相対する鏡界世界   作:巫ホタル

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 本格的に訓練が開始された新入軍兵ーー波木秋透(なみきあきとおる)。
 実技訓練・戦術指導・軍の内情など、それぞれの得意な分野を秋透に教える教官ーー明峰秀静(あけみねしゅうせい)・紅月悠(こうづきはるか)・天野宮詩帆(あまのみやしほ)の三人。
 同期とも対面を果たした秋透の軍生活とは……。


〈第五章〉ー決意ー

 窓から差し込む光がカーテン越しに顔に掛かる。

 ベッドの中では一人、静かに身を沈めていた。

「ふぇっくしっ!!」

 間抜けなくしゃみを上げ、目覚めた秋透。

 上体を起こして時計に目を向ける。

 時刻は午前六時二十一分。

 ーーまた早く起きたな……。

 と考えていると、今日もまた声がした。

『おはよう、秋透。よく寝たな?』

「それを言うなら”よく寝れた?”だろ、アキト」

『君の意識がないときは外を見られないんだ。だから良いんだよ』

「あ、そうか」

 ベッドから抜け出ると身支度を整えた。

 今日は八時から《訓練場》に呼び出されているのだが、まだ全然早い時刻である。

『先に朝飯行けば?』

「……そうするか」

 アキトの勧めに素直に頷き、秋透は部屋を出た。

 エレベーターに乗り、一階に降りると、扉の先には意外な人物が立っていた。

「あれ、詩帆?」

「わぁ、秋透。早いですね」

 ”早い”と言うならむしろ詩帆の方だが、そこには触れずに続けた。

「……まさか、訓練帰りか?」

 そう考えた理由は至極単純。

 現在の詩帆は殆どノースリーブのシャツに短パンという軽装。

 おまけにいつもは下ろしていた長い黒髪も結ってある。

 その上肩にはタオルが掛けられており、髪は軽く乱れ、肌もほんのり赤みを帯びている。

「ええ。先程までお二人に相手をしてもらっていたんですよ。秋透も良ければ行ってみてはいかがですか? この道を真っ直ぐに進んで、左に曲がった所にある《第一訓練場》でやってますよ」

