ゴブリンから何とか逃げ切ったその後、俺たちは全員でシェリーの酒場に来ていた。意外や意外、誘っておいて何なのだがメリイも同行してくれた。
ガヤガヤと相変わらず騒がしい店内のテーブル席。若干薄暗いその場所に俺たちはいた。それぞれが注文を済まし、代金を給仕女に手渡す。大して待つこともなくお目当ての品が運ばれてくる。
「…ふぅ」
誰かが一息漏らす。おそらくユメだろう。とにかくその一言で俺たちの緊張の糸が解けた。ようやく、と思うかもしれない。俺たちだってそう思う。
「あぁー、んだよ、あいつらはよぉ」
「あ、危なかった」
「ヤバかったよ…」
「…………怖かった」
ランタが叫んだ。モグゾーとハルヒロも後に続いた。少し間はあったが最後にシホルが呟いた。
「あの」
安堵の空気もそのままにメリイが口を開く。珍しい。そんなことを言えば、そもそも一緒に晩飯を食べる時点でよっぽどなのだが。それでもメリイから口を開くことはなかなかない。
「どうした?」
「イサくーん」
できるだけ優しく、と心がけたつもりがユメに睨まれる。普段はどうしようもなく天然なくせにこういうところでは敏感なやつだ。
「悪い」
「…大丈夫」
どうにか本人からの許しは得られた。だけど、変だ。珍しい事には違いなのだけれど、メリイはなんだか元気がないように見える。もちろんいつも通りの無表情なのだが、雰囲気が暗い………気がする。
「あの、昼間の話だけれど――」
「よお、ゴブリンスレイヤー」
「ダムローは楽しいでちゅか、ゴブリンスレイヤーたん」
いつもの手合いだ。俺たちはずっとダムローに通っている。来る日も来る日もゴブリンを狩り続けている。案外その呼び名は合っていたりする。このグリムガルにおいてゴブリンは最弱のモンスターだ。それを相手にしている俺たちも当然グリムガル最弱。事実、同期のレンジやキッカワはすでに見習いではない。自他ともに認めているのだ。なんてことはない。
「うっせーなぁ!」
ランタは言い返すこともあるが、それもたまに。言い合ったところでキリがないのだ。言わせておけばいい。ただ、今回は少し違った。
「おい、見ろ。性悪メリイだぞ!」
「ほぉー、結構な上玉だな」
「何言ってんだ。恐怖のメリイだぞ」
「まあ、ゴブリンスレイヤーにはお似合いのクソ神官じゃねえか」
隠す気のない低レベルな会話が耳に入る。メリイは他のパーティーをずっと転々としてきた。それもかなり冷たい態度で。そんな神官の評判がいい訳もなく、また、メリイ自身の人の目を惹く美貌も相まって噂は一人歩き。このように目の敵にされることも少なくない。だからこそ俺たちのような最弱パーティーでもスカウトできたのだけれど。
「メリイちゃん、気にせんでええよ」
ユメがフォローしようとするも、明らかにメリイの様子はおかしい。本来ならこの程度の陰口、メリイは一切気にしないだろう。しかし、今のメリイは少し震えているように感じる。おかしい、おかしすぎる。
「…ごめんなさい。私、今日はこれで」
手にしていたジョッキを静かに戻し、立ち上がった。そこまで理解した時にはメリイは駆け出してしまっていた。慌てて後を追いかける。最初にハルヒロ。続いてユメ、シホルにモグゾーも少し遅れて追いかけた。
「何やってんだよ、お前」
「何って?」
「真っ先に追いかけるだろーと思ったんだがよぉ」
すでに腰を浮かせているランタと違い、俺は未だに席に座ったままだった。当然、他のみんなはメリイの後を追いかけ、すでにいない。
「メリイのことは任せる。俺はストレス発散…」
腰にぶら下げてある長刀に手を添えて、そう言い放つ。対してランタはつまらなそうに顔を背けただけだった。
「ミールは連れてってくれ」
「…ちっ、つまんねぇことやりあがって」
つまらないこと。確かにそうだ。これでメリイが喜ぶわけでもなければ、みんなが認めてくれるわけでもない。ただ、俺の気が晴れるだけ。そうだ。これはただの憂さ晴らし。完全無欠に俺自身のための行動なんだ。
「加勢はしねえぞ」
「いらねえよ」
ランタがミールをつれて出て行ったのを確認すると、俺はようやく立ち上がった。
side ハルヒロ
