ようやくヒロインっぽくなってきます。
あくまでこれからの話ですが…。
「いた。四匹、かな」
ハルヒロが合図を出す。これは戦闘の合図だ。俺たちなら四匹、いや、五匹までなら無理なくいける。今回も大丈夫だとハルヒロが判断したらしい。
俺は近辺に隠れているゴブリンがいないことを確認するとすぐさま指示を出す。
「まずシホルの魔法で一匹を足止め。モグゾー、ランタは一匹ずつ頼む!ハルヒロとユメは残りの一匹を!メリイとシホルはハルヒロたちの援護。俺は魔法で拘束されたゴブリンを倒してからランタのフォローにまわる」
話し合った末、リーダーはハルヒロに。指揮は俺。ということになった。そもそもマナトがリーダーと指揮を同時にこなしていただけで、同じ人がやらなくてはいけない決まりはないのだ。俺たちはそんな当たり前のことにさえ気がつかなかったようだ。まあ、マナトはそれ以外にもヒーラーであり、タンクでもあった。一人四役をこなしていた、と考えると本当に頭が上がらない。
「万が一、最初の魔法を外しちゃったらシホルとメリイは俺と一緒にそいつを倒す、って方向で!」
「…分かった」
「うん」
全員の了解が得られたところで作戦を開始する。作戦の肝はやはり初撃。シホルの魔法だ。シホルは静かにエレメンタル文字を書きながら呪文を唱える。
「オーム・レル・エクト・ヴェル・ダーシュ」
影鳴り(シャドービート)。黒い藻のような塊を飛ばして命中させた相手を超振動で攻撃する影魔法(ダーシュマジック)だ。狙いは上々。見事に命中した。あとは作戦通り動くだけ。
「うおおらぁぁ!」
無駄にデカい声を発しながら駆け出したランタにみんなが続く。正確には一人飛び出したから慌ててついて行った、という感じなのだが。本人の気合だけは高いので水は差さないでおこう。俺もすぐさま魔法で身動きが取れない敵を仕留め、ランタのフォローにまわる。ランタのところへ行く際に、チラッとメリイを見たのだが相変わらず仕事をする気はないらしい。
正直言うと俺たちはなかなか様になってきた気がする。ただ、メリイは一切前線には立たない。それは神官だから別にいい。そもそも俺が神官を前衛になんて行かせない。問題はそこではないのだ。
「ぐわっ!?」
ランタが左腕をやられた。とはいえそこまで深い傷ではない。
「ランタ、変われ!」
「な、大丈夫だっつーの、これくらい」
「ダメだ、変われ!」
そこまで言うとようやく交代するランタ。なんだけど…。
「おい、メリイ。傷がいてえ、治療しろ」
「いやよ。掠り傷でしょ」
「な、なんだと、てめぇ!」
戦闘中にもかかわらず、言い争いが聞こえてくる。
治療してもらう側のくせに生意気なランタを治すのは確かに癪だが、それでも治さないのはどうかと思う。いや、彼女の過去を知ってるから分かることなのだが、極力魔法を温存しておきたいのだろう。理由は肝心な時に魔法が使えなくなることを避けるため。そのため軽傷は治さない。けど、何も知らないみんなから見たらどうだ?働かない神官だと思われても仕方ない気がする。
「はぁ!」
慣れた手つきでゴブリンを捌く。最初のころじゃ信じられないくらい、あっさりと。
とにかく、だ。自分のスタイルを貫くのは構わないが、それを何一つ語らないから分からないのだ。絶望的なまでに会話ができていないせいだろう。
(戦闘中に考え事なんてダメだよな…。反省、反省……)
考えるのは後にしようと思い、剣先に付着した血を払う。とりあえずモグゾーの援護に行くことにした。
今日の狩りを終え、俺たちはオルタナに戻ってきていた。日は少し沈みかけている。じきに夜が来るだろう。
「あ、あの、メリイ!」
「まだ何か?」
相変わらずの絶対零度。気持ちは分かるがハルヒロもそろそろ慣れろよ、と思わなくもない。