「ありがとう、詩帆。行ってみる」

 話終わると、詩帆は微笑み、エレベータに乗り込んだ。

 エレベーターの扉が閉まるのを見送った後、秋透は詩帆の言った道順の通りに進んで行った。

 ある程度進んでいくと、曲がり角にある一室の扉の上部にある表示が【使用中】と光っている事が分かる。

 そしてその扉の横には【第一訓練場】と書かれたプレートが設置されていた。

 また少し足を進め、扉の前に立つと、自動的に扉が中心で分かれ、左右にスライドして開いた。

 一瞬驚いたのも束の間。

 更に驚いたのは室内から響き渡る音にだ。

 金属と金属がぶつかり合う轟音。

 秋透が先日、あの戦場で聞いたものと同じ。

 他にも爆発音や、床を蹴る音が次々に耳に届く。

 顔をしかめつつ目を開くと、室内では二つの人影が凄まじい速さで動き回り、攻防を続けていた。

 秀静と悠だ。

 秀静は漆黒の日本刀。

 悠は刀身のみ白い、黒塗りの柄の先同士が長い鎖で繋がれた二刀を手にしている。

 床を強く蹴り、急接近する秀静。

 降り下ろされる刀身を右手に持った刀で受け流し、間髪入れずに左の刀を突き立てる悠。

 秀静は再び床を蹴り、後方へと身を翻しながら迫り来る悠の左腕を蹴り上げ、防ぐ。

 互いに距離を取り、一度刀を下ろす。

 不意に悠が口を開き、話し出した。

「ねぇ、秀静? 入り口の……気付いてる?」

「当たり前だ。だが無視してる」

「相手する気はない?」

「ああ」

「そっか、なら良いけ、どっ!!」

 言い終わるや否や、再び戦闘は始められた。

 今度は悠が攻めだ。

 左から斜めに振り上げ、防がれても次いで右から横に振る。

 全て弾かれ、秀静が懐に入ってきた所で、悠はズボンのポケットから一枚の紙を抜き出す。

 そのまま秀静に向かって投げ、一言。

「雷(ライ)」

 と唱えた。

 すると同時に紙が破け、強い光と共に稲妻が秀静を襲った。

 悠が使用したのは《呪符》である。

 紅月家は《呪符》や《術》を用いて《戦術》に従って戦う事を得意とする一族だ。

 剣術の実力では秀静にやや劣る悠だが、従来の高い潜在能力と《呪符》などを巧みに織り混ぜた戦闘スタイルで秀静と互角に戦り合う。

 間一髪で悠の攻撃を回避した秀静。

 とは言え、微かに頬を掠めている。

 血が流れ、床に滴り落ちる。

 両者共動きを止めた。

 悠は刀から手を離し、刀を床に落とした、が。

 鎖で繋がれた二本の刀は、床に着く寸前で音もなく姿を消した。

 そのまま悠は秀静へと歩み寄る。

「秀静、傷」

「分かってんよ。……てかお前、何《武器化》解いてんだよ」

「いやいや、流石にもう疲れたって。丁度良いから切り上げようよ。……秋透君も来てるしさ?」

「……チッ」

 やや不満げな秀静であったが、疲労しているのは確かだった。

 秀静も悠も、肩で息をしている。

 秀静は《武器化》を解くと、頬を流れる血を手で拭い、入り口に突っ立っていた秋透に向かって言った。

「おい、秋透。八時には早すぎんだろ。時計見ろよ、馬鹿が」

 ーーやたら不機嫌な訳は……。

「あー、ごめん、秋透君。今の秀静とまともに会話するのは無理だから」

「……?」

「今は僕に負けて機嫌悪いから。ね?」

「あ? 誰が負けたんだよ、悠」

 秋透は呆れと驚きで言葉が出なかった。

 振り返ると、そこには苛立ち気味で傷口にタオルを押し付けて止血している秀静の姿があった。

 《シンクロ数値》が低い分、傷の治りが他のコネクターよりも遅いのだと言う。

 視線を元に戻すと、悠は苦笑しながらこちらを見ていた。

「まぁ、いつも通りと言えば、そうなんだけどね。あいつ元々口悪いから。慣れれば何て事ないよ」

「……はぁ……」

 

      *   *   *

 

