灰と幻想に生きる少年   作:いろすけ

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level.14

 オルタナの市街地から少し離れた場所。人気は全くなく、それどころか建物すらない。まさしく荒野と形容するに相応しい。そこに俺たちはいた。

 

「イ、イサリ、マズいって」

「そ、そうだよ」

 

 とは言うが、もう遅い。俺の目の前にはすでに一頭の獣がいる。すごい迫力だ。睨み殺されることって本当にあるんだろうか。あったらとっくに殺されてる気もするが…。

 

「来い」

 

 レンジの言葉と同時に腰の剣を抜き取る。その剣は今までの短剣とは違う。具体的にどこが違うと言うと、リーチだ。長刀と呼んで支障ないほどの刃渡り。しかし、刀身に歪曲は一切見られない。日本刀というより忍者刀に近い一振り。斬ることより、突くことを目的としたそれ。まさか実戦初の使用が対人戦になるとは俺自身、思いもしなかったが。

 

「…ふぅ」

 

 一つ息を吐き、レンジを見据える。チャキリという金属独特の音を響かせ、静かに構える。対するレンジは戦士の武器なのだろう、大剣を構えてみせた。

 

「行くぞっ!」

 

 言い放った直後、いや、同時。俺の持てる限りの最速の一手。弾丸のように飛び出し、その勢いのまま突き刺す。シンプル故に有効な打突。

 

 ―――キイイィィィン。

 

 コンマ数秒遅れで耳を劈く金属音が聞こえる。防がれた、そう思った時にはすでにレンジは次の手に移行していた。

 

「ぐ、がはぁあ」

 

 空気と血が混じり、腹の底から口外へ排出される。レンジは片腕で俺の一突きを受け止め、もう片方の手で腹部を殴った。単純な手はお互い様だが、何もかも違い過ぎる。当然の如く、レンジの追撃は終わらない。俺はどうにか体を捻って回避すると、一瞬、レンジに隙が生まれた。

 

「ちっ」

 

 しかし、俺は追撃をせずに一度距離をとる。ハルヒロとランタが何かを言っているが理解するに及ばない。それくらいギリギリで余裕がない状態だった。

 

「臆病なだけはある」

「……」

 

 レンジはそう言うと大剣を両手で持ち直した。

 今のは確実にわざとだ。レンジはわざと大きな隙を作った。狙いは恐らく、カウンターのカウンター。毎回そんな芸当ができるとは到底思えないが、それでも迂闊にカウンターが出来なくなってしまった。一瞬の判断が命取りになる打ち合いの中、確実にブラフとそうでない隙を見極めるのは不可能に等しい。

 

「いやらしい手だな」

「ふん、来ないならこっちから行くぞ」

 

 レンジの大剣が襲い掛かる。それはとても大剣とは思えない速さで迫りくる。俺の長刀の刀身は細い。リーチこそ伸びたが、大剣を受け止めることが出来る耐久力があるようにはとても思えない。つまり、俺には避ける以外に手はない。バックステップ、ほとんど条件反射で大剣を躱す。

 

「ミール、氷結球(アイスグローブ)!」

「きゅい!」

 

 レンジの真後ろ、そこに突如ミールが現れる。無数のつぶてがレンジめがけて襲い掛かる。前には俺、後ろには無数のつぶて。完全に前後をとった!そう確信した。

 

「甘い!」

 

 ありえない。いや、実際に目の前で起こったからありえるのだが。レンジは前方に踏み込んだ体制のまま真横へ跳んだ。当然、勢いは足りず、飛距離も足りない。しかし、レンジは空中で大剣を地面に突き刺し、その大剣を支えにして空中で移動を行ってみせたのだ。目の前にはミールが放った氷のつぶてが――。

 

「んな馬鹿なことしねえよ」

 

 レンジに突き刺すはずだった長刀を伸ばしきる。一瞬の邂逅の最中、レンジは俺の行動の真意を測りかねているように感じた。

 

「きゅーーーい」

 

