「こっちだ!」
「へぇー、便利やなぁ。イサくんのスキル」
俺とユメは只今ミールのにおいを追っている最中だ。スメルは使い方次第では人探しにも使える。
「ミールだけじゃないな。何人もいるな」
「誰かが拾ってくれたんと違う?」
「かもな」
とにかく無事みたいで本当によかった。オークにバッタリ出くわさないよう裏路地を中心に進んでいた。最初に見た怪しい屋台のようなものが意外とたくさんある。まあ、あるのは構わないけどにおいが消されるのが辛い。実際ハッキリと識別できないし、途中で分からなくなることも多々ある。その度に戻って確認の繰り返しだ。正直、時間がかかり過ぎている気がする。
「大丈夫やよ、イサくん。ミーちゃん強いもん」
「…ああ、そうだな」
嫌な考えに陥るたびにユメがフォローをしてくれた。本人に自覚があるかは定かではないが助かったのは事実だ。一人じゃ、諦めていたかもしれないのだから。
「オッシュッ、オッシュッ、オッシュッ!」
そのときだったすぐ近くから地鳴りにも似た鳴き声と足踏みの揺れがあった。すぐにオークだと分かった。それも相当な数だ。普通なら迂回して当然の場面。しかし、そこにはミールのにおいがある気がする。さっきも言った通り、今のスメルは正確とは言えない。だから気のせいかもしれない。それならとりあえずは回避すべきだ。
「ユメはここにいて!」
「えっ!?イサくんは!?」
ミールがいるかもしれない。なら確証がなくとも、どれだけ危険だろうとも行くべきだ。俺らしくもないな、と心の中で吐き捨てる。
「ミーちゃんおるんやろ?」
「……確証はない。それに危険だから――」
「だったらユメも行くよ。当たり前やん」
きっとユメは俺が想像しているよりはるかに強いのかもしれない。
「分かった」
こんなにも明確な意思を無視できるはずがない。俺たちはミールがいるかもしれない場所に向かう。細い路地の曲がり角に辿り着くと、俺はそこで歩みを止めた。その角を曲がればオークの群れに出くわす。事実、この位置からでもそれなりの数のオークが確認できた。
「何であいつが………?」
「どないしたん?」
「馬鹿ッ!」
ユメが危機感なく顔を出すもんだから慌てて引っ張りよせる。そのせいでユメは俺を下敷きに盛大な尻餅をついた。
「ご、ごめんなぁ、イサくん!」
「ちょっと静かにっ」
大声を出したユメの口を急いで塞ぐと、ポカンとした顔から一変。本当に理解しているのかは怪しいが、黙って敬礼をしてみせた。
「間違いない。ミールだ。あと、どういう偶然かハルヒロもいる」
「ハルくんも!?」
「ああ。ただ、状況は芳しくなさそうだ」
今度は慎重に窺う。するとそこにはレンジと一匹のオークがいた。レンジは左肩に相当深い傷を負っている。対してオークの方は無傷とはいかなくともレンジに比べれば軽傷と言っていいだろう。勝敗はみえている。片腕が使えないレンジでは同じような大剣を扱うオークに力負けしてしまう。この勝負はレンジの負けだ。にもかかわらず、誰一人レンジを助けようとはしなかった。いや、この状況を見ればわかる。たくさんのオークが見守っているんだ。一騎打ちのつもりなのだろう。
「ユメ、全く関係ないところに弓撃ってもらっていいか?」
「いいけど…なにするん?」
「敵は全く警戒してないからな、チャンスなんだよ」
そう言うと長刀を引き抜き、その時に備える。ユメはそれ以上何も聞かず、弓を準備している。
「…今だっ!」
瞬間、ユメの放った矢が斜め前方に放たれた。それは誰にも当たることはなく、向かいの建物に突き刺さった。
「……シュオ?」
「…!?」
レンジもオークも一瞬だが動きが止まる。二人は矢が刺さった方に視線を向け、それを確認すると放たれたであろう場所に向き直る。それだけあれば充分だった。
「属性付与(エンチャント)!!」
俺がにおいで分かるということは逆に言えばミールだって分かるということだ。事前に接近に気がつけばすぐさま魔法を使うことくらいわけはない。それが可能な程、俺たちの息は合っている。
「……ガシュハッ!?」
気づいたようだが遅い。すでに後ろに回り込んでいた俺は構えを作り、突きを放つ。その直線状に存在したオークは鎧もろとも氷の刃に貫かれた。至近距離で撃ち込まれた弾丸(ブレット)はオークの心臓を穿つのには充分な威力があった。魔法が解け、構えを解くとオークは力なくその場に倒れた。
「…貴様」
「なっ!?」
