ここ数日、毎日のように訪れていた場所がある。石造り二階建ての露台のような二階。立派な甲冑に身を包んだゴブリンと兜と鎖帷子を身につけた大柄なゴブリンの亜種、ホブゴブリン。明らかに他のゴブリンとは格が違うことが伺える。そう、あのゴブリンたちだ。俺たちはあれからこいつらの根城を突き止めた。もちろんそれは弔いのため。そして、俺たちのためだ。
「…嘘だろ」
俺と一緒に偵察に向かったハルヒロが呟いた。気持ちは分かる。だって今までは二匹しかいなかった。なのに何故か、そこには六匹のゴブリンがいた。奴らの周りに四匹。それは一つのパーティーというよりも、奴隷を従えているに近い。
「―――そんなわけで相手は六匹になった」
「六匹…」
とりあえず俺たちは一度みんなのところに戻り、ハルヒロが状況を報告する。突然の敵の戦力アップに一同は動揺を隠せない。メリイは僅かに眉をひそめて目を伏せた。
「むぅー」
頬っぺたをぱんぱんに膨らませたユメが唸る。シホルは俯いてため息をついているし、モグゾーは頻りに目をぱちぱちと開けたり閉じたりを繰り返している。
「何だ何だ。ビビッてやがんのかよ、お前ら。どうしようもねえーな」
予想通り、ランタだけは無駄にやる気をたぎらせている。
「どうするハルヒロ?」
俺の一言でハルヒロに視線が集まる。息を飲むような空気が張り詰め、緊張が高まる。しかし、そんな空気とは裏腹にハルヒロの表情は落ち着いていた。
「…先に聞いときたいんだけどさ。イサリならどうする?」
ハルヒロに集まった視線が今度は俺へと向けられる。本人たちにその気はなくとも視線にはそれなりに威圧感がある。それが一斉に、しかも六人分向けられたのだ。後ずさりしたい気持ちを抑え込み、答える。
「俺なら当然中止する。鎧ゴブとホブゴブはサシじゃ厳しいし、そうなると他の四匹が抑えられない。はっきり言うとかなり苦戦するな」
「…だよね」
場に沈黙が訪れる。みんな待っているんだ。リーダーの決断を。
一つ、大きく息を吸う音が聞こえた。拳を硬く握り、何かを決断したハルヒロが口を開く。
「俺はイサリの言うことは正しいと思う。冷静に考えれば厳しいと思う。でも、これは俺の予想だけど…そのうちもっと増えるんじゃないかな」
その可能性はある。そして、そうなれば俺たちでは手に負えないだろう。二度とあいつらを倒す機会がなくなるかもしれない。マナトの弔いが出来なくなるかもしれない。
「確かに厳しいかもしれない。…けど俺は今、みんなと戦いたい。勝手かもしれないけどそう思うんだ」
「ユメも…ハルくんに賛成かな…」
「う、うん。僕も」
「…私も、今しかないと思う」
「よく言ったハルヒロォ!俺様は最初からそのつもりだったぜ」
先ほどの空気とは一変して盛り上がる一同。不思議と嫌じゃない。俺もあんなことを言ったが心の内では戦いたかったのだ。そしてそのためにはみんなで力を合わせるしかない。
「分かった。リーダーがそう言うなら仕方ねえな。策はあるから任せとけ」
「んだよ、なんだかんだ言ってお前も乗り気だったんじゃねえかよ」
「その通りだけどランタに言われるとムカつくな」
「よーし、ゴブリンより先にくたばりてえみたいだなぁ」
いつもの流れも出てきた。空気も悪くなさそうだ。
「私は…」
少し和んできた空気の中、メリイが口を開く。
「私はあなたたちに従う。それだけ」
冷たい言葉だったが俺は知っている。これがメリイなりの信頼なんだって。今の彼女なりの最大限の信頼なのだろう。そして、それは俺だけじゃない。ここにいる全員が理解している。不器用すぎて笑ってしまうけどな。
「……いたっ!?」
考えていたことがバレたのか足を思いっきり踏まれてしまった。なかなか痛いぞ、マジで。
