一日ぶりの宿舎だ。こんな汚い宿でもベンチよりはマシだ。昨日それがよく分かった。もう全身が痛むあの思いはしたくない。
帰って来るなり早速ハルヒロたちと出くわした。夕刻ということもあり、ちょうど晩飯の支度をしているところだった。
「イサリ、大丈夫だったのか!?」
「イ、イサくん!心配したんやでな」
「け、怪我はない?」
なかなか喜ばしい出迎えだった。そりゃ、レンジにボコられ、連れ去られたわけだから当然か。
それでも心配してもらえるのはやっぱり嬉しい。ハルヒロにユメ、シホルにモグゾー、あのランタまで血相変えて飛び出してきたほどだ。
「その、みんな。…ごめん!」
帰って来るなり突然の謝罪にみんな呆然としている。でも俺は謝りたいことがあった。何も言わずに勝手かもしれないけど、とにかく謝ろうと思っていた。
「な、なんだよ突然気持ちわりぃーな」
「…大丈夫」
「まあ、心配かけたのはちょっと反省してほしいけどなぁ」
「いや、それもなんだけどさ…」
もちろん心配かけたのは謝りたい。けど、今のは少し違う。
「俺が謝りたいのはさ。みんなのこと考えてなかったな、って」
「…そんなことない、と思う」
ボソリと。意識していないと聞き取れないくらいの本当に小さな声で、でも確かにシホルは言った。肩を震わせ顔を俯かせている姿はいつも通りのはずなのに、いつもより力強い。
「…だから……その、謝らないでほしい」
どうやら酒場のことをハルヒロたちが話したらしい。先手を打たれた。こっちもそれなりに覚悟して来てるっていうのに。あーあ、これじゃあ、考えてきたことが全部無駄になったじゃねーか、馬鹿。
「そうだよ。イサリはみんなのことを考えてくれてる。だから謝る必要なんかないんだって」
「うん」
「まあ、そうなんじゃねーの」
ランタの憎まれ口は相変わらずだが、俺も俺だ。どうやら難しく考えすぎていたみたいだ。
「ユメたちな。ちゃんと話し合ったんやけどな。メリイちゃんとも仲良くしようと思うんよ」
「いつまでも五対一じゃさ、馴染めるものも馴染めないだろ?」
「僕らもメリイさんに冷たかったかな、って」
そうだ。今すべきことは決まってる。誤ることじゃない。メリイと仲間になることだ。やることが決まると不思議と落ち着いてきた。こいつらとならいいパーティーになれる気がする。そんなこと絶対口には出さないけど。
「早く飯食おうぜ!飯!」
「もう、アホランタ。今せっかくいい雰囲気やったのにぃー」
「うっせーぞ、ちっぱい!」
「ちっぱいゆうな!」
「ちっぱいちっぱいちっぱいちっぱいちっぱいちっぱいちっぱいちっぱいちっぱいちっぱいちっぱいちっぱいちっぱいちっぱいちっぱいちっぱいちっぱいちっぱいちっぱいちっぱいちっぱいちっぱいちっぱいちっぱい」
ランタとユメの言い争いを無視して朝食を食べ始める。俺だけじゃなく、ハルヒロもシホルもモグゾーもだ。もう、慣れたからな。
メリイと打ち解ける!モグゾー特製のスープを啜りながら心の内でひっそりと目標を掲げた。
「ちっぱいちっぱいちっぱいちっぱいちっぱいちっぱいちっぱいちっぱいちっぱいちっぱいちっぱいちっぱいちっぱいちっぱいちっぱいちっぱいちっぱいちっぱいちっぱい」
「うっさい!アホランタァァーーーーーー!!!!!」
成果を報告しよう。全然歯がたたなかった。
主に女子中心で話しかけているのだが…。
「メリイちゃん、朝何食べてきたん?」
「適当に」
「義勇兵になって、どのくらい、なのかな?」
「さあ」
といった具合に相手にされない。もちろん俺も話しかけたが、相槌どころか反応さえしてもらえなかった。どうやら思っていた以上に嫌われているらしい。心当たりは、なくはない…けど。
