「――って感じでさ!」
シェリーの酒場の店内でハルヒロが熱弁を振るっていた。かれこれ三十分近くこの調子だ。これは誰かが止めないと終わらない奴なのかもしれない。なんて考えているのはどうやら俺だけのようでランタにモグゾー、シホルにメリイ。その場にいたユメでさえ真剣に聞いているくらいだ。俺以外に聞いていないやつといえば、ミールくらいしかいない。
「とにかくすごかったよ。レンジたちはもちろんなんだけどさ、イサリもかっこよくて―」
ようやく話が落ち着いたかと思ったら、あろうことか俺にまで飛躍するとは……。
「ハルヒロ。俺は不意打ちでレンジの一騎打ちを邪魔したんだから、褒められることはしてないぞ…」
話を盛られても困るので先に事実のみを伝えておく。特に隠すことでもないし、見ていたハルヒロとユメは知っていることだからな。
それだけ言ってジョッキを傾けると、ハルヒロは逆にジョッキをその場に置いた。ハルヒロは興奮していたこともあり、結構な音がした。
「そりゃ、レンジからしたらそうかもしれないけど…。俺だったらあんな強そうなオーク、不意打ちでも勝てないよ。それに正々堂々と戦うのはイサリの戦い方じゃないでしょ?俺から見たらレンジとあんまり実力差はないように感じたしね。とにかく二人ともかっこよくってさー」
嬉しそうに語るその顔に悪意はないように感じる。ただ、純粋にそう思っているのだろう。だけどそれは、普通の感覚ではない。周りからしたら絶対そういう風には映っていないのだから。
「その戦い方を世間一般では卑怯と言うんだけどな」
「そうかな?俺はすごいと思うけど………?」
「はぁ、お前も大概馬鹿だよな。不意打ちなんて卑怯以外の何ものでもないだろ」
「ほえぇ?」
ハルヒロだけじゃなくユメもポカンとしている。こいつら極めつけの馬鹿なんじゃないか、と思いっきり失礼な本音を漏らしそうになったが、寸前でビールと一緒に流し込んだ。
「二人はそれが、イサリくんの戦い方だって、知ってるから。卑怯なんて思わない、と思うな」
「卑怯かどうかは置いといてビビりなのは間違いねぇーけどな、イサリは」
事実であれ、ランタに言われると無性にムカつくな。モグゾーのセリフに感動した俺の気持ちを返せ!
「…ビビりじゃない……イサリくんは、慎重なだけ…だと思う……」
「そやなぁー。ランタもちょっとは見習わなアカンのちゃう?」
「うっせー!暗黒騎士には不要なんだよ!」
また始まった。ユメとランタ、今回は何故かハルヒロまで一緒になって不毛な言い合いをしている。内容は俺のことだったが、完全に置いてきぼりをくらったので、気にしないことにした。まあ、どんな内容であってもいつも関わらないでいるのだが。
「そういや、メリイ。酒飲まないの?」
以前メリイとシェリーの酒場に来たときはお酒を飲んでいた気がする。確か蜂蜜のお酒で、名前は…なんだったかな?まあ、みんなお酒を飲んでいる中で少し不思議に思ったので聞いてみた。あっ、けどシホルとユメは飲んでないし、女の子一人飲むのは…みたいな感じで気を遣ったのかも?
「えっ?別に………ただ、なんとなく」
予想していた答えではなく、ただの気分の問題らしい。いや、分かるけどな、そういう気分。
「おっ!久しぶりじゃーん、お前らぁー!」
突如、無駄に明るい声が響いた。俺たちのパーティーは知っての通りあまり評判がよろしくない。なのでこうして声をかけられることが珍しい。みんなが一斉に声のした方に顔を向けた。
「キッカワ…」
俺たちの同期の一人だ。俺たちの中で唯一その場でパーティーに入らず、トッキーズという既存のパーティーに入った男だ。性格は容姿同様チャラい。しかし、それと同時にかなりの世渡り上手である。まあ、そうでもないと既存のパーティーに新人なんて入れないだろう。その証拠に顔が広いしな。ハルヒロたちにメリイを紹介したのがこいつだったりと意外に世話になっている。
「ねえねえ、聞いた?ダムローのことー」
「ダムロー?」
「おお!イサリん、おひさー!」
一目見ただけで酔っていのが分かるほど顔が赤い。テンションの高さは元からだとしても酒臭いのはダメだな。酒に弱い俺には到底理解できない。
キッカワは俺たちのテーブルの空きに座り、給仕女に注文をする。「ルビーね、ルビー」と謎の言い回しで給仕女の人を困らせていたけど気にしない。
「ダムローがどうかしたのか?」
「んんっ、えらい殺気だっちゃっててさぁ、リンゴブ的にそこは」
届いたビ-ルを受け取り、景気よく喉を鳴らす。プハァと気持ちのいい息を漏らした後、言葉を続けた。
「新しく入って来たでしょ、キールー。そのキールーのティーパーがね、大変な目にあっちゃったらしくてさぁ」
そこまで話を聞いたところでメリイが補足をしてくれた。
「私たちが倒したゴブリンは新市街から来てたと思う。それを倒したから―」
「そうそう!怒った新市街のリンゴブがカッカして見回りとかしちゃったりしてるわけ」
そう言うと俺の肩に手を乗せ、無駄に顔を近づけてこう言った。
「ホットケーキ?しばらくはほっとけって。アツアツのうちはね」
酒臭い息を垂れ流しにしながら俺とメリイを交互に見てそう言った。どういう勘違いをしているのか分からないが…いや、嘘。おおよその検討はつくが的外れと言うほかない。とにかく訂正するヒマもなくキッカワは次の知り合いを見つけたのか、駆け出して行った。
「どうするの、明日から」
「ええっと…」
先程のことは忘れたかのようにハルヒロに質問を投げかけるメリイ。そりゃ、メリイが照れて気まずくなるなんて想像もできないし、ありえないけど。なんだか一人で勝手に意識した俺が馬鹿みたいじゃないか。なんて誰に対するわけでもない(強いて言うならキッカワ)愚痴を零す。
「そうだぞ、ハルヒロ!明日ダムロー行って稼ぎがなかったら責任とれよ!」
「責任ってなんだよ」
「てめえの分け前を寄越すくらいの誠意を見せろってことだ」
「ランタくん、稼ぎがないなら分け前も、ない、と思うよ」
「うっせーぞ、モグゾー!………ってモグゾー!?嘘、今俺、モグゾーにつっこまれたの!?」
いつも間にか話が進んでしまった。いつまでもぼやいているわけにはいかないので俺も思考を切り替えることにする。相変わらず騒がしいやつらをほっといて真剣に考えてみる。その結果、導き出された答えは一つ!