「もし、よかったらなんだけど…その、これからご飯とかどう、みんなで」
「結構です」
「え、何で敬語?」
「と、くに意味はないけど…。別にっ……」
なんだか少しだけメリイの何かが揺らいだ気がした。気のせいかもしれない。でも、後ろ姿で表情は見えないけど、微かに聞こえた。
「―――また」
聞くものによってはそっけないと捉える人もいるかもしれない。むしろそっちの方が多いだろう。でも俺たちはそれがすごく嬉しい。自惚れでも、近づいたって思えるきっかけができたのだから。
「俺、今日はちょっと寄り道してく」
まったくそんな気はなかったのに、気づいたら俺は歩き出していた。なんでだろうか。分からないけど、いや、分からないからかもしれない。
「いつまでついて来るの?」
「…え?」
しばらく歩いたところでメリイが俺に向かって言った。
「いや、別に後つけてただけで、何もやましいことはない…よ?」
口に出して思ったけど、ただの変態な気がする。当然メリイは怒ると思っていたのだが、意外にもリアクションはなかった。ただ一言、そう、とだけ呟いて歩き出した。
「…なあ、メリイ」
このまま後ろをつけているのもアレなので、速足で隣まで進む。改めて隣に並ぶとメリイは俺よりも背が高い気がした。メリイに一切非はないのだがちょっとムカついた。
「…」
突然立ち止まったので何事かとメリイの顔を見ると、こちらを物凄い形相で睨んでいた。
隣を歩くのがダメで、後をつけるのはいい、って変な奴だな。と自分のことは完全に棚に上げた状態なのだが気にしない。
「どうかした?」
「私の宿まで来たらこれで殴る」
そう言いつつ錫杖を構えてみせるメリイ。発言内容は物騒極まりないが、構えている姿は様になっていた。メリイは錫杖は飾りだと言っていたけど違う。それくらい構えを見ればすぐにわかることだ。
「宿バレしたくなきゃ、晩飯付き合え」
命令なのか脅しなのかよく分からないが、とりあえず最低なことは理解している。しかし、メリイとは一度話さなければいけない。そしておそらく、こうでもしないとメリイは来ない。仕方ない事だったんだ。…マジで。
返事がないのでとりあえずメリイにミールを抱えさせた。最初は戸惑っていたのが、すぐに優しく撫でてくれる。動物好きに悪い者はいない、という持論が正しければメリイもいい人のはずなのだが。
「…はぁ、分かったわよ」
かなり強引な手だったがうまくいった。俺たちはそのままシェリーの酒場まで向かった。途中、ミールがきゅいきゅい、と嫌がっているような気がしたが黙っておいた。もし指摘したら、帰っちゃいそうだし。すまない、ミール。犠牲になってくれ。
シェリーの酒場。カウンターの一角に俺とメリイはいた。メリイは蜂蜜の酒、ミードというものを飲んでいる。俺も同じやつを注文した。ミールは今、メリイの膝の上にいる。おとなしく丸まっている頭をメリイは優しく撫でた。
「神官のさ、やり方って言うの?人それぞれなんだろ?」
「…………」
「前に話したマナトって奴は完璧主義者でな。全員が無傷じゃないと気が済まない。みたいなとこあったんだ。別にどっちが正しいとかは言わねえよ。俺、神官じゃないし。ただ、言ってくれないと分からないと思うぞ」
メリイの顔は見えない。注文してからずっと俯いたままだ。
「…あなたには関係ない」
俯いたまま発せられた言葉はあまりに冷たかった。ゾクリと、刺激するものがある。
「とはいえ、パーティーメンバーとは仲良くしないとダメだろ。綺麗事じゃなくてな。連携とか支障きたすだろ?」
「だからっ…」
何かを言いかけて止めた。けれど予想はつく。連携に支障をきたすことは分かっているんだ。だから前線に出て戦わない。もちろん神官としてのスタイルというのもあるのだろうが、少なからずそれも理由の一つなんじゃないかと思う。