 二人と分かれた後、秋透は当初の予定通り食堂に足を向けた。

 現在時刻は午前七時。

 食堂には任務帰りと思しき人が数人居る程度だった。

 知り合いの姿はない。

 にも関わらず、背後から秋透を呼ぶ声がした。

「あの、波木秋透さん、で間違いないでしょうか?」

 その声掛けに振り返ると、そこには一人の少女が立っていた。

 一際目を引くその容姿に、秋透は思わず目を見開く。

 ポニーテールにした豊かな髪が、見事な赤色であったのだ。

 秋透よりやや低い身長の彼女は、紅く光る瞳でこちらを見上げていた。

「えっと……はい。貴方は……?」

「私は八雲朱羽と申します。貴方と同じ新入軍兵ですので、一応挨拶をと思い、声を掛けました」

「そうですか……」

 朱羽と話をしていると、周囲からの視線がやたらと集まった。

 原因は彼女である。

 しかしそれは、物珍しい赤髪のせいだけではない。

 朱羽のただでさえ目立つ髪色に加え、類い稀なる美しい容姿の少女だからである。

 瞳の形は丸く、それでいて鋭い眼光を宿す気の強そうな紅い瞳。

 白く、何処か儚げな雰囲気を帯びた肌。

 細く、長く伸びた手足。

 詩帆とはまた違ったタイプの、美少女だった。

「秋透、とお呼びしても?」

「あ、ああ。構いませんが……」

 朱羽は薄く微笑み、頷いて言った。

「では私の事は”朱羽”と。それと、敬語は要りませんので。私のは癖ですから」

 などと言う。

「……これから朝食ですか? 宜しければご一緒させて頂いても構いませんか?」

「ん? ああ、良いよ、朱羽。そうしよう」

 すると朱羽は先程とは違い、嬉しそうに目を細めた。

 その表情はより一層美しく、それでいて可愛らしく思える。

 秋透は白米、味噌汁、焼き魚、漬け物と言った和食。

 対して朱羽はパン、ジャム、サラダ、野菜スープと言う洋食の乗ったトレイを手にしてテーブルへと向かった。

「……意外です」

「へ?」

 突然の朱羽の発言にやや間抜けな声を発し、顔を上げる秋透。

 朱羽の言う、『意外』の意図が掴めず、秋透は聞き返した。

「な、何が?」

「ああ、いえ。……和食、ですね。それもバランスの取れた」

「そ、うかな……?」

「ええ、とても。……ってきり男性は皆、食に気を配らないものだと思っておりましたので……」

「ああ、成る程。そう言う事か」

「はい」

 ”気の強い方”と詩帆は言っていたが、そうではなかった。

 朱羽はただ淡々と話すが故にそう思われてしまうのだろう。

 本当は真面目なだけの、ただの少女なのだ。

 その後二人共黙々と食べ進めた。

 無言過ぎて居たたまれなくなった程に。

 食べ終わり、再び話をし出した朱羽。

「貴方も本日から本格的に訓練が開始されますよね? どなたがご指導を?」

「ん? ああ、教官か。俺は明峰…少佐と、紅月少佐、天野宮中尉だよ」

「えっ、《三大名家》の”次期当主候補”の方々がご指導を!? しかも三人中三人ですか!?」

 目を大きく見開き、今にも立ち上がりそうなくらい身を乗り出して驚きを露にする朱羽。

 彼女も《軍十家》の一人なのだ。

 《三大名家》の存在、それもーー初耳だったがーー次期当主候補の存在は計り知れないだろう。

 そう理解していても、朱羽の反応は流石に秋透も無表情では居られなかった。

 テーブル越しに座る秋透のひきつった表情を確認した朱羽は「はっ!」と我に返った様子で、伏せ目がちにおずおずと秋透を見遣り、朱羽は再び口を開いた。

「あ、あの……。秋透は既に、その三名にお会いしたのですか?」

「ああ、会ったよ」

 と言うか部屋にまで上がり込まれた。

 言わなかったが。

「でっ、では。……どのような方々でしたか……?」

「……?」

 その朱羽の問い掛けに、秋透は些か引っ掛かりを感じた。

 軍出身の彼女が、一般からの入軍者である秋透に軍の事柄を尋ねたからだ。

「恥ずかしながら、私はご尊顔を拝した事すらないのです……。《三大名家》の方々は一般入軍者どころか、我々《軍十家》とも、あまり関わりをお持ちになられないので……」

 確かに。

 言われてみれば先日秀静がそんな事を言っていたと思い出す。

 『《三大名家》は《軍十家》を含めた下位の家柄との関わりをあまり持たない』と。

 それならば朱羽が会った事どころか、顔を見た事もないというのは頷ける。

「あー……、明峰少佐は…口が悪い、かな。本当に……うん」

「誰が口悪いって?」

「痛ってぇ!!」

 秋透は突然背後から殴られた頭部を擦りながら、眉を吊り上げながら振り返り、声の主に向かって怒鳴った。

「いきなり何しやがる、明峰! 痛てぇだろうが!!」

「ハッ。痛くしてんだから当然だろうが馬鹿が。脳ミソ猿だな、お前」

「はあぁぁ!?」

 背後に立つ秀静と怒鳴り合いーー秀静は怒鳴ってはいないーーをしていると、そこに例の如く新たにもう一人現れた。

「お~い、お二方? 人があまり居ないからって、ここ食堂だし、公共の場なんですがね、一応」

「悠さん!? ……と、詩帆?」

「はい、秋透。……そちらの方は?」

「ん?」

 秀静に続いて現れた悠と詩帆。

 計らずもお馴染みのメンバーが揃ってしまった。

 そして詩帆の言葉に朱羽の存在を思い出した秋透は、椅子に座り直し、正面を見た。

 そこには混乱と驚きの入り交じった表情を浮かべる朱羽が座している。

「今、『明峰』と、言いましたか……? 秋透」

「え? ああ、うん。この暴力魔が明峰少佐で、紅月少佐と、天野宮中尉」

「ほ、本当ですか?」

「うん」

 朱羽は混乱の収まらない様子のまま立ち上がると、言った。

「おっ、お初にお目に掛かります。わたくしは八雲朱羽と申します。お会いできて光栄です」

「ああ、貴方が八雲のご息女でしたか。私は天野宮詩帆。どうぞ宜しくお願いしますね、朱羽」

「こ、こちらこそ、宜しくお願い致します、詩帆様」

 その朱羽の対応に詩帆は笑みを浮かべる。

 そんなやり取りを横から眺めていた悠が割って入り、

「へぇ、君があの八雲家のご令嬢かぁ。僕は紅月悠。宜しくね」

「はい、悠様」

 悠はニコッ、と微笑みかけると、次いで眉を垂らし、苦笑気味に秀静を見遣った。

「……秀静も何か言いなよ。”明峰少佐”呼びの”暴力魔”な怖い人になっちゃうよ?」

「うるせぇ、悠」

「はははっ」

 などなど、その場は大変盛り上がった。

「……明峰達は朝飯か?」

「いや? 俺等はもう済んでるが、軽食」

「ああ。訓練してたもんな」

 そこではたと思い至った秋透は、周囲を見回し、時計を探す。

  時計の針が指すのは七時三十四分の位置。

「そう言えば秋透は八時から実技訓練でしたねぇ、明峰隊長と」

「一秒でも遅刻したらフルボッコ確定だな」

「実技の後一時間挟んでから僕の戦術指導があるから、再起不能にはしないでね、秀静」

「”努力”はする」

「”加減”をしてくださいよ、明峰隊長」

 そんなやり取りを、朱羽は楽しげに眺めている。

 やや不安を持った秋透に向き直る秀静。

「お前はもう済んだのか?」

「ああ」

「んじゃあ、しょーがねぇからもう行くか」

「おっ、おう」

 『行きたくない』が秋透の本音であったが、それは出来ない。

 秋透は一度溜め息を吐くと、秀静の後を追った。

 

 

 

