俺はその後、北門でみんなと合流した。みな、最初は俺の無事を確認してホッとした様子だったが、すぐさまその様子は急変した。泣き出す者、俯く者、立ちつくす者、反応はそれぞれだった。だが、その場にいる全員が事の重大さを受け入れきれないでいた。俺自身もそうだ。ひょこっと起き上がって「どうしたんだよ、みんな。早く次の冒険に行こう」そう言ってくれるような気がしていた。マナトは目を覚ますことはなかった。
一シルバー。葬儀にかかった値段だ。焼き場で五〇カパー、墓場で五〇カパー。人一人が死んで一シルバー。中古の武器すら買えやしない。…人の命って重いようで軽いのかもしれない。
「ビールもう一杯」
手を上げて一言。そうすると給仕女が無駄に明るい声で返事をする。周りがガヤガヤと喧しいので当然と言えば当然か。俺はここ、シェリーの酒場に来ていた。この世界に来た初日以来、初めての来店だった。普段俺は酒を飲まない。というか飲んだことがあるのかさえ分からない。とにかく今は飲まないとやってられない、そんな状態だった。
「いらっしゃいませー」
やっぱり無駄に明るいな、と思わなくもないが…どのみち、どうでもいい、と結論付けて陶製のジョッキに口をつける。
「…イサリじゃねえか」
「ランタか」
正直、一番会いたくない奴だ。みんなにはマナトの最後のことをしっかりと話した。負い目、と言えば生意気かもしれないが、事実、顔を合わせづらい。
「ミールはどうしたんだよ…」
「…宿」
「そぉか」
「………」
「………」
会話が続かない。続かせる気もないが。それはランタだって同じだろう。
「行くわ、俺」
「…待てよ」
立ち上がったところでランタに呼び止められる。
「どうすんだよ?」
「どうって?」
「決まってんだろ、そんなこと」
おそらく、というか確実に今後のことだろう。マナトは回復役であり盾役でもあり、リーダーでもあった。そんなパーティーの支柱を失った俺達はどうなるのか。きっとランタなりのSOSでもあったのかもしれない。俺はそれが分かったうえで、こう答えた。
「…分かんねえよ」
返事を待たずに立ち去る。速足で店の扉から出る。ふらりと、曲がり角を曲がる。勢いのままに酒場を出てきたから気がつかなかったが、足元がおぼつかない。酒は飲んだが酔うほどは飲んでいなかったはずだ。せいぜい二、三杯。俺はどうやら酒に弱いらしい。なんてどうでもいいことを考えて、転んだ。
「いてぇ…」
大して痛くないのに自然と声が出る。地面の冷たさが妙に心地いい。カララン、と金属の音がした。ふと、視線を向けると、短剣がそこにあった。マナトを殺した武器だ。
「…」
俺は無言で拾い上げると、刀身をじっと見つめた。磨き抜かれた刀身。澄んでいて、美しささえ感じられるような輝きを宿している。刃渡りは大したことはないが人を、生物を殺めるには十二分だろう。その刃は吸い込まれるようにして首筋に添えられる。次に手首、肩口へと移動していき、終いには心臓の前に突き立てられた。
「ちょうどこの裏、だったかな…」
俺は虚ろな目のまま、短剣を握っている手に力を込めた。
「ちょっと!何してるの!!」
突如、響き渡った怒鳴り声に俺は反射的に剣先を下ろした。
「今、何しようとしてたの?」
目の前にいたのはあの女性。しかし、その姿は今まで俺が見た女性の印象とはまるで違っていた。大きく肩を上下に揺らしながら息を荒げている。普段の冷たすぎるほどの冷静さは欠片もない。
「何って…」
何をしてたんだ…。はっきり言うと自殺しようとは考えていなかった。というかする度胸もない。とは言えあのまま剣を下ろしていたとも考えられなかった。
「…ふざけないで」
「え?」
「ふざけないで!」
正面向いていたはずなのにいつの間にか右側に視界が強制された。左頬にほんのりと熱を感じる。すぐさまピリピリした痛みが追いついてきた。一瞬何をされたのか分からなかった。だけど明確に殴られたんだと分かる。何故?どうして?思考が追いつかない。
(なんで目の前の女は俺のことを殴った?なんで、なんで――――)
殴られたことに対する怒りが湧く。沸々と。俺は声を荒げ、怒鳴り散らそうと女の顔を睨めつける。そこで動き出した思考が再び止まることになる。
「……………っ」
「最低」
泣いていた。今度こそ意味が分からない。この女には俺を殴る理由があっても、泣く理由なんて何もないはずだ。なのに、どうして…。
「…どうして」
「うるさい!」
どうしてなんだろう。俺なんかよりずっと辛そうだ。ずっと悲しそうだ。
「…私はあなたを許さない………絶対に……」
目を擦り、真っ赤になりながらも、はっきと言い放った。さっきの怒りなんてどこかへ飛んで行ってしまった。何を許さないのか、とか。そもそも許す、許さないを決められる権利なんてないだろう、とか。そんな考えなんて湧かなくて。ただ、この子は何故泣いているのか。その理由が知りたかった。だけど、目の前の子は待ってなどくれない。すぐにこの場を立ち去ろうとしている。立ち去ってしまう。このままでは。
「待って!」
考えるよりも先に口が動いていた。彼女はその場に立ち止まり、顔だけをこちらに向ける。既視感を感じる気がしたが今はそれどころではない。すぐにでも言葉を続けないとこの子は立ち去ってしまう。そう思う。それは経験則か、直感か、よく分からない。でも確かだ。
「話し、聞いてくれない?」
「…」
一瞬、意外そうな表情を見せたと思ったらすぐに真顔に戻る。しかし、顔を背ける事はない。これは話せ、ということだろうか。そうでなかったとしてもそう解釈することにした。
そして俺は名も知らない彼女に全てを話した。不思議なことに抵抗はなかった。彼女は最後まで表情一つ変えずに聞いてくれた。相変わらず、冷たい瞳で。