 ミールが吠えた。瞬間、迫りくるつぶてが長刀に纏わりつく。一瞬で刀身全体を覆い、生じた冷気で息が白くなる。己自身がエレメンタルを使役していない猛獣使いのみが扱える特殊な技。属性付与(エンチャント)。氷を纏った長刀は一回り大きくなった。大剣にも負けないであろうリーチを持って俺はレンジに斬りかかる。右肩、右肘、左膝と恐ろしいまでに正確な関節を狙った突き。三回の金属音ののち、二人の間に距離ができる。

 

「思ったよりやるな」

「そりゃどうも」

「…!」

 

 この戦いが始まって初めてレンジの表情が変わる。確かに俺の三連突きは防がれた。だが、レンジの持つ大剣には異変が生じていた。

 

「…なるほど。氷結魔法は名前だけではないようだ」

 

 大剣の表面、それも俺の長刀と打ち合ったところだけ凍っていたのだ。別に斬れなくなるほどでもなければ、ましてや戦闘ができなくなるような影響はない。しかし、もしこれがずっと行われたら?最悪、そのような状況になってもおかしくはない。

 

「…おもしろい」

 

 大して焦ったような表情は見せない。でも普通の人間ならなるべく早く決着をつけようとするだろう。それはレンジとて、同じなはずだ。そのほうが俺にとっても都合がいい。

 

「どうした?ビビッたのか?」

「黙れ」

 

 予想に反してレンジは速攻を仕掛けてこない。こいつの性格なら間違えなく、踏み込んでくるものだとばかり思っていたのに。

 

「来ないならこっちからだ!」

 

 連撃が駆ける。それを防ぐことを諦め、躱すことで凌ぐレンジ。傍から見れば最初とは真逆の状況。俺が押しているように見えるのかもしれない。状況はそうだ。間違いなく俺が押している。なのに余裕な表情をしているのはレンジの方だった。反するように俺の顔には焦りが浮かぶ。

 

「やはりか」

「…お前」

 

 こいつ、気づいてやがる。属性付与の弱点に。

 属性付与の弱点、それは持久力。冷静に考えれば分かる話だ。属性付与のように常に魔力を消費する技が長時間持つはずがない。ましてや他の魔法との同時使用など持ってのほかだ。それくらい負担のかかる作業をミールは行っているのだ。

 攻め続ける。相手に焦りが生まれない以上、そうする他ない。しかし、なかなかレンジを捕らえることは出来ず、三分近くの時が流れようとしていた。

 

「そろそろか?」

「まだだ!」

 

 俺も意地だ。とはいえ残り時間はわずかだ。どうにか突破口を開かないとジリ貧は免れない。

 

「………っ!?」

 

 動揺した。当然だ。今まで避けに徹していたレンジが踏み込んできたのだ。咄嗟に防ごうとするが武器の強度が違い過ぎる。このままでは押し切られる。そう思った俺は一つの違和感に気づいた。

 

(あれ………?まだ、踏み込んでない…………?)

 

 レンジはまさしく踏み込もうとしている。だがおかしい。見えるのだ。レンジの踏み込む位置が、タイミングが。そして分かる。攻撃のイメージが。攻撃より先に。

 体が勝手に動いていた。正確には考えて動かなかったということなのだが。とにかく俺は大剣が到達するより前に回避行動を行っていた。レンジの動揺が伝わる。動きを読まれたと言って相違ない。むしろ冷静なくらいだ。俺はそのままレンジの脇腹に長刀の切っ先をねじ込んだ。

 

「ちっ」

 

 ガッ―――――。

 

 渾身の一太刀は届かなかった。いや、確かに横腹をかすめただろう。しかし、それだけ。レンジは凍った横腹のことなど気にも留めず、大剣を再び振り下ろす。

 

「くそっ!」

 

 絶対の自信を持った一撃は同時に絶対の隙になる。当然レンジに反撃する隙を与えるには十分だ。だからといってどうすることもできない。迫りくる大剣をやけに遅いと感じながら、それを防ぐ手段は俺にはなかった。

 

 ゴッ――――――。

 

 鈍い音。思わず耳を塞ぎたくなるような、そんな気持ちの悪い音が頭の中に響いて消えた。

 初めから分かっていたことだ。全員が全員、予想していたことだろう。とにかく俺はレンジとの勝負に負けた。そう考えたところで意識が途絶えた。どうしようもなく、完敗した。

 

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