戦利品を買取商に持っていき、いつものように換金してもらう。そのお金を七人全員で分け合う。最近は一人あたりの稼ぎもかなり増えてきた。団章を買うことが出来たのがその証明になるだろう。そんなわけで稼ぎが増えると生活に当然余裕ができる。その結果、外食が多くなる。今もなおオンボロ宿舎に泊まっている俺たちは引っ越しのことを考えていないわけではない。いずれ…とは思う。だけど、すぐに!ということでもない。貯金をしつつ、少しの息抜きも、と言った具合だ。
今日もいつも通り、シェリーの酒場に行こうとしたとき異変が起きた。
――――――カンカンカンカンカンカンカンカンッ。
突如、オルタナの街にけたたましい鐘の音が鳴り響き始めた。
「六時…じゃないよね?さっき鳴ったし」
先頭を歩いていたハルヒロが振り返った。眉をひそめて疑問を口にする。ランタは天パを左右に振りながら辺りを見回している。
「…まさか敵襲?」
メリイによって呟かれた物騒な言葉は小さな声だったが、近くにいた俺たちは誰一人としてその言葉を聞き逃さなかった。
「…敵襲?」
オウム返しをしたのはシホルだった。すぐにユメに体をすり寄せた。無理もない。だってこんなことは今まで一度もなかった。オルタナは高くて厚い壁に囲まれているため、外の世界と隔離されていると言ってなんら遜色ない。その街が攻められているとなれば一体どこに逃げればいい?紛れもなく緊急事態、というやつだろう。
「メリイ、敵襲って……?」
俺がそう尋ねるとメリイは短く答えた。
「おそらく、オーク」
オーク。俺は知っている。レンジたちと戦った怪物の名だ。実際戦ったから分かる。オークはかなり強い。一対一なら負けることはないが、複数が相手となれば即座に殺される。そんな相手だ。そして今回は敵襲。敵襲と言うからには一匹、二匹の世界ではないだろう。下手をすればこのオルタナにいる人の何人かは死ぬかもしれない。もちろん俺の仲間も。最悪の想像にいきついた瞬間、喚声が上がった。
わああああああぁぁ…………。
とても楽しそうな声には聞こえない。字のごとく喚き声だ。
「オークだ!」
「侵入された!」
「逃げろー!!!」
喚声から言葉が聞き取れる。どうやらメリイの言った通りのようだ。声は少し遠いように感じたが、数十秒としないうちに人々の激流が押し寄せて来る。
「ちょっ―――」
一瞬で人ごみに飲まれてしまった。ランタは必死に抗おうとしているが無駄だ。一人で流れに逆らえるはずもなく、滅茶苦茶に押しつぶされている。
「モグゾー、あの馬鹿なんとかして!」
「ラ、ランタくん!?こっち!?」
体格のいいモグゾーはどうにか人ごみからランタを引っ張り出す。とはいえ俺たちも人ごみから抜け出たわけではない。でも、どうせ流されるのなら纏まっていた方がいいに決まっている。後から逸れたんで探そう、なんて大変すぎる。ケータイでもあればいいんだけど…。
(あれ……?ケータイ……?)
またあの感覚だ。思い出そうとしても思い出せない。手繰り寄せても消えてしまう。あの感覚。でも今は考えるべきじゃなかった。
「きゃああっ!」
「メリイ!?」
咄嗟に思考を切り替え、隣で姿勢を崩した声の主に手を差し出す。
「ありがとぉ。でもごめんなぁ。うちメリイちゃんじゃないねん」
「え?ああ、ユメか。ごめん、人ごみで分かんなくて…」
「謝ることないよぉ」
ユメを立ち上がらせるとすぐさま他のみんなの確認をする。だけど人ごみのせいでよく見えない。声をかけても周りが五月蝿すぎて返事は聞こえない。そもそもこっちの声だって聞こえているとは思えない。
「ユメ!まだいる!?」
「うん、いるよ!」
とりあえず返事があったので安心した。最初はまとめて流された方がいいと思ったがそうも言っていられない。この後のことはそのときになって考えよう。そう決断すると俺は一時的に人ごみから抜け出そうと動き出す。
「ユメ!ついて来れる?」
「う、うん」
ユメはそう言うと俺の腕を掴んだ。掴んだというより抱き付いたと言った方が正確かもしれない。この状況では確かにそうするほかないのだが、突然のことだったのでドキッとしてしまう。もちろん声には出さないが。
運がよかったのだろう。少し人ごみの中を進むと黒い幕が下ろされた屋台があった。何も考えずに入り込んだ。そうでもしないと圧死してしまいそうだったからだ。そんな死に方嫌だ。数ある死因の中でも溺死と圧死は嫌だ。そう思ってるのは俺だけではないはずだ。
「イ、イサくん?もう離してもええんとちゃう?」
「え、あっ、ごめん!」
ユメは腕からとっくに離れていたのだが俺は無意識の内に握り返していたようだ。すぐさま手を離し、謝る。
「そんな謝らんくてもええってば。ユメ、別に嫌やないよ?」
こういうところがあるのだ。本人は確実に無意識なので余計にタチが悪い。特にユメには特別な感情は抱いていない。しかし、さらりとそんなこと言われたら好意を抱いていなくとも意識してしまうものだ。ユメには…?