 秀静が向かったのは先程使用していた《第一訓練場》であった。

 自動で開く扉を潜ると、一斉に天井にある蛍光灯が付いた。

 一瞬目を細めたが、すぐに慣れる事が出来、秋透は秀静に再び付いていく。

 広い部屋の中心で立ち止まる秀静。

 次いで秋透も足を止める。

 秀静は振り返ると、こう言った。

「訓練を始める前に、お前にいくつか質問がある。秋透」

「……?」

「まず手始めに、既に《力》の《武器化》はしたな?」

「《力》の《武器化》……」

 つまりアキトと秋透の《力》、《護鬼》の《武器化》という事。

 そしてそれは、元帥の面接で行った事象の事だ。

「ああ、したよ」

「んじゃ、形状はどんなだった?」

「形状……」

 《護鬼》の名を呼んで出現したのは……。

「刀だよ。刃の白い日本刀」

「ほぉ。じゃ、取り合えず《武器化》してみろ」

「……は?」

 秀静の意図が全く掴めない秋透。

 聞き返す秋透に対し、秀静は眉間に皺を寄せて「いいからやれ」と手を振った。

 秋透はムッ、としたが、目を閉じ、深呼吸をして言った。

「《護鬼》。来い」

 …………。

 しかし、何も起こらない。

 秋透は呆然と立ち尽くした。

 秀静は溜め息を吐き、小声で「やっぱなぁ……」と呟いた。

「おい、秋透。ここ座れ」

「…………」

 秀静は自分の足元を指差して言った。

 秋透は素直にそれに従い、歩いていく。

「この中心点の上に座れ。楽な姿勢で良い」

 そう言われた秋透は腰を下ろし、あぐらをかいた。

「目を閉じろ。何も考えず、唯一《アキト》の事だけ考えろ」

「…………」

 目を閉じる。

 暗闇がやってくる。

「心の中で《アキト》を呼べ」

「…………」

 ーーアキト……。

 すると脳内にチリン、という鈴の音が響き、水面に描くような波紋が広がった。

 その時、秋透は既に意識を手放していた。

 ーー入ったな。

 秀静は内心でそう呟く。

 そう考えた理由は一つ。

 秋透の両手の上に、一振りの日本刀が現れたからだ。

 しかし、それは武器と呼べるような代物では決してない。

 何故なら、その刀は柄から刃先までが透けているのだから。

 《力》の《武器化》における最低条件は二つ。

 一つは《シンクロ数値》が二十パーセントを上回っている事。

 二十パーセントを下回る《武器化》をした場合、使用者の身体能力も制限されてしまう。

 その為、《シンクロ数値》が二十パーセント以下のコネクターは、戦場での《力》の使用を原則禁止とされているのだ。

 二つ目はコネクターとキャスターの《シンクロ》が出来ている事。

 《武器化》とは、コネクターとキャスターにおける《力》の交換によって起こる現象である。

 故に、どちらかが欠けてしまえば、それは成り立たない。

 つまり、双方の合意がなければ不可能なのである。

 即座にキャスターとの《シンクロ》が出来なければ、《武器化》は不可能なのだ。

 また、《武器化》に要する時間は、個々の《シンクロ数値》が大きく影響する。

 結論を言えば、《武器化》をするには、まずキャスターとの対話が必要不可欠なのだ。

 だから秀静は訓練内容として、《心想世界》に入るよう秋透を促した。

 訓練場の中心点は入りやすいような仕組みに作られている。

 だからこそだ。

「さて、秋透。こっからはお前一人だ。しっかり覚えてこいよ」

 床に座り込む秋透を見下ろし、秀静はそう呟いた。

 今日の実技訓練は四時間。

 その時間内に秋透が”中”で何を得てくるかは、本人次第である。

 秀静も腰を下ろし、目を閉じる。

 自信も訓練をするのだ。

 しかし内容は違う。

 秀静の場合は《シュウセイ》に心を許す訓練。

 更なる《力》を引き出す為に、張り詰めている気を緩める事。

 しかしそれは、秀静にとって最も困難な事なのである。

 大切な人間を殺した奴を、許すと言う事。

 守れなかった自分の過去を、忘れると言う事。

 それは彼にとって、酷く難しい事なのである。

 

      *   *   *

 

「やあ、秋透。また来てくれたんだ?」

「ん? あれ、ここって俺の《心想世界》か?」

「……自覚ないの?」

 目の前に立つアキトは前回と同じ服装をしている。

 アキトは呆れたと言うように一度溜め息を吐くと、言った。

「ハァ……。そう、ここは君の心の中。……さっき明峰に言われて来たんだろう? 訓練として」

「ああ、そう言われれば……。けど、何で知ってんだ?」

「そりゃあ、俺は君の目を通して”外”を見てるし。君の耳を通して聞いてるんだから当然だろう?」

「成る程ねぇ」

 そう言われて、何となく秋透は手で目を覆ってみた。

 僅かな暗闇が視界を隠す。

 そこで秋透ははた、と思い至ってアキトに尋ねた。

「話は聞いてたんだよな? アキト。……何でさっき《武器化》出来なかったんだ?」

「あれは完全に君のせいだよ、秋透。《力》を使いたいなら順序を守らなきゃ」

「……?」

 『お前のせい』と言われても、秋透に思い当たる節はない。

 暫し考え込んでいると、アキトが口を開いた。

「いい? 《武器化》と言うのは一人では行えないんだ。コネクターとキャスター、つまり君と俺による《力》の交換をする必要がある。その過程で発生する《力》の波を《波動》と呼ぶんだけど、その《波動》が極限まで高まって実態を持った姿が武器となるんだ。……付いて来れてる?」