まあ、何はともあれ全員やる気で間違いない様だ。俺たちは早速作戦を確認し合い、持ち場に移動し始めた。
いよいよ、戦いが始まる。
まず、俺たちが考えた作戦はこうだ。周りのゴブリンは急に増えたということもあり、あくまで手下という線が強い。信頼しあうパーティーではないということだ。事実、ずっと隣にいるわけではなく監視なのか外に出てくることも多い。なら、先に偵察ゴブを倒し、その後で本命を叩く。各個撃破だ。それに際して一番重要になってくるのが奇襲力。つまりはユメの弓だ。ユメが弓で高台に登っているゴブリンを一匹倒し、ハルヒロとランタが見回りのゴブリンを倒す。もしそれがうまくいけば残りの敵は四匹。充分勝機が見えて来る範囲だ。
「………ふぅ」
キラリとユメの目が輝く。速目だ。今までは芳しくなかった矢の的中率が速目を覚えてからぐっと上がった。矢を弓につがえ、ゆっくりと引く。弦がピンッと張られ、意識が一点に集中する。次の瞬間には矢は偵察ゴブの喉元を捕らえていた。
成功だ。安堵する暇もなく、ハルヒロとランタが偵察ゴブに意識が逸れた巡回ゴブに襲い掛かる。俺とミールとモグゾーはそれを確認するよりも早く建物の裏手から侵入を開始した。
「ギィギィ」
すぐさま敵と出くわす。一階に真っ先に降りてきたのはやはりあの二匹じゃない。予想通りだ。
「るおおおおおおおおおおぉぉぉぉん…………」
耳を劈く、というより鼓膜そのものが破れてしまうのではないかという絶叫。戦士のスキル、雄叫び(ウォークライ)だ。独特な発声法でとんでもない大声を出して敵を威圧するスキル。味方であっても不意打ちで聞けばまず間違いなく肝を潰す。それくらいの絶叫だった。もちろんこんなに大声を出せばすぐに他のゴブリンに気づかれる。でも、問題ない。
「悪いな!」
怯んで動きの止まった敵など簡単だ。もう何度殺してきたか分からない。長刀を引き抜くと一閃、その首を斬り飛ばす。血飛沫を浴びるも気にしていられない。
「…二階に三匹ともいる。降りてくる気は………なさそうだな。」
嗅覚探知(スメル)により、敵の位置を特定。状況から相手の行動を予測する。
「…待ち伏せ、らしいな」
その間にハルヒロたちがやって来た。ユメにシホル、メリイもいる。敵はあと三匹。鎧ゴブとホブゴブもまだ生きているが順調だった。
「モグゾーを先頭。続いてランタ、ハルヒロ、俺が横並びに。少し距離を置いてシホル。シホルの両隣にユメとメリイが位置取るように」
全員が頷き、肯定の意を示す。
「戦闘が始まったらホブゴブはモグゾーとシホル、鎧ゴブをランタとハルヒロとユメで堪えてくれ。俺は残りの一匹を片付け次第、キツそうな方の援護にまわる。メリイは基本、シホルの援護だが状況次第では鎧ゴブと戦っている奴らの指示を出して」
全員が一瞬戸惑った顔になる。どうやら最後の指示に驚いているらしい。三対一の鎧ゴブより、ホブゴブの方が苦戦すると思っているのだろう。それも確かにそうだろう。だけど今までの経験上、鎧ゴブは強い。単純に力だけじゃない。頭がいいのだ。だから万が一もあり得る。
「分かった。それでいきましょ」
戸惑った空気をかき消すようにメリイが同意する。それはみんなの疑問を払拭するには充分だったようで、すぐに賛成してくれた。
階段を登ろうとしたとき、メリイが小声で「気を付けて」と声をかけてくれた。
「…うおぉ!?」
階段を駆け上がるなり、弓矢が飛んでくる。ある程度予測していたのでモグゾーは何とか避けれたが、自然と声が漏れる。最後尾の三人を一度階段まで下がらせ、俺たちはそれぞれ近場の物陰に隠れる。その間も弓は当然のように放たれる。モグゾーとハルヒロ、ランタと俺、と言った具合に分担されてしまった。いきなりの誤算だ。
