を足で挟んだ青年と、紐でグルグル巻きにされて吊るされた少女。
この二人の関係が、後に世間を、国を、世界を巻き込む大騒動に発展することは、本人達にも知り得ぬこと。
「あ、マズイ。紐切れるかも」
「どうしてそう不安になるようなこと言うんですか⁉︎」
今はまだ、二人の関係は他人でしかない。