「……多分」

 アキトは軽く肩を竦めると、続けた。

「人それぞれ武器の形状が違うのは《力》の特性がバラバラで、発生する《波動》に差が出来る為なんだよ。だから一人として同じ人は居ない」

「ふぅん」

「で、少し戻るけど。《力》の交換をするには、俺と君の間に……パイプみたいなモノを作る必要があって、それを《シンクロ》と言うんだ。それをする為には、今の段階ではまだ俺を先に呼んでくれないと無理」

「『今の段階では』?」

 アキトは一度頷くと、言う。

「対話で《シンクロ数値》が上がるのは知ってるだろ? その数値は《シンクロ》をする速さに直結する。ベテランのコネクターにもなると《力》の名前も呼ばずに《武器化》出来るくらいにね」

「へぇ。すげぇな、それ」

 その後もアキトは詳しい説明を続けた。

 一通り話終えた所で、ふとアキトは言った。

「あ、ごめん。長く話し過ぎたね。外で明峰が待ちくたびれてるかも……。じゃあ、今日はこのくらいにして、そろそろ帰った方が良い」

「ん? ああ、そうだな。そうするよ。じゃあな、アキト」

「おう」

 

      *   *   *

 

 一度瞬きをすると、次に視界に映ったのは広い体育館のような風景だった。

 意識が身体に戻ったのだ。

 そして二メートル程離れた位置に秀静が居た。

 こちらに背を向けながら、何やら宙を眺めている。

 視線の先に目を遣ると、そこには数枚の紙があった。

 おそらくは《呪符》だろう。

 縦長の紙全てに、黒字で何かが書き込まれている。

 それらは頭上を飛び回りながら光を発している。

 不意に全ての札が秀静の下へ集まり、光が消えた。

 すると秀静が振り返り、眉間に皺を寄せて秋透を睨んだ。

「戻ってるなら声掛けろよ」

「へ? ああ、悪い。……それ、《呪符》だよな?」

 秋透の問いに秀静は札に目を遣り、札を掲げながら答えた。

「まあ、そうだな。……詳しい話はこの後悠から聞けよ。んじゃ、今日はこれで終了だ。お疲れさん。帰って良いぞ」

「は? 終わり? もう?」

 今日の実技訓練は四時間だった筈だ。

 なのにもう終わりと言うのは、少し納得がいかなかった。

 秋透の問いに歩いていた足を止め、かなり嫌そうな表情になった秀静。

「はぁ? お前時計見ろよ馬鹿が。四時間で訓練は終了って言ってあったろ」

「…………」

 秀静の言葉に時計を見ると、時刻は十二時六分。

 何と、アキトと対話をしている間に四時間経っていたのである。

 そしてアキトは時間を分かった上で秋透に帰るよう促していたのだ。

「……四時間も、ここで待っていてくれたのか?」

「それが訓練内容だ。当然だろ」

「……そうか」

 かくして秋透の第一回目の実技訓練は終了となった。

「明日からは本格的な訓練をする。怪我の一つや二つ、覚悟しておけよ?」

 秋透は表情がひきつるのを堪えられなかったが、諦めて頷いた。

「……お手柔らかに」

「ふむ」

 そのまま揃って《訓練場》を後にした。

 ロビーに出た所で、不意に秀静が口を開いた。

「秋透。このまま飯行くか。一時間後から悠の指導だろう?」

「あー、うん。そうだな。……指導って何すんの?」

「悠に訊けよ」

「……うぃ」

 

      *   *   *

 

 実技訓練から早一時間後。

 昼食を済ませた秋透は悠に指定された指導部屋、もとい《第一会議室》へと向かった。

 ロビーのとある一角。

 各自の部屋が全体を占める自室棟へと繋がるエレベーターとは別の、コネクターのみ入場を許可されている特別棟へ降りるエレベーターがある。

 特別棟とは、《特務室》や《会議室》、《資料室》や三元帥の《執務室》と言った、一般兵には解放されていない施設が多くある棟である。

 特別棟へと続く唯一の通り道であるこのエレベーターにはロックが掛けられている為、専用のキーカードが必要となる。

 秋透は秀静から、『フロントの千里に話は通しておくから、先にそっち寄ってね』と言う悠からの伝言を聞いていたので、真っ直ぐにフロントを目指した。

 フロントでは相変わらず忙しく働いている千里の姿がある。

 秋透は歩み寄り、声を掛けた。

「あの、千里? 今平気?」

「ああ、波木さん。……その呼び方は詩帆様が?」

「え? ああ、ごめん。嫌なら……」

 すると千里は少し慌てたように顔の前で手を振り、言った。

「いえいえ。むしろその方が良いですから。敬語も要りませんよ、……秋透さん」

「ああ。それじゃあ、そうするよ」

 千里はニコリと目を細めて笑うと、続けた。

「それで、どうされましたか?」

「えっと、悠さんからキーカードを受けとるように言われて……」

「ああ、はい。承っております」

 フロントのカウンターの中から一枚のカードを取り出し、秋透に手渡す。

「このカードがあれば一通りの極東軍基地内にある施設への入場が許可されます。使用時にはそれぞれ記録が残りますので、他人との共有はしないでください。常時携帯をお勧めしますよ」

