目を覚まして一番初めに視界に入ったのは空だった。先程は真っ黒だったはずの空が明るい。真っ青、という表現はあまり良いイメージを与えない場合が多いが今回は違った。澄み渡った青さが心地いい。
「…ぁぅ」
なぜだろう。声が聞きこえたような気がした。爽やかな風を感じながら声の発信源に視線を傾ける。すると、そこには顔があった。小さい。俺も人のことを言えないが、それでも小さい。ベンチらしきもので横になっている俺と目が合うくらいだ。いや、もちろん多少は屈んでいるのだろうけど、それを差し引いても小さい。
「…小さい」
ボソリと呟いたつもりだったが、真隣にいた少女には当然聞こえたようだ。
「…ゃぁっ」
怒ったわけではないと思う。どちらかというと驚いた感じの声を上げ、後ずさった。後ずさって初めて気がついたのだが、小脇にミールを抱えていた。小脇といってもこの子が小さいせいか、結局のところ抱きかかえるような体制になってしまっている。ミールは別にそこまで大きくないし、どちらかと言えば小さい方だろう。そのミールが多少なりと大きく見えるのだから、きっとこの子はかなり小さい。
(あ、この子、知ってる…)
この子は俺と同期の子だ。一番初めにこの世界にやって来たときにいた子だ。そこまでおぼろげに考えたところでようやく思考が覚醒した。
「って、レンジは!?」
「やっと起きたか」
飛び起きた衝撃でチビちゃんはすっ転んだけど、俺の意識は声をかけてきた方に移された。
「昨日は大変だったな」
「まさかレンジとケンカするなんてね」
丸刈りの男と色っぽい女。どちらもチビちゃん同様、同期であり、レンジのパーティーメンバーだ。確か、ロンとサッサとか呼ばれていた気がする。
「俺、どんだけ眠ってた?」
「一晩だな」
淡々と告げたロンの言葉に絶句してしまう。いくら本気の決闘とはいえ気絶、それどころか一晩中目覚めないほどの攻撃って…慈悲のかけらもないじゃねえか。
「でもあのレンジといい勝負するなんてアンタ、やるじゃない」
あれがいい勝負に見えていたのだろうか。俺には最初から最後まで弄ばれていたようにしか思えなかった。そもそもそんなことは戦った当人同士にしかわからないことなので一々口には出さないが。
「つーか、一日面貸せ、だったか?レンジは何を考えてるんだ?」
「それは俺らにも分かんねーよ」
考えられるのは…………どうしよう、何一つ思いつかない。肉体労働ならロンとレンジでこと足りるだろうし、雑用なんて理由で喧嘩を吹っかけてきたとも思えない。一体何なんだ?
思考の海で溺死しそうになる寸前、かけられた声によりなんとか意識が返って来る。その声の主はロンでもサッサでもない。ましてやチビちゃんでもない。
「…レンジ」
「…」
「会うのは昨日を含めれば三回目だな。初めましてアダチだ」
レンジと、隣にいる黒縁メガネのいかにも賢そうな男、アダチがいた。丁寧なあいさつに若干驚きつつ、簡単に名乗っておく。周りはどうやら俺の名前を知っていたようだが、念には念だ。
「行くぞ」
「行くって?」
ごく自然な流れで言ったぶっきら棒な言葉を反射的に質問で返してしまった。状況も全く飲み込めないし、当然な疑問だと思ったがレンジにギロリと睨まれる。いや、レンジ的には睨んだつもりはないのかもしれないが如何せん怖い。怖すぎる。きっと誤解されることもあって大変なんだろうなぁー、など心底どうでもいいことを考えているとレンジが口を開いた。
「オーク狩りだ」
「オーク?」
いや、わざとじゃないよ、マジで!だって俺は目的以前に状況さえ飲み込めていなんだから、レンジさんがいささか横暴すぎるだけで、ねえ?
