「晩飯、一緒に食べていかない?」
今日も相変わらずダムローへ通っていた。本日の狩りを終え、いつも通りメリイを誘ってみる。ここまでがいつも通り。そして――。
「いい」
断られる。ここまでもいつも通りだ。全く進展していないわけではないと思う。思うのだが…。なかなか結果が出ないと焦ってしまう。人間はそういう生き物だ。
「モグゾーの兜とか、見ておきたいなって…。ほら、メリイにも意見を聞きたいっていうか、なんていうか」
おっかなびっくり、とはまさにこのことだろう。ハルヒロは自分でも自覚があったようで少しだけ顔を赤くしている。
「……まだ」
「そっか」
ハルヒロはがっくりと肩を落とすが、そこまで悪い反応ではない。それどころか、良いと言っていい。何も焦る必要はない。そんなことは分かっている。ハルヒロだって、みんなもだ。
「あのさ、俺、オリオンのシノハラさんに聞きたいことあるんだ。良かったら来てくれない?みんなも」
オリオンというのは、このグリムガルでかなり有名なクランの一つだ。パーティーは通常六人。もちろん俺たちのような例外はあるが、それは稀。基本は五、六人だ。何でも神官の光の護法(プロテクション)という必須的な強化魔法の効果対象が六人までらしい。しかし、それでは強大な敵に太刀打ちできないことがある。だから複数のパーティーが協力し合う。それがクランという枠組みだ。
「シノハラって、オリオンのマスターじゃねえか!?さてはパルピロォ~、お前、自分だけオリオンに入れてもらうつもりだろ!」
ランタの寝言はさておき、まず間違いなくメリイ絡みだろうな。オリオンにはメリイの元パーティーメンバーのハヤシがいる。聞けば何かを教えてくれるに違いない。いち早くアスク師匠に情報を求めた俺が言うのもなんだが、知ってどうにかできることじゃない。少し焦っているのか?
「イサリはどう?」
「俺は…いい」
「え!?……そっか」
俺はすでにメリイの過去については知っているし、これ以上詳しく知ったところで何も変わらない。でも、こいつらなら何かを変えられるんじゃないのか?ふと、そんなことを考えていた。
義勇兵宿舎。正式な義勇兵なら無料で泊まれる格安の宿だ。まあ、俺らは未だに見習いがついているので宿代が掛かるのだが。とはいえ他の宿に比べれば格段に安い。それは間違いないだろう。
「一人って暇だなぁー」
俺以外はみんなシノハラさんのところに行ってしまった。だから今、ここには俺一人なのだ。あまり今まで意識していなかったが、このグリムガルに来て以来、一人の時間はなかった気がする。ハルヒロたちやメリイ、アクス師匠なんかといて、何気に一人の食事は珍しい。
「きゅきゅきゅっ!」
「あー、そういやミールもいたな」
「きゅいきゅい」
怒ったのかはよく分からないが、俺の足に往復鼻ビンタをしてくる。当然痛くはないのだが、機嫌を損ねられると面倒だ。
「悪かったって」
頭を撫でるが依然としてぺチぺチ音がする。仕方がないのでミールのご飯を皿に盛りつけ与える。
「きゅーーい」
「…単純なやつ」
ご飯と言っても食べるものは俺たちと変わらない。俺も同じくモグゾー特製のヘルシー野菜炒めを食べ始める。
「うまいな」
当たり前だが返事がない。こんなことならハルヒロたちについて行けばよかったな、と思わなくもない。
「ん?どうした?」
突然駆け出したミールに驚く。自然とミールを目で追いかけていると細い脚とぶつかった。美脚。黒タイツを穿いているその脚は誰が見てもそう思うだろう。細く、長い、すらっとした線。美しさの中に色気があって、どこか儚ささえ感じるような、そんな脚。
「どこ見てるの?」
怒気を含んだ、というより怒りそのもの。俺は慌てて顔を上げる。
「珍しいな、メリイ。こんなところに来るなんて」
「…………」