「おう。ありがとう」

「いいえ」

 秋透は手に持ったカードを物珍しげに見詰めながら、フロントを後にした。

 エレベーターの前に立つと、すぐ横にキーカードのスキャナーがある事に気付く。

 カードをスライドさせると、エレベーターの扉が開き、秋透が乗り込むと自動的に扉は閉まった。

 エレベーターの内部、扉の右側にはいくつかのスイッチが備え付けられている。

 【B1・第一~三会議室】と書かれたスイッチを押すと、カチリ、という音と同時にエレベーター特有の降下感が全身を包む。

 到着を告げる音が高らかに響くと、扉が開いた。

 秋透がエレベーターから降りると、自動的に扉は閉じられ、すぐにロビーのある一階まで昇っていった。

 どうやらエレベーターの利用者を確認する監視カメラが設置されているようだ。

 利用者の人数と状況を確認した上で扉が自動的に開閉するシステムになっているのだろう。

 中身の消えたエレベーターの扉を暫し眺めた後、秋透は回りを見渡した。

 エレベーターのすぐ隣。

 【第一会議室】のプレートが取り付けられた一室の扉に秋透は近付き、扉の前で一度足を止めた。

 ノックをしようと手を上げた、その瞬間。

 ゴッ!!

 そ凄まじい衝撃音が鳴った。

 扉の前に立っていた秋透が、突然開かれた扉と正面衝突したのだ。

 あまりの痛さにうずくまり、鼻を押さえて悶絶する秋透。

 その頭上から慌てたような女性の声が降ってきた。

「ごっ、ごめんなさい、秋透っ。つい力一杯開けちゃったから……。痛いですよねっ、本当にごめんなさいっ」

 その女性が詩帆だと言う事は声ですぐに分かった。

 秋透は痛みを堪えて立ち上がり、笑って見せた。

「だ、大丈夫だよ、詩帆。平気だから」

「うー、でもぉ。ゴッ、って音したし……。赤くなってるし……。本当にごめんなさい、秋透。つい……つい怒りのあまり力任せに……」

 『大丈夫だ』と言ったが、詩帆は泣き出しそうな程心配げに表情を歪めている。

 すると、半開きになった扉の奥からまた声がした。

 今度は男性の声。

 それも悠の声だとすぐに分かった。

 どうやら彼は既に来ていたようだ。

「秋透君、来たの~? 今凄い音がしたけど、大丈夫?」

 そして悠のその声を聞くと、詩帆の表情は一変した。

 先程までの心配そうな表情から、怒気の籠った気迫溢れる表情に変わったのだ。

「……詩帆。悠さんと何かあった?」

 秋透のそんな問いに迫力の消えない笑みを浮かべ、答える詩帆。

「いいえ。紅月少佐と何か何てとんでもない」

「……詩帆。目が一切笑ってないし、むしろ怖いぞ」

「あはは」

 とにかく、『何か』があったのは確かだろう。

「ちょっと、詩帆ちゃん? 一度こっち戻ってきてよ。秋透君も連れてさ~」

 と声を発したのは室内に居た悠だ。

 対して詩帆は再び表情を曇らせ、怒気の籠った声で、

「結構です!!」

 と吐き捨てるように言って去っていった。

 秋透は憤慨し去っていった詩帆の姿を目で追い、ついでに呆気にとられてただ呆然としていた。

 そんな秋透に向けて、また室内から声が掛かる。

「秋透君。入って入って」

 勿論そう言ったのは悠だ。

 言葉に従い入室すると、すぐ目の前に悠の姿があった。

 大きなスクリーンの前に置かれている机にもたれ掛かって立っている。

 恐らくそのままの姿勢で詩帆と言い争いーーもしくは詩帆が一方的に怒鳴りつけていたーーをしていたのだろう。

「……何があったんです? 詩帆が怒鳴ってるの初めて見ましたけど、俺……」

 すると悠は苦笑しながら肩を竦めた。

「ちょっと僕、詩帆ちゃんを怒らせちゃって。ずっと怒られてたトコ」

 どうやら秋透の予想は後者が正解だったらしい。

 秋透は言葉を返す事なく苦笑を浮かべていると、悠が自嘲気味に笑った。

「まあ、百パーセント僕が悪いんだけどねぇ……。だから後でちゃんと謝ってくるよ。じゃあ、指導を始めようか?」

「……はい」

 

      *   *   *

 