メリイを追いかけて店を出た。正直、メリイがどこへ行ったのかなんて見当がつかない。
「きゅきゅきゅっ!」
「お、おい、急に暴れんな!」
いつの間にか追いついてきたらしいランタが抱えていたミールを放す。正確には暴れ出したミールを抱えきれなくなったようだが、とにかくミールが走り出したのだ。
「ミーちゃん?」
「…もしかして、分かるの?」
そうかもしれない。そう思った時は走り出していた。
どれくらい走っただろうか。いや、もしかしたら少ししか走っていないかもしれない。それすらも分からなくなるくらい走った。なんだか今日は走ってばっかりな気がする、と思った。
「メリイ!」
真っ黒に染まった暗闇の中に架けられた橋。灰のように色を失くした世界に彼女はいた。普段の凛々しい姿とは異なり、弱々しく自身の膝を抱えていた。すぐにユメとシホルがそばに腰を下ろした。
「…昼間の続き」
短く発せられたその言葉。唐突過ぎて一瞬誰も理解できずにいた。その空白はメリイに続きの言葉を告げさせるには十分だった。
「私、パーティーを抜ける」
「えっ…どうして………?」
「私はあなたたちと一緒にいていい人間じゃない」
「な、なに言ってるんだよ。別に酒場で何言われたって気にしないし――」
言葉が詰まった。メリイの顔を直視できなかった。きっといいリーダーならここで気の利いたことを言うのだろう。言葉を詰まらせるなんて持ってのほか…なんじゃないかな。
「気を遣わないで。あなたたちの望み通りよ」
望み?望みだって言うのか?メリイが俺たちのパーティーから抜けることが?ふざけるな。ふざけるなよ。そんなわけないじゃないか。ふざけるなよ!
「じゃあ」
それだけ告げて立ち去ろうとしたメリイを反射的に呼び止めた。
「メリイ」
ハルヒロはメリイの瞳から目を逸らさずに名を呼んだ。少しだけ眉を細め、その場に立ち止まるメリイ。ハルヒロ以外のみんなも同じようにメリイを見つめている。それに気づいたのかメリイは心許なげに身体を硬くした。
「俺たちのパーティーには神官がいたんだ。マナトって名前の。マナトはもう死んじゃったんだ。いや、死なせちゃったって方が正しいのかもしれないけど」
顔を上げ、こちらを真剣な眼差しで見つめるその姿に俺は答える。その話は以前イサリから聞かされていたのだが、それでもなお、メリイは視線を背けることはない。
「正直、もうダメかと思った。そんなとき、メリイを誘ったんだ。神官がいなかったから。ただ、それだけ。他に理由なんてないんだ。でも、俺たちはもともとあぶれ者で…イサリはなんでか分かんないけど。…とにかく俺たちは曲がりなりにもパーティーになった。なんで仲間になったかよりも、今…仲間であることが重要なんだと思う。」
メリイは驚いているのだろうか。それとも喜んでいるのか。もしかしたら悲しんでいるのかもしれない。そんな、何とも言えない表情をしていた気がする。
「俺は……俺たちは、メリイも仲間だと思ってる」
はっきりと告げた。マナトが死んで、バラバラになって。ランタは最低だし、ユメはユメだし、モグゾーは頼りにならないし、イサリは何考えてるか分からないし、シホルはそれどころじゃなかった。それでもどうにかして協力してパーティーになった。メリイと仲間になろうとみんなで誓った。色々あった。ありずぎた。短い期間なのに、なんでこんなに色々あるんだよ。
でも、それから今まで経って、確実にメリイはパーティーメンバーになったんだ。誰がなんて言おうと関係ない。俺たちはパーティーなんだ。メリイはいなきゃダメなんだ。勝手に抜けるだなんてリーダーとして許せない。そうだ、リーダーとして―――。
「…私も……仲間だと、思ってる」
「メリイちゃん、めっさかわいいしなぁ」
「メリイさんがいると、心強い」
「まあ、仲間なんじゃねーの」
口々に賛成の意が飛び交う。ランタが素直になったのは意外だったが、結局のところ、みんな同じ気持ちみたいだ。俺たちならいいパーティーになれる気がする。そう思わないか、マナト…。
「本気で言ってるの…………?」
声が震えていた。それでいて希望に縋るような、そんな声。初めて聞いた、初めて見た、メリイの一面。
「もちろん」
灰に埋もれた世界が確かに彩り始めた。