「他の狩場が分からん…」
「…う、うん」
何とも情けない話だが仕方ないと思う。だって今まではずっとダムローだったし。その前は全部マナトが情報を仕入れてきてくれていた。詰まる所、どこに行くか以前にどこがあるのか分からないのだ。
「そうなんだよね…俺たちなんにも知らないんだよね…。メリイはどこか知らない?」
ハルヒロはとりあえずメリイの意見を聞くことにしたらしい。俺も賛成だ。メリイはいくつものパーティーを転々としてきた。だからこそたくさんの狩場を知っているはずだ。
メリイはまるで用意していたかのように、即座に、短く答えた。
「サイリン鉱山」
「そこって確か―――」
「イサリくん!」
俺の言葉はシホルに遮られた。俺の右腕を力強く握っている。普段のシホルでは考えらない力だった。
「あっ、ごめん…」
「気にしないで」
そうは言うがメリイはどこか暗い表情をしている気がする。実際には無表情のままなのだが、雰囲気というかなんというか。とにかく少し暗い。今までの経験則だ。きっとあたってる。
「私はそこに行きたい」
サイリン鉱山。そこはメリイのかつての仲間たちが亡くなった場所。このグリムガルで生きる生物は亡くなった直後、最低五日以内に火葬してあげなければならない。不死の王(ノーライフキング)の呪いにより死した者は王の従者と化してしまう。分かりやすく言い換えるならゾンビになってしまう、ということだ。そしておそらくメリイの仲間も…。
「メリイ…」
何か声を掛けてあげたい。なのに、今の俺には彼女に掛ける言葉が分からない。とことんヘタレらしい。
そうこう考えている間にメリイは立ち上がっていた。
「ごめんなさい。今日はこれで」
普段と変わらない表情、普段と変わらない声。いつもと何一つ違わないのに。
引き止める間はあった。いくらでもあった。でも、できなかった。あっという間にメリイは酒場を後にしてしまった。すぐにハルヒロが後を追った。俺はこの時、少し安心している自分に気づいた。ああ、ハルヒロが行ってくれるんなら大丈夫か、と。俺が出る幕はないのだ、と。
「イサくん、なんで行かへんの!!」
どこか悲観的な考えでハルヒロを見送ったら、ユメに怒鳴られてしまった。
「なんでって…ハルヒロに、リーダーに任せた方がいいかなって。大人数で押しかけてもメリイも困るだろうし、それにハルヒロを信用してるからな。あいつに任せとけば大丈夫だ」
違うな。全然違う。こんなの俺の本心じゃない。よくもまあ、つらつらと言葉が出てくるな、と他人事のように思う。でも、これが一番うまくいくんだから仕方がないだろ。仕方ない。仕方ない……よな?
「…違うやん……そうやないやん!」
「違うって何が……?」
ユメは激昂して肩を上下に揺らしている。モグゾーとランタは驚いているようだがシホルは違った。ユメの言わんとしていることが伝わっているのか、今一度俺の腕を握る手に力が入る。それは先程とは比べ物にならないくらい強く、痛いとさえ感じるほどだ。しかし、その手を振りほどくことはしない。というよりシホルの目を見てしまったらできない。それくらい彼女の目は凛々しかった。
「ハルくんがとかやないやん。イサくんは追いかけたないの?」
投げかけられた言葉は思いのほか優しかった。だけどその言葉は俺の胸に確実に刺さり、ふわりと溶けた。
「悪い、代金はランタ持ちで」
「はぁ!?ふざけんな、てめぇ!」
「安心しろ。先払いだから、ここ」
なんて他愛のない会話をしながらゆっくりと立ち上がる。すると準備していたかのように相棒が俺の横に並ぶ。一つ、息を吐き出すとそのまま店の外へ向かって歩き出した。あくまでゆっくりと、でも確実に。