「…メリイと昔の仲間のこと聞いた。勝手に聞いて悪かったな」
「…そう」
てっきり怒るものだと思っていた。だけど、メリイは大きな反応はしない。いや、必死に隠しているんだ。俺に悟られないよう。この傷は俺が想像している以上に深いのかもしれない。正直に言うと躊躇した。本当にこのまま話を続けてもいいのだろうか。今すぐ別の話題に変えたほうがいいんじゃないか。なんて考えているといつの間にか沈黙がかなり続いていたようだ。
「あの――」
「どう思ったの?」
「え?」
俺の言葉を遮ってメリイが問う。その言葉には今までにない感情が乗っていたように感じた。冷たい無関心から一変、不安と怯え。こんなメリイは初めて見た。膝の上にいるミールをキツく抱きしめている。不思議とミールは鳴き声をあげたりしなかった。
「正直に言っていいか?」
「…ええ」
一呼吸置く。俺の勘違いでなければメリイは踏み出そうとしてくれているのではないか。そう感じる。だからそれに嘘や慰めはいらない。
「メリイは自分のせいで仲間が死んだと思ってるんだよな?」
「…ええ、事実、そうよ」
無意識だろうか。メリイは自身の肩を抱く。小刻みに震えているのが俺でも分かる。ミールは膝の上から飛び降り、メリイの足元にすり寄る。
「メリイ、それは思い上がりだよ」
瞬間だった。ほとんど反射的にメリイは俺の胸倉に掴みかかる。衝撃で椅子が倒れるが気にしない。いや、気にする余裕がないだけか。
「どういうこと!返答次第では許さないわよ!」
らしからぬ大きな声。周りは突然の大声に驚いている様子だ。ミールは突然のことにびっくりしたらしく、忙しなく周囲をグルグルと回る。
「お前の仲間はお前がいないと何もできないような奴らなのか?違うだろ!」
違うかどうかなんて俺には分からない。それ以前に口を出すことではない。でも、メリイの抱えているものを少しでも減らしてやりたい、そんなことを考えていた。
メリイは怒鳴り返してくるものだと思っていた。けど、違った。怒りを現したのはほんの一瞬。瞳がぐらりと揺れた気がした。しかし、それだけ。すぐに席に座り直し、静かに呟いた。
「命を粗末にするような人にそんなこと言われたくない…」
あの時のことだろう。それが分からないほど鈍感じゃない。実際は死ぬつもりがなかったとか、そういうことはどうでもいいのだ。事実、俺は自分に刃を向けた。きっとそれが許せないんだ。生きたくても死んでしまった人だっている。その人たちに対する侮辱。そんな大層なことなのかはいまいち分からない。けど、メリイの仲間はもっと生きたかったんじゃないかな。
「…そうだな。でも、あのときメリイは助けてくれただろ。全く知らない俺を。それに話も聞いてくれた」
「それは、たまたま―――」
「たまたまでも!…………感謝してるんだよ。だから、力になりたい。自然な流れだろ?」
「何も知らないくせに…」
そうだ。何も知らない。何一つ知らない。でも、それはダメなことなのか?俺はそうは思わない。そもそも全て理解し合えるほうがおかしいんだ。
「それはいけないことじゃないと思う。もし、いけないことなら、これからでも遅くないだろ?」
「………っ!?」
苦虫を潰したような顔をするメリイ。すぐには受け入れがたいだろう。分かってる。だから少しずつでいいんだ。少しずつで。
「ごめんな、ミール。驚かせたな」
未だグルグルしていたミールを抱え、抱き寄せる。
「仲、いいのね…」
「そうか?」
「私には懐いてくれないわ」
「そうでもないよ」
そういうとミールはメリイの足元へ行き、少しウロウロしてからゆっくりと体を擦りつけ始めた。
「な?」
「…」
ミールを撫でているせいで表情は窺えないが、怒ってはいないんじゃないかな。そう思いたい。