とはいえ、ずっとこのままなわけにはいかない。難しいことなのは初めから分かっていたことだ。諦めたら絶対にダメだ。
「まさか、またここに来るとはなぁ…」
「やあ、来たようだな」
いつも通り、待ち構えていたように声をかけるアクス師匠。俺は再び猛獣使いのギルドに来ていた。理由はもちろん、メリイのことについだ。
「あんたがレンジと知り合いだとは知らなかったよ」
「ふっ、期待のルーキーだ、彼に近づかないなんて情報屋失格だろ?」
「さすがだな。回りくどいやりかたも情報屋のスタイルか?」
「悪いがそういう性質なのでな」
俺の皮肉もどこ吹く風。飄々としていやがる。このまま口論になっても勝機はないので早々に切り上げる。俺は握っていた金貨をアクス師匠に向かって投げた。
「金額は変わってないよな?」
「当然だ」
ニヤリと笑ったのかは、黒いローブに覆われているので定かではないが、そんな気がする。相変わらず不気味な人だ。いつの間にか床を這っていた蟒蛇(うわばみ)を撫でながら話し始めた。
「ふっしゅるるるぅぅぅぅぅぅぅ………!」
サイリン鉱山第五層。暗い洞窟の中、獰猛な獣の声が響き渡る。白黒斑の超大型コボルド。幾多の義勇兵を手にかけたことで、ついた名がデッドスポット。体長は通常のコボルドとは比べ物にならないくらい大きく、速い。そんな怪物にメリイとその仲間たちは出くわしてしまった。逃げるべきだった。実際、その機会もあった。
「手下のコボルドからだ!」
リーダーのミチキが指示を飛ばす。その指示通り、神官のメリイと盗賊のオグが手下と戦い始める。魔法使いのムツミが的確な援護してくれるおかげで二人はずいぶん楽に戦えていた。その間、デッドスポットだってボーっとしているわけではない。戦士のミチキとハヤシの二人が交代でデッドスポットの猛攻を凌ぐ。そうこうしている間にメリイたちが手下のコボルドを倒してくれた。残るはデッドスポットだけだ。いける!そう確信した。けど、思えばきっとこの時逃げるべきだったんだと思う。今となっては後の祭りでしかないが。
「グルルルルゥゥ………!」
恐ろしい咆哮。直後、デッドスポットの目の色が変わったような気がした。ただでさえ恐ろしい双眼の輝きが増す。一瞬だった。ハヤシが吹き飛ばされ、気を失った。一番最初はオグだった。次にムツミ。ハヤシが気を失っていたのは三十秒そこらだろう。けどその間に二人殺された。ミチキは満身創痍だ。片腕をやられ、今にも倒れそうだ。
「メリイィ!早くミチキを!早く!」
ハヤシは必死に叫んだ。おそらく生涯で一番。しかし、メリイは反応しない。いや、何かを言っている。ハヤシの叫び声に霞んでいるが、何かを叫んでいる。
「メリイィ!!!」
叫び声の中、確かに聞こえた。今にも消えてしまいそうな声で。
「―――ごめんなさい、ハヤシ、ごめんなさい、私もう、魔法が」
絶望的だった。そんな中、ミチキの声が聞こえた。こんなにも音が交錯している状況でよく聞き取れたと思う。たぶん、本能的に聞き分けたのだろう。
「行け!逃げろ!」
はっきりと聞こえた。だが、何を言っているのか理解できなかった。だって、それはあまりにも受け入れがたい事だから。
「いやぁ!そんなことできない!」
メリイが泣きながら叫ぶ。それは今まで彼女に接してきた者ですら聞いたことがないような悲痛な叫びだった。
「ハヤシ…頼む…」
その言葉でハヤシは自身のすべきことを理解した。ミチキのもとへ駆け寄ろうとしたメリイを止める。メリイは喉が潰れそうな勢いで叫び続ける。その言葉には止めるハヤシに対しての言葉も含まれていた。ハヤシはメリイを連れて逃げた。約一日かけてオルタナの街に帰還した。
メリイはこの日三人の仲間を失った。そして同時に笑わなくなった。仲間を死なせた神官に笑う資格などない、そう心に深く決意して。