怒りを買ったのは見守っていたオークの連中ではなく、レンジだった。予想外の攻撃を躱すことが出来ず、受け止めてしまう。あろうことかレンジは両手で大剣を握っている。どうやら勝算はあったらしい。しかし、だからといって俺に当たられるのは心外だ。
「助けといてそれはねえだろ!」
「助け?邪魔の間違いだろ?」
「なっ………てめえ…」
バインド状態を一度解いて、距離をとる。不本意だがやらないと間違いなくやられるので仕方がないが対峙する。そのとき、ロンが叫んだ。
「レンジ、マズい!オークどもが怒りだしたぞ!」
「ちっ」
舌打ちをするなりレンジは視線をオークの群れに向ける。数は十くらいはいる。無謀だ。一も二もなく逃げるところだろ。なのに何故こいつは戦おうとしてるんだ。
「逃げるぞ、レンジ」
「お前が余計な真似するからだろ」
「誰が倒したところで結局こうなったっつーの」
「結果が変わらないならなおさら余計なことだ」
会話にならない。こいつは死にたがりか?戦闘狂か?まず間違いなく後者だと思うけど。
「戦うにしても治療が先だ。チビちゃんに治してもらえ」
「俺に指図するな」
凄まじい咆哮と共に十近いオークが押し寄せて来る。俺とレンジは反対側に飛び、オーク軍団を挟む形になった。こっちの戦力はユメにハルヒロ、俺の三人。レンジの方はパーティーメンバーの五人。合わせても八人。これでも神官のチビちゃんや、魔法使いのアダチを含めた多く見積もった数字だ。ハッキリ言うと勝てる要素がない。
全面戦争を覚悟した時、救いが現れた。
「君達、大丈夫か!?」
現れたのは十、いやもっとだ。たぶん三つのパーティーくらいの人数はいる。おそらく、というかまず間違いなくクランだ。それも俺はあのクランを知っている。白いマントに身を包んだその人たちはオリオンだ。そして当然、その先頭に立つ人はシノハラに決まっている。
「下がって。ここは引き受けよう」
シノハラそう言うと圧倒的数の有利があったオークの集団に迷いが生じた。その隙に俺たちは下がろうとしたがレンジはそうしなかった。
「復讐がしたいのなら相手になろう。死にたい奴はどいつだ!」
怒号と同時に大剣を地面に叩きつける。凄まじい轟音の中、半身が血に染まっているレンジが深い笑みを浮かべた。その姿は人間とは思えない。恐怖がそのまま具現化したような、そんな悍ましさがあった。
「どうした?来ないのか?」
特に張り上げるわけでもないその言葉。にもかかわらず、絶対的な威圧感を内包しているように感じた。迷いが生じているオークに恐怖を与えるには効果的だった。なんせ味方のはずの俺たちでさえ恐ろしいと感じた程だ。
「シュ、シュオオォォ」
一匹が何かを叫んだ。次にはそれがもう一匹へ、さらに別の一匹へ。感染するように移っていった。しかし、それは恐怖を無理やり抑え込んでいるに過ぎない。人数でも精神的にも有利な俺たちが負ける要素はない。
一匹が駆けだした。それに続いて二匹、三匹。ただの特攻だ。警戒するほどのことじゃない。
すぐにオリオンの前衛組が盾になる。レンジたちも戦闘を開始した。しかし、戦いが長引くことはなかった。人数や精神面だけじゃない。そんなものが小さいと思えるくらい圧倒的な実力差があった。勢いを失ったオークの群れはあまりにあっけなく片付けられてしまった。
「怪我はないかい?」
戦闘が終わるとすぐにシノハラさんが声をかけてくれた。さっきは気がつかなかったがハヤシもいたらしい。今はハルヒロとユメの様子を確認してくれている。
「助かりました。ありがとうございます」
「はは、君には借りがあるからね」
神官の人に軽い手当てをしてもらうとシノハラさんはすぐにどこかへ行ってしまった。他にもオークに襲われている人がいるかもしれない、と言っていた。忙しない人たちだ。
「おい」
「…なんだよ」
いい加減こいつのぶっきら棒な口調にも慣れてきたらしい。特に何も思うことなく応じる。
「俺はお前のことが嫌いだ」
「その言葉そのまま返す」
性格が正反対で合わないってのは今に始まったことじゃない。
「そのくせ実力はある。だから余計に好かん」
「………」
「お前はいつも何に怯えている?」
レンジの唐突な質問に答える義理もなければ必要もない。それなのに、その問いを切り捨てることは決してできなかった。俺自身、心当たりがあったからかも知れない。
「イサくーん!はよ、帰ろぉー!」
「みんな待ってるだろうしさ」
俺は逃げるようにしてその場を後にした。レンジは引き止めず、ただ俺を見ていた気がする。