軽蔑の眼差し。咄嗟に話題を変えるも無駄に終わる。こういうときの対処法は古来から一つのみ。
「ごめんなさい。許してください。何でもします」
「何でも?」
あっ、俺死んだかも。何が古来からの対処法だ馬鹿野郎!よけい面倒くさいことになったじゃねえか!誰に言うわけでもなく、心の中で愚痴を漏らす。余談だが今俺は土下座王も顔負けの美しい土下座を行っている。
「変わったわね、あなた…」
発せられた言葉は予想に反して優しかった。
「そうか?」
「…ええ」
それっきり黙ってしまうので気まずい沈黙が流れる。俺はずっと立っているのも辛いだろうと、席に座るよう勧める。正直断られるかとも思ったが、メリイは素直に席に座ってくれた。
「飯まだなら食うか?モグゾーの作る料理はうまいぞ!」
「…いい」
「そうか」
人が増えても会話は生まれない。ここで話題が浮かばないあたり俺はモテないんだろうなぁー、などと思い出せるはずのない記憶をたどる。やはり思い出せそうにない。手繰り寄せようとすると、すっと消えてしまう。いつものあの感覚。
「ハルヒロたちがシノハラさんのとこに行ったぞ?」
「そう」
「いいのか?」
「何が?」
「何がって…」
言いかけて口を噤む。俺だって同じことをしたんだ。何も言う資格はない。
「あなたはどうして行かなかったの?」
「もう知ってるからな」
「…そう」
再び会話がなくなる。メリイはご飯を食べ終えたミールを抱き上げた。最初は若干懐いていなかったような気がしたが、案外そうでもないらしい。
「ミールちゃんは可愛いわね」
あなたと違って、と余計な皮肉も聞こえたが気にしない。いや、気にはなったが気にしたら負けだ。
「さっきも言ったがどうしてここに?」
「あなたが一人でいたから」
「つまりストーカーってことか」
無言で喉元に錫杖を突き立てるメリイさん、マジ怖いです。
「…もういいわ、帰る」
呆れたのか怒ったのか、多分両方。錫杖を下げるとそそくさと歩き出すメリイ。
「送るよ」
「……」
「いや、ここで錫杖を向けられる覚えはないんですが…」
理不尽極まりない。
「ほら、夜道に女性一人は危ないだろ?」
夜道というほど夜ではないのだが、すぐに日は沈むだろう。となれば明かりのない真っ暗な道だってある。メリイのような女性一人では何かと心配だ。
「あなたといる方が危ないわ」
「それはさすがに傷つきますよ、メリイさん」
冗談めかしく言うと呆れたのかそれ以上は何も言わなかった。今までの経験則で分かったことなのだが、メリイは押しに弱い。押しといてなんだがちょっと心配になってくる性格だ。この冷たさだと恨みを買うことだってあるだろうしな。
「…月…赤いな」
「………」
反応はない。ただ、なんとなく同意してくれている気がする。
「俺に話でもあったのか?」
メリイを宿まで送る途中、疑問に思っていたことを聞いてみた。
「ええ。……けど…もういいわ」
何を聞こうとしていたのか気になるが、もういいと言っている以上、無理に聞き出すわけにはいかない。きっとメリイは嫌がる。そうに違いない。だからそれだけはしたくない。不思議とそう思う。
「…ここでいいわ」
そう言うとメリイは足早に駆けていってしまう。
「…お前も変わったと思うんだけどな」
俺の呟きはメリイには聞こえなかったらしい。まあ、その方がいいけど。その方がいいはずなのに、何故だろうか。俺はメリイに向かって叫んでいた。
「お前も変わったよ!」
メリイは余程驚いたのか、こちらを振り返り、目を見開いていた。それも一瞬、すぐに真顔に戻っていつもの調子で言った。
「…馬鹿じゃないの」
いつも通りの悪態を聞きながら、メリイの背中を見送った。
「帰るか」
メリイが見えなくなったところで振り返ると、珍しく静かにしていたミールが一度だけ鳴いた。