真っ暗な闇に染まった空に浮かぶ赤い月。グリムガルにやって来て何日たっただろうか。いつの間にか数えるのをやめていた。いつからやめたんだったっけ…。もう、赤い月にも慣れた。
「イサリ」
ボロ宿の外に設置された共同のテーブル。備え付けのかまどに火をくべる。なかなか寝付けない時に俺はこうして夜風にあたりに来る。ひやりと肌をさす風に多少肩を振るわせながらも温かい液体を口に含む。なんだかんだ言ってこういう時間が好きなんだ。
「…マナトか」
「まだ起きてたんだ」
マナトの顔は薄っすらとだが赤みがかっていた。おそらく飲んでいるのだろう。マナトはこうした地味な努力をして情報を得ているのだ。ド貧乏な俺達にとっては酒代だって高価なはずなのに…。
「いつも悪いな」
笑いながら大丈夫だと答えるが、大丈夫なわけないだろう。マナト一人にだけ負担を掛け過ぎていないか、ふと考えてしまう。
「…わりとすぐ慣れるもんだね。こういう生活も」
「そうだな」
マナトのコップにお湯を注ぎ、差し出すと「ありがと」と短い返事が返って来る。
「俺、嫌いじゃないみたいなんだ。だから飲みたいっていうのもあったんだと思う」
「…そっか」
特に示し合わせたわけではないのだが、二人して空を見上げる。
「…イサリ」
「なんだ?」
「イサリは、さ。他のパーティーとか入らないの?」
「突然だな」
「ごめん。ちょっとハルヒロに言われてさ」
そう語るマナトはちょっと寂しそうだった。なんとなくレンジに誘われたときのことを思い出した。
「で、どう答えたんだよ、マナトは」
「…考えたこともないって」
「俺も同じだ」
「…そっか」
事実、このパーティーに入ってからはない。レンジたちのパーティーには少し興味はあったが、それでも今更変わる気もない。
「なんとなく、俺はみんなに…仲間扱いしてもらえる人間じゃない気がするんだ」
「………」
どろりとした感情。ほんの一瞬。勘違いと言われればそれまで。だが、今、マナトからそんな感情が見えた。ゴブリンを、生き物を殺める時に似た、あの汚い感情が。
「そんなことない。……とは言い切れないよね」
「……………あぁ」
「俺たちはさ。なんだかんだ言ってお互いのこと、何も知らないんだよ」
「…そうだな」
そうだ。長い時間を過ごしたようで俺たちは出会って数十日。まだまだお互い知らないことだらけの他人でしかない。
「良いパーティーになってきたと思わない?」
「え?」
「これからなんだよ、イサリ」
マナトの言う通りだ。これから、これからなんだよ、俺たちは!…これから…これからなのに…。
「もっと、みんなのこと―――――」
「え?マナトなんて?」
俯いた顔を上げるとそこには誰もいなかった。ただメラメラと炎が揺らめいていた。
……俺ももっと知りたかったよ。マナトのこと。
どんなことがあっても必ず朝が来る。今回も例外なく朝が来た。眩しい光が寝ぼけている俺の瞳孔を刺激する。ペチペチと叩かれている気がするがこれはミールだろう。
「起きろ、イサリ。朝だぞー、コケコッコー」
「ランタ…うざい…」
なんだとー、という喧しい声が聞こえるが朝からランタの相手をしてやれるほど寝起きがいいわけではない。同様に長い鼻を必死に左右に振って俺をペチペチ叩く珍獣の相手もしていられない。
「イサリ、ちょっと早いけど北門前に来てくれない?」
「なんで?」
「なんでっていうか…とにかく、さ」
「いや、どの道みんなで行くし」
「と、とにかく来て!」
ハルヒロの強引さにも驚いたが一番の違和感はランタだ。こいつが黙って準備してやがる。嫌な予感しかしない。と思いつつも行かないわけにはいかないので仕方なく準備する。
(昨日の今日でダムローか…)
そう思わないでもないがいつまでもくよくよしているのはダメだというこいつらなりの気遣いなのか、そう考えてみると拒否する理由はない。
「ユメ、それにシホルも」
いよいよ何を企んでいるんだこいつら。モグゾーは朝飯をつくっているからいつも通りだが、この早い時間帯に全員いるなんて普段じゃ考えられないことだ。
「突然どないしたん、ハルくん」
こいつら全員グルかと思ったがそうではないらしい。見たところシホルとユメは事情を把握してないようだ。抱えていたミールを地面に下ろし腰掛ける。それと同じタイミングでモグゾーが朝飯を運んできた。当然だが六人分である。
「いや、それは…」
俺の時と同様に口ごもるハルヒロ。それを見かねたのかどうかは分からないがランタが口を開く。
「とにかく、北門まで行けば分かんだよ。っと、時間ねえぞ」
もはやフォローにもなっていない横暴な発言だったが、俺としてもこいつらに聞くより北門に行った方が早いと判断し、朝飯を食べ始める。ユメもシホルも納得はしてないようだが朝食に手をつけ始めた。
定刻通りなのかはさて置き、北門に到着した。そこで俺は絶句することになった。
「…あなたは」
俺だけではない。相手もだ。相手、詳しく言うなら青と白の特徴的なデザインの神官服に身を包んだ女性。手入れの行き届いている青い長髪。一目見ただけでモノが違うと誰だってわかるオーラ。こんなに綺麗な女性を俺は知らない。いや、知っている。知っているんだ。この女性は俺が何度も会ったことがある、あの女性だ。そりゃそうだ。あんなことがあった昨日の今日で再開すれば絶句くらいするものだ。
「え、イサリの知り合いだったの?」
「い、いや…名前も知らないし」
知り合いと言っていいものだろうか。数回しか会ったことないし、名前も知らない。迷った末に出た答えは否定的な言葉だったがそれでよかったのかもしれない。
「というわけでぇ!神官のメリイさん、はい、拍手………っ!」
どういうわけなのかさっぱり分からないが、ランタもランタなりに気を遣ってのことなのだろう。仕方ないと思う。こちらの戸惑いもあるが、何よりもメリイという名の女性の目が冷たかった。普段からそういった印象を持っていた俺ですら息を飲むほどに。
「…そう、このパーティーのことだったのね」
視線に射抜かれる。比喩のはずなのに胸に痛みが走ったような気がした。
俺はこの瞬間、念願だった彼女の名前を知った…。