「イサくん」
「えっ!?な、なにっ!?」
「何をそんなに驚いとるん?」
「い、いや、別に…」
素っ頓狂な声を上げたことがそんなに可笑しかったのかユメは笑い出してしまった。俺は一人で笑っているユメに若干の怒りと照れ臭さを抱いたまま辺りを見渡した。
「一見普通の露店だが……臭いな」
どうやら普通の露店ではないようだ。陳列棚に並んでいるものは服や日用品などではない。生き物の死骸に何かの動物の剥製、骨やら牙やら、とにかく変だ。
「なあ、イサくんってば」
ようやく笑いから解放されたらしいユメが話しかけてきた。
「なに?」
「怒ってる?」
「怒ってない」
「怒ってるやん!」
「怒ってない!」
「もぉー、ミーちゃんいなくなったゆーのにぃ」
ん?今なんて?ミールが…?
「早く言えぇーーーーーーーー!!!!!!!!!」
オークにも喚声にも負けない叫び声がオルタナの街に響き渡った。
side ハルヒロ
最悪だ。本日何度目か分からない愚痴を零しながら走っていた。人が押し寄せてきた後、俺はみんなと逸れてしまった。そして、どうにかこうにか人ごみを抜け出した先は如何にも怪しい屋台。そのにいたバーバと名乗る婆に馬鹿にされ、助けたくもないのにバーバをオークから救い、今に至る。
「オッシュバグダ………ッ!」
「ひいいいいぃぃぃ!」
今現在も追いかけっこは続行中である。次第に体力の限界が近づいてきた。足が重い。もう無理だ。オークは重装備にもかかわらず、なかなか速い。ガッシャガシャと鎧の音が近くなっている。
向こうの角を曲がったらゴールにしようかな…。
当然、オークはそんなこと関係ない。けど勝手にルールを決めて、勝手に頑張る。そうでもしないとダメだ。マジでダメ。ゴールに辿り着いたら………そのときはそのとき考えよう。
とにかく無茶苦茶に走り、倒れ込むようにして角を曲がった。
「しゃがめ」
低いハスキーな声が聞こえた。その通りにした、というよりそのまま倒れ込んだことが結果的に正解だった。先程まで自身の頭があったところに何かが通り過ぎた。何か、間違いなく剣だ。
「オゴッ………!」
一撃だった。一撃でオークは首を刎ね飛ばされていた。
「大丈夫か」
とても同期とは思えない白髪の男。レンジだ。自身のパーティーの中で一番強いであろうイサリを圧倒した男。知ってはいたが改めて別格だと思わざるを得ない。かけられた言葉にカクカクと頷いている自分とはものが違う。最初から違うと思っていたが、それが今では絶望的な程の差になっている。
「レンジ、まだいやがるぞ…………!」
ロンの声が響いた。俺はその言葉で辺りを見回す。レンジにロンだけじゃない。アダチにサッサ、それにチビちゃんと呼ばれている子もいる。チームレンジが集結していた。
「あれ?ミール?」
「きゅい!」
チビちゃんが抱きかかえている動物には見覚えがあった。というかミールで間違いない。だって反応したし。というかなんでミールがレンジたちと?
俺の視線を感じたのかチビちゃんはミール黙って引き寄せた。
いや、攫わないけどさ。というかイサリのペットだからさ、一応。
正確にはペットではなくパートナーなのだがハルヒロには些細なことだ。
「レンジ、上!」
サッサの叫び声と同時に建物からオークが降りて来る。咄嗟に飛びすさったおかげでレンジは事なきを得た。
「イシュ・ドグラン。オマエ、ナンダ」
喋った。片言ではあるものの確かに日本語だった。そのオークは見た目からして異常だった。黒の鎧の上から虎柄のマントを被っている。入れ墨も入っているようで全体的に派手だ。ヤバい。絶対こいつがボスだ。一目見て分かるくらいこいつは異質だった。
「レンジだ。俺とやろうってのか、イシュ・ドグラン」
レンジは笑みを浮かべながらそう答える。
「オンガシュラドゥ!」
イシュ・ドグランというオークが声を張り上げると、周りにいたオークたちが武器を下ろした。どうやら一騎打ちをするらしい。レンジはそれを確認すると、仲間に「お前らも手を出すな」と告げ、前に出た。瞬間、二人の剣が交差し、火花を散らした。