「ふぅ~。よし。今日はこれでお仕舞い。秋透君も初日なのによく頑張りました」

 朗らかにそう微笑む悠の傍ら、数枚の《呪符》を手に、机に項垂れている秋透。

 ーーまさか明峰以上のスパルタ指導を悠さんがしてくるとは……。

 内心そう思いながら死にかけている。

 悠は半屍状態の秋透を横目に、端末機を取り出す。

 詩帆に電話を掛ける為にだ。

 しかし暗証番号を入力し画面を開くと、そこには一通のメッセージ受信のアイコンが表示されていた。

 パネルに触れ、アイコンを開くと、送信者は秀静である事が分かる。

【天野宮が第三訓練場で荒んでる】

 内容はそのたった一文。

 秀静が指す『天野宮』とは詩帆の事だ。

 彼だけは彼女を名字で呼ぶ。

 この内容を悠に送ってきたという事は、詩帆が腹を立てている原因が悠であると察したのであろう。

 三人はそれなりに付き合いが長い。

 それを考えれば秀静がそう判断したのも当然と言えば当然なのだ。

 何故なら、詩帆が他人に対して強く反応するのは、悠のみだからである。

 例えそれが喜びや、怒りであっても。

 詩帆は誰にでも分け隔てなく接する割りに、信用している相手にのみ本心を見せる。

 そうでなければ、目の前で人が死んだとしても、さして気に留めすらしないだろう。

 悠に対してのみ、と言うのは、物心付いた幼少の頃からの付き合い故にだろう。

 またその反応に、悠は悪い気はしないのだ。

 秀静からのメッセージを読み、悠は即座に返信をした。

 送り終えた事を確認してから端末機を仕舞い、椅子から立ち上がり秋透に言う。

「ごめん、秋透君。僕この後用事が出来ちゃって……。一人で帰れる?」

「勿論です。ここまでも一人で来たんですから」

「はは。それもそうだね。じゃあお先に」

「はい。ありがとうございました」

「うん。お疲れ様」

 それだけ言って、悠は足早に立ち去っていく。

 殆ど事情を知らない秋透はあまり気に留めず、悠から習った《呪符》についての復習を始める。

 それぞれ種類ごとに一枚ずつ悠から貰った札をまじまじと見詰め、頭の中で説明を再生する。

 秋透はその後十五分程、そのまま残っていた。

 

      *   *   *

 

 エレベーターを利用し、地上一階へと戻った悠はその足で詩帆の居るという《第三訓練場》に向かった。

 秀静の情報通り、扉の前に立ち室内を覗くと、《武器化》した鎌を振り回し、模擬演習用のホログラムキャスターとビープスを斬り刻んでいる詩帆の姿が見える。

 ホログラムの出現量と出現速度を最大数値に設定しているのだろう。

 広い訓練場がほぼ埋まっている。

 詩帆はその中で鎌を振るい続け、軽やかに敵の攻撃を受け流しては突き抜けていく。

 静観している事約六分。

 ようやくホログラム演習が終了し、敵は皆詩帆によって消し去られていた。

 鎌の先端を床に突き立て身体を支えている。

 視線を上に向け、呼吸を乱し、肩で息をしている詩帆。

 突然に手を上げ、鎌を悠に向かって投げつけてくる。

 悠はそれを避けず、防がず、ただ黙って眺めていた。

 鎌は悠に触れる直前に一瞬で消え、代わりに一言怒鳴り声を浴びせられた。

「何の用ですか!」

 そう怒鳴り付けた詩帆の表情は、怒っていると言うよりも、拗ねているように見受けられる。

 悠は苦笑しつつ、室内に足を踏み入れると口を開いた。

「昼間の事を、謝りに来た。……って、言ったら怒る?」

 それが紛れもない悠がここまで来た理由だった。

 しかし詩帆にはその内容がお気に召さなかったらしく、眉根を寄せるとふいっ、と背を向けて訓練場の奥に向かっていった。

「……別に。貴方に謝られるような事をされた覚えはありません」

 強情。

 いかにも彼女らしい態度。

 幼い頃から度々見せられてきた、詩帆なりの『我が儘』の一つ。

「じゃあ、君はどうして怒っているのかな?」

「別に怒っていません」

 この言い張り方も詩帆らしい。

 明らかに態度がおかしくとも、決してそれを認めない。

「いやいや。怒ってるのは確かでしょ」

 肩を竦めて悠は苦笑するが、詩帆は応えない。

 それを見かねた悠は、自ら本題を切り出す。

「……君との婚約を取り消すって言うのに、怒ってるの?」

「…………」

 無言は、肯定。

 詩帆は昼間の両家による話し合いの内容に腹を立てているようだ。

 ……と思っていたのだが、それだけではない事が詩帆の次の言葉で明らかになった。

「……どうして、反対してくれなかったんですか……?」

「うん?」

 悠が聞き返すと、詩帆は再び声を荒げた。

「だから! どうして婚約解消に反対してくれなかったんですか!!」

 成る程。

 確かに悠は婚約解消の話が上がった際に抗議をしなかった。

 その上、詩帆が口を挟もうとしたのに対して制止までした。

 それが詩帆の逆鱗に触れたのだろう。

 しかしそれは、悠の本意ではなかった。

「……君は僕が婚約解消を望んでいると、そう思ってるの……?」

「…………」

 詩帆はやはり、応えない。

 つまりそう思っているのだ。

 それに悠は一つ息を吐き、言う。

「誤解だよ。僕だって婚約解消はしたくない」

「じゃあ……じゃあ、何で……。『仕方がない』だ何て言ったんですか……」

 詩帆の言う通り、悠は両家の当主、つまり自分達の親に対して、親の言い分に同意した。

 それは紛れもない事実だ。

 ただそれは、語弊が含んでいたと言うだけで。

「……以前の天野宮次期当主候補は君の兄上だったでしょう? だから僕との婚約も可能だった。だけどその兄上が亡くなり、他に兄弟の居ない君を他家に嫁がせる余裕が今の天野宮にはないんだ。そんな状況下で、他国軍主家との縁談が持ち出されるのはそうおかしな話ではない。それに対して肯定しただけだよ、僕は」