「ランタ、ミールが魔法を放って一瞬弓を止める。その隙に距離詰められるか?」
「あたりめーだろ。俺を誰だと思ってんだよ」
「よし」
早速、始めようと思ったところで異変に気付く。静かなのだ。おかしい。今は弓が撃ち込まれているはずじゃ…。
ドガンッ――――。
轟音と共にホブゴブが現れる。しまったと思うがもう遅い。
「ミール!?」
ミールが吹き飛ばされた。そう認識した時にはすでに棍棒が迫っていた。
「イサリィ!!」
ホブゴブの棍棒が俺を人形のように吹き飛ばした。意識が霞む。こいつに殴り飛ばされるのはこれで二回目だ。
ランタの声に反応したのか、ユメが慌てて飛び出してくる。しかし、その行動は弓のいい的だ。左足、ズブリッというなんとも気味の悪い音と共にユメが倒れた。こっちはホブゴブをランタがなんとか持ち堪えているという程度。ハルヒロたちはすでに鎧ゴブと対峙している。まずい、まずい、まずい!ユメが倒された今、通常のゴブリンといえど前衛力を持たないシホルとメリイでは…。最悪の結末が頭をよぎる。
「ギャアアア」
猛々しく飛びかかっていったゴブリンは俺の予想に反して弾き飛ばされてきた。
何が起こったのか分からなかった。だが、冷静に考えれば当然なのかもしれない。メリイだ。メリイが錫杖で攻撃したのだ。
「ハルヒロくん!そっちはモグゾーくんに任せて手空きのゴブリンを!シホルはホブゴブをお願い。ユメも治療後すぐにホブゴブの方に。その間にイサを治療する」
メリイの声が響く。バラバラになりかけた指揮系統がそれだけで復活した。すぐにホブゴブは俺から離され、ランタとシホルが迎え撃つ。ユメも治療を終えたようで二人に加わった。
「光よ、ルミアリスの加護のもとに、癒光(ヒール)」
メリイの声と暖かい光を感じる。癒光(ヒール)。 場所指定なので、対象が止まっていないと効果を発揮しない。 逆に言えばキュアと違って多少離れた仲間にも使用することが可能なのだ。
自身の怪我が治ったことを確認すると、すぐさま戦況を見極める。一番キツいのはホブゴブだろう。人数で優っていても体格差は覆せない。やはりモグゾーでないと。そう判断してからは速かった。
「モグゾー!交代だ!そのままホブゴブを任せる!」
「わ、分かった!」
モグゾーと鎧ゴブのバインドが解かれたのを見計らい、身体を滑り込ませる。
キイィィーーーン。
反響する金属音。打ち合って初めて気がついたのだが武装が変わっていた。以前のロングソードではない。両手槍だ。ゆえにリーチがとんでもなく広い。モグゾーはこんな奴を相手によく堪えていたな、と思わざるを得ない。
「いつかの借りは返させてもらうぞ」
「ギャアアアァァァ!!」
言葉は伝わらないだろう。だが、こいつからは明確な殺意が伝わる。それだけで俺がこいつを殺すには充分だ。
圧倒的リーチを誇る連撃をなんとか凌ぐ。それらは確実に急所を狙ってくる。一瞬でも気を抜けば間違いなく殺される。当たり前だ。これは命のやりとりなんだから。神経を限界まですり減らし、攻撃を躱しては防ぐ。こちらも反撃に出ようと距離を詰めるがそのたびに鎧ゴブは後ろに飛び、踏み込むことを許さない。
(こいつら…戦い方を良く知ってる。…一人じゃ無理か)
そう思っても援護は期待できない。ホブゴブはモグゾーのおかげで何とかなりそうだが、まだ時間がいる。ハルヒロとユメの二人でもう一匹のゴブリンの相手をしているがそれも順調というわけではない。ハルヒロたちが相手しているゴブリンは雑魚だと思っていたが、違うらしい。そりゃ、こんなところにいるくらいだ。手下とはいえ、それなりの身分なのかもしれない。
