暑い…?いや、熱い。ほんのりと左肺に熱を感じる。鮮血が溢れ出しているわけではない。傷口から衣服を這うようにして血が滲む。驚くべき速さで、確実に。コンマ数秒遅れで痛みが到達する。
痛い。痛い、痛い、痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
「イサリ!?」
マナトだろうか、ハルヒロだろうか。かけられた声の主さえ判別できない。思考が停止し、呼吸ができなくなる。死の淵というやつだ。
「すぐに治療を!」
そう言ったのはマナトだろう。すぐさま祝詞(のりと)を唱えようとしている。
「……ば…か…」
こんな状態の俺でもわかる。ここで治療なんかしてみろ。いい的じゃないか。事実、俺を射抜いたであろう狙撃手は変わらずこちらを狙っている。
「ぐあぁぁっ!」
咄嗟だった。マナトを突き飛ばす。直後、右足が撃ち抜かれる。ダメだ。立ち止まってはダメだと本能は語る。だが、片足を撃ち抜かれて、満足に呼吸もできない。それ以前に思考は働いてくれそうにない。一、二メートル進んだ、といより前方に倒れ込んだという方が適切な気がする。とにかく俺は倒れた。頭部から数センチ右に矢が突き刺さった。すぐに次が来るはずだ。
「モグゾー、手伝って!ユメはあいつを!」
「わ、わかった」
「う、うん」
誰かに担ぎ上げられた気がする。鎧の感触からしてモグゾーだろう。
「マナト!こっちもやべえぞ!」
「イサリを手当てしたらすぐに向かう!何とか持たせて!」
おそらく新手だろう。ダムローならよくあること、なのだから。
「光よ、ルミアリスの加護のもとに…癒し手(キュア)」
おぼろげながら周りを見渡してみる。モグゾーは通常よりも明らかに大きいゴブリンと戦闘をしている。ホブゴブリンという種だ。体格でも力でも負けている。かなりきつそうだ。ユメとランタにハルヒロは鎧に身を包んだ見るからに強そうなゴブリンで精一杯といった感じだ。シホルは魔法の使い過ぎか、しゃがみ込んでしまっている。あれでは援護は期待できない。
「…よし、大丈夫だね?」
「…ああ、すまない」
マナトの息も荒いように感じた。それはそうだろう。俺の傷は浅くはなかったし、シホルがガス欠なのだ、マナトだって…。
「魔法はまだ大丈夫なのか?」
「………」
少し迷ったようだが、はっきりと答えてくれた。
「うん、あと数回なら」
「なら引くぞ」
「えっ!?」
予想外の返答だったのか惚けた声を出すが、一瞬みんなのところへ目をやると考えを改めたのか力強く頷いた。
「俺が時間を稼ぐ。その隙にみんなを連れて」
「待って、俺も!」
「…はぁ!?」
マナトにはみんなを連れていち早く逃げてほしい。そう思わないでもないが、マナトの目が俺の言葉を詰まらせた。つくづくお人好しだ。俺の考えるシナリオをこいつは、こいつなりに悟ったのかもしれない。返事はもちろんノーだ。それ以外ありえない。ありえないはずなのに…俺はマナトと共に飛び出したのだった。…これが俺の甘さなのだと、気づいていながら。
「ミール!」
迷いを断ち切る言い訳のように一言そう叫ぶと、臆病な俺の相棒が岩陰から顔を出す。マナトはホブゴブと、俺は鎧ゴブと打ち合う。
「みんな!逃げるんだ!」
「マナトとイサリは!」
「逃げるに決まってるだろ!早く行け!」
怒鳴り声にあてられたのか走り出す一同。その間も鎧ゴブのロングソードが右に左に俺を仕留めようと襲い掛かる。なんとか捌くがそれで精一杯。マナトの方を確認する余裕はない。
「…くそっ」
サイトからのフレキシブル、生じた隙に一撃。しかし、それは鎧に阻まれる。ミールは氷結球(アイスグローブ)で援護をしてくれるがそれも決定打にはなり得ない。