一瞬だか、長時間だか、わからないが沈黙が流れた。それを見かねたアダチがレンジの代わりに答えてくれた。
「オークっていうのは人間よりやや大柄の種族さ。ややって言っても横幅がある分実際はもっと大きく見えるけど。知能も高く、人間とさして変わらないレベルの文化水準を持っているんだ。不死王(ノーライフキング)亡き今、辺境でもっとも栄えている種族と言っていいんじゃないかな」
「…へぇー」
なんというか、思った通りというか。アダチは見た目通りの博識だった。ここまで見た目とのギャップがない奴もいない、と思ったところで周りに目をやると、レンジが目に入った。…ああ、いたわ。
結局のところレンジたちについて行けばいいと判断した。オーク、おそらくこれから狩るであろう生物の名を呟きながらそっと武器に触れてみた。ミールは相変わらずチビちゃんに抱えられたままだが、特に嫌がるそぶりもしていないのでそのままにしておいた。
まず俺が感じた印象はデカい、そしてグロい。そりゃそうだ、だって今までゴブリンしか相手にしてこなかったんだから。目の前にいる二頭のオークはシュッとかバッとか変な言葉を発しながらこちらに向かってくる。
「お前は見ていろ」
「…了解」
まあ、言われなくても手は出しませんがね…。オークの見た目はとにかくグロい。緑色の肌、潰れた鼻。耳は意外にも小さく、代わりに尖っているのが特徴だ。極め付けには髪の毛は真っ赤に染まっているし。この髪の毛は個体によって色は違うらしい。兎にも角にも緑の肌に派手な髪色は何とも言えないコントラストを醸し出していた。醜悪とはよく言ったものだ。
「アダチ」
「分かった」
レンジは、というよりレンジたちは総じてレベルが高かった。サッサの高い索敵能力で敵を見つけ、ロンとレンジが前衛を引き受ける。アダチが魔法で援護すれば、レンジが、ロンが確実に獲物を仕留める。万が一のことがあればチビちゃんが確実に傷を治す。とてもじゃないが付け入る隙はない。それどころか援護する隙だってないように感じた。
「次行くぞ」
レンジがオークの首を刎ねるなり、そう宣言する。完璧、少なくとも俺にはそう思った。
ふと、一つ思ったことがある。アダチとレンジのコンビネーションだ。アダチが敵の動きを魔法で封じ、レンジが叩き込む。いたって単純な手だ。それが何故か、俺とミールに重なって見えた。アダチがたまたま氷結魔法の使い手だったからかもしれない。
「ジール・メア・グラム・フェル・カノン」
一切の迷いなく読み上げられた呪文。氷結魔法だ。俺はパートナーのミールが扱うので詠唱は必要ないが、人間ならば行わなくてはいけない必須事項だ。それは確実に敵を先読みして、放たれる。青いエレメンタルが地を這うように移動し、オークの死角から脚に絡みつこうとする。しかし、オークは読んでいたのか横っ飛びでそれを回避する。アダチの魔法も負けてはいない。まるで意志を持った生き物のように、いや、エレメンタルは生物だったか。とにかく精密かつ複雑な動きでオークを追撃する。オークはそれを躱そうとしたところで…首が飛んだ。レンジだ。アダチがオークの意識を逸らしている間にレンジが接近。そのまま一撃で仕留めてしまったのだ。
すごい。純粋にそう思う。そして同時に、俺たちとは異なるスタイルだと感じた。いや、正確にはこんな戦い方もあるんだと思い知らされた。そっちの方が近い気がする。
「…後ろから二匹」
感心ばかりしていられない。ここは戦場だ。パーティーの死角である真後ろからの奇襲。どうやら相手もかなりやるようだ。
「やるか」
「きゅきゅい」
咄嗟にチビちゃんとサッサを下がらせ、オークを迎え討つ。オークが所持しているのはレンジと同じような大剣。しかし太刀筋は比べ物にならないくらい遅い。さすがのオークもあんな狂戦士と比較されては堪ったものではないだろうが。
「…っ」
体をしならせ、難なく攻撃を躱す。後ろにまわり込もうとすると勢いよく横っ飛びをして回避してくる。その間に二匹目が…!