などと思考を巡らせていると、次第に鎧ゴブの攻撃が俺を捕らえ始めた。致命傷ではないにしろ生傷が増えていくことは精神的に余裕がなくなる。精神的苦痛が俺に隙を作らせた。横腹を槍が掠める。かなりの量の血が溢れた。ドクドクと脈打つような感覚。もはやサイトやフレキシブルを使う余裕はない。このままじゃ、やられる。そう思ったとき、相棒の声が聞こえた。
「…つくづく良いタイミングだ」
つぶてが鎧ゴブの背部に命中。一瞬意識が後ろに向く。しかし、それはほんの一瞬。決定打にはならなかった。
「充分だっつの!」
決定打にはならない。だが、距離を詰めるだけなら充分すぎた。
「ギャウッ!?」
咄嗟のことで慌てたのだろう。鎧ゴブは慌てて槍を振りかざすが、それではダメだ。今までは突きを主体としていたからこんな狭い空間でもよかった。槍は当然天井につっかえる。力任せに天井を破壊しながら振り下ろすが、遅い。今度こそ疑いようもなく致命的な隙だ。
「グアァァギャアァア」
手首、脚、脇腹。連続で斬りつける。喚いている鎧ゴブから一度距離をとった。
冷気が収束する。俺とゴブリンから俺へ。俺から長刀へ。長刀からその刀身へ。一か所に、そして一点に。
「ギャアアアァァッ!!」
怒りの咆哮をあげ、ゴブリンが突進してくる。俺はその軌道上に鋭い突きを放った。瞬間、冷気がうねりを上げ、鎧ごとゴブリンを貫いた。
「…弾丸(ブレット)」
深々と突き刺さった氷の剣は一瞬にして空気に溶けた。バタリ。鎧ゴブがその場に倒れた。俺は近くまで行くとローブの懐から一本の短剣を取り出した。
もう使っていないその剣は、かつてマナトを殺した剣だった。
「本当はこれで殺してやりたかったんだがな」
大きく振りかぶり、短剣を勢いよく突き刺した。
「…死体を傷つける趣味はねぇんだよ」
ぐったりと動かないゴブリンのすぐ隣に短剣が突き刺さっていた。
「どぅもー!!」
モグゾーがとどめを刺した瞬間だった。すぐにハルヒロたちのところに向かおうとするが思ったように体が動かない。血を流しすぎたのかもしれないな。ふと、客観的にそんなことを考える。意識ははっきりしているにもかかわらず、足元がおぼつかない。
「しっかりして」
倒れる寸前の体を誰かが支えてくれた。
「敵はあと一体。大丈夫よ、あとはみんなに任せなさい」
叱るような、それでいて優しいその声には聞き覚えがある。確かそれは昔…ずっと昔……そうだ、ここじゃないどこかで…ああ、そうか、分かった。
「光よ、ルミアリスの加護のもとに、癒し手(キュア)」
「メリイ……?」
「今は喋らないで。あとで聞くから―――」
突然、魔法が止まった。いや、違う。メリイが倒れ込んできたんだ。なんで?どうして?
「メリィ―――」
信じられなかった。信じたくなかった。彼女の背中に俺の短剣が刺さってたのだ。マナトと同じように。
ハルヒロだろうかランタだろうか、とにかく誰かが鎧ゴブに飛びかかった。
「メリイ!メリイ!!メリイィ!!!」
滅茶苦茶に名前を呼んだ。そうしないとメリイが死んでしまう。そんな気がしてならなかった。
支えがなくては倒れてしまうその身体、先程まではこの体に支えてもらっていたはずなのに、今は違う。身体に力はなく、ぐったりとしている。俺の目に閉じられた瞳が映る。何度も名前を呼び続けると眠り姫のように美しいその瞳がゆっくりと開かれた。
「…私からでもいいかしら」
メリイがそっと手を上げた。
「わりと、痛くて…」
力なく発せられた言葉だったが、その声には確かに生気があった。
「…いいにっ…決まってん…だろっ。…そのあと、頼むわ」
「…イサ、泣いてるの?」
「ああ、当たり前だろ」
俺の勘違いじゃなかったら、そのときのメリイは少し笑っていたような気がする。