「…………」

 納得のいかない様子の詩帆。

 彼女だって現状を理解しているだろうに、ここまで反発するのは悠にとっても予想外だった。

 詩帆の悠に対する執着が、それ程までに大きかったという事だから。

 悠は苦笑いを浮かべて、続ける。

「まあ、納得がいかないのは僕も一緒だよ。けど、僕に余裕があるのは、親の良いなりになるつもりがさらさらないから、かな」

「……?」

 詩帆は怪訝な表情で悠を見詰める。

 そんな彼女に悠はふっ、と微笑んで、更に言葉を紡ぐ。

「だって、僕は君を手放すつもり、全くないから」

 自信ありげにそう言った悠に、詩帆は呆気に取られていた。

 次いで、口を開く。

「……手放すつもりがないって……。本当?」

 その時の詩帆には既に怒りの様子はなく、キョトンとした表情で小首を傾げている。

 それに悠は、また微笑んだ。

「ホント、ホント。絶対に君を他の奴に譲ったりなんかしない。婚約解消なんてさせないよ。だって……」

 続きは、すぐ目の前で言いたかった。

 悠は詩帆に歩み寄り、目の前に立つと、真っ直ぐに詩帆を見て、言った。

「この世で君以上に欲しいモノなんて、ある筈ないから」

 瞬間、詩帆は目を見開き、顔を真っ赤に火照らせた。

 俯いたかと思うと、パッ、と顔を上げて、

「はい、ハルちゃん」

 そう言って、満面の笑みを浮かべた。

 つられて悠も笑い、詩帆の髪をすいた。

 悠と詩帆はその後暫く、一緒に過ごしていた。

 

      *   *   *

 

 その頃、秋透は自室の床に座り込んでいた。

 秀静に言われた通り、自主訓練をしているのだ。

 パッ、と目を開き、立ち上がる。

 対話は終了。

 今回はいくつかの知識を得た。

 それは対話についてと、《力》について。

 まず、対話には二種類、《心想世界》に入るか、意識を持ったまま声だけで話すかだ。

 また、前者の方が《シンクロ数値》の上昇幅は大きいのだと言う。

 もう一つは《力》の使い方。

 《力》の《武器化》によって生じる《波動》を制御し、武器に乗せて体外へ放出する戦い方もあるのだと言う。

 また、その方法を《波力攻撃》と言うのだそうだ。

 しかし、《波力攻撃》はコネクターの制御力に出力や放出速度が左右される為、《シンクロ数値》ではどうにもならないらしい。

 そしてアキト曰く、秋透には向かないとの事だ。

「あー、床でやるんじゃなかった……。次からはベッドでやろう」

 溜め息を一つ吐いてから、秋透はキッチンへと向かい、コーヒーを淹れた。

 苦味と甘さの入り交じったコーヒーを喉に流し込む。

 寝室に足を向け、ベッドに横になると秋透はすぐに眠りに落ちた。

 そのまま数時間、起きる事なくベッドに身を沈めた。

 

      *   *   *

 

 夕日の差し込む室内に、インターホンの鳴る音が響いている。

 秋透は一つ欠伸をし、眠い目を擦りながら玄関へと向かった。

 鍵を開けると、そこに居たのは既にお馴染み化した面々。

 もとい、詩帆、悠、秀静の三人と和真である。

「……どうしたんだ?」

「秋透。もう四時になりますので、夕食に行きませんか?」

「ちょっと早いけど、済んだらまた皆で遊ぼうって事になってね。どう?」

 いつかと同じこの光景。

 秋透は肩を竦めて苦笑しながら外へ出た。

 既に『いつも通り』と思えるこの日常。

 人間として生きてきた十四年間と少しを忘れかけてしまう。

 秋透は先日、人間を辞めた。

 家族も友人も置いて、ここに来たのだ。

 しかしそこで、また新たな仲間が出来た。

 守りたい存在がまた出来た。

 強くなりたい理由は、すぐ目の前にある。

 だからこそ、努力をしたいのだ。

 大切な存在を、今度こそ自分で守る為に。

 そんな決意を固めながら、秋透は四人に続き、自室を後にした。




〈第五章〉を読んでくださった皆様、いかがでしたでしょうか?
今章は投稿におけるトラブルがございまして、書き終える前に投稿してしまうと言う大失態をしてしまいました。
申し訳ありませんでした。
けれど若干急ぎめに書き終える事が出来、満足しています!
今後とも是非読んでくださり、また、感想など頂けたら嬉しいです!
まだ三名からしか頂けていないのが悲しいのです……。
どうか宜しくお願いします!
本当にありがとうございました!!
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