大人数用のテーブルには俺が一人。そのすぐ目の前にはメリイを悪く言った奴らがいる。そう考えると抑えられそうになかった。自身の欲望に身を任せ、腰に据えてある一振りの凶器にそっと手を添える。あとは簡単だ。自身が持つその醜い凶器を醜い感情と共にぶつけるだけ。それだけだ。
立ち上がり、ゆっくりと歩き出す。ここが店内だということすら頭に入っていなかった。圧倒的な凶器を引き抜こうとした瞬間―――――。
「やあ、イサリくん、だったね」
「…あんたはシノハラ、だったか?」
「そう、オリオンのマスターのシノハラだ。よろしく」
邪魔だ。そう判断したが、長刀が引き抜かれることはなかった。
「………くっ!?」
シノハラだ。シノハラが俺の腕をつかんだ。それだけで俺の動きが封じられる。
「話がしたい。まずはその物騒なものをしまってくれないか?」
笑顔で語りかけるシノハラには余裕すら感じられる。優しそうな顔をしてとてつもない力だ。腐っても有名ギルドのリーダーであるらしい。
そこまでの思考を終えるころには幾分落ち着きを取り戻してきた。そして同時に自分がしようとしたことに対する反省も湧いてくる。
「二階に来てくれ。そこに君に会いたがってる人もいる」
「会いたがってる?」
意外な言葉に俺はオウム返しをするしかできなくなってしまう。しかし、すぐにシノハラが二階へ上がるので俺も急いで続く。二階はどうやらオリオンの貸しきりらしい。実際貸しきりなのかは分からないが、周りにオリオンでない人は俺くらいしかいないように思う。
「さあ、こちらへ。――ハヤシ、彼に席を作ってやってくれないか」
「はい、シノハラさん」
ピクリ。今のシノハラの言葉に聞き逃せない点があった。ハヤシ、確かにそう言った。つまり、この人がメリイの…。
俺の視線に気がついたのかハヤシは一礼するとシノハラの隣に座った。俺は指定された席、シノハラと向かいの席に座る。そこには頼んでもいない料理と飲み物の数々が並べられていた。俺たちのテーブルにはそれ以外に人はいない。それどころか周りにいたオリオンの人たちも少し避けているように感じた。おそらく、シノハラの配慮なのだろう。
「少し前に君の仲間がここに来たよ」
だろうと思った。その一言で今後の展開を予測する。
「メリイのことなら聞く気はない。もう知ってるからな」
「……だろうね」
俺の返答は想定内だったらしい。普通に考えれば、パーティーメンバーに聞いたと思うよな。
「メリイは今でもあの場所に心を置き去りにしてきているのだと思います」
ハヤシの顔には後悔、そして悔しさが滲み出ている。きっとこの人もメリイと同じような傷を抱えているに違いない。だってそうだ、この人は仲間を犠牲にして生き残ったのだ。それがどれほど辛い決断だったか。
「俺ではメリイを救ってやれなかった。お願いします。メリイを救ってやってください!」
必死に頭を下げるハヤシを見て俺は思ったことがある。
「メリイが周りからどんな風に呼ばれてるか知ってるか?」
「…はい。私の知るあいつとはとても思えない」
「思えない?ふざけるな!!」
何故だか俺は目の前の人を怒鳴りつけていた。この人だって被害者だというのに。
「あんた、メリイの仲間なんだろ?だったらなんで放置してた?」
「イサリくん!」
「いいんです。シノハラさん」
シノハラの制止を止めるハヤシは何かを覚悟していたようだった。それはまるで自分自身を怒ってくれる、許さないでいてくれる人を待っていたかのように。
「一緒にいるのが辛い。確かにそうかもしれないけど、それでも支えることはできたはずだ。直接的ではないにしても、もっと、こうならないための努力ができたはずだろ!」
「………」
「メリイも大概だが……俺にはあんたが言い訳しているようにしか聞こえない。仲間ならまず、自分に何ができるか考えたはずだ」
俺はその勢いのままハヤシの胸倉を掴む。テーブル越しだし、ハヤシは俺より身長が高い。でも俺は立ち上がり、座っているハヤシを無理やり引っ張り起こした。テーブルの上に置かれた料理が音を立てて落下する。
「落ち着いてイサリくん!」
シノハラの制止も無視してハヤシを殴り飛ばす。ガシャンと先程とは比べ物にならない大きな音が酒場に響く。距離を置いていたオリオンの人たちも何事かと顔をのぞかせる。しかし、不思議と敵意を向ける者はいなかった。おそらくこれもシノハラが気を回してやったことなのだろう。
「俺はあんたが嫌いだ。許せない。……………だからあんたには任せない。俺が、俺たちがメリイの力になる」
言いたいことは全部言った。ここまで言いたいことが言えることはそうないだろう。シノハラには感謝しないといけないな。ただ、お相子の様な気もするが…。
肩で息をしながら、倒れたままのハヤシを見る。ハヤシの顔はぶたれて真っ赤に腫れ上がっているが、それ以上に涙が溢れていた。
「…すまない……ありがとう…ありがとう…」
そのまま泣き崩れているハヤシにシノハラが手を貸す。なんとか起き上がったハヤシは深く俺にお辞儀をした。
おそらく二人はこうなることを見越していた。正直、歓迎されて人を殴るのなんてとても気持ちが悪い。もう金輪際よしてくれ、と何度も思わずにはいられなかった。
「イサ!!」
聞く方が焦ってしまうような声が飛んできた。階段を駆け上がり、近づいてくる。酒場の客のざわつきが聞こえるが、その声はもみ消されることなく俺の耳に届く。