「…だったら!」
避けるのをやめた。真正面からロングソードを受け止める。もちろん短剣一つで止めきれる程、甘くはない。押され、肩に少し食い込む。先程の矢とは異なり血が噴き出す。傷自体は矢の方が深かったのだが、こちらの方が派手だ。反射的に体が強張る。その隙を見逃すゴブリンではなかった。
「イサリィー!!」
ホブゴブリンと戦っていたであろうマナトの声が聞こえる。そのときにはすでにロングソードは絶望的なほどに接近していて―。
「きゅい!」
「…ナイス」
凍てつく血(フリージングブラッド)。敵の足元を凍らせる設置型魔法。こいつを確実に当てるため、無茶を承知で受け止めたんだ。そしてその甲斐はあった。
「…せいっ!」
掛け声と同時に鎧ゴブの武器を弾く。俺はあえてとどめを刺さずにマナトの援護に向かう。と言っても俺がしたのは短剣を投じただけ。結果は逆に弾かれて俺に返って来る。しかし、それは一瞬でもホブゴブの動きが止まったことを意味する。あとは鎧ゴブと同じ手順だ。ホブゴブは通常のゴブリンより知能が低いらしい。なのでこの作戦は順番が命だった。
「…なっ!?」
同様なのだが、同じようにはいかなかった。
「イサリ、大丈夫!?」
「…あぁ」
巨大な棍棒のスピードが予想より早かった。俺は吹き飛ばされるが意識はしっかり保っている。頭や肩からかなりの量の血が流れているが、今は逃げないと。意識が朦朧とし、倒れそうになったところをマナトが支えてくれた。
「逃げよう」
賛成も反対もなかった。二匹のゴブリンは身動きが取れていない。もちろんあと数秒もてばいい方だろう。だからこそ、今しかない。マナトは俺を肩に担ぐとそのまま駆け出した。ちらりと、後ろを確認すると、鎧ゴブが何かを投げつけたようなモーションをしていた。俺はそれがどうなったか確認する前に意識を手放した。
次に目を覚ました時には目の前にマナトの顔があった。視界には映らないが左腕を舐めているのはおそらくミールだろう。必死に俺の名を呼んで光魔法を使っている。いや、光魔法は最早機能していない。おそらく魔力切れだろう。
「マナト…もう大丈夫だ」
「…気が……ついた…か」
俺の傷は全快とはいかなくとも命に別状のない程度には回復しているように感じた。
マナトはよほど心配していたのか顔色が悪い。…いや、悪すぎる。青ざめて、なんてレベルじゃない。土気色、そうだ土気色。精気が確実に抜けているような、というより抜けきったような色。そもそもなんで俺よりも辛そうに話しているんだ。心配しているというよりか自身が死にかけているような―――。
そこまでの思考を終えた時にはすでにマナトは俺に倒れ掛かっていた。咄嗟にマナトを抱える。すると、マナトの背に一本の短剣が深々と刺さっていた。
…俺の………俺の剣だ。俺の剣がマナトを突き刺していた。
「な、なにやってるんだよ!は、早く、魔法を――」
途中で気がつく。マナトは俺の傷さえも回復しきれなかった。そうだ、さっき確認したばかりじゃないか。
「馬鹿野郎!なんで俺なんか…」
「…………ご………めん……なっ………」
「なにが…だよ?」
謝んな、謝んな、謝んな、謝んなよ!なんでだよ、どうしてだよ、意味わかんねえよ。何が、何が間違った?何がいけなかった?なんで、なんで、なんでマナトが………!
「…イサ、リ………たの、む」
「…え、な、何を?何を頼むんだよ!…言えよ!言ってくれよ!なあ!」
マナトからの返事は返って来なかった。あっさりと、本当にあっさりとマナトは息を引き取った。命奪うのにはあれほど苦労したのに、なんでこんなに簡単なのかな、死ぬのって…。俺はただ、マナトに刺さった剣に手を添えていた。
―――そう、これは紛れもない、俺の剣だ。