旧市街、ダムローに来てからというものの、俺たちの冒険は順調だった。
「ランタ!一匹そっち言ったぞ!」
「言われなくてもわかってるっつーの!」
マナトとモグゾーの前衛組が抑えていたゴブリン三匹のうち一匹が、後衛のユメとシホルのもとへ向かった。すぐさまランタが抑えに行く。
「うおぉらぁー!憤慨突(アンガー)!」
相手の間合いの外から踏み込んでロングソードを突き出すスキル。一見、単調のように見えるが使いどころによればとても有効なスキルだ。…まあ、うまく使えずに空振りしているわけだが。
「さてはお前ただのゴブリンじゃねーな!」
「どう見たってただのゴブリンだろ」
毎度毎度、根気よくツッコミを入れるハルヒロ。すぐさまマナトとアイコンタクトを交わし、ランタのフォローに入る。前衛は二対二、中衛は二対一。ユメが加われば三対一。明らかにこちらが有利な状況だ。ここ十日とちょっとの成果でまだまだ拙いが連携が取れるようになってきた。
「…さて」
俺は集中する。新しく覚えたスキル、嗅覚探知(スメル)。五感強化の一つだ。その名の通り、嗅覚を頼りに周囲の索敵を行う技。本来、人間に眠っている潜在的な能力を引き出す。これを習得するためにアクス師匠に目隠しと手錠をされたのは墓場まで持っていくつもりだ。とは言え実に有能なスキルだ。苦労した甲斐があったというものだ。
「そこか…」
俺が睨んだ岩陰から新手のゴブリンが二匹現れる。ダムローは森とは違いこういったことが頻繁に起こる。身を隠すところが多いのは何もこちらが有利な条件ではないのだ。
「イサリ!」
ハルヒロが心配そうに声を上げたが、俺はそれに構わず、新手のゴブリンの相手をするべく短剣を握りしめる。
「こっちは大丈夫だ」
手斧と短剣か…。
短剣を所持したゴブリンはすぐさま俺に攻撃を繰り出す。しかし、俺はあえて直前まで引きつけた。
心理延長(サイト)。これも同じく五感強化系の一種。命の危機に他の感覚機能を放棄して視覚情報処理に集中することで危機回避の可能性を探す。そのため通常よりずっと多い処理を行うため、そのわずかな時間帯だけ長く感じる。結果だけ言えば相手の動きがスローモーションのように感じられ、回避が簡単になる。そういう技だ。
「ぎゃああぁ!」
「…」
斧ゴブの攻撃をかわすと剣ゴブが来る。剣ゴブと打ち合っていると斧ゴブが…。なかなかいいコンビネーションだ。終いには挟み撃ちするかのように同時に攻撃を仕掛けてきた。瞬間、体をくねらせる。迫りくる二つの武器の間に滑り込み、バク宙するかのように回避してみせた。ゴブリンは俺のありえない動きに一瞬隙が生まれる。
柔軟移動(フレキシブル)。俺が覚えた近接用回避スキルだ。身体の柔軟性と瞬発力を生かして、敵の攻撃を回避する移動技だ。先程のスキル、心理延長(サイト)ととても相性がいい。…あと気にくわないが小柄な俺には一番しっくりくる。
「…ふっ」
あとは簡単だった。生じた隙を逃さず、仕留める。このパターンに持っていけば二匹が相手だろうと後れを取ることはない。みんなの状況が気になり、視線を移す。すると、ちょうどハルヒロが背面打突(バックスタブ)でゴブリンを倒したところだった。
「前衛の二人は!?」
俺の心配もよそにすでに前衛の戦闘は終わっていた。まあ、マナトとモグゾーの心配は不要だったか。素直にそう思える程、二人は強い。俺たちのパーティーでも頭一つ抜けている。
「…イサリは強いよな」
「突然なんだよ、ハルヒロ」
「いや、だってゴブリン二匹を倒しちゃうし」
「それなら前衛の二人の方がすごいだろ?」
少し離れたとこにいたミールがこちらへかけて来る。その背中を撫でながらマナトとモグゾーを見る。
「ぼ、僕はなにも…ただ、マナト君がすごいだけだよ」
「そんなことないよ。モグゾーもイサリもすごい。もちろんハルヒロもね」
「お、俺!?」
何をそんなに驚いているんだろうか。実際、一匹仕留めているのに。
「ハルヒロはすごいよ。状況判断っていうのかな。サポートしてほしいところにしっかり入ってくれる。それってかなりすごいことだよ」
「そ、そうかな」
らしくなく照れるハルヒロ。こんなに真正面から褒められたらそうなるよな。
「モグゾーは頼りになるよ、やっぱり。剣の扱いも正確だから決めるところはしっかり決めるし」
「似合わねえんだよ!」
いつの間にか戦利品を回収していたランタが八つ当たり気味にモグゾーを小突く。
「ランタだってすごい。常に攻めていく姿勢が特にね。僕らはどっちかっていうと慎重だろ。だからランタがいなかったらなかなか前に踏み出せないかもしれない」
「ま、まーな?」
おそらく褒められるとは思っていなかったのだろう。若干、目が泳いでいる。
「ランタの方が似合わないやん」
「うっせー」
うっしっしっ、と変な笑い方をしているユメはなんだか嬉しそうだ。
「ユメは物怖じしないよね。ひょっとしたら俺たちの中で一番勇気があるんじゃないかな」
「そうかなぁ。初めて言われたなぁ、そんなこと。狩人なのに弓が下手くそなのは、勘弁してなぁ」
「苦手なこととかできないことは、誰にだってある」
その通りだと思う。一人でできることなんて、たかがしれている。でもなんとなく、マナトは自身に言い聞かせるように言ったような気がした。それが少し、ほんの少しだけ気になった。
「シホルは―」
一息おく。たったそれだけのことなのだが、それが重要な意味を持つような、そんな気がする。
「周りがよく見えてる。いざってときに仲間を助けたい。だからシホルは影魔法(ダーシュマジック)を覚えたいと思ったんじゃない?」
「……う、うん」
正直、驚いた。マナトはいつも俺たちのことを考えてくれていた。そんなことは分かっていたつもりだ。だが、どうやら、つもりだったらしい。ここまでみんなのことを考えれるマナトが一番すごい。今更で、口に出すまでもないが、心からそう思う。
「おっと、随分話し込んじゃったね。そろそろ移動しようか」
マナトの意見に反対する者は特におらず、みんな移動を開始する。
順番的に俺も褒められるかも、という卑しい考えがなかったわけじゃないが、わざわざ聞くのも憚れる。少し残念だが、まあ、いいか。
「きゅい」
「そういや、お前も忘れられてたな」
酷い話だなぁ、とミールを撫でるためしゃがみ込む。背に触れる直前、醜く汚い黒い塊のようなものを感じる。紛れもない悪意の集合体。全身から嫌な脂汗が噴き出す。そこまでの思考を終えたころには、俺は―――。
―――俺は矢に貫かれていた。