「…はぁ…はぁ…」
「メリイ?」
息も絶え絶えにやって来た正体は、やはりと言うべきか、メリイだった。普段感情を表に出さない彼女らしくない。いや、普通の人以上に動揺した姿があった。
「ど、どうしたんだよ!?」
「……」
「え?メリイ!?」
何がどうなっているのか分からなかった。いや、分かるのだが理解できない。どうしてメリイは俺に抱き付いてきたんだ。なんで…震えているんだ。
女性特有の甘い香りが鼻孔を通る。身長は俺と同じかそれ以上。必然的に顔は近くなり、その聖女のような横顔が瞳に移る。反射的に腕を突き出そうとするも、彼女の方が一瞬早い。俺の腕を巻き込むように彼女の腕が背中にまわる。完全に密着した状態でさらに腕に力が入る。同時に彼女の震えも鮮明に伝わってきた。
「あなたが…喧嘩を…してるって…」
今まで走って来たのだろう。息遣いが荒い。逆にそれが何とも艶めかしい雰囲気をより一層引き立てている。顔を胸にうずめ、言葉を続けるメリイに俺は鼓動が早まる。それはメリイも同様で身体が一気に熱くなったように感じた。発せられた声に涙の色はない。ただ、不安と安堵が混ざり合った、そんな感情で埋め尽くされる。
「私のために…」
そこまで聞いてようやく気がついた。メリイはランタから聞いたのだろう。俺が喧嘩をしている、と。しかし、それは誤解だ。本当に喧嘩をするつもりだったのは否定しない。けど、今はそれどころじゃないし、そんな気も失せた。そして何より、心配してくれていることが嬉しい。心配させといて最低かもしれないけど、今、俺は多分笑っているんじゃないだろうか。
「…なに笑ってるの?」
心配六割、冷たさ四割の絶妙な問いが投げかけられる。危惧していた通り、俺は笑ってしまったらしい。当然メリイは怒るだろう。
「誤解だ、メリイ。気が変わったんだよ」
「…よかった」
メリイに優しく声をかけるといつもの口調で答えてくれた。顔は未だに胸にうずまっているので表情は窺えないが、震えはとっくにおさまっていた。
「…………」
「………」
数秒間の沈黙が生まれる。するとようやく自分がしていることに気がついたのか真っ赤になって俺を突き飛ばす。これにはシノハラも、先程まで泣いていたハヤシでさえも、ただただ呆れるしかない。
「…いてぇ」
なかなかの強さで押されたもので俺は床に尻餅をつくことになった。すぐさま起き上がろうとしたところで、目の前に手が差し出された。
「…ごめんなさい」
口調はいつも通りの冷たい声だったが、なんとなく照れているのが分かる。黙ってその手を取り立ちあがる。とりあえずメリイも落ち着いてきたらしい。
「イサリくん、メリイさん。どうか、その痛みを忘れないでください」
静かな、でも、深い悲しみをたたえた瞳で見つめられた。俺はもちろん、状況が飲み込めていないメリイでさえその瞳の前では何も言えなかった。
「痛みを抱えながらも君たちは前に進めるのです。そのことをしっかりと胸に刻んでおいてください。今いる仲間を大切にしてください」
それだけ言うとシノハラは優しく微笑んでみせた。とても先程までの表情をしていた人物とは思えないくらい晴れ晴れとした笑顔で。
「話は以上です。付き合わせて悪かったね」
そう言うと隣のハヤシ共々、頭を下げて去っていった。残された俺たちもずっとこうしているわけにもいかないので帰ることにした。
「メリイ、送るよ」
「…ええ」
帰り道、俺たちに会話はなかった。あんなことがあれば、そりゃ仕方ないと思う。お互いが何も話さないまま時間だけが過ぎていく。
「ここ…だから…」
「…ああ」
いつの間にかもうそんなところまで来ていたのか。メリイの宿の目の前まで来ていたらしい。しかし、メリイは一向に帰ろうとしない。何か言いたいことでもあるのかもしれない。俺だってある。だから当然メリイもあるのだろう。
「…何を話していたの?」
唇を震わせ、恐る恐る発せられた疑問は外に出た瞬間、消えてしまいそうなほど弱々しかった。けれども、はっきりと聞きとれた。
「……ハヤシさんに酷いこと言っちゃったよ」
「…そう」
答えになっていない回答だったが、メリイはそれだけである程度のことを察したのか、それ以上何も聞いてはこなかった。
今一度シノハラの言葉を思い出す。『今いる仲間を大切にしてください』オリオンのマスターだからこそ重みの出る言葉だ。そしてその言葉に間違いはない。その言葉は今の俺に少しの勇気を与えてくれた。
「メリイは俺たちの仲間だよ」
「……!!」
ぶつからなくては分かり合えない。言葉にしなくちゃ伝わらない。だったらその通りにするまでだ。だってメリイは誰がなんて言おうと俺たちの仲間なんだから。それだけは間違いない。
「……うぅ…んっ」
「泣いてる?」
「…泣いて…ない」
「そっか」
その場で膝を抱える小さな少女の隣に腰を下ろした。少女が立ち上がるまでずっと。
ハヤシが絡んできましたね。
アニメや原作でも思ったことなのですが、ハヤシがメリイに対して何もしないのはおかしいと思うんですよ。
もちろん彼なりの考えや事情があるのは分かってますが。
それでも、もうちょっとできただろ!って思ってしまいます。
今回はイサリが代弁してくれました。
まあ、うまく書けているかは別として…。