「おらおらおらおらおらおらぁ!」
獣のような咆哮をあげ、オークに斬りかかるロン。オークの変な鳴き声より、よっぽど獣らしい。何はともあれ一匹は任せて大丈夫そうだ。
「はぁ!」
負けじと、というわけではないのだが、自然に声が漏れた。ほとんど同時だった。抜刀した長刀が冷気を帯びる。一太刀、二太刀と刀身が伸びる。そのうちの一発がオークの左肩を抉った。
「ギャオ」
傷口から鮮血が溢れることは決してない。それは防がれたとか、浅かったなどの理由ではない。凍ったのだ。氷結魔法の一太刀は切り裂いた傷口さえも氷で覆う。もちろん表面だけでなく、内部もだ。抉った際の一瞬でオークの左肩が、いや、正確には左肩の関節が凍った。もう左腕は満足に動かせないだろう。関節とはそういう風にできているのだから。
「凍った地面って滑りやすいよな」
「ファッ!」
俺の言葉に反応したのかは分からないがオークは戸惑ったように感じた。だが、遅い。すでにオークの周辺は完全に氷に埋め尽くされている。属性付与を行っている最中は他の魔法は使えない。それに変わりはない。だが、予め凍らしておいた場所に誘導することはできる。
アダチいわくオークは知能が高いらしい。だからこそ、足元が凍れば不用意に動かなくなる。賢い故の致命的隙。
「ギャオオォォ」
慌てて振りかざした一撃を冷静に避け、後ろに回る。瞬間、オークの首を一突き。二、三秒だっただろうか。とにかく短い時間で首元が凍り始める。あとは簡単だ。暴れ、四方を滅茶苦茶に攻撃しているオークを無視して、長刀を引き抜く。何度も言うようだが出血はない。そして、凍ったものは割れやすいのが常というもの。
「悪く思うなよ」
斬るというより殴るに近かった。力任せに振るわれた一撃。それでオークの首が砕けた。
ゴブリンより数段強い。でも倒せない敵ではない。そう思った。
その日は結局、あと何匹かオークを倒して終了した。俺はこの一日で多くのことを学んだ。索敵、連携、指揮、魔法の使いどころ、一対一の戦闘など上げ出したらキリがない。俺にとって充実した日であったことは間違いないだろう。そしてふと、思う。結局なんのために俺を連れてきたんだ?その答えは分からなかった。
「おい」
「な、なんだ?」
オルタナに帰ってきたところで相変わらずぶっきら棒な声で話し掛けてくるレンジ。声をかけたと同時に懐から取り出したものをこちらに投げる。
「…これは?」
金色に輝くそれは見間違うはずもない、金貨だった。
「どういうつもりだよ。俺はお前に負けた。これは俺が勝った時の賞品だろ?」
目を細め、レンジを睨むと倍近い威圧感を含んで睨み返される。一度薄く笑うと、一言だけ続けた。
「マナトがくたばった見舞いだ、取っておけ」
その一言で俺はどうしてレンジがこんなことをしたのか分かった気がした。思えば最初からおかしかったのだ。一ゴールドというタイミングの良さ。偶然なんてうまい話があるわけない。レンジはどの道、俺に渡すつもりだったのだろう。そしてそれを命じたのが当然……。
「勘違いしているようなら訂正しておく」
「…………」
「最初にかけた言葉は変わらん。それだけだ」
夕日に照らされて輝くレンジの後姿はものすごく遠い気がした。その距離は実力差だけではない、あまりに遠い、差を見せつけられた。不思議とイライラはいつの間にかなくなっていた。
いやー、レンジがイケメンでした。
原作と大きく変えてみました。
いかがだったでしょうか?
こんな感じでちょくちょく変えていきますのでよろしくお願いします。
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